ふぉ~ゆ~の結成史|メンバー4人の出会いと直談判、CDデビュー決定まで

ふぉ~ゆ~の結成史を示す、4人の匿名シルエットとレコードを組み合わせた音楽アーカイブ風ビジュアル グループ・ユニット

ふぉ~ゆ~は、福田悠太、辰巳雄大、越岡裕貴、松崎祐介からなる4人組グループです。

2011年4月1日に結成されましたが、そこからすぐCDを出してデビューしたグループではありません。

先輩アーティストのバックや『Endless SHOCK』をはじめとする舞台に立ち、自分たちの主演舞台、オリジナル曲、ライブへと活動を広げ、CDデビューをしないままJr.も卒業しました。

2026年8月13日、結成15周年の日本武道館公演で、11月11日のCDデビュー決定が本人たちへのサプライズとして発表されました。

けれど、ふぉ~ゆ~の始まりをたどるなら、武道館から15年前の結成日よりもさらに前、4人が誰かの後ろで踊り、舞台を支えていた時代まで戻る必要があります。

今回は、4人が同じ道を歩くようになった時期から、公園での作戦会議と事務所への直談判、CDのないまま育ててきた舞台と音楽、日本武道館でCDデビューを告げられるまでを順にたどります。

ふぉ~ゆ~は4人組|2011年結成までの原点

ふぉ~ゆ~の4人は、グループ結成のために一度に集められたメンバーではありません。

4人とも1998年に事務所へ入り、それぞれジュニアとして経験を重ねたのち、M.A.D.などで先輩のコンサートや舞台を支えるようになりました。

福田悠太・辰巳雄大・越岡裕貴・松崎祐介の4人

メンバーは全員1986年生まれで、それぞれの下の名前に「ゆう」の音が入っています。

メンバー生年月日
福田悠太1986年11月15日
辰巳雄大1986年11月25日
越岡裕貴1986年10月5日
松崎祐介1986年10月20日

福田がリーダーを務め、辰巳、越岡、松崎とともに4人で活動しています。

福田は後年、最初から「この4人ならすごい」と選ばれたというより、気づけばこの4人が集まっていたという感覚だったと振り返っています。

そんな4人を、ひとつのチームとして強く結びつけていった現場のひとつが『Endless SHOCK』でした。

M.A.D.時代と『Endless SHOCK』で重なった4人の道

ふぉ~ゆ~結成前、4人はM.A.D.などで活動し、先輩のステージを支える仕事を数多く経験しました。

松崎はM.A.D.時代の2006年に『Endless SHOCK』へ初出演したと振り返っており、4人は10代の終わりごろから同作の舞台に立っていました。

堂本光一が主演する長期公演の中で、ダンスだけでなく、芝居や殺陣、長期間ステージへ立ち続ける感覚まで身につけていきます。

「『Endless SHOCK』が無かったらこの4人になっていなくて」

出典:タレントデータバンク「【会見レポート】辰巳雄大『ふぉ~ゆ~は堂本光一くんが生んだモンスターグループ』『ENTA!7』製作発表」

辰巳は、そこで舞台度胸がついたことや、バックダンサーを長く経験したからこそ、自分たちがメインに立つようになったときには戸惑いもあったと話しています。

最初から主役になることを前提に集められた4人ではなく、同じ舞台を支えながら4人で動く時間が増えていった。その先に、正式なグループを求める動きが生まれます。

公園で作戦会議|4人の直談判から「ふぉ~ゆ~」が誕生

4人で活動する機会が増えても、最初から「ふぉ~ゆ~」という名前があったわけではありません。

正式なグループ名を持って活動したいと考えた4人は、自分たちから事務所へ働きかけることを決めました。

「4人のグループ名が欲しい」と事務所へ直談判

越岡が後年明かしたところでは、4人は事務所へ向かう前、公園に集まって約1時間の作戦会議をしています。

すでに同じ現場で仕事をしていたとはいえ、正式な名前を求めに行くことは、4人にとって簡単な行動ではありませんでした。

「僕たち4人のグループ名が欲しいです」

出典:関西プレス「【ふぉ〜ゆ〜福田&越岡】等身大で演じる『SHOW BOY』3度目の上演!」

福田は、このころメンバー同士でぶつかり、グループが空中分解しかけていた時期もあったと振り返っています。

誰かからデビューを告げられたことがグループの出発点ではなく、4人自身が「この4人の名前が欲しい」と動いたことが、ふぉ~ゆ~誕生の大きな節目でした。

全員の名前に「ゆう」|2011年4月1日にふぉ~ゆ~結成

こうして4人は、2011年4月1日に「ふぉ~ゆ~」を結成しました。

グループ名を付けたのはジャニー喜多川で、福田悠太の「悠」、辰巳雄大の「雄」、越岡裕貴の「裕」、松崎祐介の「祐」と、4人全員の名前に「ゆう」が入っていることが由来です。

英字では「4U」と表記されます。

結成によって4人の名前はできましたが、ここでCDデビューが決まったわけではありません。

むしろ、ふぉ~ゆ~の結成後には、一般的な「グループ結成からCDデビューへ」という順番とは違う長い活動期間が始まります。

CDデビューなしで築いた自分たちの場所

結成後も、4人の活動の大きな軸は舞台でした。

バックで先輩を支えながら、自分たち4人が中心に立つ公演も少しずつ増えていきますが、その道は一直線ではありませんでした。

2013年、初単独ライブになるはずだった公演が中止

2013年11月、ふぉ~ゆ~は大阪・梅田芸術劇場で初の単独ライブを開催する予定でした。

ところが、公演を前にライブの中止が発表されます。

当時の公式発表では理由は「諸般の事情」とされましたが、主催した関西テレビの関係者はメンバーに関係するトラブルではないと説明し、制作上の準備や整備が間に合わないと判断したことを明かしています。

初めて4人だけで立つライブになるはずだった公演は、実現しませんでした。

それでも、ふぉ~ゆ~の活動がここで止まることはなく、舞台では4人が主役になる機会がやってきます。

2015年『壊れた恋の羅針盤』で4人そろって初主演

2015年8月、ふぉ~ゆ~は舞台『壊れた恋の羅針盤』で4人そろって初主演を務めました。

演出を担当したのは少年隊の錦織一清です。

先輩の後ろで踊り、『Endless SHOCK』などでステージを支えてきた4人にとって、今度は自分たちの名前が公演の中心に置かれることになりました。

CDを出すことより先に、舞台で「ふぉ~ゆ~主演」という実績が生まれたことになります。

バックで培った力を「自分たちがメイン」の舞台へ

その後も4人は舞台を重ね、2017年秋にはCDデビューをしないままJr.を卒業しました。

Jr.卒業は、CDデビューと同じ意味ではありません。

ふぉ~ゆ~の場合は、CDを発売してデビューしたグループという形ではなく、4人で舞台やライブ、テレビ、ラジオなどの仕事を続ける独自の形になっていきました。

辰巳が『Endless SHOCK』を振り返った際には、バックダンサー時代、自分たちがメインに立つことになったとき「どう立てばいいのか」と戸惑ったことも明かしています。

長く「支える側」にいた4人が、舞台では自分たちの名前で客席と向き合うようになった。ふぉ~ゆ~のキャリアでは、CDより先にその変化が起きていました。

オリジナル曲と初MV|“CDがない音楽活動”が広がっていく

CDを発売していなくても、ふぉ~ゆ~に歌がなかったわけではありません。

ライブや舞台でオリジナル曲を増やし、自分たちの音楽を映像で届ける取り組みも始まっていきます。

「Everything 4 You」と堂島孝平との出会い

ふぉ~ゆ~を代表するオリジナル曲のひとつが、堂島孝平が作詞・作曲した「Everything 4 You」です。

2018年の『ENTA! 4U.Zeppin de SHOW』で披露され、2019年には音楽番組でテレビ初披露されました。

この曲が生まれた経緯には、越岡と堂島、そして堂本光一をめぐる偶然があります。

越岡は以前から堂島の音楽が好きで、いつか曲を書いてもらいたいと考えていました。

あるとき、堂島のライブへ行ったファンが、ふぉ~ゆ~について記した手紙を堂島へ渡します。

そのころ越岡は『SHOCK』で福岡に滞在し、堂本光一と食事をしていましたが、同じ福岡でライブをしていた堂島もその席へ加わることになりました。

そこで手紙の話が出たことをきっかけに、越岡は本人へ楽曲を書いてほしいという思いを伝え、それが「Everything 4 You」へとつながりました。

公式YouTubeでも後に「スーパー代表曲」と紹介されるなど、CDデビュー前から歌い続けてきた一曲です。

2019年、LINE公式アカウントと生配信へ

2019年には、当時のジャニーズ事務所所属グループとして初めてLINE公式アカウントを開設しました。

同年7月には初のLINE LIVEを行い、その後は冠配信番組もスタートします。

ステージで客席へ届けていた4人のやり取りを、スマートフォン越しにも直接届けられるようになりました。

そして、この配信番組から生まれた企画が、ふぉ~ゆ~初のミュージックビデオにつながります。

2021年「大丈夫さ」で結成10周年・芸歴22年の初MV

2021年、結成10周年を迎えたふぉ~ゆ~は、オリジナル曲「大丈夫さ」のミュージックビデオを制作しました。

4人にとって、芸歴22年・グループ結成10周年で初めて制作されたMVでした。

制作のきっかけは、LINE LIVEの冠番組内で生まれた企画です。

監督には、舞台でも関係の深い小林顕作、振付には梅棒の楢木和也が参加し、中山優馬も友情出演しました。

CDより先に、ライブと舞台で育ててきたオリジナル曲を、自分たちの公式MVとして残す段階まで音楽活動が広がったことになります。

同じ2021年には初の全国ツアーも実現し、ツアーグッズとして中身の入っていないCDケースまで販売されました。

当時は遊び心のある「CDケースデビュー」でしたが、この空のケースが5年後、日本武道館で思わぬ形でもう一度登場します。

結成15周年、日本武道館でCDデビュー決定

2026年8月13日、ふぉ~ゆ~は結成15周年を記念した初の日本武道館単独公演を開催しました。

この公演で、4人自身にも知らされていなかった大きな発表が用意されていました。

フライング中、本人たちにも突然告げられたCDデビュー

ライブのMCで4人はワイヤーにつられ、空中にいる状態のまま話を続けていました。

そこで示されたのが、結成10周年ツアーで販売した空のCDケースです。

4人には、あのケースの中へ入れる記念CDを作るという説明がされていました。

ところが会場が暗転すると、スクリーンに表示されたのは「2026年11月11日 CDデビュー決定」という知らせでした。

本人たちも知らされていない完全なサプライズで、堂本剛、20th Century、櫻井翔、相葉雅紀、堂本光一らから寄せられた祝福メッセージも上映されました。

2013年には初単独ライブが中止になった4人が、13年後には日本武道館のステージに4人だけで立ち、その空中でCDデビューを知らされることになりました。

2ndシングルを懸けた“条件付き”契約とは

ふぉ~ゆ~のCDデビューには「条件付き」という言葉も使われていますが、ここは意味を分けておく必要があります。

条件が付けられたのは11月11日のデビューシングル発売そのものではなく、2ndシングル以降の契約継続です。

発表時に示されたミッションは、2026年内にデビュー曲のMV再生回数100万回を突破するか、デビューシングルのCD売上5万枚を達成することのいずれかでした。

どちらも達成できなかった場合は、デビューシングル以後の契約が白紙になるという内容です。

つまり「条件を達成しなければCDデビューできない」という発表ではなく、デビューシングルは決定したうえで、その次の作品へ進むための条件が提示された形でした。

堂本光一プロデュース「BLOOM WORLD」へ

日本武道館でCDデビュー日が発表されたあと、2026年9月21日にはデビューシングルの詳細も明らかになりました。

デビュー曲は、堂本光一がプロデュースする「BLOOM WORLD」です。

堂本がふぉ~ゆ~のために書き下ろした楽曲で、東京ジョイポリス開業30周年のコラボソングとして制作され、堂本自身もコーラスで参加しています。

結成前の10代から『Endless SHOCK』で堂本の背中を見てきた4人にとって、その堂本がCDデビュー曲を手がけることになりました。

さらに、CDには堂島孝平をはじめ、ふぉ~ゆ~の活動に関わってきた作家陣による楽曲も収録されることが発表されています。

2006年ごろには『Endless SHOCK』の舞台でバックを務めていた4人が、2011年に「ふぉ~ゆ~」となり、舞台、オリジナル曲、初MV、日本武道館を経て、堂本光一プロデュースの「BLOOM WORLD」をデビュー曲として受け取ることになりました。

2026年11月11日をCDデビュー日とすることが発表されました。

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