シャイトープの結成史|大学で出会った3人と解散までの歩み

シャイトープの結成史を、3人の人物イラストと大学校舎、楽器、レコード、2022年の結成から2026年の解散までの年表で示したビジュアル バンド
メンバー担当
佐々木想(ささき そう)ボーカル・ギター
ふくながまさきベース
タカトマンダ(旧名義:タカトマン)ドラム・コーラス

「ランデヴー」のヒットで知られるスリーピースロックバンド、シャイトープ。

結成のきっかけは、大学卒業を前に音楽を続ける決心をした佐々木想が、かつての仲間2人へ声をかけたことでした。

3人が出会ったのは京都産業大学の音楽系団体「フォークトレイン」。しかし、最初から一緒にバンドを組む予定だったわけではありません。

むしろドラムのタカトマンダは、学生時代に何度も佐々木を誘い、そのたびに断られていたと振り返っています。

2022年6月に結成したシャイトープは、「部屋」「ランデヴー」などの楽曲で知られるようになり、2024年7月にメジャーデビュー。2026年9月5日、東京・豊洲PITでのラストライブをもって解散しました。

3人が音楽を好きになったころから、結成、初期作品の誕生、ヒット後の曲作り、そして最後のステージまでをたどります。

音楽史の段階シャイトープの歩み
音楽の原点佐々木想は中学時代に作曲を開始。3人それぞれが家族やバンド活動を通して音楽に親しむ。
メンバーの出会い京都産業大学の音楽系団体「フォークトレイン」で交流する。
結成・初音源2022年6月に結成し、同月30日に「マーガリン/部屋」を配信。
認知拡大「部屋」のMVを経て、2023年に「ランデヴー」がストリーミングでヒット。
メジャーデビュー2024年7月17日、シングル「ヒカリアウ」でメジャーデビュー。
活動の終点2026年9月5日、豊洲PITでのラストライブをもって解散。

3人の音楽の原点はそれぞれ違っていた

シャイトープの音楽を作っていたのは、佐々木想の歌とギター、ふくながまさきのベース、タカトマンダのドラムです。

3人とも大学時代にバンド活動を経験していますが、音楽に興味を持ったきっかけも、演奏を続けた理由も少しずつ異なります。

佐々木想は中学時代から作曲を始めていた

佐々木想が子どものころに聴いていたのは、父親が好んでいたMr.Childrenやスピッツなどの音楽でした。

2024年のMikikiのインタビューでは、1990年代の邦楽を家庭で聴いていたことを振り返っています。

その後、佐々木が強く惹かれたのがTHE BLUE HEARTSでした。

rockin’on.comのインタビューで、甲本ヒロトや真島昌利の音楽だけでなく、自分の考えを発信する生き方にも影響を受けたと話しています。

初めて曲を作ったのは、中学2年生か3年生のころ。

佐々木によれば、その時点ですでにミュージシャンになりたいという思いがあり、自分の曲が必要だと考えて作曲を始めたそうです。

歌ネットのインタビューでは、最初期に書いた歌詞について、空の雲のようなものを題材にしていた記憶があると話しています。

単に言葉を書き留めただけではなく、メロディーも付けていました。

歌詞の表現では、Mr.Childrenの桜井和寿や詩人の谷川俊太郎から影響を受けたことも明かしています。

高校時代までに自分なりの歌詞の軸ができていたという佐々木は、日常の感情をそのまま説明するより、景色や言葉の響きが残る表現を好んでいました。

中学・高校ではバンド活動も経験し、大学進学後には一人で音楽を続けた時期もあります。

ただし、早くから作曲していたことと、音楽を仕事にする決心が固まっていたことは別でした。その決断をしたのは、大学卒業が近づいてからです。

ふくながまさきとタカトマンダを音楽へ向かわせたもの

ふくながまさきも、家族が聴いていた音楽から影響を受けて育ちました。

本人はB’z、スピッツ、BUMP OF CHICKENなどを家庭で親しんだアーティストとして挙げています。

また、2023年のIMALABのインタビューでは、影響を受けたアーティストとしてindigo la Endの名前を挙げました。

大学時代にはシャイトープとは別のバンドでも活動しており、好きなベーシストへの憧れだけでなく、自分で考えたベースのフレーズをオリジナル曲に付けたいという思いも持っていました。

コピー曲を演奏しながら、ここに別のベースフレーズが入ればもっと面白くなるのではないか、と考えることがあったそうです。

その経験は、後にシャイトープで歌を引き立たせるためにベースラインを考えるという、ふくなが自身の演奏姿勢につながっていきます。

一方、タカトマンダは父親が聴いていたイエスやクイーン、姉が好きだった椎名林檎などの音楽に親しんでいました。

10歳年上の姉が学生時代に文化祭でバンドを演奏していたことも、本人がバンドへ興味を持った理由の一つです。

高校時代にバンドを始め、大学でもドラムを続けたタカトマンダは、演奏技術だけでなく、仲間と音を合わせる行為そのものに喜びを感じていました。

2024年のrockin’on.comのインタビューでも、作った曲をメンバーと初めて一緒に演奏する瞬間が特に好きだと語っています。

タカトマンダが影響を受けた音楽として挙げているのは、NICO Touches the Walls、東京事変、サカナクションなどです。

自分の歌を作りたかった佐々木、自分のベースを曲に加えたかったふくなが、仲間とバンドを演奏したかったタカトマンダ。

それぞれの活動が重なる場所になったのが、京都産業大学でした。

京都産業大学で出会った3人がシャイトープを結成するまで

シャイトープが結成されたのは2022年6月です。

大学時代から知り合いだった3人が集まりましたが、結成までには卒業、就職、バンドを続けたいという思いがそれぞれ関わっていました。

「フォークトレイン」で出会った大学時代

3人が所属していたのは、京都産業大学の音楽系団体「フォークトレイン」です。

大学には複数の軽音団体があり、フォークトレインではコピー曲の演奏や学内外のライブに取り組んでいました。

団体同士の合同ライブへ出演するためのオーディションもあり、佐々木はその機会があったことで音楽にしっかり打ち込めたと大学のインタビューで振り返っています。

佐々木とタカトマンダは同学年、ふくながは2学年上の先輩でした。

もっとも、佐々木とタカトマンダの最初の出会いは、すぐに意気投合するようなものではなかったようです。

rockin’on.comの取材で佐々木が思い出したのは、入部前の新入生歓迎の花見でした。

同じ場所にいたタカトマンダは、アロハシャツを着て髪を明るい茶色にしていたそうです。佐々木は自分とは正反対の明るい人物に見え、最初の印象はあまりよくなかったと笑いながら話しています。

一方のタカトマンダは、音楽を通じて佐々木への印象を強くしていきました。

新入生が自由にバンドを組んで演奏する会で、佐々木がSaucy Dogの「いつか」を歌う姿を見て、その歌唱力に驚いたといいます。

別のバンドでは佐々木と一緒に演奏したこともあり、いつか同じオリジナルバンドを組みたいと考えるようになりました。

ふくながも大学時代には別のバンドで活動しており、タカトマンダとは学内の活動を通じて接点がありました。

このころの3人には、それぞれ別の音楽活動があります。学生時代のバンドすべてが、そのままシャイトープという名称へ移行したわけではありません。

大学生活の思い出として、ふくながは木曜日のミーティング後に御薗橋の下の賀茂川へ集まり、仲間と話していたことも挙げています。

その京都での日々は、後に佐々木が賀茂川を歩いた景色をもとに書いた「Summer Conte」にも残されています。

佐々木想が卒業前にバンド結成を決意した理由

タカトマンダは大学時代、佐々木へ何度もバンド結成を持ちかけていました。

しかし佐々木は、その誘いを繰り返し断っていたそうです。

佐々木自身、大学へ進んでからは音楽以外の生活にも魅力を感じるようになり、安定した仕事に就く道も考えていました。

卒業後は地元の広島へ戻って就職するつもりで、本人によれば就職先も決まっていました。

それでも卒業が迫ったとき、音楽をこのまま終わらせてよいのかという思いが強くなります。

その時期に周囲から音楽を真剣に続けることを勧められ、自分が本当にやりたかったことを考え直したと、Billboard JAPANのインタビューで話しています。

佐々木が選んだのは、一人で活動を続けることではなく、再び仲間とバンドを組むことでした。

「一回本気でバンドをやってみようと決心したんです。」

出典:京都産業大学「ロックバンドの新星『シャイトープ』インタビュー!学生時代の思い出や結成秘話に迫る」/佐々木想

以前はタカトマンダからの誘いを断っていた佐々木が、今度は自分からタカトマンダへ声をかけました。

かつて一緒にバンドを組みたいと願っていたタカトマンダにとって、予想していなかった形でその機会が訪れたことになります。

当時のタカトマンダにも就職という選択肢がありましたが、佐々木からの誘いを受け、音楽に専念する道を選びました。

佐々木は続いてふくながにも声をかけます。

ふくながはすでに大学を卒業し、一般企業で働いていました。それでもバンド活動への気持ちは残っており、誘いを受けて加入を決めたそうです。

ただし、ふくながは結成と同時に仕事を辞めたわけではありません。しばらくは会社員とバンド活動を両立し、その後、音楽へ専念するために退職しています。

こうして2022年6月、佐々木想、ふくながまさき、タカトマンダの3人でシャイトープが結成されました。

佐々木が卒業前に進路を変えたこと、タカトマンダが以前から一緒に演奏することを望んでいたこと、ふくながが社会人になってもバンドを続けたいと思っていたことが、結成時に重なっています。

地下スタジオでの練習から生まれたバンド名

シャイトープという名前は、英語の「shy」と、フランス語の「taupe」を組み合わせた造語です。

「shy」は内気、恥ずかしがり屋という意味で、「taupe」はフランス語でモグラを意味します。

この名前には、3人ともシャイな性格で、地下のスタジオにこもって練習していたという、結成初期の姿が重ねられています。

2024年のMikikiのインタビューでも、その名前の由来が紹介されています。

バンド名は、音楽性を大きな言葉で表現するよりも、当時の3人の性格と練習場所をそのまま表すものになりました。

「マーガリン/部屋」から始まったシャイトープの活動

シャイトープは、結成した2022年6月のうちに最初の配信作品を発表しています。

最初から大きなレコード会社で活動していたのではなく、自分たちの楽曲を録音し、ライブハウスで演奏するところから始まりました。

結成後すぐに録音した最初の2曲

2022年6月30日に配信された最初のシングルが「マーガリン/部屋」です。

この2曲は、佐々木がバンド結成以前から持っていた楽曲を、3人での活動が始まってから録音したものです。

「マーガリン」と「部屋」は、曲の性格が異なります。

「マーガリン」はギターを鳴らしながら前へ進もうとするロックバンドとしての側面が強く、「部屋」は失った関係や日常の記憶を歌うバラードです。

佐々木は2024年のrockin’on.comのインタビューで、勢いのある曲と静かに聴かせる曲のどちらもシャイトープの強みにしたいと説明しています。

最初のシングルで異なる2曲を同時に発表したことは、その後も両方の方向を大切にしていくバンドの音楽と重なります。

結成時に作曲を主に担っていたのは佐々木ですが、楽曲をバンドの音にするには、ふくながのベースとタカトマンダのドラムが必要でした。

後年のBillboard JAPANのインタビューでは、佐々木がギターと歌を録ったデモをメンバーへ送り、ふくながが歌の抑揚や音数を意識してベースラインを考えていたことが語られています。

タカトマンダもドラムだけを前に出すのではなく、歌を中心にしながらベースとのバランスを考えていたそうです。

この制作方法は後年の取材時点で確認できるもので、最初の2曲も完全に同じ手順で制作したとまでは断定できません。

ただ、佐々木の書いた楽曲を3人で演奏するバンドとして、シャイトープの活動はこの2曲から始まっています。

京都MOJOでのライブとMINAMI WHEELから広がった音楽

結成後のシャイトープは、京都のライブハウス「京都MOJO」を活動の拠点の一つにして演奏を重ねました。

ソニーミュージックの公式プロフィールでは、2022年10月の「MINAMI WHEEL 2022」出演が、初期作品を知ってもらうきっかけの一つとして紹介されています。

同年11月3日には「部屋」の公式ミュージックビデオが公開されました。

音源だけで聴いていた人が、佐々木の歌声と楽曲の世界を映像でも知る機会となり、初期の認知拡大につながっていきます。

2023年2月には「pink/ミックスジュース」を発表。

「pink」は、佐々木が歌詞を聴いた人の解釈について考えるきっかけにもなった楽曲です。

本人の意図とは異なる受け取り方をしたリスナーの感想が届き、それでも聴き手が自分の物語として受け止めてくれることを、佐々木は肯定的に捉えていました。

その後、ライブ活動も京都・大阪から全国へ広がり、2023年8月には初の自主企画東名阪ツアー「Come Together」を開催しました。

同年10月には渋谷La.mamaと京都MOJOで初のワンマンライブ「SEICHI」を開催しています。

大学の仲間3人で始めたバンドは、配信音源とライブを通じて、少しずつ活動する場所を広げていきました。

映画館のアルバイト中に生まれた「ランデヴー」

シャイトープの名前を広く知られるものにした楽曲が「ランデヴー」です。

2023年4月25日に配信された「誘拐/ランデヴー」の収録曲で、SNSでの歌唱動画や弾き語りなどを通じて聴かれるようになりました。

しかし、この曲が生まれた場所は特別な制作施設ではありませんでした。

待ち時間に浮かんだ歌詞から楽曲が完成するまで

佐々木は大学卒業後、大阪で暮らしながら映画館のアルバイトをしていた時期があります。

映画館の仕事には、上映が終わるまで待機する時間があったそうです。

2024年12月31日のJ-WAVE『GRANDMARQUEE』内で放送された音楽企画『誰だってNeed Music』で、佐々木はその待機時間に起きたことを話しています。

映画の上映が終わるのを待っているとき、「ランデヴー」の冒頭にあたる約4行の歌詞が突然浮かんできたのです。

普段の佐々木は、歌詞が突然まとまって浮かんでくることはあまりないといいます。

ところがそのときは、浮かんだ言葉を自分でもよいと思い、仕事を終えて持ち帰りました。

そこから歌詞や楽曲を組み立てていき、「ランデヴー」の原型ができたと説明しています。

最初から曲全体の構成が決まっていたのではなく、偶然浮かんだ短い言葉が制作の出発点になったという話です。

この制作秘話は、音楽制作をするために特別な時間を確保していた場面ではなく、日常のアルバイトの待ち時間から曲が生まれたことを伝えています。

ただし「ランデヴー」で歌詞の一部が先に浮かんだことを、佐々木のすべての楽曲が必ず作詞から始まるという意味に捉えることはできません。

歌ネットのインタビューでは、佐々木は楽曲の言葉について、誰にでも伝わる表現でありながら、ほかの人には書けない言葉を目指していたと話しています。

「ランデヴー」を制作した時期も、それまでに聞いたことのない言い回しや印象に残る比喩を探していたそうです。

映画館で思い浮かんだ言葉は、そのような試行錯誤の中から一曲の形になっていきました。

「部屋」「pink」から「ランデヴー」のヒットへ

「ランデヴー」が世に出る前にも、「部屋」や「pink」を通してシャイトープを知る人は増え始めていました。

そこから2023年夏、「ランデヴー」はSpotifyの国内バイラルチャートで1位を記録します。

Billboard JAPANの「JAPAN Heatseekers Songs」でも2週連続の首位を獲得し、ストリーミングでも広く聴かれるようになりました。

京都産業大学が2024年に公開したインタビューでは、同曲がBillboard JAPANのストリーミングチャートで2023年9月から11月にかけて12週連続トップ10入りした実績も紹介されています。

ただ、佐々木は「ランデヴー」を完成させたときから、これほど多くの人に届くと確信していたわけではありません。

2024年の歌ネットのインタビューでは、普段と同じように作った曲が、自分の知らないところで一気に広がっていったことに驚いたと話しています。

それ以前の「pink」についても、聴き手が自分とは異なる物語として歌詞を受け取っていることに気づいていました。

佐々木は「pink」の登場人物について、自分としては別れていない関係を描いていたものの、別れた2人の歌として解釈した感想が多かったと明かしています。

その違いを間違いだと否定するのではなく、聴く人自身の経験に重ねて受け取ってもらうことを大切にしていました。

「ランデヴー」の広がりによってライブへ足を運ぶ人も増えましたが、メンバーはバラードだけを演奏するバンドになりたいわけではありませんでした。

佐々木は、ヒット曲を入口にしてほかの楽曲も聴いてもらいたいという思いを持ち、ロックバンドとして異なる表現を続けていきます。

『オードブル』からメジャーデビューへ進んだ3人

「ランデヴー」が広く聴かれるようになった後も、シャイトープはアルバム制作やライブを通して、バンドとして表現できる音楽の幅を広げていきました。

2024年には1stフルアルバム『オードブル』を発売し、7月17日には「ヒカリアウ」でメジャーデビューしました。

佐々木想が大切にした歌詞と作曲の考え方

佐々木は、自分の歌詞が誰かに届くとき、書き手が考えていた意味だけに限定されなくてもよいと考えていました。

Billboard JAPANのインタビューでは、本人の意図とは違っていても、聴き手自身の解釈によってその人の気持ちが少しでも楽になるならうれしいと話しています。

歌ネットのインタビューで語った、歌詞に対する目標も印象的です。

「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない歌詞を書きたい」

出典:歌ネット「『シャイトープ』スペシャルインタビュー」/佐々木想

佐々木は歌詞を書くとき、言葉のリズムや文章全体のまとまり、読み手の頭に景色が浮かぶかどうかを意識していると説明しています。

わかりやすさを大切にしながら、ありふれた表現だけでは終わらせたくないという考えです。

そして、佐々木が作った曲をバンドの音に仕上げていく過程にも、3人それぞれの工夫がありました。

Billboard JAPANの取材で、ふくながは佐々木から送られてくるギターと歌のデモを聴き、歌声の抑揚や音数から、その曲が最も伝えたい部分を読み取っていたと話しています。

ベースの目標は、自分の技巧を目立たせることではなく、歌を引き立てることでした。

タカトマンダもドラムを前面へ出すより、歌を中心に置いてリズム隊全体の強弱を考えていたそうです。

たとえば「天使にさよなら」では、冬の冷たく乾いた空気をどう音で表現するかを考え、3人がそれぞれよいと思うアイデアを持ち寄ってアレンジを組み立てたと語っています。

佐々木の言葉とメロディーから始まる曲を、ふくながとタカトマンダがそれぞれの演奏で形にしていく。それが当時のシャイトープの制作方法でした。

『オードブル』に込めたバンドへの思い

1stフルアルバム『オードブル』は、2024年1月に配信され、2月7日にCDとして発売されました。

アルバムには「ランデヴー」だけでなく、「Burn!!」のように勢いのある楽曲や、異なるリズムと編曲を持つ作品が収録されています。

佐々木はBillboard JAPANのインタビューで、バラードのイメージだけでバンドを続けるのではなく、さまざまな音楽を作っていきたいという思いを説明しました。

『オードブル』という題名には、異なる味の楽曲を並べて届けることと、その先にも音楽が続いていくという考えが込められていました。

パーティーの料理でいえば、オードブルはさまざまな料理を少しずつ楽しむものです。同時に、本格的な食事が始まる前に出される前菜でもあります。

「ランデヴー」だけを聴いていた人が、アルバムでは別のシャイトープの音を知る。そのような入り口を作る作品でもありました。

曲順も単なる発売順では決めていません。

佐々木はアルバムとして聴く人の体験を大切にし、表題曲を最後に置くような並べ方も意識したと語っています。

ふくながは子どものころ、親が車内で流していたCDやアルバムから音楽を好きになったことを振り返り、アルバム単位で聴くことのよさに共感していました。

タカトマンダも、実際に手に取る作品には、配信サービスの画面とは違う伝わり方があると話しています。

収録曲の制作でも、それぞれの音楽的な好みが生かされています。

「None」について佐々木は、昔のロックンロールバンドがステージに立つ姿を思い浮かべて制作したと説明しました。

また「sunny」では、タカトマンダが流れるようなリズムやボサノバを思わせる部分を意識し、ふくながは歌詞の雰囲気を引き立てるように動きのあるベースラインを考えています。

佐々木はギターの録音で、生の音とラインで録った音を組み合わせ、ミックスで思い描いた音色へ近づけたとMikikiのインタビューで話しています。

アルバムの多彩さは、曲名を並べただけのものではなく、演奏や録音で3人が選んだ表現にも表れていました。

2024年のメジャーデビューと3人の制作の変化

シャイトープがメジャーデビューを発表したのは、2024年3月29日の全国ツアー横浜公演でした。

実際のメジャーデビュー日は同年7月17日。エピックレコードジャパンからシングル「ヒカリアウ」を発売しています。

「マーガリン/部屋」を自分たちで配信した2022年の活動開始とは、別の段階です。

メジャーデビュー曲「ヒカリアウ」の制作にも、佐々木が実際に経験した出来事が関わっています。

歌ネットのインタビューによると、対バン相手だったthe paddlesのライブを観たことが、この曲を作るきっかけの一つになりました。

そのライブから受け取った感覚を、自分たちの曲を聴く人へも届けたいと考え、帰宅後に制作を進めたと語っています。

曲のテーマを言葉で先に決めてから制作したというより、ライブを観た体験が楽曲を生むきっかけになった例です。

また「ヒカリアウ」は、制作の終盤まで題名が確定していたわけではなく、マスタリングの前日にタイトルを決めたというエピソードもあります。

2024年のメジャーデビューを経て、シャイトープは作品を届ける規模を広げる一方、バンドの中での作曲にも変化が生まれました。

2025年7月30日に発売されたメジャー1stアルバム『WELCOME TO YOUR LIFE』には、ふくながとタカトマンダがそれぞれ初めて作曲を手がけた楽曲も収録されています。

佐々木が書いた楽曲を3人でアレンジするだけでなく、ベースとドラムの2人も作曲へ参加するようになったことは、バンドの制作史における変化でした。

初期から続いてきた3人の演奏を土台に、それぞれのメンバーが曲の出発点を担う作品も生まれるようになったのです。

こうしてシャイトープは、大学卒業前に結成したバンドから、メジャーレーベルでアルバムを制作するバンドへと活動を広げました。

2026年、シャイトープが解散を選んだ理由

2026年7月15日、シャイトープは公式サイトで解散を発表しました。

発表された活動終了日は同年9月5日。結成から約4年3か月で、3人でのバンド活動に幕を下ろすことになりました。

佐々木想の脱退申し出と3人が出した結論

解散の直接のきっかけは、2026年に佐々木想がバンドからの脱退を申し出たことでした。

公式発表によると、佐々木の申し出を受けて、本人、ほかのメンバー、スタッフの間で何度も話し合いが行われました。

佐々木は脱退の意志を変えず、メンバー側も最終的にその判断を受け入れています。

佐々木自身は公式コメントで、シャイトープのフロントマンとして活動を続けることに限界を感じるようになり、バンドの未来を考えられなくなっていたと説明しました。

そして、自分が本当にやりたい音楽や表現を改めて見つめ直すため、脱退を決意したと話しています。

一方、ふくながは佐々木の脱退意思を聞いてから、何とかバンドを続ける方法がないか考えていたことを明かしています。

タカトマンダも、バンドはこれからも続いていくものだと思っていたとコメントしました。

3人全員が最初から解散を望んでいたのではなく、佐々木の脱退を受け、残る2人も含めて今後の形を考えた末の結論でした。

公式発表には、その判断を表す言葉が記されています。

「佐々木想抜きのシャイトープは考えられない」

出典:シャイトープ公式「シャイトープから皆様へ大切なお知らせ」(2026年7月15日)

この判断をもとにメンバー全員で協議を重ね、佐々木の脱退だけでなく、バンドそのものを解散することになりました。

解散の背景について、本人たちが説明した範囲を超えて、メンバー間の不仲や対立などを理由として付け加えることはできません。

大学時代に佐々木の歌を聴いて一緒にバンドを組みたいと願ったタカトマンダと、社会人になっても音楽を続けたかったふくなが。

その2人と佐々木が2022年に始めたシャイトープは、2026年に3人での活動を終えることを決めました。

最後のライブを締めくくった「マーガリン」

2026年9月5日、シャイトープは東京・豊洲PITで「shytaupe last oneman live – LA LA BYE -」を開催しました。

結成から約4年3か月の活動を締めくくるワンマンライブで、3人は約3時間をかけて全28曲を演奏しています。

最初に披露したのは「moonlight」でした。

その後、「誘拐」「タビビト」「Burn!!」といった楽曲を演奏し、「ランデヴー」「ヒカリアウ」などもセットリストに並びました。

「Summer Conte」も披露され、大学時代に過ごした京都の風景から生まれた音楽が、最後のライブでも演奏されました。

アンコールでは「部屋」と「None」を演奏。

そして、最後の一曲に選ばれたのが「マーガリン」でした。

2022年6月30日に最初のシングルとして発表した「マーガリン」が、シャイトープとして最後に演奏する曲になったのです。

この楽曲は結成初期から何度もライブで披露され、3人の演奏とともに歩んできた作品でもあります。

最後のライブを記録した公式映像「マーガリン」には、豊洲PITでの演奏に加え、結成当初からの3人の姿も収められています。

ライブの終了をもって、シャイトープは正式に解散しました。

大学卒業を前に、佐々木がタカトマンダとふくながへ声をかけて始まったバンドは、最初期から演奏してきた「マーガリン」を最後の一曲として、2026年9月5日に4年3か月の活動を終えました。

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