Bialystocks(ビアリストックス)のメンバー
| メンバー | 担当 |
|---|---|
| 甫木元空(ほきもと そら) | ボーカル・ギター |
| 菊池剛(きくち ごう) | キーボード |
Bialystocks(ビアリストックス)は、映画監督としても活動する甫木元空と、ジャズをルーツに持つピアニスト菊池剛による2人組バンドです。
その始まりは、一般的なバンドの結成とは少し異なっていました。
きっかけになったのは、2019年に行われた映画『はるねこ』の生演奏上映。もともとは映画の劇中音楽を演奏するために集まったメンバーでしたが、そこで生まれた音楽の面白さから、オリジナル曲を作るようになったのです。
ただ、甫木元と菊池が初めて知り合ったのは、その約3年前。2人は2016年ごろ、別のバンドを通じて出会っていました。
映画制作とジャズ演奏という異なる道を歩んでいた2人が、映画の生演奏を通じて一つのバンドを始めた。そこにBialystocksの独特な音楽史があります。
まずは、2人の音楽的な原点から、その歩みをたどります。
| 音楽史の段階 | Bialystocksの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | 甫木元は家庭でピアノや合唱、映画音楽に親しむ。菊池は5歳からピアノを学び、大学時代にジャズへ傾倒 |
| 2人の出会い | 2016年ごろ、共通の知人が始めたバンドで知り合う |
| バンド結成 | 2019年、映画『はるねこ』の生演奏上映をきっかけに結成 |
| 初期活動 | 2019年に「Emptyman」「Winter」を配信。2021年に1stアルバム『ビアリストックス』を発表 |
| メジャーデビュー | 2022年11月30日、ポニーキャニオン/IRORI Recordsから『Quicksand』を発売 |
| 大きな転機 | 2026年7月15日、初の日本武道館単独公演を開催 |
Bialystocksを生んだ2人の音楽的原点
Bialystocksの音楽を理解するうえで欠かせないのが、甫木元空と菊池剛の異なる生い立ちです。
甫木元は家庭で自然に音楽を聴き、歌うことを経験してきました。一方、菊池は幼少期からピアノを学び、ニューヨークへの留学を通じてジャズの演奏に深く関わるようになりました。
2人が音楽とどのように出会ったのかを見ると、後に生まれるバンドの個性も分かってきます。
甫木元空はピアノと合唱、映画音楽のある家庭で育った
甫木元空の家庭には、幼いころからさまざまな音楽が流れていました。
母親はピアノの教師で、合唱の指導や作曲も行っていました。父親はミュージカルの演出家。自宅では映画のサウンドトラックや民族音楽、フォークソングなどが流れていたといいます。
母親は、宮沢賢治や金子みすずの詩に曲を付けたり、幼稚園の園歌を作曲したりすることもありました。
甫木元自身も幼いころにピアノを習いましたが、長くは続きませんでした。その一方で、小学4年生から6年生にかけては、母親が指導する合唱にも参加しています。
この合唱経験は、甫木元が人前で歌うことに親しむ大きな入口になりました。
2022年の音楽ナタリーのインタビューでは、母親の作った曲やピアノの音、歌唱方法まで含めて、自身の音楽的な原点だと振り返っています。
ただし、音楽に囲まれて育ったからといって、早くから歌手になることを志していたわけではありません。
むしろ周囲に音楽のできる人が多かったため、音楽を職業にすることの難しさを早くから感じていたそうです。
ギターについても、中学校の授業でThe Beatlesの「Hey Jude」を弾いたことや、高校時代に基本的なコードを覚えた経験はありましたが、楽器演奏に打ち込んでいたわけではありません。
それでも、家で聴いていた音楽や合唱の経験は、その後の曲作りにつながっていきます。
甫木元は、一人のアーティストを熱心に追いかけるというより、家庭にあった幅広い音楽に接してきたと話しています。
その中には中島みゆきなどの日本のフォークソング、The Beatles、ミュージカル作品や映画音楽もありました。
ピアノの練習音、母親の合唱、父親が流す映画音楽。それらが日常の中にあったことが、甫木元の音楽体験の土台になっています。
菊池剛は幼少期のピアノからニューヨークでジャズへ進んだ
一方、菊池剛が音楽を始めたのは5歳のころです。
きょうだいがピアノを習っていたこともあり、自身も音楽教室へ通うようになりました。
中学・高校時代もピアノには触れていましたが、当時は音楽家を目指していたわけではなく、テニス部での活動にも熱中していたそうです。
音楽への関心が大きく変わったのは高校時代から大学時代にかけてでした。
高校時代に映画『プロデューサーズ』を観たことをきっかけに、フランク・シナトラなどの音楽へ強く惹かれるようになります。
この映画との出会いは、後にバンド名を決める際にもつながっていきます。
そして大学在学中の19歳のとき、菊池はニューヨークへ留学しました。
もともとジャズを聴くことは好きでしたが、留学先がニューヨークだったことから、ジャズを本格的に練習するようになったといいます。
現地では演奏の練習だけでなく、実際のライブにも足を運びました。
ニューヨークでジャズを演奏し、ライブを観る経験を重ねたことが、菊池の音楽活動の大きな転機になりました。
20歳で帰国してからは、ジャズの演奏やほかのミュージシャンのライブサポートなどを行うようになります。
ジャズを中心に演奏技術を磨きながら、さまざまな音楽家と関わっていった菊池。
その活動の中で、後にBialystocksのボーカルとなる甫木元と出会うことになります。
映画『はるねこ』がBialystocks結成につながった
Bialystocksの結成には、甫木元が映画監督として活動していたことが深く関わっています。
2人は音楽活動のために最初から集まったのではありません。映画の音楽を演奏するという企画を通じて、バンドとしての活動が始まりました。
甫木元空は映画監督・青山真治との出会いから映像制作へ進んだ
高校卒業後、甫木元空が進んだのは多摩美術大学の映像演劇学科でした。
高校時代までに明確な進路を決められずにいた甫木元は、映像や演劇など幅広い表現に取り組める学科に魅力を感じ、進学を決めたと語っています。
大学では自主映画の制作に取り組み、限られた人数と予算の中で、映像だけでなく音楽も自分たちで用意する機会がありました。
この経験を通じて、甫木元は映画に音を付けることや、映像と音楽を組み合わせることに関心を持つようになります。
さらに、大学で教えていた映画監督の青山真治との出会いが、映像作家としての道を大きく動かしました。
甫木元は、父親が撮影していた大量のホームビデオを再編集し、自身の弾き語りも組み込んだ映像作品を制作します。
その作品を観た青山が甫木元の表現に関心を示し、映画制作へとつながっていきました。
そして2016年、青山真治がプロデュースに関わった初長編監督作品『はるねこ』が公開されます。
甫木元は脚本・監督だけでなく音楽にも関わり、劇中では自ら歌っています。
大学で映像を学び、映画のために音楽を作り、自分の声で歌うようになったこと。この歩みがなければ、Bialystocksの結成も違った形になっていたかもしれません。
甫木元空と菊池剛は2016年ごろに別のバンドで出会った
甫木元と菊池が初めて顔を合わせたのは、2016年ごろのことです。
共通の知人が新しくバンドを始めることになり、そのメンバーとしてスタジオに集まったのが最初の出会いでした。
このバンドは長続きせず、当時から2人が継続して一緒に演奏していたわけではありません。
菊池にとっても、最初の甫木元はどのような人物なのか十分には分からない存在だったようです。
2022年の音楽ナタリーのインタビューでは、当初は甫木元の監督作品を観たことがなく、映画監督としての活動も詳しく知らなかったと振り返っています。
しかし甫木元は、菊池の作る音楽に関心を持っていました。
自分とは異なる音楽的な背景を持つ菊池が、映画の楽曲を演奏したらどうなるのか。
その興味が、数年後に2人を再び結び付けることになります。
2019年の生演奏上映からオリジナル曲の制作が始まった
2019年、甫木元は映画『はるねこ』の上映後に、劇中音楽を生演奏するイベントを企画しました。
ただ映画の音楽をそのまま再現するのではなく、演奏によって新しい変化を加えたいと考えていた甫木元は、菊池に声をかけます。
菊池は、ほかの演奏現場でも共演していたギタリストの清水大史とドラマーの武良泰一郎を誘いました。
こうして、甫木元、菊池、清水、武良という4人が集まります。
中野のplan-Bで行われた『はるねこ』の生演奏上映は、映画の劇中歌をバンドで演奏する企画でした。
この時点では、甫木元も継続的にバンド活動をするつもりではなかったといいます。
まさかバンドを組むとは思っていなくて。
出典:音楽ナタリー「Bialystocks『灯台』インタビュー」/甫木元空
ところが、菊池が加わった演奏では、甫木元が作った曲の雰囲気が大きく変わりました。
その変化が面白かったことから、今度は映画の曲だけではなく、オリジナル曲も作ってみようという話になります。
最初から大きな活動計画があったわけではありません。まず締め切りを決め、2曲を録音してみることになりました。
一度の映画上映イベントをきっかけに、4人でオリジナルの音楽を作り始めたことが、Bialystocks結成の直接的な始まりです。
菊池自身も、当初は積極的にライブを重ねるようなバンド活動を望んでいたわけではなかったそうです。
それでも無理に活動を広げず、自分たちのペースで制作を始めたことが、その後の継続につながっていきました。
Bialystocksの名前の由来と4人から2人への変化
Bialystocksという少し変わった名前も、メンバーの音楽的な原点とつながっています。
また、2人組として知られるBialystocksですが、結成当初は4人編成で活動していました。
バンド名の由来は映画『プロデューサーズ』の登場人物
Bialystocksの名前の由来は、映画『プロデューサーズ』に登場するマックス・ビアリストック(Max Bialystock)です。
菊池剛は高校時代にこの映画を繰り返し観ていたそうで、作品との出会いはフランク・シナトラなどの音楽へ関心を持つきっかけにもなりました。
2022年12月8日のFM NACK5『ラジオのアナ〜ラジアナ』のゲスト出演時には、菊池が高校時代に『ザ・プロデューサーズ』を1000回以上観たというエピソードが紹介されています。
そこから登場人物の名前に「s」を付け、Bialystocksというバンド名になったと説明されました。
つまり、バンド名は地名や造語から偶然生まれたものではなく、菊池が学生時代から親しんできた映画に由来しています。
映画から音楽に関心を深めた菊池と、映画制作を通じて歌うようになった甫木元。2人の歩みを考えると、この名前もBialystocksらしいものに感じられます。
初期4人編成から甫木元空と菊池剛の2人編成へ
Bialystocksが結成された2019年の編成は、次の4人でした。
- 甫木元空:ボーカル・ギター
- 菊池剛:キーボード
- 清水大史:ギター
- 武良泰一郎:ドラム
当時の公式Xにも、この4人の名前と担当が記録されています。
2021年2月の1stアルバム『ビアリストックス』も、この4人で制作されています。
2021年3月に音楽メディアSENSAで公開されたインタビューでは、4人それぞれが初期アルバムの制作について語っていました。
菊池はメロディーと編曲の関係、清水はギターの音作り、武良はドラムのフレーズやアルバムのアートワークなど、それぞれの立場から作品への関わりを説明しています。
このころのBialystocksは、音楽だけでなく映像や美術など、異なる分野の表現が集まるバンドでもありました。
その後、活動形態は甫木元と菊池の2人編成へ変わっていきます。
2023年のBillboard JAPANのインタビューで、甫木元は、最初のアルバムでは4人でできることに取り組んだものの、活動を進める中で意見が少しずつ食い違う場面があったと説明しています。
そして、最終的に甫木元と菊池の2人を中心とする形に落ち着いたと振り返りました。
ただし、この発言から特定の脱退トラブルや不仲を断定することはできません。
2022年のReal Soundのインタビューでは、甫木元がBialystocksの出発点を、一般的なバンドというより自由な制作集団に近いものだったと説明しています。
まずはみんなで曲を出し合ってみよう
出典:Real Sound「Bialystocks、あくまで作品が主体の“制作集団”としてのスタンス 2人の音楽的ルーツから紐解く」/甫木元空
誰がどの楽器を演奏するかだけでなく、楽曲を作るために必要な人やアイデアが集まることを大切にしていたのです。
4人から2人へと編成は変わりましたが、作品そのものを中心に音楽を作る姿勢は、Bialystocksの活動を通じて受け継がれていきました。
初期音源から1stアルバム『ビアリストックス』まで
映画『はるねこ』の生演奏上映を通じて始まったBialystocksは、2019年からオリジナル楽曲の発表へ進みます。
ここから、映画の音楽を演奏するために集まった4人が、一つのバンドとして作品を残していく過程が始まりました。
2019年に「Emptyman」と「Winter」を配信
Bialystocksの公式ディスコグラフィーに記録されている最初の配信シングルは、2019年6月19日発売の「Emptyman」です。
同日には2作目の配信シングル「Winter」も発表されています。
映画上映のために集まったメンバーが、オリジナルの楽曲を録音して世に出すようになったことは、Bialystocksの音楽活動を考えるうえで重要な出来事でした。
ただし、この2019年の初期作品発表と、後の2022年のメジャーデビューは別の段階です。
初期の楽曲は、メジャーレーベルからのデビューよりも前に、自分たちで音楽を制作して発表していたことを示しています。
また、映画のために作られた音楽を演奏することから始まり、自分たちの曲を録音し、さらにアルバムへと進んでいく流れは、当初から決まっていた計画というより、活動を重ねながら形になったものでした。
2021年に初のフルアルバムを発表
2021年2月17日、Bialystocksは初のフルアルバム『ビアリストックス』を発売しました。
アルバムには「花束」「I Don’t Have a Pen」「ごはん」「またたき」「コーラ・バナナ・ミュージック」「Thank You」「夜よ」「Nevermore」の8曲を収録。
このアルバムは、初期4人編成によるBialystocksの音楽を記録した作品でもあります。
菊池はSENSAのインタビューで、しっかりとしたメロディーを大切にしながら、それを引き立てる編曲に冒険心を持たせたことを説明しています。
甫木元も、高知へ移り住んだことで感じた景色や気持ちを、頭で整理しすぎず、鼻歌から生まれるような自然なメロディーとして曲に残そうとしたと語っていました。
2人の異なる音楽の作り方は、この初期アルバムの段階から重なり合っています。
アルバム収録曲の「I Don’t Have a Pen」は、2020年12月23日に先行配信され、NTTドコモのWeb CMプロジェクト「Quadratic Playground」にも起用されました。
同曲のミュージックビデオは、2021年1月に公開されています。監督は映像作家の川添彩で、Bialystocksの初期作品が映像表現とともに世に出ていったことを示す一本です。
一度きりの生演奏から始まった活動は、こうして初のフルアルバムへと発展しました。
その後、Bialystocksは甫木元と菊池による2人編成を中心に、次の作品制作へ進んでいきます。
『Quicksand』でメジャーデビューするまで
2021年に初のフルアルバムを発表したBialystocksは、2022年に活動の大きな節目を迎えました。
EPの発売やテレビドラマへの楽曲提供、初の単独公演を経て、同年11月にメジャーデビューします。
「差し色」などを通じて活動の幅が広がった
2022年1月26日、Bialystocksは1st EP『Tide Pool』を発売しました。
同年にはSpotifyの新人アーティスト発掘企画「RADAR: Early Noise 2022」にも選出されます。
さらに、2022年4月には「差し色」がテレビ東京系ドラマ『先生のおとりよせ』のエンディングテーマに起用されました。
これはBialystocksにとって初の書き下ろしドラマ主題歌でした。
映画の劇中音楽を生演奏することから始まったバンドが、テレビドラマのために新しい曲を書き下ろすようになったのです。
同年には映画『はだかのゆめ』の主題歌や劇伴にも関わり、甫木元の映像制作とBialystocksの音楽活動が重なる機会も続きました。
そして2022年10月2日には、東京・大手町三井ホールで初の単独公演を開催。
2019年の生演奏上映と、この2022年の初単独公演は、バンドの歩みにおいて異なる意味を持っています。
前者は結成の直接的なきっかけとなった映画上映のイベント、後者はBialystocks名義で開催された初めてのワンマンライブです。
初期音源の発表、アルバム制作、映像作品への楽曲提供、単独公演。こうした活動の積み重ねが、メジャーデビューへつながっていきました。
2022年11月にメジャー1stアルバム『Quicksand』を発売
2022年11月30日、Bialystocksはアルバム『Quicksand』でメジャーデビューしました。
発売元はポニーキャニオンのレーベル「IRORI Records」です。
『Quicksand』は、通算では2作目のフルアルバムに当たります。
2021年の『ビアリストックス』がインディーズでの1stフルアルバム、2022年の『Quicksand』がメジャー1stアルバムという関係です。
収録曲には「朝靄」「灯台」「日々の手触り」「Upon You」「Winter」「差し色」「はだかのゆめ」「雨宿り」などが並びました。
初期に発表した「Winter」が収録されていることも、結成当時からの楽曲と、メジャーデビュー期の作品がつながっていることを示しています。
また、Bialystocksの楽曲制作には、2人の役割の違いが生かされています。
甫木元が弾き語りをもとにメロディーを作り、菊池が構成や編曲を考えていくことが多いと、本人たちはインタビューで説明しています。
例えば甫木元のラフな弾き語りのデモに対して、菊池がメロディーの展開や楽器の配置を提案し、曲を組み立てていくこともあります。
ただし、作曲の手順がすべての楽曲で固定されているわけではありません。
2人がそれぞれデモを作り、アイデアを共有しながら楽曲を形にすることもあります。
甫木元の歌とメロディー、菊池の編曲や楽器へのアプローチが交わる制作方法は、Bialystocksの音楽を形作る大きな特徴です。
それぞれが聴いて育った音楽は異なりますが、同じ音楽を作るためにアイデアを持ち寄るという姿勢が、メジャーデビュー後の活動にもつながっています。
全国ツアーを経て初の日本武道館公演へ
メジャーデビューを果たしたBialystocksは、アルバム制作と並行して、ライブ活動の規模も広げていきました。
大きな会場での単独公演だけでなく、2人編成の演奏にも取り組みながら、バンドの表現を発展させていきます。
全国ツアーや単独公演を重ねて活動規模を拡大
2023年、Bialystocksは『Quicksand』を携え、初のワンマンツアー「Bialystocks “Quicksand” Tour 2023」を開催しました。
大阪・名古屋・東京の3都市を巡るツアーで、各公演は完売。続いて同年6月からは、全国5都市を巡る2度目のツアーも行いました。
結成当初の小さな演奏企画から、複数都市で単独公演を行うバンドへと活動が広がっていきます。
2024年10月2日には、3rdアルバム『Songs for the Cryptids』を発売しました。
同年には全国7都市を巡るライブハウスツアーも開催しています。
さらに2025年4月25日には東京国際フォーラム・ホールA、4月29日には大阪・フェスティバルホールで単独公演を開催しました。
東京公演には約5000人が集まり、Bialystocksにとって大規模な単独公演の一つとなりました。
2025年には、甫木元と菊池の2人だけで演奏する「Bialystocks 二人編成ツアー 2025」も実施しています。
サポートミュージシャンを迎えたフルバンド編成とは異なり、歌と鍵盤という基本的な組み合わせで楽曲を演奏する試みでした。
初期4人編成で始まったBialystocksは、2人での制作を軸としながら、演奏する場所や編成に応じて異なる表現を生み出すようになったのです。
2026年7月15日に初の日本武道館単独公演を開催
2026年7月15日、Bialystocksは東京・日本武道館で初の単独公演を開催しました。
公演名は『Bialystocks 単独公演 於:日本武道館』。
甫木元空のボーカル、菊池剛のキーボードを中心に、ギター、ベース、ドラム、トランペット、バックグラウンドボーカルを加えた編成で演奏が行われました。
公式発表によると、当日はステージ後方まで客席を開放した360度レイアウトの会場に1万人を動員しています。
2019年に映画『はるねこ』の生演奏上映をきっかけに始まったバンドが、7年後には日本武道館で単独公演を開くまでになりました。
その間には、初期4人編成から2人への変化、インディーズでのアルバム制作、メジャーデビュー、全国ツアーなど、いくつもの節目がありました。
一方、活動の規模が広がっても、2人の制作に対する考え方は大きく変わっていないようです。
日本武道館公演に向けた公式特設サイトのインタビューで、甫木元は、特定のバンド像に合わせて制作するのではなく、自分たちが良いと思う楽曲を作っていきたいという思いを語っています。
ふたりが思ういい曲を中心にやっていきたいです。
出典:Bialystocks日本武道館公演公式特設サイト「インタビュー 日本武道館に寄せて」/甫木元空
映画のために集まったメンバーと曲を演奏し、その面白さからオリジナルの音楽を作り始めたBialystocks。
初の日本武道館公演は、2019年の小さな出発点から、甫木元空と菊池剛が積み重ねてきた音楽活動の大きな到達点となりました。

