MAZZELの結成史|8人の出会いから『MISSION』『Vivid』まで

MAZZELの結成史をテーマに、2022年の結成から2023年のデビューまでの歩みを、光の差すステージへ向かう8人の匿名シルエットで示したビジュアル グループ・ユニット
メンバー担当・主な表現の強み
KAIRYU(カイリュウ)ボーカル、フェイクなどの歌唱表現
NAOYA(ナオヤ)ボーカル、ダンス
RAN(ラン)ポップダンス、ボーカル
SEITO(セイト)ブレイキン、ダンス、ボーカル
RYUKI(リュウキ)ラップ、ダンス
TAKUTO(タクト)リーダー、ダンス、ラップ
HAYATO(ハヤト)ダンス、ボーカル
EIKI(エイキ)ボーカル、作詞・作曲への参加

※2022年10月30日に決定した8人のメンバーです。担当欄は本人インタビューや活動実績から見える主な特徴であり、歌唱・ラップ・ダンスの固定ポジションを示すものではありません。

MAZZEL(マーゼル)は、SKY-HIが率いるBMSGから誕生した8人組ダンス&ボーカルグループです。

結成日は2022年10月30日。BMSGのトレーニー3人と一般公募から選ばれた5人が集まり、8人のメンバーが決定しました。

2023年3月31日に「MISSION」でプレデビューし、同年5月17日に「Vivid」で正式デビュー。グループ名には、迷路のような道を進みながら幸福をつかみ取るという意味が込められています。

ただ、MAZZELの結成をたどると、8人の音楽への入口は驚くほど違います。ものまね番組で歌声に心を動かされたメンバーもいれば、ダンスの大会で技術を磨いたメンバー、野球を終えて歌に挑戦したメンバーもいました。

そんな8人がどのように出会い、同じステージに立ち、やがて自分たちで楽曲を作るようになったのでしょうか。

音楽史の段階MAZZELの歩み
音楽の出発点8人がそれぞれ歌、ダンス、ラップなど異なる経験を積む
プロジェクト開始2022年初頭、BMSGの2nd Group Projectが始動
グループ結成2022年10月30日、8人のメンバーが決定
グループ発表2022年11月22日、MAZZELと新レーベルBE-Uの始動を発表
プレデビュー2023年3月31日、「MISSION」を配信リリース
正式デビュー2023年5月17日、シングル「Vivid」でデビュー
創作への参加2024年、8人全員が「Our Life Is Always Right」の制作に参加
創作の広がり2026年、メンバーが制作に深く関わった「MAKERZ」「Clover」を収録した『Banquet』を発売

MAZZELの音楽の出発点は8人それぞれ違った

MAZZELの8人は、同じ学校やダンスチームで育った仲間が集まったわけではありません。それぞれが別の場所で音楽やダンスに出会い、異なる経験を積んでからBMSGのオーディションへ進みました。

その違いは、歌の表現、ラップの言葉の届け方、ダンスのスタイルにも表れています。

KAIRYU・RAN・SEITOが歌とダンスを始めた原点

KAIRYUが歌に強く引き込まれたきっかけは、テレビのものまね番組でした。

Rolling Stone JapanのインタビューでKAIRYUは、徳永英明のものまねをする歌手の歌声に出会い、そこから徳永英明本人の音楽を聴くようになったと振り返っています。

最初から本物の歌声を知っていたのではなく、ものまねを入口として歌手本人の作品へたどり着いたというエピソードです。その後はK-POPにも関心を広げ、歌を自分の表現として磨いていきました。

KAIRYUは2021年のオーディション『THE FIRST』にも挑戦しましたが、そこでデビューには至りませんでした。その経験を経てBMSGのトレーニーとなり、次のグループ結成へ進んでいます。

一方、RANの出発点は幼い頃から続けてきたダンスでした。

小さい頃にテレビの映像を見ながら踊っていたRANは、両親にダンススタジオへ連れて行ってもらったことからレッスンを始めました。小学3年生頃にはポップダンスに取り組むようになり、ダンスバトルなどで経験を積んでいます。

『THE FIRST』への参加後、BMSGのトレーニーになったRANにとって、MAZZELは長く磨いてきたダンスを生かしながら、歌も含めた新しい表現へ踏み出す場所になりました。

SEITOは、子どもの頃に見た『仮面ライダー電王』のブレイクダンスに興味を持ったことを、ダンスとの出会いとして語っています。

ブレイクダンスを習いたくて教室へ通い始めたものの、最初に受けたのはヒップホップのレッスンだったという話も残っています。その後、ブレイキンに本格的に取り組み、全国規模の大会で実績を残すまでになりました。

KAIRYUは歌、RANはポップダンス、SEITOはブレイキン。BMSGのトレーニーとして同じプロジェクトへ進んだ3人にも、それぞれ異なる表現の原点がありました。

一般公募の5人が歩んできた道

一般公募から選ばれた5人も、オーディションを受けるまでの道のりは同じではありません。

NAOYAは3歳の頃、年上の友人に誘われてダンスの発表会を見に行ったことから、自分でも踊るようになりました。

幼い頃から浜崎あゆみや大塚愛の歌を好み、家のテーブルをステージに見立てて歌っていたそうです。小学生の頃には昭和の歌謡曲を歌うグループにも参加。12歳頃から芸能事務所で活動し、長くデビューを目指してきました。

韓国でのデビューにつながる機会もありましたが、BMSGのオーディションを知り、自分が目指す音楽活動を考えて新たな挑戦を選んでいます。本人は以前から、外見だけでなく歌やダンスそのもので評価されるアーティストになりたいと考えていたと語っています。

RYUKIは小学生の頃にEXILEのステージを見て、パフォーマーへの憧れを抱きました。ダンススクールへ通い、最初はダンサーになることを目指していたといいます。

その後、ラップと出会ったことで表現の幅が変わりました。ダンスで身体を使って伝えるだけでなく、自分の言葉をリズムに乗せて届ける表現も身につけていったのです。

TAKUTOも、長くダンスを中心に活動してきたメンバーです。母親がヒップホップダンスをしていたことがきっかけで8歳頃から踊り始め、ヒップホップだけでなくジャズやバレエなどにも触れてきました。

オーディション以前にはダンサーとして活動しており、MAZZELでは歌やラップも含めた表現へ活動の幅を広げています。2024年にはグループのリーダーとなり、メンバーへのダンス指導にも携わりました。

HAYATOが幼い頃から親しんできたのは、ディズニー作品の音楽やショーでした。歌だけではなく、音楽、ダンス、演技が一体となったステージに興味を持ち、ミュージカルなどの表現にも触れてきました。

歌とダンスを組み合わせるグループで活動することは、そうした舞台への関心ともつながる選択でした。

EIKIは、ほかのメンバーとは少し違う経歴を持っています。小学生から野球に打ち込み、高校時代も競技を続けていました。

野球部を引退した後に歌のレッスンを始め、ダンス経験がない状態でオーディションに挑戦。経験豊富なダンサーがいるなかで、歌という自分の強みを持って審査へ臨みました。

その後、ダンスを単なる振り付けではなく、音楽を表現するための手段として捉える考え方にも触れ、歌と身体の表現を結びつけていきました。

異なる経験を持つメンバーが目指した音楽

8人の経歴を並べると、最初から全員が同じスタイルのアーティストを目指していたわけではないことが分かります。

歌声に魅了されて音楽を始めたKAIRYU、ステージで踊る姿に憧れたRYUKI、長年ダンサーとして技術を磨いてきたTAKUTO、野球から歌へ進んだEIKI。音楽へ向かう入口も、積み上げてきた技術も違いました。

同じグループを目指すようになってからも、その違いをなくして一つの型へそろえるのではなく、歌、ラップ、ダンスという複数の表現を持ち寄っていきました。

MAZZELの結成は、完成された8人を集めた出来事というより、異なる分野で活動してきた8人が、一緒に音楽を作るための出発点だったといえます。

MAZZELは2022年10月30日に8人が決定

MAZZELのメンバーが決定したのは、2022年10月30日です。

ただし、この日がオーディションの開始日でも、MAZZELの名前が世間に発表された日でもありません。プロジェクトの始まりから対外発表までには、いくつかの段階がありました。

SKY-HIとBMSGの2nd Group Project

MAZZELの結成を主導したのは、アーティストでありBMSGの代表を務めるSKY-HIです。

BMSGは、2021年のオーディション『THE FIRST』からBE:FIRSTを誕生させました。その後、次のグループを生み出すために動き出したのが「BMSG 2nd Group Project」です。

オーディションは2022年初頭から始まり、所属トレーニーの育成と一般公募の参加者の選考が進められました。

このプロジェクトでは、歌やダンスを披露する審査だけでなく、音楽理論、歌詞の読み解き、演技、ディスカッションなども取り入れられています。

単に歌唱力やダンス技術を比較するだけでなく、楽曲を理解し、自分の考えを持って表現する力にも向き合う過程でした。

2022年11月22日、BMSGはユニバーサル ミュージックとの新レーベル「BE-U」の設立と、8人組グループMAZZELの始動を発表しました。すでに前年ではなく同年秋にメンバーが決定していたことも、この発表で明らかにされています。

『MISSIONx2』でトレーニー3人と一般公募5人が合流

選考の過程は、BMSG公式YouTubeチャンネルのオーディションドキュメンタリー『MISSIONx2(ミッション・ミッション)』に記録されています。

番組の公開が始まったのは2023年1月13日。8人が決まった後に、そこへ至るまでの過程が視聴者へ届けられました。

MAZZELに選ばれたBMSGのトレーニーは、KAIRYU、RAN、SEITOの3人です。

そこへ一般公募から参加したNAOYA、RYUKI、TAKUTO、HAYATO、EIKIの5人が加わり、最終的な8人体制が成立しました。

RANは『THE FIRST』の最終審査まで経験したメンバー、KAIRYUも同オーディションの参加経験者です。SEITOはそれ以前からダンスで実績を重ねてきました。

一方、一般公募の5人には、長い練習生経験を持つNAOYAや、ダンサーとして活動していたTAKUTO、歌のレッスンを始めて間もない時期に挑戦したEIKIなど、それぞれ異なる経歴がありました。

同じ課題に向き合っていても、それまで培ってきた得意分野は違います。番組での練習や審査は、各自の技術を見せるだけではなく、初めて組む相手と一つのパフォーマンスを成立させる過程でもありました。

最終審査で8人が選ばれた日

2022年10月30日、最終審査を経てMAZZELの8人が決定しました。

『MISSIONx2』の最終審査では、参加者がチームに分かれて課題曲「MISSION」に取り組みました。グループとしての力を問われる楽曲を通じて、最終的なメンバーが選ばれています。

HAYATOは後のインタビューで、結果発表の際になかなか自分の名前が呼ばれず、不安を感じていたことを振り返っています。発表を待つ時間にも、参加者それぞれの思いがありました。

8人が決定した時点で、歌唱やダンスの経験値が全員同じだったわけではありません。それでも、このメンバーで新しいグループを作ることが決まったのです。

BMSG公式の『MISSIONx2』最終話では、最終審査とメンバー決定へ至る流れを見ることができます。

そして2023年10月30日、MAZZELの公式Xアカウントはグループ誕生から1年を迎えたことを記念して投稿しました。

この記念日からも、2022年10月30日が8人のグループとしての出発点であることが確認できます。

MAZZELという名前に込められた意味

MAZZELというグループ名には、8人が歩んできた道とも重なる意味が込められています。

「Mazel」「Maze」「Zeal」が表す3つの言葉

MAZZELの公式プロフィールによると、グループ名は3つの言葉を掛け合わせたものです。

  • Mazel(マゼル):幸福、幸運
  • Maze(メイズ):迷路
  • Zeal(ジール):情熱

公式には、迷路から抜け出すための出口に向けて情熱を燃やし、幸福をつかみ取って人々に渡していくグループになるという意志が込められていると説明されています。

単に幸福だけを意味する名前ではありません。迷いながら進むこと、その先を目指す情熱、そしてたどり着いた幸福を誰かへ届けることまで含んだ名前です。

グループ名と8人の歩みが重なる理由

MAZZELのメンバーには、グループ加入までに別の進路を考えたり、デビューを目指して活動を続けたりしてきた人がいます。

KAIRYUは『THE FIRST』でデビューを逃した後も音楽への挑戦を続け、NAOYAは長い練習生経験を経てBMSGのオーディションを選びました。EIKIは野球に打ち込んだ日々から、歌の世界へ進んでいます。

そうした個々の経歴を知ると、「Maze」という言葉が単なる飾りではなく、グループの物語を理解する手がかりにもなります。

ただし、名前の意味が一人ひとりの過去を直接表していると断定することはできません。公式が示したのは、迷路を抜けて幸福をつかみ、それを人々へ届けるというグループとしての意志です。

「MISSION」から「Vivid」へ|結成後のデビューまで

8人が決まった後、MAZZELは2023年春に音楽作品を世に送り出しました。

ここで大切なのは、プレデビューと正式デビューを区別することです。最初に配信された「MISSION」と、正式なデビューシングル「Vivid」は、同じ曲ではありません。

最終審査の課題曲がプレデビュー曲「MISSION」に

「MISSION」は、MAZZELの結成過程と深く結びついた楽曲です。

『MISSIONx2』の最終審査で参加者が取り組んだ課題曲であり、その後、MAZZELのプレデビュー曲として選ばれました。

2023年3月31日、MAZZELは「MISSION」を配信リリース。正式なCDデビューに先立ち、8人で歌う初期の重要な作品を公開しました。

審査で向き合っていた楽曲が、選ばれた8人のプレデビュー曲になったことには特徴があります。MAZZELの場合、グループ結成の記録と、世に出した最初の音楽が直接つながっているのです。

「MISSION」は、映画『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』の日本公開に合わせた楽曲としても起用されました。

2026年のQJWebインタビューでは、EIKIとRYUKIが「MISSION」の言葉について振り返っています。EIKIは、曲に込められた自分の運命を変えていくというメッセージが、活動を重ねるなかで以前より深く響くようになったと語りました。

オーディションで歌った曲が、デビュー後もメンバー自身の気持ちを支える作品になっていることが分かるエピソードです。

2023年5月17日、「Vivid」で正式デビュー

MAZZELが正式デビューしたのは2023年5月17日。デビューシングルは「Vivid」です。

「MISSION」が決意を強く打ち出した楽曲だったのに対し、「Vivid」はポップでジャジーな要素を持ち、8人の異なる声やパフォーマンスを色鮮やかに見せる作品となりました。

デビューシングルには、「Vivid」のほか、「CAME TO DANCE」や「Fantasy」なども収録されています。

「Fantasy」はオーディション合宿の課題曲として使われた楽曲です。最終審査と結びつく「MISSION」と同じように、MAZZELが結成へ向かった時期の音楽をたどるうえで欠かせません。

こうして、オーディションで取り組んだ楽曲と、デビュー後の新しい表現が一つのシングルに収められました。

初期楽曲に表れた8人の声とダンスの個性

2023年のぴあ音楽のデビューインタビューでは、メンバー自身が「Vivid」における歌声の役割や、それぞれの持ち味について語っています。

RANの高音、RYUKIのラップ、EIKIが支える歌唱など、同じ曲の中でも求められる表現は異なっていました。KAIRYUも、歌唱のなかでフェイクを交えた表現を見せています。

ダンスでも、ポップダンスを得意とするRAN、ブレイキンの技術を持つSEITO、幅広いジャンルを経験したTAKUTOなど、身体の使い方にそれぞれの背景があります。

こうした違いがあるからこそ、すべてのメンバーに同じ歌い方や踊り方を求めるのではなく、楽曲の中で異なる表現を組み合わせることができました。

「MISSION」で示した8人の決意と、「Vivid」で見せたカラフルな表現。この2曲を続けて聴くと、結成から正式デビューまでの変化が伝わってきます。

8人の個性が形になったMAZZELの音楽

デビュー後のMAZZELは、メンバーの持ち味を固定するのではなく、楽曲ごとに異なる組み合わせを試すようになりました。

その変化がよく分かるのが、2024年3月20日に発売された1stアルバム『Parade』です。

歌・ラップ・ダンスで見えてきたメンバーの役割

MAZZELには、歌声に特徴のあるメンバー、ラップを得意とするメンバー、ダンスで豊富な経験を持つメンバーがいます。

ただし、その役割は一度決まったら変わらないものではありません。

たとえばRYUKIは、ダンサーを目指していた時期を経てラップに出会いました。EIKIは歌を強みとして加入しましたが、その後は作詞・作曲にも携わるようになります。

長年ダンサーとして活動していたTAKUTOも、グループでは歌やラップに挑戦してきました。自分が得意なことを持ちながら、ほかの表現にも取り組んでいるのです。

2026年のQJWeb対談で、RYUKIは自身の歌唱を感覚的に捉える一方、EIKIは楽曲の雰囲気に合うキーや声色を細かく考えていると説明しました。

同じレコーディングに参加しても、音楽への向き合い方は必ずしも同じではありません。それぞれの方法で楽曲を理解し、表現を作っていることが伝わります。

1stアルバム『Parade』で広がった音楽表現

2024年3月20日、MAZZELは1stアルバム『Parade』を発売しました。

この作品についてTAKUTOは、Numero TOKYOのインタビューで、それまでボーカル中心とラップ中心に分かれることが多かったメンバーが、アルバムでは新しい役割に挑戦したと説明しています。

全員がラップする曲、全員が歌い上げる曲、4人ずつに分かれたユニット曲などがあり、初期の楽曲だけでは見えなかった組み合わせが生まれました。

HAYATOは楽曲の並び順にもこだわったと語り、EIKIは方向性の違う15曲を歌ったことで、8人の組み合わせにさまざまな可能性があると感じたことを明かしています。

『Parade』は単に楽曲数を増やした作品ではありません。デビュー時に見えていたメンバーの特徴を、異なる組み合わせでも生かせることを確かめた作品でもあります。

こうしてMAZZELは、与えられた楽曲を自分たちらしく表現する段階から、さらに音楽の作り方そのものへ関わる段階へ進んでいきます。

MAZZELが自分たちで音楽を作り始めるまで

MAZZELの音楽史で大きな転機となったのが、2024年の夏合宿です。

それまでにも歌やダンスを通じて楽曲作りに関わってきた8人ですが、この合宿では作詞・作曲そのものに参加しました。

合宿から生まれた「Our Life Is Always Right」

2024年8月、MAZZELは初のアリーナ公演に向けて、伊豆で3日間の合宿を行いました。

合宿では体力作りやボイストレーニングのほか、TAKUTOが講師役になったダンスレッスン、メンバー同士の話し合いなどが行われています。

そして、SKY-HIとともに新曲を作る時間も設けられました。

この合宿で生まれた「Our Life Is Always Right」は、MAZZELの8人全員が初めて楽曲制作に参加した作品です。

RANは後のmi-molletのインタビューで、みんなで歌詞やメロディーを考えて曲が生まれたことを、合宿で特に大きかった経験として挙げています。

HAYATOにとっても、この制作は印象的な体験でした。機材の使い方やアレンジの進め方を身近で見たことについて、次のように話しています。

「これまでよりも音楽との距離が縮まった気がします。」

出典:mi-mollet「MAZZELインタビュー|この夏にうまれた絆と愛情」(2024年12月18日)

この言葉からは、歌う側としてだけでなく、曲が生まれる現場を体験したことの大きさが伝わります。

「Our Life Is Always Right」の作詞・作曲クレジットには、SKY-HI、音楽プロデューサーのhokutoに加え、MAZZELの8人全員が名を連ねています。

楽曲は2024年10月16日発売の3rdシングル『MAZQUERADE』に収録されました。

最初のオーディションでは、課題曲をどう表現するかが問われていた8人。そこから約2年を経て、今度は自分たちで言葉やメロディーを考え、楽曲を生み出す立場にもなったのです。

「MAKERZ」「Clover」へつながる創作の広がり

2024年の全員制作を経て、メンバーが創作に関わる形はさらに広がっていきました。

その違いが分かる作品が、2026年4月8日発売の2ndアルバム『Banquet』に収録された「MAKERZ」と「Clover」です。

「MAKERZ」ではSEITOが制作に参加しました。自身が持つダンスや音楽の経験を生かしながら、楽曲の方向性にも関わっています。

SEITOはもともとブレイキンを得意とし、身体を使った表現を長く磨いてきたメンバーです。「MAKERZ」への参加は、パフォーマンスにとどまらず、音楽そのものを生み出す側へ活動を広げた出来事といえます。

一方、「Clover」ではEIKIが作詞・作曲に携わりました。

この曲の制作について、2026年5月のQJWebインタビューでEIKIは、メンバー一人ひとりに合わせて歌詞を書いたことを明かしています。

さらに、歌詞を書くだけで終わらず、アレンジにも自分の意見を伝え、ほかのメンバーのレコーディングにも立ち会ったと語りました。

ここで注目したいのは、EIKIが自分の歌唱パートだけを考えていたわけではないことです。

8人それぞれが歌う言葉を考え、その人の表現を想像しながら曲を作り、録音の現場でも完成形に関わっていました。

同じ対談でRYUKIは、「Clover」の歌詞について、自分が経験してきた挫折や葛藤もEIKIが理解して言葉にしてくれたように感じたと話しています。

これは、曲を書くメンバーと歌うメンバーが同じグループにいるからこそ生まれた、具体的な制作エピソードです。

もちろん、MAZZELのすべての楽曲を8人だけで作っているわけではありません。プロデューサーや共同制作者とともに音楽を生み出すなかで、メンバー自身が担う役割も広がってきました。

2022年10月30日、異なる経験を持つ8人がひとつのグループになりました。2023年には「MISSION」と「Vivid」で自分たちの歌声を世に届け、2024年には全員で楽曲制作に参加。そして2026年には、メンバーがほかのメンバーの歌う言葉やレコーディングにまで関わる作品が生まれています。

歌やダンスとの最初の出会いから、仲間とともに曲を生み出すまで。MAZZELの音楽の歩みは、8人がそれぞれ持っていた表現を、一つのグループの音楽へと育てていく歴史でもあるのです。

タイトルとURLをコピーしました