Aoooの結成史|4人の出会いから初ライブ、メジャーデビューまで

Aoooの4人を描き、結成から初ライブ、メジャーデビューまでを示す音楽誌風ビジュアル バンド

Aooo(アウー)は、石野理子(Vo)、すりぃ(Gt)、やまもとひかる(Ba)、ツミキ(Dr)の4人によって2023年に結成されたロックバンドです。

元・赤い公園のボーカル、ボカロP、ソロアーティスト、サポートベーシスト、コンポーザー。4人はAooo以前から、それぞれ違う場所で音楽を続けていました。

それだけを見ると、最初から明確な構想のもとで集められたバンドのようにも見えます。でも、実際の始まりはもっとラフでした。

Aoooの起点は、ツミキとやまもとひかるが「いつか一緒に音楽をやれたら」と話したこと。そこからすりぃへ声がかかり、ボーカルとして石野理子が加わり、短期間で初ライブへ進んでいきます。

この記事では、4人それぞれの音楽の前史から、Aoooという名前が生まれた経緯、初ライブ、最初のオリジナル曲「アパシー」、デモCD『Demooo』、そしてメジャーデビューまでを一本の時間軸でたどります。

音楽史出来事
結成2023年
始動発表2023年8月24日
初ライブ2023年9月16日・Shibuya eggman
初期音源デモCD『Demooo』
メジャーデビュー2024年10月16日・1stアルバム『Aooo』

Aooo(アウー)は石野理子・すりぃ・やまもとひかる・ツミキの4人組

Aoooが公に姿を現したのは、2023年8月24日でした。

公式Xの最初の投稿では、Aoooというバンド名とともに4人のメンバーを紹介し、同年9月16日にShibuya eggmanで初ライブを行うことを発表しています。

ただし、8月24日が「4人が初めて集まった日」ではありません。後のインタビューからは、その少し前から人がつながり、バンドの形が急速にできていったことが分かっています。

ボーカル・ギター・ベース・ドラムを担う4人

結成時の担当は、石野理子がボーカル、すりぃがギター、やまもとひかるがベース、ツミキがドラムです。

石野は赤い公園でボーカルを務めた後、ソロでも音楽活動を開始。すりぃは「エゴロック」「テレキャスタービーボーイ」などで知られるボカロPで、自身でも歌うシンガーソングライターとして活動してきました。

やまもとはソロアーティストである一方、YOASOBIやももいろクローバーZなどのステージを支えてきたベーシスト。ツミキはボカロPとして楽曲を発表しながら、NOMELON NOLEMONではコンポーザーとして活動しています。

大切なのは、単に異なる肩書きを持つ4人が集まったということではありません。後からたどると、4人とも形は違いながら「バンドで音を鳴らすこと」と接点を持っていたことが見えてきます。

A型1人とO型3人から「Aooo」という名前が生まれた

「Aooo」という少し不思議なバンド名は、4人の血液型が由来です。

石野理子がA型で、すりぃ、やまもとひかる、ツミキの3人がO型。それをメンバー順に並べるようにして「Aooo」となりました。

音楽ナタリーで4人が振り返ったところでは、顔合わせの日にライブやバンド名について話し始め、名前だけでも約2時間考えたといいます。最後に血液型という極めてシンプルな共通項へたどり着き、発音やロゴにしたときの見え方も含めて気に入ったそうです。

読み方は「アウー」。犬の遠吠えを思わせる響きは、その後、最初のオリジナル曲を作る場面でも偶然おもしろい形でつながっていきます。

それぞれ別の道を歩いた4人がバンドへ向かうまで

Aoooの結成がおもしろいのは、4人が同じ学校や同じライブハウスで育った仲間ではないことです。

むしろ、それぞれが別の経路で音楽活動を積み重ねた後に集まりました。Aoooへ至る部分だけをたどると、その違いがバンドの輪郭を作っていることが分かります。

石野理子は赤い公園を経てソロ活動へ進んでいた

石野理子はアイドルネッサンスで活動した後、2018年に赤い公園へボーカルとして加入しました。

赤い公園でバンドのボーカルを経験し、その活動を終えた後はソロとして新しい音楽活動を始めています。そこへ届いたのがAoooへの誘いでした。

ただ、石野にとって「もう一度バンドに入る」という選択は、何の迷いもないものではありませんでした。

「これまでと違うことをするのは面白いかもしれない」

出典:FLYING POSTMAN PRESS「Aoooのはじまりを石野理子に聞く」

赤い公園での活動を終えた後だったため、バンドをすることにはためらいもあった一方、違う音楽的なつながりを持ちたいという気持ちもあったと石野は振り返っています。

すでに完成されたバンドへ加入するのではなく、まだ何をするかも完全には決まっていない3人と会うこと。それが、石野にとってAoooへの入口になりました。

すりぃとツミキはバンド経験からネット音楽へ進んだ

すりぃとツミキはボカロPとして広く知られるようになった2人ですが、どちらも音楽の始まりをネットだけで説明できる人物ではありません。

すりぃは「すりぃ」名義で活動を始める以前にバンドを経験しています。VOGUE JAPANのインタビューでは、バンド活動や楽曲コンペを経た後、周囲から求められるものを意識し続けることに疲れ、自分の内側を出す場所としてボカロPの活動を始めた経緯を語っています。

2018年3月3日にボカロPとして活動を開始した後、「エゴロック」「テレキャスタービーボーイ」などを発表。本人歌唱でも活動するようになりましたが、Aoooでは再びギタリストとしてバンドの中に入ることになります。

ツミキも、中学生の頃からバンド活動を経験しています。本人は音楽的な自己表現を始めた背景としてバンドの存在が大きかったと話し、ASIAN KUNG-FU GENERATIONから受けた衝撃についても語っています。

一方で、複数人で作る中ではモチベーションや方向性の違いも経験し、その後は1人で制作する方向へ進みました。ボカロPとして活動を始め、さらにNOMELON NOLEMONを結成してから、Aoooではドラマーという形でもう一度バンドへ入っています。

すりぃとツミキにとってAoooは、ネット音楽のクリエイターが初めて楽器を持った場所ではなく、一度経験したバンドという表現へ、それぞれ別のキャリアを経て戻ってきた場所でもありました。

やまもとひかるは「バンドをやりたい」思いから演奏動画を始めた

やまもとひかるの音楽史をたどると、Aooo結成につながる線がかなり早い時期から見えます。

幼い頃にベースへ触れた経験はあったものの、本格的に弾き始めたのは中学生の頃。SCANDALのTOMOMIに憧れ、ベーシストを目指すようになりました。

最初に組んだのはSCANDALのコピーバンド。その後も高校の軽音楽部などで複数のバンドを経験しましたが、解散などを経て、思うように自分のバンドを続けられない時期がありました。

そこで始めたのが演奏動画の投稿です。Real Soundのインタビューでは、その目的について、1人で有名になることだけではなく、一緒にバンドを組むメンバーを見つける意図もあったと語っています。

投稿をきっかけにソロベーシストとして活動が広がり、サポートの現場にも進みました。それでも出発点にあった「バンドをやりたい」という気持ちは消えていませんでした。

そのやまもとがツミキと知り合っていたことが、後のAooo結成へ直接つながります。

ツミキとやまもとひかるの会話からAoooが動き出す

Aoooの結成には、明確なオーディションも、最初から用意されたプロジェクト企画もありませんでした。

始まりにいたのはツミキとやまもとひかるです。2人が知り合ったのは2019年頃。やまもとはもともとツミキの音楽を聴いており、ツミキのライブにも足を運んでいました。その後、2人でスタジオに入って音を出すこともあったといいます。

2019年頃からの交流が2023年6月の「一緒に音楽を」へつながった

直接のきっかけが生まれたのは、2023年6月頃でした。

あるイベントの打ち上げでツミキとやまもとが同席し、2人で音楽をやる話になります。

「いずれ2人で音楽やれたらいいね」

出典:音楽ナタリー「Aoooインタビュー|石野理子、すりぃ、やまもとひかる、ツミキはなぜバンドを始めたのか?」

この時点では、バンドにするのかユニットにするのかさえ明確ではなかったそうです。

先に「Aoooという完成像」が存在したのではなく、ツミキとやまもとの軽い会話から人がつながり、後からバンドの形が見えてきた。ここがAoooの結成史で最も重要な部分です。

ツミキがすりぃを誘い、4人目のボーカルに石野理子を選んだ

ツミキとやまもとの話から、次に名前が挙がったのがすりぃでした。

ツミキとすりぃは、ボカロPとして近い時期から活動してきた間柄です。後年、ツミキはすりぃについて、ボカロPとしてランキングで競うような存在でもあり、バンドへ誘ったこと自体が自分の人生でも大きな出来事だったと振り返っています。

3人はいずれも自分で歌うこともできます。それでも3人のうち誰かがフロントに立つ形にはしませんでした。

ツミキが考えたのは、バンド内の関係性をできるだけ等分にすること。そのため、3人とは別にボーカルを迎える案が生まれ、石野理子へ話が届きます。

石野への打診はスタッフを介して行われました。石野自身も、すりぃを含む3人と以前から親しい仲だったわけではありません。

昔からの仲間4人が自然にバンドになったのではなく、異なる場所にいた4人が「一緒にやってみる」という選択によって集まったのがAoooでした。

2023年7月、ほぼ初対面の4人が居酒屋に集まった

4人での顔合わせは2023年7月後半頃。場所は居酒屋でした。

すりぃも石野と同じタイミングで顔を合わせており、ツミキとやまもとを中心にした「空想上のバンド」が、ここで初めて4人の現実のバンドへ近づきます。

この日の話は驚くほど早く進みました。バンド名だけではなく、ライブをどうするのかまで決まり始めます。

とはいえ、4人には共通点がたくさんあったわけでもありません。むしろ本人たちも、最初はそれぞれのバックグラウンドが違うことを感じていました。

その状態のまま、翌8月にはスタジオへ入ります。

初スタジオから約1か月でAoooは初ライブへ

2023年8月に4人で初めてスタジオへ入り、8月24日にはAoooの始動を公表。そして9月16日にはShibuya eggmanで初ライブを迎えました。

顔合わせからステージまで、ほとんど時間はありません。

しかも、この時点でAoooとして完成していたオリジナル曲は「アパシー」の1曲だけでした。

8月に初スタジオ、9月16日にShibuya eggmanで初ライブ

初ライブは、Awkmiu主催の「Awkmiu presents LIVE “Gift Shop”」。Aoooはゲストとして出演しました。

セットリストには、ツミキが手がけた「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ」や「shampoo」、すりぃの「あんずの花」といったメンバーにゆかりのある楽曲が並びました。

まだAooo自身の曲が十分にないからこそ、それぞれが持ってきた音楽を4人で演奏する。初ライブのセットリストそのものが、結成直後のAoooの状態を表しています。

そして、その中に1曲だけ入ったAoooのオリジナル曲が「アパシー」でした。

最初のオリジナル曲「アパシー」はスタジオで生まれた

「アパシー」は、誰か1人が完成したデモを持ち込んで、そのまま4人で演奏した曲ではありません。

石野理子の説明では、初ライブへ向けてオリジナル曲を作ることになり、スタジオで4人が話しながら組み上げていきました。

きっかけの一つになったのが「Aooo」というバンド名です。その響きが犬の遠吠えのようにも聞こえることから、ギターにも遠吠えのような音を求め、そこへリズムやコードを加えていきました。

後に正式なクレジットでは、作詞が石野理子、作曲がAoooと記載されています。

Aoooの最初のオリジナル曲は、4人のうち誰か一人の作品ではなく、スタジオで音を出しながら4人で作った曲でした。

個人で楽曲制作を完結できるメンバーが集まったバンドだからこそ、この共同制作はAoooの始まりをよく表しています。

「星間飛行」が石野理子とやまもとひかるの意外な共通点だった

結成直後の4人には、もう一つ小さなエピソードがあります。

顔合わせで話している中、石野とやまもとが、カラオケで最初に歌う曲として中島愛「星間飛行」を挙げることが分かりました。

共通点が多いわけではなかったメンバーの中で見つかった、思いがけない一致です。

「星間飛行」はそのまま初ライブでもカバーされました。Aoooの音楽史を左右する大事件ではありませんが、まだ互いを探っていた4人の距離感が見えるエピソードです。

『Demooo』から1stアルバム『Aooo』へ

初ライブではオリジナル曲が「アパシー」1曲だったAoooですが、その後は4人それぞれの作曲を生かす形で楽曲が増えていきます。

初期の4曲をまとめたのが、デモCD『Demooo』です。

4人それぞれの制作が『Demooo』で形になった

『Demooo』には、「アパシー」「イエロートイ」「リピート」「青い煙」の4曲が収録されました。

クレジットを見ると、「アパシー」は石野理子が作詞し、Aoooが作曲。「イエロートイ」はツミキ、「リピート」はすりぃが作詞作曲し、「青い煙」は石野が作詞、やまもとひかるが作曲しています。

この4曲だけでも、特定のソングライター一人が曲を供給するバンドではないことが分かります。

Aoooの公式YouTubeチャンネルでは、この初期4曲を演奏する最初のスタジオライブ「Live at Studiooo #1」も公開されています。

全員が曲を作れることがAoooの制作スタイルになる

Aoooでは、メンバー全員が作詞や作曲に関わることができます。

ただ、「全員が作れる」という言葉だけでは、このバンドの特徴は十分に見えてきません。

それぞれが1人でも制作を進められる一方、Aoooへ持ち込んだ後は、他のメンバーが演奏することでデモの想像を越えていく。そのやり取り自体が制作の一部になっています。

音楽ナタリーのインタビューで石野は、普段は1人で作ることが多いメンバー同士だからこそ、Aoooでは互いに知恵を出し、「この人がやったらどうなるのか」を探りながら制作できたという趣旨の話をしています。

すりぃとツミキには過去のバンド経験があり、やまもとはそもそもバンドをやりたくてベーシストとして歩み始めた人物。石野は赤い公園で、他者が作った楽曲を自分の声でバンドの音楽にする経験を重ねていました。

Aoooでは4人の違う音楽史が、そのまま「誰が曲を作ってもAoooとして鳴らせる」という制作環境につながりました。

結成時に音楽的な共通点が多くなかったことは、弱点として消されたのではなく、その後の曲作りの幅へ変わっていったことになります。

2024年、1stアルバム『Aooo』でメジャーデビュー

結成から約1年後の2024年9月16日。初ライブからちょうど1周年となる日に、AoooはShibuya eggmanで初のワンマンライブ「OneOneOne」を開催しました。

その場で発表されたのが、1stアルバム『Aooo』です。

2024年10月16日、ソニーミュージック内のレーベル「Echoes」から『Aooo』を発売し、メジャーデビュー。アルバムには全12曲が収録され、『Demooo』に入っていた「アパシー」「イエロートイ」「リピート」「青い煙」も新たにレコーディングされました。

収録曲のクレジットには、すりぃ、ツミキ、やまもとひかる、石野理子、そして複数メンバーによる共同制作が並びます。

2023年6月頃には、まだツミキとやまもとの間に「一緒に何かできたら」という話があっただけでした。

そこからすりぃへ声がかかり、石野が加わり、居酒屋で4人が顔を合わせ、8月に初めてスタジオへ入り、9月には初ライブ。そのステージに間に合わせるように「アパシー」が生まれました。

そして初期の4曲が『Demooo』となり、1年後には12曲入りのアルバム『Aooo』へ広がっています。

Aoooの結成史は、最初から完成された計画を実行した物語ではありません。別々の場所で音楽を続けてきた4人が、まず集まって音を出し、その過程でバンドそのものを作っていった歴史です。

「Aooo」という名前が決まったときには、4人の共通点はまだ多くありませんでした。それでも、その違いを持ったまま音を鳴らしたことが、Aoooというバンドの最初の形になりました。

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