YAO(ヤオ)は、Awich、CHICO CARLITO、ONE OK ROCK、Paleduskという異なる音楽シーンで活動してきた4組が集まり、2026年に始動した音楽プロジェクトです。
最初のシングル「777」は2026年7月7日にリリースされましたが、4組の関係がその日に突然生まれたわけではありません。
大きな起点のひとつは、2024年5月19日のベルーナドームで実現したONE OK ROCKとAwichの共演でした。
その一方で、CHICO CARLITOとPaleduskにもONE OK ROCKとの別の接点があり、それぞれの関係が少しずつ重なった先にYAOがあります。
YAOは、音を作る前に食事や旅行、合宿を重ね、先に人間関係を作るところから始まりました。
ここでは、4組がどう集まり、なぜ「YAO」と名乗り、最初の作品「777」を生み出すまでに至ったのか。その始まりを時系列でたどります。
YAOの音楽ルーツ早見表
| 時期 | YAOへつながる出来事 |
|---|---|
| 2024年5月19日 | ベルーナドームでAwichとONE OK ROCKが共演 |
| 2025年2月21日 | ONE OK ROCK「C.U.R.I.O.S.I.T.Y. feat. Paledusk and CHICO CARLITO」収録アルバム『DETOX』発売 |
| 2025年11月 | YAOにつながる本格的な曲作りが始まる |
| 2026年6月 | 4組がYAOとして「Red Bull IN-YO!」に登場 |
| 2026年7月7日 | 最初のシングル「777」をリリース |
| 2026年9月4日 | 第2弾「ありふれた世界の果てに」をリリース |
YAOの始まり|異なるシーンで活動する4組が集まった音楽プロジェクト
YAOとして始動したのは、Awich、CHICO CARLITO、ONE OK ROCK、Paleduskの4組です。
ヒップホップのAwichとCHICO CARLITO、ロックバンドのONE OK ROCK、ラウドロック/メタルコアを軸にするPaleduskと、それぞれ異なる場所でキャリアを積んできました。
最初の楽曲「777」では、Awich、CHICO CARLITO、ONE OK ROCKのTaka、PaleduskのKAITOがボーカルを担当し、ONE OK ROCKとPaleduskのバンドサウンドがその周囲を支えています。
「固定メンバー4組のバンド」とは少し違う
ただし、YAOを一般的な意味での「固定メンバー4組によるバンド」と決めつけるのは正確ではありません。
インタビューで、この4組が恒久的な中心メンバーなのかを尋ねられたTakaは明言を避けています。
そのため、YAOの歴史をたどるうえでは、「プロジェクト始動時に集まった4組」として捉えるのが自然です。
YAOの名前は「Yaoyorozu(八百万)」に由来
YAOという短い名前には、この4組が一緒に音楽を作る意味そのものが込められています。
名前の由来となったのは、「Yaoyorozu(八百万)」です。
Awichは、日本語の「八百万」にある、数え切れないほど多様な存在にそれぞれ異なる力が宿るという考え方とYAOを重ねています。
ロック、ヒップホップ、メタルコアなどを一つの音へ均一化するのではなく、違うものを違うまま同じ場所に置く。
ジャンルの違いは、YAOにとって消すべき境界ではなく、プロジェクトを成立させる材料のひとつでした。
YAO誕生の起点|2024年ベルーナドームのTaka×Awich
4組がYAOとして形になる前、大きな転機となったのが2024年5月19日のベルーナドームでした。
この日は「SUPER DRY SPECIAL LIVE Organized by ONE OK ROCK」でAwichとONE OK ROCKが出演し、後にYAOへ続く関係が動き始めます。
TakaとAwichが一度きりで終わらせたくなかった共演
Awichは、ベルーナドームでTakaとステージに立った際、互いの感覚が強く重なったと振り返っています。
その場限りのコラボレーションとして終わらせたくない。一方で、勢いだけで曲を作り、形式的な企画にもしたくない。
そうした感覚が、すぐに作品を作るのではなく、まず互いを知るというYAOの始まり方につながりました。
絶対に何か一緒にやりたい
出典:Red Bull「『YAO』Awich×CHICO CARLITO×ONE OK ROCK×Paledusk—ジャンルを越え混ざり合う音」
TakaからAwichへ向けられたこの言葉のあとも、すぐYAOという名前を付けて作品を出したわけではありません。
「一緒に何かをやりたい」という感覚から、実際にYAOが形になるまでには、人間関係を作る時間がありました。
CHICO CARLITOとPaleduskにもONE OK ROCKとの接点があった
TakaとAwichの共演が大きな起点だった一方で、CHICO CARLITOとPaleduskには、別のルートからONE OK ROCKとの関係が生まれていました。
CHICO CARLITOは、ONE OK ROCKが沖縄で初めてライブを行った際、最前列でステージを見ていたほどのファンだったことを、後にライブの打ち上げでTakaへ明かしています。
演者と観客という離れた場所にいた2人が、年月を経て、同じ音楽を作る側で顔を合わせることになりました。
さらに2025年2月21日に発売されたONE OK ROCKのアルバム『DETOX』には、「C.U.R.I.O.S.I.T.Y. feat. Paledusk and CHICO CARLITO」が収録されています。
つまり、ONE OK ROCK、Paledusk、CHICO CARLITOの3組には、YAOが表に出るより前にすでに音楽作品としての接点がありました。
Paleduskはその後、ONE OK ROCKの2025年ヨーロッパツアーにもスペシャルゲストとして参加し、ステージ上でも関係を深めていきます。
YAOは、初対面の4組を一度に集めて作られたプロジェクトではありません。
ONE OK ROCKを中心にそれぞれ別々に生まれていた関係が重なり、やがて4組のプロジェクトへつながっていきました。
旅行・食事・合宿から始まった4組の関係づくり
ベルーナドームでの共演から実際の楽曲制作へ進むまでには、一般的な「コラボ相手を決めてスタジオに入る」という流れとは少し違う時間がありました。
TakaとAwichが優先したのは、まず一緒に過ごして互いを知ることでした。
音を作る前に、音楽や生き方について話した
TakaはYAOの始まりを振り返る際、最初に挙げたのがレコーディングではなく「旅」でした。
食事をしたり、旅行へ出たり、合宿をしたりしながら時間を共有し、そこで話したのは「どんな音にするか」だけではありません。
どんな音楽を作っていきたいのか。どんなふうに生きていきたいのか。作品のさらに手前にある部分まで互いに話しています。
Awichも、こうした作品にはフレンドシップが必要だという趣旨を語っています。
異なるジャンルを混ぜるために音を先に設計したのではなく、異なる人たちが先に同じ時間を過ごしました。
この順番が、YAOというプロジェクトの大きな特徴です。
DAIDAIとのデモ制作からCHICOとKAITOへ輪が広がる
一緒に過ごす時間から具体的な音作りへ移ると、Paleduskのギタリストで、作曲・プロデュースも手掛けるDAIDAIとのデモ制作が始まりました。
DAIDAIはプロジェクトへ誘われた段階から、楽曲を書くこととプロデュースを担う役割が決まっていたと振り返っています。
それでも制作初日からすぐ機材へ向かったわけではなく、仕事を始める前にTakaが食事を作り、まず全員で腹ごしらえをしたというエピソードも残っています。
デモを重ねるなかでCHICO CARLITOのラップとPaleduskのKAITOによるシャウトが加わり、「777」へつながる声の組み合わせが形になっていきました。
CHICOは参加の話を聞いた際、ONE OK ROCKが好きだったことを知る高校時代の友人へすぐ伝えたかったものの、正式発表までは秘密にしなければならなかったとも語っています。
YAOが表に出た時期、DAIDAIも自身のXで新しいバンドを組んだことを知らせています。
CHICO CARLITOは沖縄でラフデモを制作
CHICO CARLITOにも、完成したトラックへ後からラップを載せただけではない制作の時間がありました。
最終的なレコーディングへ入る前、地元・沖縄でラフデモを作り、制作段階からできる限り質を上げるため、友人たちへ協力を頼んだといいます。
東京のスタジオだけで完結せず、CHICO自身の地元へ制作工程を持ち帰ったことも、YAOの最初の楽曲が複数の場所と人を経て作られたことを示すエピソードです。
こうした準備を経て、2025年11月から本格的な曲作りが進んでいきました。
2025年11月に本格制作開始|「777」でYAOが始動
YAOへつながる人間関係は2024年から積み重なっていましたが、楽曲制作そのものが本格的に進み始めた時期は2025年11月です。
デモや個別の制作が先に進む一方、Awich、CHICO CARLITO、ONE OK ROCK、Paleduskの4組が同じ場所で音を合わせる機会は、さらに後に訪れました。
4組が初めて音を合わせた「Red Bull IN-YO!」
4組がそろって演奏した大きな場面が、Red Bullの新シリーズ「Red Bull IN-YO!」第1回の撮影です。
関東の倉庫に円形ステージを組み、100人を超える制作スタッフが参加した撮影で、CHICO CARLITOはこの日が4組で初めて音を合わせた機会だったと振り返っています。
個別に積み上げられてきたパートが、ここで初めて同じステージから同時に鳴りました。
2026年7月7日、最初のシングル「777」をリリース
YAOは2026年7月7日、最初のシングル「777」をリリースしました。
楽曲の中心にあるのは、立場もジャンルも異なる者たちが同じゲームへ参加し、既存のルールそのものへ挑むというイメージです。
Awichは「7」をジャックポットの象徴として置きながら、その意味を単なる勝敗や成功だけに閉じず、異なる人間が同じ場所へ集まる物語へ広げています。
ロックのTaka、ラップのAwichとCHICO CARLITO、KAITOのシャウトが同じ曲のなかで順番に現れますが、誰か一人の歌唱スタイルへ合わせた形にはなっていません。
「違うものを違うまま同じ場所に置く」というYAOの考え方が、最初に作品として表れたのが「777」でした。
「777」のクレジットから見える4組の役割
「777」は、4組のアーティストが集まって歌っただけの楽曲ではありません。
正式クレジットを見ると、制作工程そのものを複数のメンバーが分担しています。
| 作詞 | Awich、CHICO CARLITO、KAITO |
|---|---|
| 作曲 | Awich、DAIDAI、Taka |
| プロデュース | DAIDAI |
| ボーカル | Awich、CHICO CARLITO、KAITO、Taka |
DAIDAIはギタリストとして参加しただけではなく、制作初期からトラック制作とプロデュースを担いました。
作曲にはAwichとTaka、作詞にはAwich、CHICO CARLITO、KAITOが入り、ボーカルの4人もそれぞれ自分の言葉と声を持ち込んでいます。
「4組の有名アーティストによるコラボ曲」ではなく、制作そのものを持ち寄った共同作品だったことが、「777」のクレジットからも分かります。
「777」の先へ|YAOの共同制作は2作目にも続いた
「777」で始動したYAOは、2026年9月4日に第2弾となる「ありふれた世界の果てに」をリリースしました。
ここで重要なのは作品数が増えたことではなく、YAOの共同制作が「777」だけで終わらず、メンバー同士の対話から次の作品へ進んだことです。
沖縄をめぐる対話が2作目の出発点になった
「ありふれた世界の果てに」は、メンバー同士が沖縄について交わした対話をきっかけに生まれました。
AwichとCHICO CARLITOはいずれも沖縄出身で、沖縄の歴史や文化、過去の傷跡を抱えながら生きる人々について、音楽や言葉を通じて発信してきました。
その思いを聞いたTakaをはじめとするメンバーも、自分たちが一緒に届ける意味を考え、制作へ参加しています。
正式クレジットでは、作詞をAwich、CHICO CARLITO、KAITO、作曲をDAIDAIとTaka、プロデュースをDAIDAIが担当しました。
最初の「777」で作曲にも名を連ねていたAwichは2作目では作詞へ回っており、同じメンバーが毎回まったく同じ役割を繰り返しているわけでもありません。
YAOは「異なる音を一つに消さない」ところから始まった
YAOが生まれるまでを時系列でたどると、単に「異ジャンルの人気アーティストを集めた企画」ではないことが見えてきます。
2024年のベルーナドームでTakaとAwichが共演し、CHICO CARLITOとPaleduskにもONE OK ROCKとの別の接点が生まれました。
その後は旅行や食事、合宿を重ね、互いを知ってから音楽制作へ進んでいます。
音楽を先に一つへまとめるのではなく、背景の違う人間同士が時間を共有し、それぞれの声や制作方法を残したまま同じ作品へ入っていく方法が選ばれました。
「八百万」を由来とするYAOという名前も、その始まり方と同じ方向を向いています。
違いを消して一つになるのではなく、違う力を持ったまま同じ場所で音を鳴らす。その関係が最初に作品として形になったのが「777」であり、そこからYAOの共同制作は次の作品へ続いていきました。
