THE SPELLBOUNDの結成史|BOOM BOOM SATELLITESとの関係と結成まで

THE SPELLBOUNDの中野雅之と小林祐介を描いた、結成史とBOOM BOOM SATELLITESとの関係を伝える音楽アーカイブ風ビジュアル バンド
メンバー担当
中野雅之Programming/Bass
小林祐介Vocal/Guitar

THE SPELLBOUNDは、BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之とTHE NOVEMBERSの小林祐介によるロックバンドです。

2人の名前だけを見ると、BOOM BOOM SATELLITESの活動を終えた中野が、新しいボーカリストとして小林を迎えてすぐに始まったバンドのようにも見えます。

けれど、実際の始まりはもっとゆっくりしていました。

2019年のボーカリスト募集から、2人は半年から1年ほど同じ部屋で過ごし、話し、音を作りながら、本当に一緒にバンドをやる意味があるのかを確かめています。

しかも、小林にとってBOOM BOOM SATELLITESは、自身の音楽人生に大きな影響を与えた存在でした。

今回は、THE SPELLBOUNDがどう生まれたのか、中野のボーカリスト募集から小林との試行錯誤、「はじまり」での始動、そしてBOOM BOOM SATELLITESとの関係が変化していくまでをたどります。

音楽史の段階THE SPELLBOUNDの歩み
原点BOOM BOOM SATELLITESの活動終了後、中野雅之が自分自身の音楽を作る場所を求める
メンバーとの出会い直し2019年、中野のボーカリスト募集に小林祐介が立候補する
試行期間半年から1年ほど、2人で話しながら音楽制作を続け、互いを知る時間を重ねる
バンド成立制作に手応えが生まれ、THE SPELLBOUNDと命名。2020年12月15日に結成を発表する
始動2021年1月の「はじまり」から5カ月連続で新曲を発表し、同年7月に初ライブを行う
主要転機1stアルバムやアニメタイアップを経て、BOOM BOOM SATELLITESの楽曲とも段階的に向き合っていく

THE SPELLBOUNDは中野雅之と小林祐介の2人組

THE SPELLBOUNDの正式メンバーは、中野雅之と小林祐介の2人です。

中野はプログラミングとベース、小林はボーカルとギターを担当し、ライブではサポートメンバーを加えた編成でも演奏してきました。

BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之とTHE NOVEMBERSの小林祐介

中野雅之は、川島道行とともにBOOM BOOM SATELLITESとして活動した音楽家です。

BOOM BOOM SATELLITESは1997年にベルギーのR&S Recordsからヨーロッパデビューし、国内外で活動を広げましたが、2016年の『LAY YOUR HANDS ON ME』を最後の作品として活動を終えています。

一方の小林祐介は、2005年に結成されたTHE NOVEMBERSのフロントマンで、ボーカル、ギター、ソングライティングを担ってきました。

つまりTHE SPELLBOUNDは、新人ミュージシャンを集めて作られたバンドではなく、それぞれ別のバンドで長いキャリアを持つ2人が、新しい音楽を作るために組んだバンドです。

BOOM BOOM SATELLITESそのものがどう生まれたのかは、BOOM BOOM SATELLITESの結成史で詳しくたどっています。

BOOM BOOM SATELLITESとはどんな関係なのか

THE SPELLBOUNDとBOOM BOOM SATELLITESの関係を、「中野雅之が作った後継バンド」とだけ捉えると、2人が最初に目指したものとは少し違ってきます。

中野が新しい活動を始める際に考えていたのは、過去のバンドを再現することではなく、新しい相手と何を作れるのかということでした。

そこへ立候補したのが、BOOM BOOM SATELLITESを強く敬愛していた小林です。

この関係があるため、THE SPELLBOUNDの音楽史にはBOOM BOOM SATELLITESが何度も登場しますが、結成時点では2つを同じバンドの延長として始めたわけではありません。

2019年、中野雅之のボーカル募集に小林祐介が立候補

THE SPELLBOUNDにつながる動きが始まったのは2019年です。

BOOM BOOM SATELLITESの活動終了後、中野はプロデュースやアレンジなどの仕事を続けていましたが、その一方で、自分自身が主体となる音楽をもう一度作りたいという気持ちを強めていました。

中野雅之が「自分の音楽」を作る場所を求めていた

中野は、アニメイトタイムズのインタビューで当時の気持ちをこう振り返っています。

「新しい音楽を作りたい、自分の音楽を作りたい」

出典:アニメイトタイムズ「『ゴールデンカムイ』TVアニメ第四期EDテーマ担当・THE SPELLBOUND インタビュー」

他のアーティストを支える仕事とは別に、自分の判断と責任で音楽を作る場所が欲しくなり、Twitterでボーカリストを募集しました。

THE SPELLBOUNDの出発点は、完成したバンド構想に合う歌手を探したことではなく、中野が「もう一度、自分自身の音楽を作る相手」を探し始めたことでした。

小林祐介は募集を見てすぐに手を挙げた

その募集を見つけた小林は、時間をかけて応募を検討したわけではありません。

携帯電話を見ているときに中野の投稿が目に入り、衝動的に「やりたい」と感じて連絡したと本人が話しています。

小林にとってBOOM BOOM SATELLITESは、単に好きな先輩バンドのひとつではありませんでした。

後年には、自分の人生を導いてもらったと言っても過言ではないほどのファンだったと語るほど、大きな存在でした。

ただし、中野と小林はこの募集で初対面になったわけではありません。

以前から面識があり、プライベートで食事をしたこともあり、中野はTHE NOVEMBERSの音楽も聴いていました。

そのため中野にとって予想外だったのは「小林というミュージシャンを知らなかったこと」ではなく、小林が募集に真っ先に手を挙げたことでした。

すぐには結成せず、半年から1年ほど互いを知った

小林が立候補したからといって、その場で新バンドの結成が決まったわけではありません。

2人は同じ部屋で音楽について話したり、少しずつ音を作ったりしながら、一緒に何かを生み出せるのかを確かめていきました。

中野はこの期間を「インターン」のようだったと表現しており、その状態は半年から1年ほど続いたとしています。

Rolling Stone Japanのインタビューでは、最初からリリースやツアーの計画を立てるのではなく、毎週会いながら、小林がどんな人なのかを知るところから始めたことも語られています。

歌唱力だけを試すオーディションとはかなり違います。

一緒に過ごし、話し、作りながら、2人で音楽を作る理由そのものを探していたのが結成前の時間でした。

2人自身が結成のきっかけを振り返ったインタビューでも、この始まりについて語られています。

良い曲が生まれ、THE SPELLBOUNDというバンドが動き出す

2人の時間が長く続いたのは、活動開始を急がなかったからです。

何曲か作ればすぐ世に出すのではなく、2人で作る音楽に確かな手応えが生まれるまで試行錯誤を重ねました。

「2人で音楽を作る理由」を探した試行錯誤

中野は小林に、既存のTHE NOVEMBERSとは違う表現を求めるだけでなく、小林本人の生々しい感情や声が音楽へ出てくるところまで向き合っていました。

一方の小林も、中野の制作へただ歌を乗せるのではなく、自分のメロディや言葉を渡し、中野から返ってきた音を受けてさらに曲を作り直していきます。

小林が自宅で録った歌を中野へ渡し、そのトラックが返ってきたときに手応えを感じた曲のひとつが「なにもかも」でした。

こうしたやり取りを繰り返す中で、少しずつ「中野の新プロジェクトに小林が参加している」という形ではなくなっていきます。

1stアルバムの公式ページで、中野は2019年から「2人きりで試行錯誤」を始めたと振り返りました。

THE SPELLBOUNDは、最初にバンド名や活動計画があり、そこへメンバーを当てはめて作られたのではなく、2人で作る音楽が先に育ち、その後でバンドとして形になっています。

バンド名はBOOM BOOM SATELLITESの「SPELLBOUND」から

音楽に手応えが生まれたあと、2人はバンド名を考えます。

そこで小林が考えたのが、BOOM BOOM SATELLITESの楽曲名から名前を取ることでした。

候補には「DRESS LIKE AN ANGEL」や「TO THE LOVELESS」などもあり、最終的に2人にしっくりきたのが「SPELLBOUND」でした。

「SPELLBOUND」は、BOOM BOOM SATELLITESが2010年に発表したアルバム『TO THE LOVELESS』に収録された楽曲名でもあります。

バンド名にBOOM BOOM SATELLITESの曲名を選んだ一方で、中野は制作時に過去の自分らしい音を再現することを強く意識してはいなかったと話しています。

考えていたのは、小林から受け取った言葉やメロディと、その時の自分から出てくる音を組み合わせたときに何が生まれるかでした。

2020年12月15日にTHE SPELLBOUND結成を発表

制作開始から時間を重ねた2020年12月15日、中野は小林とTHE SPELLBOUNDを結成したことを発表しました。

この時点で1stシングル「はじまり」のリリースも決まり、長く表に出ていなかった2人の制作が、ひとつのバンドとして公になります。

中野がこの発表で記したのは、完成したプロジェクトを世に出すような言葉ではなく、小林と一緒にこれから「じっくり育てていく」という感覚でした。

2019年に始まった時間を考えると、結成発表はスタート地点であると同時に、すでに1年以上続いていた制作の日々がようやく名前を持った瞬間でもありました。

「はじまり」からライブバンドとして形になるまで

結成発表から約1カ月後、THE SPELLBOUNDは作品を連続して発表し始めます。

スタジオで2人が育ててきた音楽は、そこから作品、ライブ、アルバムへと形を変えていきました。

2021年1月「はじまり」から5カ月連続リリース

2021年1月13日、1stシングル「はじまり」を配信しました。

そこから「なにもかも」「名前を呼んで」「A DANCER ON THE PAINTED DESERT」「FLOWER」と、5カ月連続で新曲を発表しています。

この5曲は、短期間で新曲を量産して作られたものではありません。

その前には2019年から2人だけで試行錯誤してきた時間があり、THE SPELLBOUNDという名前が発表された時点で、すでに制作の土台が積み上がっていました。

最初の作品が「はじまり」と名付けられたことで、結成発表と楽曲の始動がひと続きの出来事として伝わる形にもなりました。

初ライブ「THE SECOND CHAPTER」とFUJI ROCK

2021年7月8日には、東京・LIQUIDROOMで初ライブ「THE SECOND CHAPTER」を開催しました。

作品制作では中野と小林の2人が核ですが、ライブではサポートミュージシャンも加わり、ステージ上で鳴るバンドとしての形が広がっていきます。

同年にはFUJI ROCK FESTIVALにも出演しました。

2019年に部屋の中で始まった2人の試行錯誤が、2021年には大きなステージで観客と共有する音楽へ変わっていました。

それでも中野は、THE SPELLBOUNDを企画やマーケティングによる一過性のプロジェクトではなく、「バンド」だという感覚を持てていると活動初期から話しています。

1stアルバムと『ゴールデンカムイ』が次の転機になる

2022年2月23日には、1stフルアルバム『THE SPELLBOUND』をリリースしました。

中野はアルバムについて、BOOM BOOM SATELLITESへのコンプレックスから作ったものではなく、小林の言葉とメロディを最大限引き出すことへ集中した結果だと説明しています。

結成時から掲げていた「過去のバンドを再現するのではなく、この2人で何が生まれるのか」という考えが、アルバムという形でまとまった作品でした。

同年には「すべてがそこにありますように。」がTVアニメ『ゴールデンカムイ』第四期のエンディングテーマに起用されました。

THE SPELLBOUNDにとって初のアニメタイアップとなり、それまで2人を知らなかった層にも楽曲が届く入口になります。

ただし、この出来事だけを「ブレイク」と一本化するより、連続リリース、初ライブ、FUJI ROCK、1stアルバム、タイアップと、活動の輪郭が段階的に広がった時期と捉える方が実際の流れに合っています。

THE SPELLBOUNDとBOOM BOOM SATELLITESの関係は後に変化した

THE SPELLBOUNDという名前には最初からBOOM BOOM SATELLITESとのつながりがありました。

それでも、BOOM BOOM SATELLITESの楽曲を演奏することまで最初から決まっていたわけではありません。

結成当初はBOOM BOOM SATELLITESを再現するバンドではなかった

2026年の音楽ナタリーのインタビューで、中野はTHE SPELLBOUNDを始めたころを次のように振り返っています。

「BOOM BOOM SATELLITESの曲を演奏することはまったく想定してなかったんです」

出典:音楽ナタリー「THE SPELLBOUNDインタビュー|今BOOM BOOM SATELLITESの曲を演奏する理由と、結成5周年を迎えた現在地」

むしろBOOM BOOM SATELLITESの曲をやることを強く勧めたのは、小林の側でした。

小林はBOOM BOOM SATELLITESの音楽を人生に大きく影響したものとして受け取っており、中野と一緒に演奏する意味があると感じていました。

中野はその提案をすぐに大きな企画へ広げたのではなく、まず1曲、さらにもう1曲と、演奏する理由を確認しながらライブへ加えていきます。

新しいバンドとしてBOOM BOOM SATELLITESと距離を置いたのではなく、THE SPELLBOUNDとして自分たちの音楽を作ったうえで、過去の楽曲と改めて向き合っていったという順番でした。

周年企画を経てBOOM BOOM SATELLITESの楽曲を演奏

2022年にはライブで「KICK IT OUT」などBOOM BOOM SATELLITESの楽曲を演奏し、2つの音楽が同じステージで鳴る機会が生まれていました。

その流れが大きな形になったのが、BOOM BOOM SATELLITESのデビュー25周年に合わせて行われた2023年の「BIG LOVE TOUR -BOOM BOOM SATELLITES 25th Anniversary Special-」です。

このツアーではTHE SPELLBOUND自身の楽曲だけでなく、BOOM BOOM SATELLITESのセットを再現する形で多くの楽曲を演奏しました。

中野は後年、この経験を通して、THE SPELLBOUNDの曲とBOOM BOOM SATELLITESの曲を「オリジナルとカバー」のように単純に分ける感覚が薄れていったことを話しています。

小林にとっても、長く聴いてきたBOOM BOOM SATELLITESの音楽を、中野と同じステージで鳴らすことは単なるカバーではありませんでした。

THE SPELLBOUNDを作ったことで、過去の音楽をそのまま保存するのではなく、別の形で再び演奏できる関係が生まれていきます。

THE SPELLBOUND × BOOM BOOM SATELLITESへ

さらに2025年のSONICMANIAでは、「THE SPELLBOUND × BOOM BOOM SATELLITES」名義で出演し、BOOM BOOM SATELLITESの楽曲だけで構成したライブを行いました。

そして2026年、中野と小林は同じ共同名義で活動を展開し、THE SPELLBOUND公式は「BOOM BOOM SATELLITES名義を復活させた」と明記しています。

これは、中野と川島道行による2人組BOOM BOOM SATELLITESが再結成したという意味ではありません。

中野がTHE SPELLBOUNDで小林と新しい音楽を作り続け、その過程でBOOM BOOM SATELLITESの楽曲とも向き合った結果、2つの名前を並べて音楽を鳴らす段階まで進んだものです。

2019年に「新しい相手と何が作れるのか」から始まったTHE SPELLBOUNDは、BOOM BOOM SATELLITESを再現するためのバンドではなく、新しい音楽を作ったからこそ、数年後にその過去とも別の形で向き合えるバンドになりました。

中野のボーカリスト募集に小林が手を挙げ、すぐには結論を出さず、2人だけで音を作り続けた時間から始まったことが、その後のTHE SPELLBOUNDとBOOM BOOM SATELLITESの関係にもつながっています。

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