This is LASTの結成史|メンバーの出会いと「殺文句」が生んだ転機

This is LASTの結成史と「殺文句」が生んだ転機を、ステージで演奏する人物のシルエットとレコードで象徴したビジュアル バンド
メンバー担当
菊池陽報(きくち あきつぐ)ボーカル・ギター
鹿又輝直(かのまた てるただ)ドラム

This is LAST(ディス・イズ・ラスト)は、2018年5月に千葉県柏市で結成されたロックバンドです。

菊池陽報の実体験をもとにした歌詞と、力強いバンドサウンドで知られていますが、その始まりは現在の楽曲とは大きく異なるメタルコアの活動にありました。

結成の決め手となったのは、菊池が失恋をきっかけに書いた「殺文句」という曲です。この曲を聴いたメンバーが音楽の方向性を変えることを決意し、人生を懸ける最後のバンドとしてThis is LASTが生まれました。

結成時のメンバーは、菊池陽報(Vo./Gt.)、弟の菊池竜静(Ba.)、鹿又輝直(Dr.)の3人。竜静は2022年12月から休養し、2023年11月24日に脱退が発表されています。

映画『BECK』を見て初めてギターを手にした高校生が、弟や高校時代の仲間とバンドを組み、失恋から生まれた歌で音楽の進む道を変えていった。その過程には、本人たちが語ってきた具体的な出来事が数多く残っています。

音楽史の段階This is LASTの歩み
音楽の原点菊池陽報が高校時代に映画『BECK』の影響でギターを始め、弟とバンド活動を開始
結成前の活動鹿又輝直が加わり、千葉県柏市を拠点にメタルコア系の音楽を演奏
正式結成2018年5月、楽曲「殺文句」を契機にThis is LASTを結成
初期作品と活動拡大2018年に初期音源を発表し、2019年11月に初の全国流通盤『aizou』を発売
音楽性と認知の拡大2021年以降に制作方法を見直し、2022年「カスミソウ」、2023年「#情とは」が代表曲に
編成の変化と節目2023年に菊池竜静が脱退。2024年に『HOME』を発売し、2026年10月に初の日本武道館単独公演を開催

菊池陽報の音楽の始まりは映画『BECK』だった

菊池陽報がギターを始めたのは高校時代です。

幼いころから音楽が身近にある環境で育ちましたが、最初から楽器を演奏したいと思っていたわけではありません。

2019年のアルキタのインタビューでは、母親が久保田利伸やMr.Childrenを好み、家や車の中ではいつも音楽が流れていたと振り返っています。

その音楽好きの少年が、聴く側から演奏する側へ踏み出すきっかけになったのが、2010年公開の実写映画『BECK』でした。

初めて買った約6,000円のギター

映画『BECK』は、若者たちがバンドを結成し、音楽を通じて成長していく物語です。

菊池は2024年4月の『ギター・マガジンWEB』のインタビューで、この映画を見るまで、自分が楽器を演奏することを具体的には考えていなかったと明かしています。

映画を見て、自分にもギターを弾けるのだと感じた菊池は、近所のリサイクルショップへ向かいました。

そこで購入したのは、約6,000円の初心者向けギターセットでした。

最初の一本は状態があまり良くなかったそうですが、教則本の練習フレーズなどを使いながら演奏を覚えていきます。

当初好きだったのは、ELLEGARDENやONE OK ROCKなどのロックバンドでした。

やがてcoldrainのような重厚なサウンドにも惹かれ、海外のハードロックやメタルへと聴く音楽の幅が広がっていきました。

高校時代にはコピー演奏だけでなく、ELLEGARDENに影響されたオリジナル曲も作り始めています。

のちに菊池は、ギタースタイルへ影響を与えた人物として、METALLICAのジェイムズ・ヘットフィールドの名前を挙げました。

メロディーを重視したThis is LASTの楽曲にも、こうしたヘヴィな音楽への愛着は残っています。

弟・竜静と始めた最初のバンド活動

ギターを手にした菊池は、自分一人で演奏するだけではなく、バンドを組もうと考えました。

そこで声をかけた相手の一人が、3歳年下の弟・菊池竜静です。

2019年のSkream!のインタビューによれば、竜静はもともとEXILEなどを聴いており、最初からロックバンドに関心があったわけではありません。

兄からベースを弾くように言われ、楽器を用意したものの、始めてから約1週間でライブに出演することになったといいます。

しかも、用意したのはベースだったのに、ライブではギターを弾くよう求められたというのです。

当時コピーしていたのは、RADWIMPS、ELLEGARDEN、ONE OK ROCK、the GazettEなどの楽曲でした。

楽器を始めたばかりの弟を巻き込み、短期間でライブの準備を進めた兄弟の活動が、後のバンドにつながっていきます。

高校卒業後、菊池陽報は大学へ進学しましたが、音楽を本格的に続けるため退学を決意します。

2019年のFanplus Musicのインタビューでは、退学届に「ロックスターになる」と書いたことを明かしています。

ただし、大学を辞めてすぐに音楽だけで生活できるようになったわけではありません。

菊池は携帯電話の会社で働いたこともあり、社会人やフリーターとして生活しながら音楽を続けた時期がありました。

弟の竜静も、バンド活動からいったん離れて看護学校へ進みます。

兄弟が一緒に始めたバンドは、最初から途切れることなくThis is LASTへ移行したわけではありませんでした。

兄弟と鹿又輝直が出会ったメタルコア時代

菊池兄弟が活動していた初期のバンドは、さまざまな音楽やメンバーの変化を経験しています。

その過程で加わったのが、後にThis is LASTのドラマーとなる鹿又輝直でした。

当時の音楽性は、失恋を日本語で歌う現在のスタイルとは異なり、激しいギターとドラムを中心としたメタルコアやハードコアに傾いていました。

同じ高校でつながった3人

鹿又がドラムに興味を持ったきっかけは、インターネットの動画でした。

中学3年生の冬、YouTubeでゲーム実況動画を見ていたところ、実況者がドラムを演奏している動画を見つけたといいます。

そこから関連する演奏動画を次々に見ていくうちに、ドラムへの憧れが生まれました。

鹿又と菊池兄弟は同じ高校に通っていましたが、学年は異なります。

2019年のSkream!の取材では、鹿又が高校2年生のとき、入学してきたばかりの竜静から声をかけられたことが語られています。

菊池陽報によれば、最初に組んでいたバンドはELLEGARDENに近い音楽を演奏していましたが、次第に海外の激しいロックへ関心が移り、当時のバンドは終わりを迎えました。

その後のバンド活動に鹿又が加わり、メタルコアを演奏するようになります。

また、菊池は2019年のアルキタの取材で、ライブハウスの活動を通じても鹿又の存在を知っており、自分たちの音楽に合うドラマーとして誘ったことを話しています。

高校時代のつながりと地元ライブハウスでの活動が重なり、後にThis is LASTを担うメンバーが集まっていったのです。

柏のハードコア文化と初期バンドの活動

3人の活動を理解するうえで欠かせないのが、地元・千葉県柏市の音楽文化です。

柏には、ヌンチャクなどのバンドが築いてきたハードコアの文化があり、「柏シティ・ハードコア(K.C.H.C.)」という呼び名も知られています。

菊池は2023年の音楽ナタリーのインタビューで、柏でバンドを組むと自然に激しい音楽へ向かうような環境だったと振り返っています。

本人もONE OK ROCKやcoldrainを好み、さらに海外のメタル系バンドを聴くようになっていたため、その方向性には魅力を感じていました。

当時は、大きな音を鳴らし、激しい演奏をすること自体が楽しかったといいます。

一方で、メンバーは自分たちの演奏に自信を持ちながらも、活動に対する目立った反響を得られずにいました。

バンド名を何度も変更し、ギタリストが脱退するなど、編成も安定していなかったそうです。

このころ、英語のように聞こえる言葉を叫ぶスタイルで演奏していた菊池は、後年、当時は歌詞を十分に書いていなかったと説明しています。

ただし、「殺文句」が生まれる前から、日本語詞のバラードを試したこともありました。

coldrainの「Miss you」のような曲を意識して作ったもので、周囲からはその路線を勧める声があったといいます。

激しい演奏を中心としていたバンドの中で、歌や日本語の言葉を届ける方向への試みが、すでに始まっていました。

「殺文句」がThis is LASTの結成を決定づけた

2018年5月に結成されたThis is LASTは、それまでのメタルコア活動から音楽性を大きく変えたバンドでした。

その中心にあったのが、菊池陽報が自分の失恋をもとに書いた「殺文句」です。

「殺文句」で自分の感情を日本語の歌詞にしたことが、バンドの表現方法と活動方針を変えるきっかけになりました。

失恋から生まれた、初めて本音を届ける歌

「殺文句」が生まれたのは、菊池が交際していた女性との関係に大きく傷ついたことがきっかけでした。

将来を考えるほど大切に思っていた相手との関係が終わりを迎え、菊池はそのときの感情を曲にしました。

それまで演奏していたメタルコアの型にはめようとせず、自分が経験した出来事と、そこで生まれた気持ちを言葉にしていったといいます。

2023年の音楽ナタリーの取材では、きちんと歌詞を書いたという意味で、「殺文句」はそれまでの曲と大きく異なっていたと語っています。

過去にも日本語詞の楽曲を試したことはありましたが、今回は自分自身の体験を伝えることが曲の出発点になっていました。

これによって、音楽を作るときに考えることも変わりました。

以前は演奏の激しさや格好良さを重視していたのに対し、菊池は歌詞を届けるためのメロディー、コード、サウンドを考えるようになったのです。

鹿又もまた、以前に試していた日本語詞のバラードが周囲から好評だったことを覚えており、こうした方向への変化に納得していたと話しています。

「殺文句」は2018年8月に会場限定で発売された初期EPの表題曲となり、同年9月9日には公式YouTubeチャンネルでミュージックビデオが公開されました。

後に2020年4月発売のミニアルバム『koroshimonku』でも新たに録音され、バンドにとって長く演奏される楽曲となります。

メンバーの決意と「最後のバンド」という名前

「殺文句」が生まれたころ、弟の竜静は音楽活動をいったん離れ、看護学校に通っていました。

2019年のSkream!のインタビューでは、当時は1日12時間ほど勉強し、成績も良かったことを明かしています。

そんな竜静に、兄の陽報が「殺文句」のもとになる曲を聴かせました。

竜静は、曲を聴いて強い手応えを感じたそうです。

「あ、これは世に出すべきじゃん」

菊池竜静/Skream!「This is LAST」2019年11月インタビュー

竜静は、この曲を聴いたその日のうちに看護学校へ退学届を提出したと語っています。

兄の曲を聴いたことが、一度は離れた音楽の道へ戻る決断につながりました。

一方、鹿又は当時も菊池陽報とともに曲作りを続けていました。

「殺文句」が生まれ、竜静が戻ってくることになったとき、改めてバンドをやろうという気持ちになったと振り返っています。

2023年の音楽ナタリーのインタビューで、菊池はメンバーに「殺文句」を聴かせた際、音楽へ人生を懸けようという言葉をかけてもらったと明かしました。

それまでのバンドでは名前を何度も変え、編成も安定していませんでした。

そこで、「自分たちの人生を懸ける最後のバンドにしよう」という覚悟を込め、This is LASTという名前が付けられました。

バンド名の「LAST」は、失恋ソングを歌うから付けられたものではなく、音楽に対するメンバーの決意を表した言葉です。

それぞれが別の進路や活動を経験したうえで、新たな音楽とともに集まった3人。

高校時代から続いていた音楽活動は、2018年5月、This is LASTとして新たな形になりました。

「愛憎」から全国流通盤へ広がった初期活動

This is LASTとして動き始めた3人は、ライブハウスでの演奏と、YouTubeやSNSでの楽曲公開を通じて少しずつ聴き手を増やしていきました。

ただし、最初から多くの人に知られていたわけではありません。

初期の音源やライブへの反応を確かめながら、実体験をもとにした歌詞をどのようなサウンドで届けるか、メンバー同士で話し合うようになります。

MVとライブハウスから少しずつ広がった音楽

初期活動で重要だったのは、楽曲を完成させるだけでなく、その音楽を聴き手へ届ける方法を考えたことです。

2019年のSkream!の取材で菊池は、「殺文句」を広く届ける準備として、先に「距離」という曲のミュージックビデオを制作したと説明しています。

「距離」を携えてライブに出演すると、以前のメタルコア活動とは違い、若い観客が楽曲に反応し、周囲へ広めてくれるようになりました。

鹿又によれば、公開直後の反応は決して大きな数字ではありませんでしたが、それまでとは異なる手応えがあったそうです。

2018年12月には、Skream!主催のイベント「HAMMER EGG vol.10 SPECIAL」にオープニングアクトとして出演しました。

この出演はリスナー投票を勝ち抜いて実現したもので、メンバーにとって観客の応援を実感できる出来事でした。

2019年には各地のサーキットイベントやライブハウスへ出演し、会場限定音源の販売も行っています。

同年6月のmuevo voiceの記事では、会場限定EP『殺文句』の完売や、MVが13万回以上再生されていたことが紹介されました。

2019年9月には、レコード流通を手がけるハピネットが、初の全国流通盤となるミニアルバムの発売を発表しています。

大きな宣伝によって一度に注目を集めるのではなく、音源を聴いた人が別の人へ伝え、その反応がライブへつながっていく形で活動範囲が広がっていきました。

『aizou』と1stアルバム、そして楽曲制作の変化

2019年11月20日、This is LASTは初の全国流通盤となるミニアルバム『aizou』を発売しました。

収録された「愛憎」「アイムアイ」などの楽曲には、菊池の恋愛経験をもとにしたストーリーが描かれています。

しかし、メンバーは経験した出来事を歌詞にするだけで、曲作りを終わらせていたわけではありません。

「アイムアイ」では、関係するほかの楽曲との時間的なつながりを意識し、曲のテンポや表現を話し合いました。

2019年のSkream!のインタビューで菊池は、「殺文句」を物語の始まり、「愛憎」を終わりとして捉え、その間にある「アイムアイ」との違いを音楽でも表現したかったと説明しています。

「愛憎」では重いリズムを採用し、一方の「アイムアイ」では少し速いテンポを取り入れました。

単に盛り上がる曲を作ろうとしたのではなく、同じ恋愛でも、どの時期の感情を描くかによってサウンドを変えていたのです。

また、「バランス」では、歌詞の一人称を女性の「私」に変えることで、これまでとは異なる視点から恋愛を描こうとしています。

菊池は、季節や時刻、場所などを具体的に書くことも大切にしていました。

体験を曖昧な言葉へ置き換えるのではなく、出来事が起きたときの状況を描くことで、聴き手へ感情を伝えようと考えていたのです。

こうした歌詞を支えるアレンジについては、竜静の役割も大きなものでした。

2019年の取材で竜静は、兄の歌詞を生かすため、ほかの音を重ねすぎない部分や、歌が伝わりやすい演奏を考えていたと明かしています。

兄弟は制作中に意見をぶつけ合うことも多く、意見が分かれたときには鹿又が判断に加わることもありました。

菊池は、竜静が自分とは異なる感性を持ち、自分の曲へ別の視点からアプローチしてくれることを評価しています。

2020年4月には2作目のミニアルバム『koroshimonku』を発売し、「殺文句」を新たに録音しました。

再録では、過去の歌い方をどの程度残すかについて、菊池と竜静の間で意見が分かれたこともあったそうです。

同年11月25日には、初のフルアルバム『別に、どうでもいい、知らない』を発売します。

その後、2021年5月19日に発表した「ポニーテールに揺らされて」では、楽曲の構成方法にも変化が生まれました。

アレンジを担当するスタッフから、日本のポップスでよく使われるAメロ、Bメロ、サビの展開を意識するよう助言を受けたのです。

菊池は、それまでの自分たちが持っていた感覚を生かしながらも、より多くの人に届く曲を作るため、この考え方を取り入れました。

「ポニーテールに揺らされて」は当初「7月の片想い」という仮のタイトルで制作されていましたが、鹿又が歌詞の中にある言葉をタイトルへ使うことを提案し、現在の曲名になりました。

さらに録音中、竜静が歌詞の一部分に納得できないと伝えたため、菊池はレコーディングをいったん止め、その一行を考え直したといいます。

作詞・作曲の中心は菊池でしたが、作品の仕上がりにはメンバー全員の意見が関わっていました。

「カスミソウ」と「#情とは」が変えた音楽の届け方

2021年以降のThis is LASTは、初期から続く実体験に基づいた歌詞を大切にしながら、演奏やアレンジの幅を広げていきます。

その変化をよく表しているのが、2022年の「カスミソウ」と、2023年の「#情とは」です。

どちらもバンドの代表曲となりましたが、制作された経緯はそれぞれ異なります。

メンバーの発想から広がった「カスミソウ」のアレンジ

「カスミソウ」は、2022年11月9日に配信された楽曲です。

菊池はこの曲を、それまでのThis is LASTとは違い、聴く人の背中を押せるような作品にしたいと考えていました。

当初は、シンプルなバンドサウンドに仕上げるつもりだったそうです。

しかし、弾き語りのデモをメンバーに聴かせ、曲の方向性について話したところ、竜静から予想外の提案がありました。

竜静は、楽曲の明るさや力強さを表現するため、ホーンを取り入れることを提案したのです。

菊池は2023年の音楽ナタリーのインタビューで、この提案には驚いたと語っています。

ただ華やかな音を足そうというアイデアではありませんでした。

竜静は、菊池が表現したいと思っていた曲の方向性を踏まえ、ホーンがその気持ちを伝える助けになると考えていたのです。

それまでのバンドサウンドにない音を取り入れた「カスミソウ」は、ミュージックビデオの公開後も反響を広げていきました。

2023年の音楽ナタリーでは、公開から約1か月でMVが50万回再生を突破したことが紹介されています。

このころから、メンバーの異なる視点を積極的に持ち寄ることで、楽曲の表現が広がっていったといいます。

菊池が作ったメロディーや歌詞を、3人でどのような音楽へ仕上げるか。その制作方法が、バンドの新しい可能性を生んでいました。

「#情とは」が多くのリスナーへ届くまで

2023年3月1日、This is LASTは「#情とは」(じょうとは)を配信リリースしました。

この曲は、ABEMAの恋愛リアリティー番組『花束とオオカミちゃんには騙されない』の挿入歌に起用され、バンドの認知が広がるきっかけとなりました。

ただし、「#情とは」は番組への起用が決まってから初めて作られた曲ではありません。

2023年の音楽ナタリーの取材によれば、楽曲自体は発売のおよそ2年前に作られ、レコーディングも済んでいました。

メンバーは以前から完成度に手応えを感じ、いつか発表したいと考えていたそうです。

実際にリリースすることになった際、菊池は当初の音源をそのまま使うのではなく、もう一度アレンジを見直すことを選びました。

変更したのは、主にギター、ベース、ストリングスの部分です。

ドラムとボーカルには以前の録音を残しながら、ほかの楽器を録り直しました。

当初、打ち込みで作られていたストリングスも、生演奏による録音へ変更しています。

さらに、曲の盛り上がり方やイントロでのフレーズの繰り返しなど、聴き手に届きやすいアレンジを考えました。

菊池はK-POPを含めた幅広い音楽を聴き、流行している作品がどのような工夫をしているのかも研究していたといいます。

歌詞のもとになった実体験は変えずに、サウンドの表現方法を新しくする。それが、この曲の再制作で行われたことでした。

所属事務所のプロフィールによれば、「#情とは」は配信サービスやSNSで反響を広げ、MVは2,000万回再生を突破しています。

「殺文句」で始まった個人的な感情を歌うスタイルは、さまざまな楽器や制作方法を取り入れながら、より幅広いリスナーへ届く音楽になっていきました。

菊池竜静の休養・脱退と2人体制への移行

音楽の表現を広げていた時期、バンドの編成にも大きな変化がありました。

ベースを担当していた菊池竜静は、2022年12月から体調不良のため休養に入ります。

その後、2023年11月24日、公式サイトで竜静の脱退が発表されました。

発表によれば、メンバーとスタッフが話し合いを重ねる中で竜静本人から脱退の申し出があり、その意思を尊重して合意に至ったとされています。

脱退理由について、公式発表以上の事情やメンバー間の対立などが明らかにされたわけではありません。

竜静は自身のコメントで、これまで作った楽曲を聴いてくれた人たちへの感謝を伝えています。

脱退発表後もバンドは活動を続け、ライブではサポートベーシストを迎える形を取りました。

正式メンバーは菊池陽報と鹿又輝直の2人となりましたが、This is LASTというバンド名が変わったわけではありません。

竜静は結成時のメンバーであり、初期作品の制作だけでなく、後の「カスミソウ」でもアレンジの重要な提案を行っていました。

その役割は、正式メンバーが2人になった後も、バンドが残してきた音楽の中に確認できます。

2人で受け継いだ音楽と初日本武道館までの歩み

菊池竜静の脱退後、This is LASTは菊池陽報と鹿又輝直を正式メンバーとするバンドとして活動を続けました。

2024年には、約3年ぶりとなる2枚目のフルアルバム『HOME』を発表しています。

このアルバムには新曲や既発曲だけでなく、結成初期から演奏してきた楽曲の再録も収められました。

『HOME』で追求した歌とギターの音作り

『HOME』は、2024年3月27日に発売されたフルアルバムです。

「カスミソウ」「#情とは」などの楽曲に加え、「殺文句」「愛憎」ではなく「殺文句」「結び」「拝啓、最低な君へ」など、過去の楽曲を録音し直した音源も収録されています。

この時期、菊池が重視していたのは、ギターの存在感を出しながらも、歌を邪魔しないサウンドを作ることでした。

2024年4月の『ギター・マガジンWEB』のインタビューでは、パソコンで楽曲を制作しながら、ディレイやルーパーなどの効果も試していることを明かしています。

しかし、さまざまなアイデアを試した結果、最終的には必要な音を絞り、シンプルに仕上げることが多いそうです。

歌のメロディーを中心に据えつつ、ギターにはバンドらしい重厚さや演奏の面白さを残したいと考えていました。

菊池は、過去の楽曲では平面的に聞こえていた部分も、新しい録音ではギター一本の音が立体的に響き、歌と共存するようになったと説明しています。

また、自身のルーツであるメタルへの関心が薄れたわけでもありません。

METALLICAのギターサウンドに影響されてきた菊池は、ギターソロを作る際に、カーク・ハメットを思わせるフレーズが浮かぶこともあるそうです。

ただし、好きな音楽をそのままThis is LASTの楽曲に持ち込むのではなく、作品に合う演奏方法を考えるようになりました。

「ラブソングにも時代がある」では、ギターソロが楽曲の中で印象的に響くよう、コードとの関係やメロディーの伝わり方を意識したといいます。

メタルで培った演奏の好みを残しながら、歌を届けるためにギターの役割を考える。その方法は、2018年の「殺文句」で始まった音楽の方向性ともつながっています。

2025年には「シェイプシフター」がTBS系ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の主題歌に起用されました。

同曲についてのUSENのインタビューでは、鹿又がメタルコア時代からの変化を振り返り、菊池の歌を届けることをバンドの大切な役割として捉えていると話しています。

激しい音楽を好む気持ちと、聴き手へ歌を伝えるための演奏は、メンバーの中で両立するものになっていました。

結成8年の節目に演奏した「殺文句」

2026年10月15日、This is LASTは初めて日本武道館で単独公演を開催しました。

公演タイトルは「通過点」。チケットは完売し、菊池陽報と鹿又輝直に、サポートベーシストの芳井雅人を加えた編成でステージに立ちました。

ライブでは初期からの楽曲に加え、「カスミソウ」「#情とは」など、活動の中で生まれてきた曲が演奏されています。

2026年10月の公演レポートによれば、菊池はステージで2018年の結成を振り返り、以前はメタルコアを演奏していたことや、失恋をきっかけに現在のバンドが始まったことを観客へ語りました。

また、かつて自分の痛みを歌っていた楽曲「左耳にピアスをしない理由」を、しばらく演奏していなかったことも明かしています。

自身のつらい経験を歌にすることから始まったバンドでしたが、活動を続ける中で、聴き手の存在が音楽への向き合い方にも影響していたのです。

アンコールでは、過去の写真がスクリーンに映し出される中、「拝啓、最低な君へ」を演奏しました。

そして、最後に選ばれたのが「殺文句」でした。

2018年にバンドの方向性を変え、This is LASTという名前が生まれるきっかけになった曲が、結成8年の節目に日本武道館の最後の一曲として演奏されたのです。

かつては高校時代の仲間と激しいメタルコアを演奏し、観客から大きな反応を得られなかった時期もありました。

菊池が映画『BECK』を見て手にした約6,000円のギターから始まり、弟や鹿又との出会い、「殺文句」の制作、ライブハウスでの活動、メンバーの変化を経て、バンドは日本武道館へたどり着きました。

「最後のバンドにする」という決意で名付けられたThis is LAST。その名前と、バンドの始まりを告げた「殺文句」は、菊池陽報と鹿又輝直の演奏によって受け継がれています。

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