TRACK15の結成史|専門学校の3人と蓮が出会うまで

TRACK15の結成史をテーマに、4人のメンバーを描いたイラストと練習スタジオ、レコードを組み合わせた音楽雑誌風のビジュアル バンド
メンバー担当
蓮ボーカル・ギター
寺田航起ギター
高橋凜ベース・コーラス
前田夕日ドラム・コーラス

TRACK15(トラックフィフティーン)は、2020年10月に結成された大阪・高槻出身の4人組ロックバンドです。

結成のきっかけは、同じ専門学校で出会った寺田航起、高橋凜、前田夕日の3人が、SNSで弾き語りをしていた蓮の歌声を見つけたことでした。

前田がInstagramのDMで声をかけ、初めてスタジオで一緒に演奏した後、4人は食事をしながらバンドを組むことを決めました。

TRACK15の始まりには、専門学校での出会いと、偶然SNSに流れてきた一人の弾き語り動画があったのです。

その後、初期の編成や作曲担当の変化を経て、蓮のメロディーを4人で形にする制作スタイルが育っていきました。

それぞれの音楽の原点から、結成、バンド名の誕生、初期作品、音楽性が定まるまでの歩みをたどります。

音楽史の段階TRACK15の歩み
音楽の原点蓮はサッカー引退後にギターを始め、ほかの3人もそれぞれ異なる音楽に親しんで育つ
重要な出会い同じ専門学校で出会った寺田・高橋・前田が、SNSで弾き語りをしていた蓮に声をかける
バンド結成2020年10月に結成。バンド名は天王寺駅の15番乗り場の表示から生まれる
初期音源2021年11月に1st EP『Stella e.p.』をリリース
全国流通盤と認知拡大2023年に1stシングル『Three』、2024年に1stミニアルバム『bouquet』を発表
音楽性の発展と転機2025年の『season』を経て、2026年には初のホールワンマンライブとアニメ主題歌を実現

TRACK15の4人はどんな音楽を聴いて育った?

TRACK15のメンバーは、最初から同じジャンルの音楽を目指して集まったわけではありません。

家庭で流れていたアイドルの曲、激しいロック、邦楽バンドのメロディー、映像で見たドラマーの演奏など、音楽との出会い方は4人それぞれでした。

2024年4月のReal Soundによるメンバー全員へのインタビューでは、その違いが具体的な体験とともに語られています。

蓮がサッカー引退後にもらったギター

ボーカル・ギターの蓮は、小学生から高校3年生まで約10年間、サッカーに取り組んでいました。

幼い頃から音楽一筋だったわけではなく、家や車では母親が好きな嵐などの曲が流れていたといいます。

友達とカラオケに行くと歌を褒められることはあったものの、自分で楽器を演奏するきっかけは高校生活の終わりに訪れました。

高校3年生でサッカー部を引退すると、それまで部活動に充てていた時間が空き、音楽をしている同級生と話す機会が増えたそうです。

そんなとき、歌が上手いことを知っていた友人が、暇になっただろうからとアコースティックギターをプレゼントしてくれました。

友人からもらった一本のギターが、蓮の弾き語りの出発点になりました。

蓮は少しずつギターを弾くようになり、歌と演奏を組み合わせた弾き語りを始めます。

その歌声をSNSへ投稿したことが、後にTRACK15のメンバーとの出会いにつながっていきました。

寺田航起がアベフトシのギターに受けた影響

ギターの寺田航起が自身の音楽的ルーツとして挙げているのは、RIZEやTHE RiCECOOKERSです。

さらに、ギタリストとして大きな影響を受けた存在が、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTでした。

寺田はYouTubeで同バンドのフジロックでのライブ映像を見て、特にギタリストのアベフトシの演奏に強く惹かれたと語っています。

アベのギターを参考に、速いカッティングを自分でも練習していたそうです。

ただし、寺田はインタビューで、TRACK15では当時憧れて練習したような速いフレーズを弾く機会はあまりないとも話しています。

自分が好きになったギターのスタイルと、実際にバンドで演奏する音楽が必ずしも同じではないことが分かるエピソードです。

高橋凜と前田夕日が楽器を始めたきっかけ

ベースの高橋凜は、洋楽好きの父親の影響で、幼い頃から家庭でさまざまな音楽を耳にしていました。

小学4〜5年生の頃にはクリスマスにアコースティックギターを買ってもらいましたが、演奏の難しさから一度やめてしまったそうです。

再び音楽に強く惹かれたのは、中学3年生のときに家のCDプレーヤーでRADWIMPSを聴いたことでした。

高校では軽音楽部に入り、そこでベースを始めます。

当時はSiM、SHANK、HEY-SMITHなど、激しいサウンドのバンドもよく聴き、夏フェスにも足を運ぶようになりました。

一方、ドラムの前田夕日が音楽に目覚めるきっかけとなったのはback numberでした。

KANA-BOONやゲスの極み乙女。にも親しみ、中学生までは剣道に取り組んでいたといいます。

剣道を引退した後、両親が好きだった椎名林檎や東京事変の音楽に触れるなかで、東京事変のドラマー・刄田綴色の演奏動画を見ました。

その姿に憧れたことが、前田がドラムを始めるきっかけになったそうです。

前田は左利きで、両腕を交差させずに演奏するオープンハンド奏法を用いていますが、この演奏スタイルにも刄田からの影響があると本人が説明しています。

高橋はRADWIMPSからベースへ、前田は刄田綴色の演奏からドラムへと進みました。

同じバンドに所属する4人でも、音楽を始めたきっかけも、憧れた演奏も、それぞれ異なっていたのです。

TRACK15の結成のきっかけは?4人が集まるまで

TRACK15の結成は、同じ専門学校に通っていた3人がバンドを始めようとしたことから動き出しました。

そこにSNSで弾き語りをしていた蓮が加わり、現在知られるバンドの音楽につながっていきます。

専門学校で出会った3人とボーカル不在の活動

寺田航起、高橋凜、前田夕日は、同じ音楽系の専門学校で出会いました。

前田と高橋はバンドをやりたいと話し、メンバーを集めて活動を始めます。

しかし、その段階では歌を担当するボーカリストが見つかっていませんでした。

バンドを動かしていくためには、3人と一緒に音楽を作る歌い手が必要だったのです。

そこで前田が目を留めたのが、SNSに流れてきた蓮の弾き語り動画でした。

SNSの弾き語りから蓮を誘ったInstagramのDM

当時の蓮は、SNSへ弾き語り動画を投稿していましたが、本人によれば音楽はまだ趣味に近い活動でした。

前田はその動画を偶然見つけ、蓮の声を気に入ります。

そしてInstagramのDMから、一緒にバンドをやらないかと直接連絡しました。

蓮には当時すでに数千人のSNSフォロワーがいたとメンバーは振り返っており、前田たちは返事が来ないかもしれないとも考えていたそうです。

蓮の側にも、誘いをすぐに受け入れられない理由がありました。

以前にも別の人からバンドに誘われてスタジオに入った経験があったものの、そのときはあまり手応えを感じられなかったのです。

今回も同じような結果になるかもしれないと考えながら、蓮は3人とスタジオに入ることにしました。

このときのDMがなければ、蓮と専門学校の3人が同じバンドで演奏する機会は生まれなかったかもしれません。

初セッションとサイゼリヤで決まった結成

初めて4人で入ったスタジオでは、SUPER BEAVERの「27」などをコピーして演奏しました。

蓮にとって、その日の印象を大きく変えたのは前田のドラムでした。

前田はオーバーオールにチェックのシャツという服装で、笑顔を浮かべながらドラムを叩いていたそうです。

蓮は、その楽しそうな姿と実際の演奏に好印象を持ちました。

以前のスタジオ体験とは違い、この日のセッションは純粋に楽しかったと振り返っています。

演奏を終えた4人は、スタジオの上にあったサイゼリヤへ向かいました。

そこで食事をしながら一緒にバンドをやる話がまとまり、連絡を取り合うためのLINEグループも作られました。

最初のセッションで感じた楽しさと、食事をしながら交わした会話が、バンドとして歩き始める決め手になったのです。

TRACK15の公式プロフィールには、結成年が2020年10月と記されています。

また、公式Xは2023年10月6日に結成3周年を報告しており、10月6日を結成記念日としていることが分かります。

TRACK15というバンド名は天王寺駅から生まれた

TRACK15という名前には、音楽ジャンルや結成時の目標から考え抜かれた意味が込められているわけではありません。

由来となったのは、大阪の天王寺駅で前田夕日が目にした案内表示でした。

15番乗り場で前田夕日が思いついた名前

初めてのセッションを終え、バンド活動を始めることが決まった後、メンバーは次に会うときまでにバンド名の候補を考えてくることにしました。

蓮たちはそれぞれ4〜5個ほどの案を用意していましたが、前田が持ってきた候補は一つだけでした。

その名前が「TRACK15」です。

前田は天王寺駅の阪和線15番乗り場に関する表示を見て、その英語表記をバンド名にしようと思いついたと説明しています。

「TRACK15」という言葉は、駅の案内から生まれた名前だったのです。

前田にとっては一つしか持ってこなかった案だったこともあり、次第に愛着が強くなっていったようです。

他の3人が反対した末にじゃんけんで決定

ところが、ほかの3人は「TRACK15」という名前に乗り気ではありませんでした。

メンバーが持ち寄った案を一つずつ検討していきましたが、前田はどうしても自分の案を残したかったといいます。

そこで最終的に、4人でじゃんけんをして決めることになりました。

条件は、前田が一回のじゃんけんで一人勝ちしたら「TRACK15」を採用するというものです。

ほかの3人にとっては、簡単には成立しないだろうと考えられる条件でした。

しかし、前田はそのじゃんけんで一発勝ちしてしまいます。

こうして、反対されていたはずの「TRACK15」が正式なバンド名になりました。

2024年のReal Soundインタビューでは、高橋も後になって覚えやすい名前だと感じるようになったと話しています。

専門学校での出会い、SNSのDM、初セッションに続き、バンド名までも思いがけない出来事から決まっていました。

初期のTRACK15はどのように曲を作っていた?

TRACK15は、最初から現在の制作スタイルが完成していたバンドではありません。

楽曲を作る中心人物が変わり、歌詞とメロディーの作り方も変化しながら、4人の音楽が形になっていきました。

初期ギタリストの変化と蓮が作曲を担った転機

蓮は高校時代にギターを手にしてから、少しだけ自分で曲を作ってみたことがあったそうです。

ただし、本格的に作詞・作曲へ取り組むようになったのはTRACK15を組んでからでした。

2024年のReal Soundインタビューで蓮は、結成した頃には別のギタリストもいて、その人物が楽曲を作っていたことを明かしています。

そのギタリストがバンドを離れたため、蓮が作曲を担うことになりました。

自分がやるしかないなと思って。

蓮/Real Sound「TRACK15、聴く人の気持ちを意識した曲づくり」(2024年4月12日)

蓮が曲作りを本格化させた背景には、初期の作曲担当がいなくなったという編成上の変化があったのです。

初期のギタリストについては、本人の回想から存在と制作上の役割が分かりますが、具体的な在籍期間や脱退理由までは明らかになっていません。

現在のTRACK15の核となる蓮のメロディーは、バンドを続けるために自ら曲を作り始めた経験を通して育っていきました。

弾き語りを4人のバンドサウンドにする方法

蓮が曲を作るようになった後も、TRACK15の楽曲は蓮一人だけで完成するものではありません。

2024年のインタビューでは、蓮がアコースティックギターで弾き語りの形にした曲をメンバーへ送り、そこからバンドアレンジを作っていく方法が語られています。

蓮の頭の中には、曲をどのような仕上がりにしたいかというイメージがあり、それを共有して各メンバーにフレーズを考えてもらうそうです。

特に、蓮と前田が先にアレンジの土台を作ることが増えていました。

前田は歌を意識したドラムを心がけており、バスドラムやスネアの位置を考えながら、曲のリズムを組み立てます。

その土台ができたところへ、高橋のベースや寺田のギターフレーズを加えていくのです。

寺田は、ギターのフレーズを考えていて行き詰まったとき、歌詞を読み返すことがあるとも話しています。

また、前田は歌詞の意味を作詞者からすべて説明してもらうのではなく、聴き手と同じように自分なりに解釈しながら演奏を考えたいという考えを示しています。

蓮の作ったメロディーを出発点にしながら、それぞれが自分の演奏と言葉の受け取り方を持ち寄ることが、TRACK15のアレンジの特徴になっています。

歌詞とメロディーの作り方が変わった理由

蓮の作曲方法も、活動を通して変化しました。

初期には、歌詞とメロディーが同時に浮かぶことが多かったそうですが、2024年頃にはメロディーを先に作ることが増えていたと話しています。

その分、後から言葉を乗せる歌詞作りに悩むことも増えたそうです。

一方で、蓮は普段の生活の中で耳にした言葉を、楽曲制作のために書き留めています。

街中の看板、家族の言葉、メンバーとの会話などで印象に残った表現があれば、メモに残しているといいます。

『bouquet』に収録された「ダメ宣言」は、大学時代の友人を元気づけたいと思ったことから作られた楽曲です。

歌詞の題材は必ずしも自身の恋愛経験だけではなく、身近な人や日常の出来事にも広がっています。

蓮が作詞で大切にしているのは、聴き手がその言葉を自分自身の気持ちとして受け取れることです。

聴く人の気持ちになる

蓮/Real Sound「TRACK15、聴く人の気持ちを意識した曲づくり」(2024年4月12日)

落ち込んだときや不安なときに音楽を聴きたくなる人の気持ちを想像しながら、歌詞を書くと語っています。

メロディーの作り方が変わり、言葉を探す方法も磨かれていく中で、TRACK15の楽曲は身近な感情を丁寧に表現する方向へ育っていきました。

初期作品から全国流通盤『Three』、音楽性の確立へ

TRACK15は結成後、大阪を拠点にライブ活動と楽曲制作を重ねながら作品を発表していきました。

初期のEPから全国流通盤へ進み、ミニアルバムの制作を通して音楽表現の幅を広げていきます。

『Stella e.p.』と大阪のライブハウスでの活動

TRACK15は2021年11月8日、1st EP『Stella e.p.』をリリースしました。

公式ディスコグラフィーによると、この作品には表題曲「Stella」をはじめ、「眠れない」「野良犬」「カシスとオレンジ」「ロンリーナイト」「透明な明日」の6曲が収録されています。

後に広く知られるようになる『Three』や『bouquet』より前に、バンドがまとまった形で楽曲を発表していたことが分かる作品です。

結成直後のTRACK15は、最初から自分たちの音楽性を明確に決めていたわけではありませんでした。

高橋は、まずバンドをやろうという気持ちで集まったため、初期にはどのような音楽を演奏するか探りながら活動していたと振り返っています。

大阪のライブハウスで演奏経験を積み、オリジナル曲を増やしていくことが、バンドとしての表現を考える時間にもなっていました。

『Three』と「私的幸福論」で広がった認知

2023年4月5日、TRACK15は1stシングル『Three』をCDでリリースしました。

これはバンドにとって初の全国流通盤で、5月3日にはデジタル配信も開始されました。

収録されたのは「ハルハル」「私的幸福論」「寂しくなるな」の3曲です。

『Three』はオリコン週間ROCKシングルランキングで最高8位を記録したと、2023年6月のDIGLE MAGAZINEが報じています。

ただし、初の全国流通盤の発売とメジャーデビューは異なる出来事です。

この時期の作品で特に興味深いのが、「私的幸福論」が生まれた経緯です。

蓮は楽曲のリリースに際し、ほかの曲を制作していて行き詰まったとき、遊び半分でギターを弾いていたところ、思いがけず良いフレーズが生まれたと説明しています。

そのアイデアから、曲は15分ほどで完成したそうです。

制作が思うように進まない時間の中で、何気なく弾いたギターから短時間で「私的幸福論」が生まれました。

蓮自身も、それまでのTRACK15らしさに加えて新しい一面を自然に表現できた曲だと、リリース当時にコメントしています。

2023年5月3日には、TRACK15の公式YouTubeチャンネルで「私的幸福論」のミュージックビデオが公開されました。

映像はミワカナコが監督し、明るくリズミカルな曲調に合わせて、日常の幸福感を描いています。

『Three』は全国流通や配信を通じて、ライブハウスの外にもTRACK15の楽曲を届ける重要な節目となりました。

『bouquet』から『season』へ続く表現の変化

2024年3月20日には、1stミニアルバム『bouquet』をリリースしました。

蓮は以前から、花束のようにそれぞれの曲の良さが集まったアルバムを作りたいと考えていたそうです。

その発想から「ブーケ」という曲を作り、作品全体にも『bouquet』という名前を付けました。

メンバーはこの曲について、それまでのバラードより明るい印象があると振り返っています。

前田は、以前にはテンポが遅く暗めのバラードが多かったものの、「ブーケ」はそれまでの表現から一歩踏み出した曲だと感じたそうです。

寺田も、ギターのフレーズから情景が伝わるように意識し、ソロを壮大に仕上げようとしたと話しています。

『bouquet』には、制作の最終段階で生まれた曲もあります。

収録曲「オレンジ」は、もう一曲加えようという話になって急いで制作し、レコーディングのおよそ2日前に完成したと蓮が明かしています。

蓮は当時の追い詰められた気持ちも曲に表れていると振り返り、その曲が入ったことでアルバム全体がまとまった感覚を得たそうです。

同作はタワーレコードの推薦企画「タワレコメン」に選ばれ、2024年上半期にはAmazon Musicの「Breakthrough Artist」にもTRACK15が選出されました。

『bouquet』で自分たちの音楽を形にした後、蓮は次の作品を書くことへの不安も感じていたと語っています。

それでも制作を続け、2025年4月16日には2ndミニアルバム『season』を発表しました。

『season』では、従来の4人のバンド演奏に加え、鍵盤やストリングスを取り入れたアレンジも増えていきます。

寺田はこうした制作を通して、ギターの役割やフレーズの置き方について改めて考える機会があったと話しています。

一方、2025年に発表された「月」は、実際には2022年に作られていた楽曲でした。

「寂しくなるな」と雰囲気が近かったことなどから一度発表を見送り、数年後に改めて作品として世に出したとメンバーが説明しています。

鍵盤やストリングスを使う表現が広がった時期に、あえて4人のシンプルなバンドサウンドを届けたことにも意味がありました。

初期に作った曲へ再び向き合うことで、TRACK15は自分たちの音楽の原点も確かめていたのです。

自分たちの音楽を模索したTRACK15が歩んだ道

専門学校での出会いから始まったTRACK15は、結成後すぐに理想の音楽を見つけたわけではありませんでした。

周囲のバンドとの違いに悩みながらも、自分たちに合う表現を探し続けたことが、その後の歩みにつながっています。

周囲のバンドとは違う音楽性を選んだ理由

蓮は2025年のUSEN encoreのインタビューで、結成当初はTRACK15としてどのような音楽をやっていけばよいのか、強く迷っていたと振り返っています。

大阪で活動するなかには、ライブで勢いよく観客を盛り上げるスタイルのバンドが数多くいました。

しかし、蓮は自分たちが同じことをしても似合わないと感じていたそうです。

周囲のバンドが行っている表現を取り入れるだけでは、TRACK15の良さは出せないという感覚があったのでしょう。

本人も、その違いに悩んだ苦しい時期があったと語っています。

それでも、自分たちの音楽を曲げずに続けるうちに、楽曲を評価し支えてくれる人たちとの出会いが増えていきました。

TRACK15が選んだのは、周囲の盛り上げ方をそのまま真似るのではなく、蓮の歌とメロディーを生かした音楽を磨くことでした。

楽器を始めた頃に激しいロックへ憧れていたメンバーも、TRACK15としては歌を中心に考えたアレンジに取り組んでいます。

寺田が演奏の原点として挙げたアベフトシのカッティングと、TRACK15で実際に演奏するギターの役割が必ずしも一致しないことも、その一例です。

4人の好みが最初から同じだったからこそ音楽がまとまったのではなく、異なる背景を持つメンバーが一つの楽曲へ向き合うことで、バンドの表現が育っていきました。

初のホール公演とアニメ主題歌までの歩み

TRACK15の活動は、ライブハウスでの演奏を重ねる中で少しずつ規模を広げていきました。

2024年11月には東京・渋谷WWW Xで初の東京ワンマンライブを開催しました。

2025年には2ndミニアルバム『season』に伴う東名阪での公演や、大阪・BIGCATでのワンマンライブも経験します。

そして2026年1月23日、東京・LINE CUBE SHIBUYAで初のホールワンマンライブを開催しました。

この公演はチケットが完売し、ライブハウスからホールへと活動の舞台を広げた節目になりました。

さらに2026年10月には、TRACK15にとって初めてのアニメ主題歌となる「手と手」を発表しました。

同曲はテレビアニメ『桃源暗鬼』の日光・華厳の滝編エンディング主題歌として制作され、10月14日に配信リリースされています。

TRACK15がアニメ作品のために楽曲を書き下ろしたのは、これが初めてでした。

蓮は主題歌の発表に際し、原作で描かれる、思っていることを言い出せずに抱え込んでしまう心の葛藤に、自分の経験と重なる部分を感じたと明かしています。

そして、弱さを抱えているからこそ理解できる気持ちがあるという思いを、楽曲制作に込めました。

以前から蓮が大切にしてきた、聴き手の気持ちに寄り添う歌詞作りが、アニメ作品の物語に向き合う制作へもつながっています。

友人からもらったアコースティックギターで弾き語りを始めた蓮と、それぞれ異なる音楽を聴いて育った3人。

その4人がSNSを通じて出会い、初めてのセッションを楽しみ、サイゼリヤでバンドを組むことを決めました。

駅の案内表示から名前が生まれ、初期の作曲担当の変化をきっかけに蓮が曲作りを担い、4人で一つの音を組み立てていくようになりました。

TRACK15の音楽の始まりは、異なる道を歩んできた4人が偶然つながり、自分たちらしい歌と演奏を探し続けた時間にあります。

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