麻倉ももの音楽ルーツ|ミュージカル部からソロデビューまで

麻倉ももの音楽ルーツを、人物イラストと校舎、舞台照明、レコードで表現。「ミュージカル部からソロデビューまで」と記したビジュアル。 ソロアーティスト
項目プロフィール
活動名麻倉もも(あさくら もも)
出身地福岡県
所属事務所ミュージックレイン
音楽活動ソロ歌手、声優ユニットTrySail
TrySailでのCDデビュー2015年5月13日「Youthful Dreamer」
ソロデビュー2016年11月2日「明日は君と。」

声優ユニットTrySailのメンバーとして、そしてソロ歌手としても活動する麻倉もも。明るく柔らかな歌声で知られる彼女の音楽の原点は、声優事務所に入るよりも前、中学時代のミュージカル部にありました。

麻倉ももが音楽の世界へ踏み出したきっかけは、小学生の頃に見た学園祭のミュージカルです。その舞台に憧れて進学先を選び、入学後は歌やダンス、演技に親しみました。

その音楽部には、のちにシンガーソングライターとしてデビューする家入レオも所属していました。二人は同じ舞台に立ち、お互いの夢を知る間柄になります。

麻倉が声優を目指すようになったのは、部活動で朗読を褒められたことから。さらに、夢を追って上京する家入の言葉が、諦めかけていた声優への挑戦を後押ししました。

2011年のオーディション合格を経て声優となり、2015年にはTrySailでCDデビュー。2016年にはHoneyWorksが楽曲を手がけた「明日は君と。」でソロ活動を始めます。

ただ、最初から自分の歌いたい音楽や表現したい世界観が明確だったわけではありません。さまざまな作品と向き合いながら、自分の好みや歌の主人公を描く方法を見つけていきました。

音楽史の段階麻倉ももの歩み
音楽の原点小学生の頃、学園祭で見たミュージカルに憧れる
最初の音楽活動中学・高校の音楽部で歌、ダンス、演技を経験
重要な出会い音楽部で家入レオと共演。声優への挑戦を後押しされる
声優活動の開始2011年にオーディション合格、2012年から声優活動
音楽ユニットでのデビュー2015年、TrySailとして「Youthful Dreamer」を発売
ソロ活動と表現の発展2016年「明日は君と。」でソロデビュー。楽曲制作への関わりを深める

麻倉ももの音楽の原点は中学時代のミュージカル

麻倉ももが歌や演技に本格的に取り組み始めたのは、中学校の音楽部でした。一般的な合唱や楽器演奏だけを行う部活動ではなく、ミュージカルを上演する場所です。

そこで身につけたのは、歌を歌うことだけではありません。一人の登場人物として舞台に立ち、仲間と一つの作品を作る経験でした。

小学生の頃に見た学園祭の舞台が音楽部を目指すきっかけ

麻倉は小学生の頃、中学受験に向けて複数の学校を見学していました。

その中で訪れた学校の学園祭で、音楽部によるミュージカルを目にします。

2024年2月のReal Soundによる家入レオとの対談で、麻倉は当時を振り返り、自分もその学校に入って音楽部へ入りたいと親に伝えたことを明かしました。

本人によれば、最も心を動かされたのは、自分が舞台に立つ姿を想像したこと以上に、大勢で一つのステージを作り上げている光景でした。

出演者が歌い、踊り、演じながら一つの物語を完成させる。その様子が楽しそうで、自分も加わりたいと感じたのです。

そして希望していた学校への入学後、すぐに音楽部へ入部届を出しました。

歌手としてデビューすることや、音楽作品を発売することを最初から目指していたわけではありません。学校の舞台を見て、その中に入りたいと思ったことが、確認できる音楽活動の出発点でした。

音楽部で学んだ歌・ダンス・演技と『赤毛のアン』

入部した麻倉は、ミュージカルに必要な歌やダンス、お芝居に取り組みました。

2014年6月のGamerのインタビューでは、部活動で歌やダンスのレッスンを受けることが大好きだったと語っています。

高校2年生の最後の公演で上演した作品は『赤毛のアン』。麻倉は主人公アンを演じました。

ただし、本人が最初からアン役を希望していたわけではありません。

部内のオーディションでは、主人公の友人ダイアナを演じるつもりで受けていたそうです。それがアン役に決まり、本人も意外に感じたと振り返っています。

希望していた役とは違いましたが、最終的には楽しく演じられたと話していました。

この時期の麻倉にとって、歌と演技は別々の活動ではありませんでした。ミュージカルでは、歌うことも、せりふを話すことも、登場人物を表現するための手段だったのです。

また、音楽の好みという点では松田聖子への憧れもありました。

声優グランプリの2014年のインタビューでは、母親とともに松田聖子が大好きだと話し、甘さと少しハスキーな響きを併せ持つ歌声や、ステージでの立ち居振る舞いを高く評価しています。

2020年には松田聖子の楽曲をカバーする企画にも参加しました。母親と一緒に親しんでいた音楽を、自身が歌う側として表現する機会を得たことになります。

家入レオとの出会いが声優への挑戦を後押しした

中学・高校時代の麻倉ももの音楽史で欠かせない人物が、同級生の家入レオです。

二人は同じ音楽部で舞台に立ち、それぞれが将来の夢を抱いていました。しかし、麻倉は家入のように自分の目標へ迷わず進めていたわけではありませんでした。

音楽部に誘った同級生と『サウンド・オブ・ミュージック』で共演

麻倉と家入は、福岡で中学校から高校時代をともに過ごした同級生です。

音楽部には麻倉の方が先に入っており、家入は途中から参加しました。

2024年のReal Soundの対談で、麻倉は家入を音楽部へ誘ったのは自分だったと明かしています。

当時の家入は、すでに歌手になるという夢を持ち、教室で歌うこともありました。麻倉はその歌声を知っており、彼女が音楽部に入れば素敵な舞台を作れると考えたそうです。

二人がともに出演したミュージカルには『サウンド・オブ・ミュージック』がありました。

家入の回想によると、麻倉がお姉ちゃん役、家入がその弟役を演じた舞台で、二人の距離が縮まったといいます。

興味深いのは、この段階ですでに二人の進みたい方向が異なっていたことです。

家入は自分で曲を作り、歌手になる夢を周囲に話していました。一方の麻倉は、声優になりたいという思いを持ちながらも、それを広く周囲へ打ち明けていたわけではありません。

それでも家入には、自分の夢を伝えていました。

声を褒められた経験から声優に憧れるように

麻倉が声優という職業に興味を持った直接のきっかけは、部活動で朗読を褒められた経験でした。

2014年のGamerのインタビューでは、朗読をした際に声優に向いているのではないかと言われたことが嬉しく、声優を目指すきっかけになったと説明しています。

それまで自分が褒められることはあまりなかったと感じていたため、その言葉が強く印象に残ったそうです。

ただ、声優への憧れが芽生えたからといって、すぐにその道へ進むと決めたわけではありません。

芸能の世界に入ることは簡単ではないと考え、現実的には難しいのではないかという思いもありました。

学校へ提出する進路希望には、保育士になりたいと書いていたといいます。

声優になりたいという夢と、実際に選ぼうとしていた進路は、まだ一致していませんでした。

家入レオの上京と一言がオーディション応募の決め手に

その状況を変えたのが、家入レオの上京でした。

家入は歌手になる夢を追い、福岡の学校から東京の芸能科のある高校へ編入することになりました。

転校する際、家入は麻倉にも夢へ向かって頑張ってほしいという言葉をかけています。

2024年のDI:GA ONLINEの対談で、麻倉は家入について次のように語りました。

私にとってはもう始まりの人ですし、いつもきっかけをくれる、大事なところにいる人ですね。

出典:DI:GA ONLINE「家入レオ×麻倉もも 日比谷野音で競演予定の二人のスペシャル対談」(2024年2月21日)

夢のために実際に行動する同級生の姿と、その励ましを受けた麻倉は、諦めかけていた声優への挑戦を決意します。

そして、第2回ミュージックレインスーパー声優オーディションに応募しました。

なお、オーディションの募集そのものは友人から教えてもらったと2014年に説明しています。募集を知った経緯と、応募を決断したきっかけは別の出来事でした。

家入が上京してからしばらくの間、麻倉は福岡に残り、テレビなどを通じて同級生の活躍を見る立場でした。

のちに自分も事務所へ所属した頃、福岡のキャナルシティ博多で行われた家入のリリースイベントへ、同級生たちと足を運んだこともあります。

そのとき家入と話す機会がありましたが、まだレッスンを受けている段階だった麻倉は、事務所に入ったことを伝えませんでした。自分の活動に納得できたときに、改めて連絡したいと思ったそうです。

学生時代に同じ舞台に立っていた二人は、ここから声優と歌手という別々の道を歩き始めました。

声優デビューからTrySailでの音楽活動へ

2011年、麻倉ももは第2回ミュージックレインスーパー声優オーディションに合格しました。

このオーディションを通じて出会ったのが、のちにTrySailをともに結成する雨宮天と夏川椎菜です。

2011年のオーディション合格と声優活動の始まり

オーディションに合格した麻倉は、ミュージックレインに所属し、2012年から声優として活動を始めました。

声優として最初期に経験した仕事の一つが、『アイドルマスター ミリオンライブ!』の箱崎星梨花役です。

2014年のGamerのインタビューでは、この役が初めて合格した作品だったと紹介されています。

音楽部で経験してきた歌や演技とは異なり、声だけでキャラクターの感情を伝える仕事が始まりました。

また、『アイドルマスター』のようにキャラクターとして歌う活動にも参加するようになります。

麻倉自身は、声優が歌ったり踊ったりする仕事について、事務所に入る前はそれほど詳しく知らなかったと語っています。

学生時代にはミュージカルで歌っていたものの、声優としての歌唱活動は、芸能の世界へ入ってから経験を重ねていく分野でもありました。

突然告げられたTrySail結成と「Youthful Dreamer」

麻倉もも、雨宮天、夏川椎菜の3人は、同じオーディションの合格者として、声優活動をしながらレッスンやラジオ番組などで一緒に過ごすようになりました。

その3人が音楽ユニットを組むことになります。

ただし、最初から本人たちがユニット結成を計画していたわけではありません。

2025年にソニーミュージックグループのCocotameで公開された10周年記念インタビューでは、結成が突然告げられた経緯が明かされています。

夏川椎菜によると、ある日3人が事務所へ呼ばれ、会議室でスタッフと当時の社長からユニットを組むことを知らされたそうです。

麻倉は、それ以前に先輩声優ユニットのスフィアのような活動を自分たちはしないだろうとスタッフから聞かされていたことも振り返っています。

TrySailは、3人が自主的に集まって結成したユニットではなく、同じ事務所の声優として活動してきた3人によって生まれたユニットでした。

2015年3月16日、ミュージックレインはTrySailのデビューを正式に発表しました。

そして同年5月13日、テレビアニメ『電波教師』のオープニングテーマ「Youthful Dreamer」でCDデビューを果たします。

活動を重ねるにつれ、3人のライブに対する姿勢も変化しました。

2025年のCocotameのインタビューでは、当初はスタッフが決めていたライブのセットリストについて、3人自身で考えたいと思うようになったことを麻倉が語っています。

あるときラジオ収録後に3人で飲食店へ集まり、楽曲を聴き直しながらセットリストを話し合いました。閉店間際まで意見を交わし、曲の順番を考えたそうです。

ユニット結成は事務所から告げられたものでしたが、活動を続ける中で、ライブをどのように見せるかを自分たちで考えるようになっていきました。

HoneyWorksによる「明日は君と。」でソロ歌手デビュー

TrySailで音楽活動を重ねていた麻倉ももは、2016年に個人名義の歌手活動を始めます。

ソロデビュー曲は「明日は君と。」。楽曲制作を担当したのは、クリエイターユニットのHoneyWorksでした。

2016年に始まった個人名義の音楽活動

2016年8月28日、麻倉もものソロデビューが発表されました。

すでにTrySailでCDを発売し、声優としてキャラクターソングなども歌っていましたが、ここからは「麻倉もも」個人の名前で音楽作品を届けることになります。

同年11月2日に発売されたデビューシングルが「明日は君と。」です。

HoneyWorksは表題曲だけでなく、カップリング曲の制作も担当しました。

ソニーミュージックの公式ディスコグラフィーでは、この作品を麻倉のソロデビューシングルとして掲載しています。

そのため、麻倉の音楽活動を整理する際には、2015年のTrySailでのCDデビューと、2016年のソロ歌手デビューを区別する必要があります。

それぞれ独立した名義での音楽活動であり、2016年に初めて人前で歌い始めたわけではありません。

デビュー曲と映画挿入歌「花に赤い糸」の制作体制

デビューシングルには「明日は君と。」と「花に赤い糸」の2曲が収録されました。

どちらも作詞・作曲・編曲をHoneyWorksが担当しています。

「花に赤い糸」は、HoneyWorks原作のアニメーション映画『好きになるその瞬間を。~告白実行委員会~』の挿入歌です。

麻倉は同シリーズで瀬戸口雛の声も担当しており、声優として関わる作品と、ソロ歌手としての最初のシングルが接点を持つ形になりました。

この時期の楽曲制作はHoneyWorksが担っています。麻倉が自ら作詞・作曲した作品として扱うのではなく、提供された楽曲を歌手としてどう表現していったかが重要です。

なお、のちのソロ作品では、麻倉自身がサウンドや歌詞の世界観について積極的に提案するようになります。

最初は自分の歌いたい世界観も分からなかった

ソロデビューを果たした麻倉ですが、当初から自分の音楽の方向性を明確に決めていたわけではありません。

2023年8月のリスアニ!のインタビューで、デビュー当初は自分がどのような音楽を好み、どのような世界観を表現したいのか分からず、戸惑っていたと振り返っています。

ソロデビューが決まり、歌手として作品を発表することになったものの、その活動を通じてどんな姿を見せたいのかは、経験を重ねながら考えていくことになりました。

2018年10月3日には1stアルバム『Peachy!』を発売。同年10月から11月にかけては、舞浜アンフィシアターで初のソロワンマンライブを開催しました。

自分の名前を掲げたステージで、数多くの楽曲を観客へ届ける経験を重ねます。

2020年4月には2ndアルバム『Agapanthus』を発売しました。

その発売を前にしたファミ通.comのインタビューでは、活動の初期には何を歌いたいか分からなかったものの、少しずつ自分のやりたいことが見えるようになり、制作にも深く関わるようになったと説明しています。

およそ2019年頃からは、楽曲を選ぶ段階や制作過程で、自分の希望を伝える機会が増えていきました。

麻倉のソロ活動は、最初から完成された音楽像を表現するものではなく、歌い続ける中で自分の好みと表現方法を見つけていく過程でもありました。

その変化は、2022年以降の作品制作に具体的に表れています。

歌の主人公を描きながら自分らしい音楽を形作る

麻倉もものソロ音楽には、恋愛を題材にした曲や、物語の登場人物を思い浮かべながら歌う作品が数多くあります。

本人は、作詞家や作曲家から提供された作品についても、どのような人物が歌っているのか、どんな情景が浮かぶのかを考えてきました。

やがて、曲を受け取って歌うだけではなく、歌詞の物語やサウンドの方向性を自ら提案するようになります。

物語を思い描いて歌う表現方法と「monologue」

麻倉の音楽表現を理解するうえで興味深いのが、2022年7月27日発売の3rdアルバム『Apiacere』に収録された「monologue」です。

この曲では、麻倉が楽曲から思い浮かべた登場人物と出来事を、簡単な物語の形にして作詞者へ伝えています。

2022年のリスアニ!のインタビューで、その具体的な内容を明かしました。

麻倉が想像した主人公には、近所に住む幼なじみの年上の男性がいました。主人公は長い間、その人に恋心を抱いていましたが、男性が結ばれた相手は主人公の姉だったのです。

そして、曲の中で主人公が歌っている場面として麻倉が設定したのは、二人の結婚式でした。

好きだった相手と、大切な姉が結婚する。主人公は複雑な思いを抱えながらも、二人を笑顔で送り出そうとする人物として描かれています。

麻倉はこの設定を作詞者へ伝え、細部をすべて直接説明するのではなく、歌詞として自然に表現してもらったと振り返っています。

ここで麻倉が担当したのは、歌詞そのものの執筆ではなく、歌詞の土台となる人物像やストーリーの提案でした。

また、同じアルバムに収録された「フラワーズ」では、絵本の中に登場するクマのような小さな生き物の夫婦を想像しながら歌ったとも話しています。

人間の恋愛に限定せず、架空の生き物や物語の世界を思い描き、その登場人物の気持ちで歌うという表現方法です。

学生時代にミュージカルで役を演じていた麻倉にとって、歌に登場する人物を想像することは、自然に取り組める表現の一つだったのかもしれません。

ただし、本人がミュージカル経験をこの歌唱方法の直接的な原因だと明言しているわけではありません。両方に共通しているのは、歌を一つの物語として捉える姿勢です。

「eclatante」に表れた新しい楽曲への挑戦

『Apiacere』のリード曲「eclatante(エクラタンテ)」も、麻倉自身の希望から制作が始まった作品です。

本人が挑戦したいと考えたのは、ブラスを取り入れたジャジーな楽曲でした。

リスアニ!のインタビューで、その出発点を次のように説明しています。

まずブラス曲をやりたくて。

出典:リスアニ!「麻倉ももは3rdアルバム『Apiacere』でどんな音楽を歌うのか?」(2022年7月27日)

ただし、大人っぽいジャズ曲をそのまま歌いたかったわけではありません。

それまでの麻倉ももの楽曲が持っていた明るさや、かわいらしさを残したまま、ブラスの響きを取り入れたいという希望がありました。

作曲家のけんたあろはが用意した候補曲から選び、制作を進めていきましたが、デモの段階と完成した音源とでは印象が大きく変わったそうです。

最初に聴いたときは、完成版とは楽器の種類も違い、ジャズらしさがまだ強く出ていなかったといいます。

そこから楽器の響きやアレンジが加わり、本人が思い描いていた方向へと仕上がっていきました。

麻倉は同じインタビューで、曲選びの際に、より大人っぽい方向よりもファンタジーを感じる曲を選んだり、きらびやかな音を加えてほしいと希望したりすることがあるとも語っています。

新しい音楽へ挑戦するときも、自分が好きな音の雰囲気や、歌手・麻倉ももとして表現したい世界観を基準に選んでいたことが分かります。

「HIT GIRL NUMBER」で広がった歌唱表現と制作への関わり

2024年8月21日に発売された4thアルバム『ChouChou』では、麻倉の音楽表現にさらに新しい要素が加わりました。

アルバムの1曲目に収録された「HIT GIRL NUMBER」です。

この曲の制作は、麻倉がSNSで流行している音楽を調べるようになり、耳に残る中毒性のある楽曲を作りたいと考えたことから始まりました。

本人と制作スタッフは、繰り返されるサビのフレーズや、ラップのようなリズムを持つ部分を取り入れる方向で話し合ったそうです。

麻倉が目指したのは、サウンドはかっこよくても、歌い方には柔らかさやかわいらしさがある表現でした。

しかし、完成した楽曲は本人の想像以上に難しいものでした。

2024年のリスアニ!のインタビューでは、ラップのようなパートに取り組む際、制作側からリズムの取り方や歌い方を説明する動画を送ってもらい、レコーディングに生かしたことを明かしています。

慣れている歌い方をそのまま使うのではなく、新しいリズムの表現を学びながら録音した作品でした。

また、『ChouChou』の制作では、自分のやりたいことを実現するためにスタッフと相談し、普段は積極的に聴いていなかった新しい音楽についても、参考になる作品を探すようになったと説明しています。

2025年の「めいきゅーらぶみー」に関するインタビューでは、曲の方向性が制作チームと明確に共有され、最初に届いたデモを聴いた段階で、自分が求めていたものだと感じたと話しました。

初期には、自分の好きな音楽が何なのかも分からなかった麻倉が、作品制作を重ねる中で、自分の希望を具体的に伝えられるようになっていったのです。

歌詞の物語を想像すること、楽曲のサウンドを提案すること、難しい歌唱表現を学ぶこと。それぞれ異なる方法で、麻倉は自分の歌の表現を広げてきました。

家入レオとの「希望の名前」で学生時代の夢がつながる

麻倉ももがソロ歌手として作品を重ねたのち、学生時代からのつながりが一つの楽曲になりました。

2024年2月21日に配信された、家入レオとのコラボシングル「希望の名前」です。

かつてミュージカル部でともに歌い、声優と歌手という異なる夢を抱いていた二人が、同じ音楽作品に参加しました。

家入レオからの誘いで実現したコラボレーション

「希望の名前」が生まれたきっかけは、家入レオが楽曲のメロディーに出会ったことでした。

家入はその音楽から、明るさの中に切なさがあるような印象を受け、歌いたいと感じたといいます。

そして曲を聴いているとき、麻倉ももの顔が浮かんだそうです。

当時、家入は日比谷野外大音楽堂での公演を計画していました。その機会に麻倉と一緒に歌うことができたら、という思いも重なりました。

2024年のDI:GA ONLINEの対談によると、家入は直接会って話す機会を探していましたが、予定が合わず、電話で麻倉へ共演を申し込んだそうです。

麻倉は、家入から直接電話で誘ってもらえたことが嬉しく、一緒に歌うことを快諾しました。

「希望の名前」の作詞は家入レオが担当し、澤田空海理が共同作詞と作曲・編曲を手がけています。

歌詞には、家入が麻倉と過ごした学生時代や、互いの夢を追って歩んできた時間への思いが込められました。

レコーディングでも、二人の関係が生きています。

DI:GA ONLINEの対談で麻倉は、家入が歌唱のディレクションをしてくれたことを明かしました。

家入は、学生時代の校舎の場所や当時の出来事を思い出すように伝えながら、麻倉の歌唱を導いたそうです。

麻倉はその言葉を受けて、二人で話したことや、声優を目指していた頃の気持ちを思い返しながら歌いました。

また、先に録音されていた家入の歌声を聴いたことで緊張もしましたが、安心して自分の歌を重ねることができたと振り返っています。

歌詞に込められた思いを理解している二人だからこそ、当時の記憶を具体的に共有できたレコーディングでした。

かつて同じ音楽部にいた二人が再びステージへ

「希望の名前」の発売後、2024年3月17日には東京・日比谷野外大音楽堂で、家入レオと麻倉もものツーマンライブが開催されました。

Real Soundの公演レポートによると、この日のステージは家入の「君がくれた夏」で始まり、麻倉が歌い、家入がアコースティックギターを演奏しました。

中学・高校時代に同じミュージカルの舞台に立っていた二人が、それぞれの活動を経て、今度はプロの歌手として同じステージに立ったのです。

この公演に先立つ2024年2月21日には、家入レオの公式YouTubeチャンネルで、麻倉ももをゲストに迎えた「in the House #27」も配信されました。

同級生だった二人が楽曲を一緒に発表することになった経緯や、学生時代の思い出に触れる公式の対談動画です。

2024年のReal Soundの対談では、麻倉は、声優として活動を始めたばかりの頃にこのような共演の話をもらっていたら、まだその時期ではないと考えていたかもしれないと話しています。

声優として経験を重ね、TrySailで歌い、ソロ歌手として作品を発表してきたからこそ、家入と対等に歌えると感じたのでしょう。

最初に家入を音楽部へ誘ったのは麻倉でした。その後、声優という夢を諦めかけていた麻倉の背中を押したのは、上京を決めた家入の言葉でした。

そして二人は、それぞれの夢を追い、別々の音楽活動を積み重ねた末に「希望の名前」を歌いました。

小学生の頃に学園祭で見たミュージカルに憧れ、入学した音楽部。そこで出会った同級生と、長い時間を経て完成させた一曲が「希望の名前」だったのです。

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