HANAの結成史|「No No Girls」で選ばれた7人のメンバーと「ROSE」デビューまで

HANAの結成史を、7人のシルエットと「No No Girls」から「ROSE」デビューまでの流れで示したビジュアル グループ・ユニット

HANAは、BMSGとちゃんみなが手がけたガールズグループオーディション「No No Girls」から誕生した7人組です。

CHIKA、NAOKO、JISOO、YURI、MOMOKA、KOHARU、MAHINAの7人が選ばれ、2025年4月2日に「ROSE」でメジャーデビューしました。

ただし、HANAの物語をデビュー日から始めると、その輪郭はかなり薄くなります。

始まりは2023年11月。自身もさまざまな場面で「NO」と言われてきたちゃんみなが、BMSGと組んで「No No Girls」を立ち上げたところまでさかのぼります。

7000通を超える応募から候補者が絞られ、Kアリーナ横浜の最終審査で7人が選ばれました。その課題曲だった「Drop」はHANAのプレデビュー曲になり、その後の「ROSE」へと続いていきます。

今回は、そんなHANAがどうやって生まれたのかを、「No No Girls」の始動から7人の選出、グループ名の由来、プレデビュー、メジャーデビューと最初の大きな転機まで時系列でたどります。

HANAは「No No Girls」から生まれた7人組

HANAは、BMSGがちゃんみなをプロデューサーに迎えて実施した「No No Girls」から誕生しました。

所属するのは、オーディションに先立ってBMSG傘下に立ち上げられたB-RAVEです。BMSGはプロジェクト発表時から、グループを受け入れる新たなプロダクションを設ける方針を示していました。

公式プロフィールでHANAを構成するメンバーとして掲載されているのは、CHIKA、NAOKO、JISOO、YURI、MOMOKA、KOHARU、MAHINAの7人です。

7人は同じ型へ当てはめられたメンバーではなく、それぞれ異なる声や得意分野を持っています。その違いを消さないことは、HANAのグループ設計そのものにも表れています。

CHIKA・NAOKO・JISOO・YURI・MOMOKA・KOHARU・MAHINAの7人

最終審査まで残った10人は、グループ課題曲「Drop」に加えて、ちゃんみなの楽曲から選んだソロパフォーマンスも披露しました。

HANAに選ばれた7人が最終審査で披露したソロ曲を並べると、メンバーごとの違いがよく分かります。

メンバー最終審査のソロ曲
CHIKA「美人」
NAOKO「^_^」
JISOO「I’m not OK」
YURI「ハレンチ」
MOMOKA「PAIN IS BEAUTY」
KOHARU「ディスタンス」
MAHINA「花火」

この7人が同じ日に同じ曲を歌って選ばれたからといって、HANAに固定された役割が置かれたわけではありません。

プロデューサーはちゃんみな|固定のリーダー・センターはいない

HANAのプロデューサーを務めるのは、オーディションの企画段階から選考、楽曲制作まで深く関わったちゃんみなです。

グループに「誰がリーダーなのか」「誰がセンターなのか」と気になる人も多いですが、この点はちゃんみな自身が明確に答えています。

「HANAにはセンターやリーダーはいません」

出典:Rolling Stone Japan「ちゃんみなが語る、怒涛のクリエイティブの裏側 HANAと自身のためにできること」

HANAは固定のリーダーやセンターを置かず、曲によって中心になるメンバーを変えるグループとして作られました。

ちゃんみなは同じインタビューで、7人にはそれぞれ違う声と世界観があるため、楽曲ごとにバランスを変えられると説明しています。

7人の個性をひとつの序列へ並べるのではなく、曲ごとに前へ出る魅力が変わる。この考え方は、HANAが生まれる前の「No No Girls」の思想とも重なっています。

始まりは2023年|BMSGとちゃんみなが「No No Girls」を始動

HANAの起点は、2023年11月4日にさかのぼります。

この日、ちゃんみなのステージにSKY-HIがサプライズ出演し、BMSGがちゃんみなをプロデューサーに迎えて新しいガールズグループを作るオーディション「No No Girls」を開催すると発表しました。

BMSG側はグループのための新たなプロダクションを傘下に設け、経営やマネジメントを担い、グループのプロデュースはちゃんみなへ任せる方針を示しています。

ちゃんみなの“NO”の経験から生まれたオーディション

「No No Girls」という名前の背景には、ちゃんみな自身の経験がありました。

BMSGがプロジェクトを発表した際、開催の出発点として示したのが、ちゃんみながさまざまな場面で「NO」と言われてきたことです。

「『NO』と言われてきた人たちの声を聞きたい」

出典:BMSG「BMSG×ちゃんみな【GIRLS GROUP AUDITION PROJECT 2024『No No Girls』】」

募集時には、身長や体重、年齢といった条件ではなく、「声と人生」を見せてほしいというメッセージが掲げられました。

さらに「No Fake」「No Laze」「No Hate」の3つを掲げ、本物であること、誰よりも一生懸命であること、自分自身を否定しないことを審査の軸として示しました。

HANAの始まりは、完成された人を集めることではなく、「NO」を受けてきた人の声と人生を見るところから始まっています。

応募期間は2023年11月4日から2024年1月31日まで。やがて、日本だけでなく韓国やアメリカなどからも応募が届きました。

7,000通超の応募から30人が選ばれた

「No No Girls」には、世界各地から7000通を超える応募が集まりました。

書類や面談などの審査を経て、番組で本格的にその歩みを追う30人が選ばれます。

ここから重要になるのは、歌やダンスの完成度だけで候補者を並べなかったことです。

候補者には、チームでのパフォーマンスだけでなく、自分たちでメロディや歌詞、振付や見せ方を考える課題も用意されました。

最初からHANAの7人が一緒だったわけではありません。別々のチーム、別々の課題を経験しながら、候補者は少しずつ絞られていきました。

7,000通超から10人へ|最終審査まで続いた「No No Girls」

30人まで進んだ候補者たちは、合宿やクリエイティブ審査、疑似プロ審査などを重ねました。

ここで見られたのは、用意された曲を上手に再現する力だけではありません。

自分の言葉をどう音楽へ変えるか、ほかの候補者とどう作品を作るかという部分まで審査され、最後に10人がファイナリストとしてKアリーナ横浜のステージへ進みます。

クリエイティブ審査と「Tiger」で候補者が絞られていく

4次のクリエイティブ審査では、候補者が3人ずつのチームに分かれ、用意されたトラックへメロディや歌詞を付け、振付やステージングまで考えました。

そこで生まれた楽曲は「No No Girls 4th Round EP」として配信され、審査のために作ったものが音源として残っています。

続く5次審査では、候補者が2チームに分かれて、ちゃんみなが制作に関わった「Tiger」と「NG」に取り組みました。

審査が進むにつれ、候補者は「歌う人」「踊る人」としてだけでなく、自分の表現を音楽へ落とし込むことを求められていきます。

そして最終審査へ進んだのは、CHIKA、FUMINO、JISOO、KOHARU、KOKO、KOKONA、MAHINA、MOMOKA、NAOKO、YURIの10人でした。

Kアリーナ横浜の最終審査は「Drop」とソロパフォーマンス

2025年1月11日、Kアリーナ横浜で「No No Girls THE FINAL」が開催されました。

約2万人が見守る中、10人は5人ずつの2チームに分かれて課題曲「Drop」を披露し、さらに一人ずつソロパフォーマンスへ臨みました。

グループ審査では同じ「Drop」を歌っていても、ソロでは選曲も見せ方もそれぞれ違います。HANAの7人が持つ個性を、デビュー前の段階でまとめて確認できるのがこの最終審査です。

BMSG公式が公開した「Ep.15 / Final Round -No No Girls THE FINAL-」には、「Drop」と10人のソロパフォーマンス、そしてグループが生まれるまでの最終局面が収められています。

2025年1月、7人がHANAとして誕生

最終審査を経て選ばれたのが、CHIKA、NAOKO、JISOO、YURI、MOMOKA、KOHARU、MAHINAの7人でした。

ここで少しややこしいのが「HANAの結成日はいつ?」という疑問です。

会場で最終審査とメンバー決定が行われた日と、その結果が一般へ広く発表された日は分けて考えると整理しやすくなります。

最終審査は1月11日、HANAの公式発表は1月12日

最終審査「No No Girls THE FINAL」が行われたのは2025年1月11日、7人とグループ名「HANA」が一般へ公式に発表されたのは1月12日です。

1月11日のKアリーナ横浜では、最終審査を経てデビューする7人が決定しました。

翌12日にはBMSG公式YouTubeで最終審査が一度限りで配信され、No No Girls公式サイトや公式SNSでも「HANA」の誕生と7人の名前が発表されています。

そのため、「7人が選ばれた瞬間」を基準にすれば1月11日、「HANA誕生の公式発表」を基準にすれば1月12日となります。

単にどちらかを間違いとするより、二つの日付が何を指すのか分けておく方が、HANAが生まれた流れを正確に追えます。

「がんばって咲いた」7人に付けられたHANAという名前

7人が選ばれたあと、ちゃんみなが発表したグループ名が「HANA」でした。

「がんばって、がんばって、がんばって咲いたみんな」

出典:音楽ナタリー「ちゃんみな×BMSGオーディション『No No Girls』デビューメンバーが決定」

ちゃんみなはこの言葉に続けて、だからHANAという名前にしたと説明し、枯れない花を一緒に作るという思いも語っています。

名前を知らされる前から、「花」という言葉がメンバーの側にも現れていたのは面白いところです。

ORICON NEWSのインタビューでKOHARUは、ファイナリストへ書いた手紙に「それぞれの人生で花を咲かせていこう」という趣旨の言葉を書いていたと振り返っています。

YURIも自身のリリックに「花を咲かせていこう」という言葉を書いていたと話しており、後から発表されたHANAという名前と偶然重なりました。

オーディションのテーマだった「NO」を覆して残った7人に、最後に「花」の名前が付いたわけです。

「Drop」から「ROSE」へ|HANAのプレデビューとメジャーデビュー

HANAが誕生したあと、最初に世へ出た7人の楽曲は「Drop」でした。

ただし、「Drop」と「ROSE」は同じ意味でのデビュー曲ではありません。

「Drop」は2025年1月31日のプレデビュー曲、「ROSE」は4月2日のメジャーデビュー曲です。

最終審査の課題曲「Drop」が7人最初の一曲になった

「Drop」は、もともと「No No Girls THE FINAL」のグループ審査で10人が披露した課題曲でした。

最終審査が終わると、その曲はHANAの7人によるプレデビュー曲へ役割を変え、2025年1月31日に配信されます。

オーディションの最後に歌った曲が、そのまま新しいグループの最初の公式音源になる。HANAの結成史では「Drop」が審査とアーティスト活動をつなぐ境目になっています。

その後、2月にはHANA名義の「Drop」ミュージックビデオも公開されました。

一方で、この時点をメジャーデビューとするのは正確ではありません。正式なメジャーデビューは、その約2か月後です。

2025年4月2日、「ROSE」でメジャーデビュー

2025年4月2日、HANAは「ROSE」でメジャーデビューしました。

同日に「ROSE」がデジタル配信され、4月23日には「ROSE」「Drop」「Tiger」を収録したデビューシングルのCDが発売されています。

つまり、HANAの活動開始を整理するなら、1月の「Drop」がプレデビュー、4月の「ROSE」がメジャーデビューです。

グループ名が「HANA」で、メジャーデビュー曲が「ROSE」になったのも印象的ですが、「ROSE」は名前に合わせただけの楽曲ではありません。

ソニーミュージックは、どんな姿や環境でも力強く生き抜く意志を表現した曲だと説明しており、ちゃんみながHANAへ込めた「咲き続けてほしい」という願いとも重なっています。

「ROSE」初登場1位から1億回再生へ

「ROSE」は、デビュー曲というだけでなく、HANAがオーディション発のグループから広く知られる存在へ進む最初の大きな転機になりました。

2025年4月9日公開のBillboard JAPAN総合ソングチャート「JAPAN Hot 100」で初登場1位を記録します。

さらに同年7月には、Billboard JAPANでストリーミング累計再生回数1億回を突破しました。

達成までにかかったのは14週で、Billboard JAPANは国内ダンス&ボーカルグループとして最速の1億回突破と報じています。

そして2025年12月30日には、第67回「輝く!日本レコード大賞」で最優秀新人賞を受賞しました。

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