| メンバー | 担当 |
|---|---|
| AirA | Vo |
| ユウキ サダ | Ba / Vo |
| SOI ANFIVER | Gt / Comp / Trackmaker |
OddRe:は「オドレ」と読む、AirA、ユウキ サダ、SOI ANFIVERによる3ピースバンドです。
2024年6月に結成された3人は、いずれも音楽塾ヴォイスに通っていたものの、音楽の入り口は驚くほど違っていました。
QueenやLady Gagaが流れる家庭で歌に惹かれたAirA、クラシックから数多くの楽器を渡り歩いてベースへたどり着いたユウキ サダ、ロックからブルース、ヒップホップ、ハウス、DTMへと制作領域を広げたSOI。
3本の異なる音楽ルーツが音楽塾ヴォイスで交差し、結成前から存在していた「FEVER TIME」のデモを起点にOddRe:の音が形になっていきました。
| 音楽史の段階 | OddRe:の歩み |
|---|---|
| 3人の音楽の原点 | 歌、クラシック、ロック、ブルース、DTMなど、それぞれ異なる入口から音楽へ進む |
| メンバーとの出会い | 音楽塾ヴォイスでサダとSOIが知り合い、のちにAirAが紹介される |
| 結成 | 2024年6月、AirA・ユウキ サダ・SOI ANFIVERの3人でOddRe:を結成 |
| 初期活動 | 2025年6月に初ライブを行い、6月18日に1st Digital Single「FEVER TIME」をリリース |
| メジャーデビュー | 2026年2月18日、「Revival」でIRORI Recordsからメジャーデビュー |
| 認知の拡大 | 2026年、「睡る君」がBillboard JAPAN Heatseekers Songsで3週連続1位、上半期9位を記録 |
3人それぞれの音楽ルーツからOddRe:の音が始まった
OddRe:の音楽をたどると、最初から3人が同じジャンルを目指していたわけではないことが分かります。
家庭で流れていた音楽も、最初に手にした楽器も、演奏と制作への向き合い方も別々でした。
その違いこそが、ブルースロック、ファンク、ディスコ、ヒップホップ、ハウス、J-ROCK、ボーカロイドなどを横断するOddRe:の土台になっています。
AirA|QueenとLady Gagaが流れる家庭から歌手を目指す
AirAの音楽の入り口には、母親が聴いていた音楽がありました。
子どものころからQueenのフレディ・マーキュリーやLady Gagaに触れ、小学校に入るとボーカロイド、中学生になるとVaundyやRADWIMPSなどにも聴く音楽を広げています。
ただ音楽を聴くだけではなく、かなり早い段階から「歌う側」になることを意識していました。
歌う仕事をやりたいとちゃんと思うようになったのは小学4年生です。
出典:EYESCREAM「POWER PUSH! Collaboration: 現代を踊らせるOddRe:のミクスチャーサウンド」
高校では軽音部に入り、仲間と一緒に音を鳴らす楽しさを経験します。
もともとはソロで歌う方向も考えていたAirAにとって、この軽音部での経験は「バンドで音楽をする」という選択肢につながる出来事でした。
ユウキ サダ|『のだめカンタービレ』から複数の楽器、そしてベースへ
ユウキ サダも、幼いころから家庭に音楽がある環境で育っています。
家ではGreen DayやAvril Lavigneなどが流れていましたが、自身が強く惹かれた最初の世界はロックではなくクラシックでした。
きっかけはドラマ・アニメ化もされた『のだめカンタービレ』で、主人公の姿に憧れてピアノを始めています。
その後の楽器遍歴はかなり幅広く、小学生でピアノと琴、中学生でアコースティックギター、高校の吹奏楽部ではアルトサックスとソプラノサックスを担当しました。
大学では音楽を専攻して声楽を学び、軽音サークルではエレキギターを持ってギターボーカルも経験しています。
音楽塾ヴォイスへも、もともとはアコースティックギターで弾き語りをするシンガーソングライター志望として入りました。
ところが入塾後にベースを勧められ、ここで大きく方向が変わります。
ベースを始めてから特に多くコピーしたのがRed Hot Chili Peppersで、八十八ヶ所巡礼とベーシストのマーガレット廣井からも影響を受けたと本人がBass Magazineで語っています。
ピアノ、琴、ギター、サックス、声楽を経験したあとにベースへ進んだ経歴を見ると、OddRe:でのユウキ サダは「最初からベーシストを目指していた人」ではありません。
複数の楽器を渡り歩いた先で、バンドを組むための新しい楽器としてベースに出会ったことになります。
SOI ANFIVER|ロック少年から作曲・DTMへ広がった音楽の原点
OddRe:で作曲やトラックメイクを担うSOI ANFIVERの原点にも、家庭で流れていたロックがありました。
幼少期にはELLEGARDENやASIAN KUNG-FU GENERATION、Linkin Park、Sum 41、The Offspring、Fall Out Boyなどを聴き、小学生になるとRADWIMPS、さらに小学4年生ごろにはONE OK ROCKへ強く惹かれています。
同じころからギターに触れ、小学校高学年から中学1年生ごろには遊び感覚で作曲も始めました。
演奏を始めてからは、Lenny Kravitz、Jimi Hendrix、Stevie Ray Vaughanらにつながるファンクロックやブルースロックへと関心が深まります。
一方でEminemやDr. Dreなどのヒップホップ、JusticeやDaft Punkなどのフレンチハウスも聴き、ジャンルを横断して「面白い」と感じた音を吸収していきました。
やりたい音楽が一つに定まらなかったことから、次第にDAWを使った個人制作が中心となり、エレクトロやハウスの制作方法へギターサウンドを組み込むスタイルを作っていきます。
さらにMichael Jacksonだけでなく、その作品を支えたQuincy JonesやRod Tempertonについても、自身のルーツに近い存在として挙げています。
ブルースのギターフレーズとハウスのビートを同居させる「FEVER TIME」は、SOIが長い時間をかけて作ってきた制作スタイルがOddRe:の曲として結実した一例でした。
音楽塾ヴォイスで出会い、2024年6月にOddRe:を結成
別々の音楽を聴き、別々の道から音楽へ入った3人が交わった場所が、音楽塾ヴォイスでした。
結成の流れは、最初から3人が集められたのではなく、ユウキ サダとSOIの関係が先にでき、そこへAirAが加わるという順序です。
サダがSOIを「先生」だと思って話しかけた
サダとSOIは、ヴォイスで授業を受ける曜日が同じでした。
ロビーで顔を合わせる機会が増え、同い年だったこともあって音楽の話をするようになります。
ただ、最初の会話は「同世代の生徒だから」と自然に始まったものではありませんでした。
サダは入塾したばかりのころ、ロビーのソファーでパソコンを広げていたSOIを見て、その雰囲気からヴォイスの先生だと思い込んだそうです。
そこで敬語で音楽理論を教えてほしいと声をかけたことが、2人の最初の接点になりました。
バンドを組みたいと思ってヴォイスへ入っていたサダにとって、曲を作れるSOIとの出会いは大きなものでした。
「バンドをやろう」とSOIを誘い、AirAが加わって3人になった
2人が親しくなったあと、バンド結成へ先に動いたのはサダでした。
EYESCREAMのインタビューでは、都営大江戸線のホームでサダからSOIへバンドをやりたいという話をしたことまで振り返られています。
SOIは当時、誰かとバンドを組むことを強く考えていたわけではなく、一人で完結する制作にも可能性を感じていました。
それでも、音楽の相性だけではなく人間的な相性もあったサダからの誘いだったこと、そしてSOIの制作を尊重するバンド像だったことから参加へ進みます。
この時点でSOIはすでに曲を作っており、のちにOddRe:の1st Digital Singleとなる「FEVER TIME」のデモも存在していました。
最初はサダがそのデモを歌いましたが、ベースボーカルだけでは表現に限界があると考え、ボーカリストを探すことになります。
そこでヴォイス側から紹介されたのがAirAでした。
高校の軽音部でバンドの楽しさを知っていたAirAが加わり、2024年6月、AirA・ユウキ サダ・SOI ANFIVERによる3人のOddRe:が成立しました。
「Odd」「Re:」「踊れ」が重なるバンド名
OddRe:という名前には、3人の在り方と音楽の方向性が重ねられています。
公式プロフィールでは、風変わりな人たちを示す「Odd」と、返信を意味する「Re:」を組み合わせた名前として示されています。
さらに日本語で読むと「オドレ」となり、「踊れ」という言葉にもつながります。
それぞれ違う個性を持つ3人が時代へ音楽で返信し、その音で踊る――という複数の意味が、一つのバンド名に重なっています。
結成前の「FEVER TIME」がOddRe:の音を形にした
メンバーが揃ったあと、OddRe:の音楽を具体的な形にするうえで重要になったのが「FEVER TIME」でした。
この曲はOddRe:結成後にゼロから作られたのではなく、SOIがバンド結成前から持っていたデモが出発点です。
AirAがデモへ歌を入れた「始まりの瞬間」
AirAが加入すると、SOIは「FEVER TIME」をそのまま使うのではなく、AirAの声やパーソナリティを受けてメロディーや言葉を作り直しました。
作曲者が先に完成形を決め、あとからボーカルを当てはめたのではなく、メンバーが加わったことで曲そのものも変化したことになります。
AirAが「FEVER TIME」のデモに歌を入れてくれたのを聴いた衝撃がOddRe:のはじまりの瞬間だった。
出典:月刊ローチケ「OddRe: インタビュー」
バンドの結成日は2024年6月ですが、SOI自身が音楽的な「始まり」として強く記憶しているのは、AirAの声が「FEVER TIME」のデモに入った瞬間でした。
異なるルーツを持つ3人が集まっただけでなく、その個性が実際の一曲の中で噛み合ったことで、OddRe:の音が輪郭を持ち始めたわけです。
初ライブから1st Digital Single「FEVER TIME」へ
結成から約1年後の2025年6月16日、OddRe:は東京・TOKIO TOKYOで行われた「FREE!!! vol.37」で初ライブを行いました。
その2日後の6月18日、「FEVER TIME」を1st Digital Singleとして正式にリリースします。
OddRe:公式ディスコグラフィーでも、「FEVER TIME」は2025年6月18日発売の最初のシングルとして掲載されています。
一方、音楽塾ヴォイスの公式略歴には、これより前の2025年3月に「CRASH OUT!!! (Lyric Video)公開」という記録があります。
そのため、OddRe:の初期活動では最初期に公開された映像・音源と、最初の正式な配信シングルを同じ意味の「デビュー曲」として混同しないことが重要です。
「FEVER TIME」は結成前のデモからメンバー3人の個性を反映する形へ作り直され、初ライブ直後に最初の正式な配信シングルとして世に出ました。
初EPを経て「Revival」でメジャーデビュー
「FEVER TIME」以降、OddRe:はシングルを重ね、2025年11月26日に1st EP『THE GOLDEN PROTOTYPE.』をリリースしました。
そして2026年2月、結成から1年8か月ほどでメジャーデビューという次の節目へ進みます。
『THE GOLDEN PROTOTYPE.』に初期OddRe:の音をまとめた
『THE GOLDEN PROTOTYPE.』は、OddRe:にとって最初のEPです。
「FEVER TIME」「CRASH OUT!!!」「shiori」「ai my me」「東京ゴッドストリートボーイズ」の5曲を収録し、2025年6月から続いてきた初期のリリースが一つの作品にまとまりました。
作品一覧を増やすというより、バンド結成後に作られてきた音楽を「最初のまとまった形」として提示したことが、音楽史上の意味になります。
SOIの幅広い制作ルーツにAirAとサダの個性が重なるという、結成時に描いていたバンド像が複数曲を通して見える段階に入った作品でもありました。
初ワンマンで発表されたIRORI Recordsからのメジャーデビュー
2026年2月5日、OddRe:は東京・SHIBUYA WWW Xで初ワンマンライブ「OddRe: showcase LIVE “TAPE:C-46”」を開催しました。
本編を終えたあと、会場スクリーンの映像でメジャーデビューが発表され、アンコールではメジャーデビュー曲となる「Revival」を初披露しています。
そして2月18日、ポニーキャニオン内のレーベルIRORI Recordsから「Revival」を配信し、メジャーデビューしました。
音楽塾ヴォイスで出会って結成した3人は、初ライブから約8か月後、初ワンマンのステージで次の活動段階へ進むことを発表したことになります。
この初ワンマンで演奏された「FEVER TIME」は、OddRe:公式YouTubeでもライブ映像として公開されています。
結成前のデモから始まった「FEVER TIME」が、メジャーデビュー発表の場となった初ワンマンでも演奏されていることは、OddRe:の初期音楽史を一本につなぐ映像記録でもあります。
「睡る君」がチャートに残した最初の大きな結果
メジャーデビュー後のOddRe:が、数字として明確な結果を残した楽曲の一つが2026年5月1日リリースの「睡る君」です。
ここで重要なのは、「話題になった」「人気が出た」という曖昧な表現ではなく、Billboard JAPANのチャートで固定された記録が残っていることです。
Heatseekers Songsで初登場から3週連続1位
「睡る君」は、2026年5月20日公開のBillboard JAPAN「Heatseekers Songs」で初登場1位を獲得しました。
翌週も首位を守り、5月25日から31日を集計したチャートでも1位となったことで、初登場から3週連続1位を記録しています。
Heatseekers Songsは、ラジオ、ダウンロード、ストリーミング、動画再生などのデータをもとに、急上昇中のアーティストを抽出するBillboard JAPANのチャートです。
そのため、この3週連続首位はOddRe:の認知が広がった時期を確認する、客観的な指標の一つとして見ることができます。
2026年上半期9位が示した認知の広がり
「睡る君」は週間チャートだけで終わらず、2026年6月5日に発表されたBillboard JAPAN上半期「Heatseekers Songs」でも9位に入りました。
一曲の週間1位だけではなく、上半期チャートでもトップ10に残ったことで、OddRe:にとって最初期の大きな認知拡大を示す固定された記録になっています。
Queenやクラシック、ポップパンク、ブルース、ヒップホップ、ハウスまで異なる場所から始まった3人の音楽は、ヴォイスでの出会いと「FEVER TIME」を経て一つのバンドになり、メジャーデビュー後にはチャートにも具体的な記録を残しました。
2024年6月の結成からたどると、OddRe:の始まりは一つのジャンルではなく、それぞれ違う音楽を持った3人が出会い、その違いを消さずに一つの音へ変えていった過程そのものにあります。

