| メンバー | 担当 |
|---|---|
| Rico(岩井莉子) | ギター、シンセサイザー、DJ、エレクトロニクス |
| Mei(髙橋芽以) | ボーカル、ベース |
LAUSBUB(ラウスバブ)は、北海道札幌市の高校で出会ったRico(岩井莉子)とMei(髙橋芽以)によるニューウェーブ・テクノポップバンドです。
2020年3月、軽音楽部での3人組の活動を経て、コロナ禍をきっかけに2人で電子音楽を制作するようになったことがLAUSBUBの始まりでした。
中学生の頃にYMOの映像に衝撃を受けたRicoと、家族の影響でさまざまな音楽に親しんできたMei。2人が作った楽曲「Telefon」は、2021年にSNSを通じて広まり、SoundCloudの全世界ウィークリーチャート1位を記録しました。
その出発点には、好きなアーティストを書いた一枚の紙、カラオケで聴いた歌声、そして互いの家から音声データを送り合った最初の録音がありました。
| 音楽史の段階 | LAUSBUBの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | RicoがYMOと出会い、Meiも幅広い音楽に親しむ |
| 2人の出会い | 札幌の高校の軽音楽部で知り合い、当初は3人組で活動 |
| バンド結成 | 2020年3月、RicoとMeiによるLAUSBUBが成立 |
| 初期の制作 | GarageBandと身近な録音機材を使い、遠隔でオリジナル曲を制作 |
| 認知の拡大 | 2021年、「Telefon」がSNSを通じて広まり、SoundCloudの全世界週間1位を記録 |
| 作品の発展 | 2022年に初のフィジカルEP、2024年に1stアルバム『ROMP』を発表 |
| メジャーデビュー | 2026年9月9日、アルバム『society | lazy』を発売 |
LAUSBUBの音楽ルーツ|YMOと歌への関心から始まった
Ricoが中学生で出会ったYMO「RYDEEN」
Ricoが電子音楽に夢中になるきっかけは、中学生の頃、YouTubeで偶然見つけたYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の映像でした。
2023年にCINRAへ寄稿した本人の文章によると、最初に出会った楽曲は「RYDEEN」。アナログシンセサイザーが前面に出た音色に強い衝撃を受けたと振り返っています。
それ以前にも幼稚園から小学生の頃までピアノを習っていましたが、当時はそれほど夢中になれなかったそうです。ところがYMOの映像を見たことで、音楽への関心が大きく変わりました。
2021年のCINRAインタビューでは、YMOを初めて見た際、昔の映像だと気づかず、意図的に1980年代風の演出をしているのかと思ったとも話しています。それほど、Ricoにとってシンセサイザーの音は新鮮なものだったのです。
そこからYMOの関連アーティストを調べ、Cornelius、Kraftwerk、Alva Noto、DAF、New Orderなどへと興味が広がっていきました。札幌のレコード店「Takechas Records」に通うようになり、店で音楽について話す経験も、インターネットだけでは得られなかった発見につながっています。
やがてRicoは、好きな音楽を聴くだけでなく、自分でもその音を作ろうとします。2023年のRock oNインタビューでは、YMOの「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」のイントロにあるシーケンスを再現できたことが、録音やDAWを触り始めるきっかけになったと説明しました。
音楽の聴き手だったRicoが、シンセサイザーの音の仕組みを調べ、自分で組み立てる側へ進んだこと。そこにLAUSBUBの音作りの原点があります。
Meiが聴いて育った音楽と高校での変化
一方、Meiにとって音楽は、幼い頃から生活の中にあるものでした。
家族が音楽好きで、車の中でもよく音楽が流れていたそうです。サザンオールスターズを好み、家族でライブへ足を運んだ経験もあります。Rock oNの取材では、母親がYMOの高橋幸宏のファンだったことにも触れています。
小学生になると自分でも音楽を探して聴くようになり、中学生の頃にはインターネットでさまざまな楽曲を見つけていました。
高校で軽音楽部に入ってからは、ベースなどの弦楽器にも触れるようになります。そしてRicoとの出会いを通じて、電子音楽への関心がさらに広がりました。
Ricoから借りたCorneliusのアルバム『FANTASMA』も、印象深い一枚です。2022年のCINRAインタビューによれば、Ricoは初回盤を貸す際、なくさないよう念を押したといいます。
Meiはその後、フリッパーズ・ギターやゆらゆら帝国、坂本慎太郎なども聴くようになりました。特に坂本慎太郎の音楽については、歌詞と音楽の結びつきに魅力を感じたと話しています。
Ricoはシンセサイザーの音そのものに強く引かれ、Meiは歌や言葉を含めた音楽に親しんできました。2人の背景は同一ではありませんでしたが、互いに音楽を紹介し合うことで、共通の楽しみが増えていったのです。
札幌の軽音楽部で出会い、3人組からLAUSBUBへ
好きなアーティストを書いた紙が2人をつないだ
RicoとMeiが出会ったのは、札幌市内の同じ高校に入学し、軽音楽部のミーティングに参加したときでした。
アルキタのインタビューでRicoは、その場で好きなアーティストを紙に書いたところ、Meiがいくつかの名前に反応してくれたと語っています。
Ricoにとっては、少しマニアックだと感じていた選曲でした。そこにMeiが興味を示したことから、音楽の好みが合いそうだと思ったそうです。
最初に声をかけたのはMeiでした。2023年のRock oNインタビューによると、話し始めてからはRicoの方が、好きなアーティストやそれまで聴いてきた音楽について次々と質問したといいます。
さらに、RicoがMeiとカラオケへ行ったときの話もあります。
2023年のBezzyインタビューでRicoは、自分ではあまり歌わず、Meiがどんな声で何を歌うのか聴いていたと振り返りました。
高校に入った頃からオリジナル曲を作りたいと考えていたRicoは、Meiの歌声を聴いて、その声を生かす曲を自分で作りたいと思うようになります。
音楽の趣味が合ったことに加え、RicoがMeiの歌声に可能性を感じたことが、2人でオリジナル音楽を始める大きな動機でした。
のちにLAUSBUBの楽曲で聴かれる電子音と歌の組み合わせは、結成前からRicoが思い描いていたものでもあったのです。
Khruangbinの「Firecracker」から始まった3人組
軽音楽部で出会った2人は、最初から現在のような電子音楽のデュオとして活動していたわけではありません。
当初はドラム担当を加えた3人編成で、バンドのコピー演奏に取り組んでいました。
2026年のReal Soundインタビューによると、最初に演奏した曲は、Khruangbin(クルアンビン)がカバーしたYMOの「Firecracker」でした。
Ricoは、Khruangbinがコーチェラ・フェスティバルでこの曲を演奏している映像を見て気に入り、MeiにYouTubeのリンクを送ったそうです。Meiもその演奏をかっこいいと感じ、コピーすることになりました。
当時はKhruangbinなどのインストゥルメンタル曲を中心に演奏し、Tempalayをコピーしたこともありました。
また、Ricoは別に先輩たちと組んだバンドにもシンセサイザーで参加しています。そこで音色の再現や、ほかの楽器と合わせる演奏を経験しました。
2023年のBezzyインタビューでは、Tempalayの楽曲を演奏する際にシンセサイザーの音を再現しようと試みたことや、バンドで不足する音を打ち込みで補ったことが、音作りの勉強になったと語っています。
つまりRicoは、最初から一人でパソコンに向かっていたのではありません。人と演奏を合わせる経験と、機械で音を組み立てる経験の両方を重ねていたのです。
ドラムの脱退と休校が2人の宅録を生んだ
活動形態が変わったのは、2020年3月でした。
それまでの3人編成からドラム担当が抜け、さらに新型コロナウイルスの感染拡大によって学校が休校となり、集まって演奏することが難しくなりました。
レコログの2021年インタビューでMeiは、ドラムの脱退とコロナ禍をきっかけに、家の中で制作・配信できる電子音楽を始めたと説明しています。
Ricoには以前から、Meiに歌ってもらうオリジナル曲を作りたいという思いがありました。一方のMeiも、Ricoが作った曲のデータを聴き、自分の声がその音楽に乗ることを楽しみにしていたそうです。
2020年3月、顔を合わせて演奏するバンド活動から、互いの家で音を録り、データを送り合う制作へ移ったことが、LAUSBUBという2人の活動を成立させました。
休校によってできなくなったことがある一方で、自宅で曲を作る時間は生まれました。その時間を利用し、Ricoは以前から考えていたオリジナル音楽の制作を始めたのです。
バンド名「LAUSBUB」に込められた意味
「LAUSBUB」はドイツ語で「いたずらっ子」を意味する言葉です。
レコログのインタビューでRicoは、2人ともジャーマンテクノが好きだったため、ドイツ語から名前を決めたと説明しています。
当時のRicoが特に興味を持っていたのは、KraftwerkやDAFといったドイツの電子音楽でした。バンド名の由来にも、結成時の2人の音楽趣味が表れています。
また、2026年のReal Soundインタビューでは、Meiが「いたずらっ子」という名前に触れながら、作品の中でもっと遊んでよいのではないかと考えるようになったことを語っています。
高校時代に選んだ名前は、後年のアルバム制作においても、2人が自分たちの音楽を考える際の言葉になりました。
iPadとスマホから始まったLAUSBUBの楽曲制作
初めて作った「Get Stir Crazy」の録音方法
LAUSBUBとして最初に制作したオリジナル曲は、2020年に発表した「Get Stir Crazy」です。
この曲が生まれたとき、Ricoは専門的な録音機材を十分に持っていませんでした。
2021年のCINRAインタビューでは、当時オーディオインターフェイスもなかったため、ギターアンプの近くにスマートフォンのマイクを置いて音を録り、GarageBandで作ったリズムに重ねたと説明しています。
RicoはNew Orderの音楽から影響を受け、ミニマルなシーケンスや、自分たちの手元にあるもので作るDIYの感覚を取り入れようとしていました。
制作方法も、初めから誰かに体系立てて教わったわけではありません。先輩たちとのバンド活動でGarageBandを少し触った経験を生かし、その後も操作を試しながら覚えていきました。
Meiの歌も自宅で録音しました。2023年のRock oNインタビューによると、Meiはスマートフォンで歌を録り、その音声データをRicoに送っていました。
特に「Get Stir Crazy」は、制作中に2人が一度も直接会うことなく完成させた曲だったといいます。
初期の制作ではRicoがGarageBandでトラックを組み立て、Meiへ歌詞やベースの譜面を送り、それぞれの担当を録音する流れが基本でした。
Ricoは後年、この最初の曲について反省点も多かったと話しています。しかし、実際に一曲を完成させられたことで、イメージした音楽を自分の手で形にできることを確かめられました。
高価なスタジオ機材ではなく、iPad、スマートフォン、GarageBand、身近な楽器。それらを組み合わせた録音が、LAUSBUBの最初の作品を支えていたのです。
「The Catcher in the Die」に表れた初期の遊び心
「Get Stir Crazy」に続いて制作された「The Catcher in the Die」には、初期のLAUSBUBらしい自由な発想が表れています。
Ricoは2021年のCINRAインタビューで、制作当時に電気グルーヴのアルバム『ORANGE』をよく聴いていたと語っています。
そこから、左右のスピーカーでせりふを掛け合うような表現を取り入れたいと考えました。実際にそれを曲の中で試した結果、独特な展開を持つ楽曲になったそうです。
さらに意外なのが、歌詞のテーマです。
外出が難しかった時期、2人が繰り返し話していたのは、インド料理のナンを食べたいということ。その会話が、そのまま歌詞の発想になりました。
曲名には、Ricoが中学生の頃に読んでいた英米文学の記憶も関係しています。J・D・サリンジャーの小説『The Catcher in the Rye』をもじった名前です。
電子音楽の実験的な表現、日常の何気ない会話、以前に読んだ文学作品。別々のものを一曲に組み合わせる方法は、LAUSBUBが初期から持っていた創作の特徴でした。
「Telefon」はどう生まれ、世界へ広がったのか
映画の音とコロナ禍の電話から生まれた楽曲
LAUSBUBの名前が広く知られるきっかけとなった「Telefon」。この曲の出発点には、2人で観た一本の映画がありました。
それは、映画『アングスト/不安』です。
2021年のCINRAインタビューによると、Ricoは劇中で流れるクラウス・シュルツェの音楽、とりわけ印象的なドラムパターンに興味を持ちました。
そのリズムをiPadで再現し、もっと速いテンポのダンサブルな音楽に組み込めないかと試行錯誤したそうです。最終的に、そのパターンは楽曲のサビで使われました。
ギターの音にはCorneliusの演奏から受けた影響があり、少しサーフミュージックを思わせる感覚も意識したと語っています。
一方、歌詞の題材となったのは、2020年の生活そのものでした。
人との接触が少なくなり、家にいる時間が増えた時期、Ricoは電話で誰かの声を聞くことに救われる感覚があったそうです。
そこで、人と直接会いにくくなったコロナ禍の暮らしと、公衆電話が人々の連絡手段だった時代を対比させ、歌詞を書きました。
「Telefon」は、映画で聴いた電子音楽のリズムと、離れていても人の声を聞きたいという当時の経験が結びついて生まれた曲です。
耳に残る音の反復だけでなく、その歌詞にも、2人が活動を始めた時代の状況が刻まれています。
高校生の大会とSNSがきっかけになった注目
「Telefon」が広まるきっかけとなったのは、高校生の音楽大会に関係する映像でした。
2023年のRock oNインタビューでMeiは、北海道高等学校軽音楽連盟が主催する「全道高校軽音楽新人大会」の模様を収録したYouTube動画が、楽曲の拡散につながったと話しています。
コロナ禍で演奏を映像として届ける形になったことが、結果的に離れた場所の人々に音楽を聴いてもらう機会を生みました。
LAUSBUBの公式プロフィールでは、2021年1月18日のX(当時Twitter)への投稿を、注目が一気に広がった契機として記録しています。
その後、音楽投稿サービスSoundCloudで全世界ウィークリーチャート1位を獲得。国内のインディーズ音楽プラットフォーム「Eggs」でも、同時期に週間1位を記録しました。
もっとも、Rico自身は2024年のAudio-Technicaのインタビューで、インターネット上で起きた出来事だったため、反響の大きさを実感するまでには時間がかかったと振り返っています。
Meiも、最初は自分たちの曲がどれほど広がる可能性を持っているのか分からなかったと話していました。
友人同士でデータを送り合いながら作った音楽が、知らない人々にも聴かれるようになった。その変化は、初めてオリジナル曲を制作してから一年も経たない時期に起きたものでした。
SoundCloudから初の正式配信まで
LAUSBUBが初期の楽曲を発表する場所として選んだのは、SoundCloudでした。
RicoはCINRAの取材で、国内外を問わず、できるだけ多くの人に音楽を聴いてほしかったと説明しています。
身近な人に音源を聴いてもらうだけでなく、自分たちの音楽を知らない人から、率直な反応を受け取ってみたいという思いもありました。
また、Ricoは自分たちの音楽を届けるため、レコード会社へデモを送ることも行っていました。ただ曲を作るだけでなく、聴き手に届く方法を自ら探していたのです。
そして2021年6月18日、「Telefon」がLAUSBUB初のDSP配信シングルとしてリリースされました。
ここで区別しておきたいのは、2021年1月にSNSで話題になったことと、同年6月18日に初めて正式な配信シングルを発売したことは、別の出来事だという点です。
楽曲は先にSoundCloudなどで知られ、その後、主要な音楽配信サービスでも聴ける作品になりました。
2022年5月4日には、公式ミュージックビデオも公開されています。
LAUSBUBの初期を象徴する楽曲「Telefon」の公式映像です。
「Telefon」は、コロナ禍で直接会えなかった2人が作った音楽であると同時に、その音楽を世界へ届ける入口にもなりました。
初期の宅録から『ROMP』へ|変わっていった音作り
初のフィジカル作品『M.I.D.』と制作環境の変化
「Telefon」の反響を経て、LAUSBUBは少しずつ制作環境と活動の幅を広げていきました。
2022年11月16日に発売された『M.I.D. The First Annual Report of LAUSBUB』は、2人にとって初のフィジカル作品となるEPです。
収録されたのは、SoundCloudで公開していた初期曲のリメイク、細野晴臣の「Sports Men」のカバー、そして「Ambient Fog」「Wind City」といった新曲でした。
「Sports Men」のカバーには、高校卒業後の具体的な出来事が関係しています。
2022年のCINRAインタビューでMeiは、受験が終わって久しぶりにライブを行うことになり、新しい曲を演奏したいと話した際、Ricoが「Sports Men」のカバーを提案したと振り返っています。
同年8月には、2人が細野晴臣のラジオ番組に出演する機会もありました。以前から好きだった音楽の作り手と実際に会うという経験は、高校時代から音楽を聴いてきた2人にとって大きな出来事でした。
EPのタイトルにも、Ricoの音楽趣味が反映されています。
CINRAの取材でRicoは、『M.I.D. The First Annual Report of LAUSBUB』という名前が、Throbbing Gristleのアルバム『D.o.A. The Third and Final Report』へのオマージュであると説明しました。
自分たちの「第一次活動報告書」という位置づけで、高校時代からの活動を一つの作品にまとめたのです。
録音の環境も、最初の頃とは変わっていました。
初期はスマートフォンのマイクやGarageBandを使っていた2人ですが、その後はパソコンでのトラック制作やスタジオ録音も経験しています。
2023年のRock oNインタビューでは、制作時にRicoが最初に作りたい音のイメージを書き出し、参考にするシーケンスなどを研究してから楽曲を組み立てる方法を語っています。
単に機材が増えたのではなく、どのような音を作りたいのかを具体的に考え、そのための手段を選ぶ制作へと発展していたのです。
札幌での経験と1stアルバム『ROMP』
高校を卒業した2人は、大学で学びながら音楽活動を続けました。
その過程で、ライブハウスやクラブ、音楽制作に関わる人々との接点も増えていきます。
2024年のAudio-TechnicaのインタビューでRicoは、LAUSBUBとして活動する中で、札幌の音楽シーンと出会い直しているような感覚があったと話しています。
Meiにとっても、ラジオ番組『Far East Disco』を担当したことや、札幌国際芸術祭2024のテーマソングに関わったことは、自分が育った土地と音楽を通じて結びつく経験となりました。
こうした活動を経て、2024年7月24日に1stアルバム『ROMP』が発売されました。
アルバムには「Michi-tono-Sogu」「Dancer in the Snow」「I SYNC」などに加え、初期の代表曲を新たに録音した「Telefon -2024 Session-」も収録されています。
「Telefon」をそのまま過去のヒット曲として置くのではなく、後年の演奏・録音によって新しい形にしたことは、2人が積み重ねてきた制作経験を示す一例です。
同年9月には、東京、愛知、大阪、北海道を巡る初のワンマンツアーも開催されました。
さらに2025年にはFUJI ROCK FESTIVALへ初出演。高校時代には自宅から音源を送り合っていた2人が、さまざまな場所で音楽を鳴らすようになりました。
『ROMP』までの歩みには、初期の宅録を出発点に、作品の録音方法、ライブでの表現、活動する場所を広げていったLAUSBUBの変化が表れています。
『society | lazy』で迎えたメジャーデビューと新たな創作思想
2つの側面を描いた2026年のメジャーデビュー作
2026年9月9日、LAUSBUBはビクタースピードスターレコーズから、2ndアルバム『society | lazy』を発売しました。
このアルバムがLAUSBUBのメジャーデビュー作品です。2021年の「Telefon」による初の配信デビューや、2022年の初CD発売とは異なる、音楽活動上の新しい節目となりました。
『society | lazy』は全14曲を収録した2枚組のコンセプトアルバムで、2つのディスクに異なる役割を持たせています。
DISC1「society」は、社会とのつながりを意識した作品群です。テレビCMやドラマなど、外部からの依頼を受けて制作された楽曲を中心に構成されています。
一方、DISC2「lazy」は、2人が自由な発想で作った10曲を収録しています。タイトルの「lazy」は「怠惰」を意味しますが、Ricoは2026年のReal Soundインタビューで、若者同士の悪ふざけや内輪の遊びに近い感覚も含めた言葉だと説明しています。
LAUSBUBの名前が持つ「いたずらっ子」という意味は、ここでもつながってきます。
Meiは同じ取材で、いたずらっ子という名前を掲げながら、音楽制作では真面目に取り組む時期も長かったと振り返りました。そのうえで、もっと自由に遊んでもよいという感覚が「lazy」に出ていると語っています。
Ricoも、社会とのつながりを持つ楽曲と、より自由でラフな楽曲の両方を真剣に作ることが、LAUSBUBらしさの一つだと考えています。
アルバムの2つのディスクは、単に曲調を分けたものではありません。外部から求められる音楽を形にすることと、自分たちの発想を自由に試すこと。その両方を経験してきた2人の創作姿勢が反映されています。
RicoとMeiの共同制作と日常の音を使う表現
『society | lazy』で注目したいのは、楽曲制作への向き合い方そのものが変わっていることです。
LAUSBUBの初期は、Ricoがトラックを組み立て、Meiが歌やベースを加える形が中心でした。もちろん2人で相談することはありましたが、楽曲の骨格を作る役割はRicoが大きく担っていました。
それに対し、2026年のReal Soundインタビューでは、今回のアルバムからMeiも制作へより積極的に参加するようになったと説明されています。
Meiは、制作途中の音に対して、もっと思い切ったことを試してみてはどうかと意見を出すことを意識したそうです。
Ricoは、自分では思いつかなかった反応が返ってくることを面白く感じていました。制作の後半になるにつれて、2人の間でアイデアが次々と生まれるようになったといいます。
また、アルバム全編には共同プロデューサーとして網守将平が参加しています。Ricoは網守について、自分たちが大胆な試みをすると、さらに意外な方向へアレンジを発展させてくれる存在だと語りました。
こうした共同制作と並んで、もう一つ大きな特徴となったのが、日常生活の音を作品に取り込む方法です。
Ricoはハンディレコーダーを購入し、身の回りの物音を録音するようになりました。
ノイズが欲しいときには、シンセサイザーで音を作るだけでなく、マイクをテーブルにこすり付けて録ることもあるそうです。
Meiもスマートフォンを使い、レストランで食事をしているときなどに長時間の録音を行っていました。そこから必要な部分を抜き出し、アルバムの音作りに使ったと話しています。
「concert」という楽曲では、演奏会の観客が缶を鳴らし、周囲から静かにするよう注意される場面を想定した音の演出も行われています。
こうした発想の背景には、Ricoが大学で音響を研究していた経験もあります。電子音と日常の物音を、必ずしも明確に区別する必要はないという考え方です。
Real Soundの2026年の取材で、Ricoは創作の方向性について次のように話しています。
「不完全なほうに振り切る」
Rico/出典:Real Sound「LAUSBUBが語る『society|lazy』の二面性」(2026年)
きれいに整った音を作れる技術があっても、あえてノイズや偶然性を残す。そのような人間らしい不完全さにも、Ricoは面白さを感じるようになっていました。
中学生の頃、YMOの「RYDEEN」で耳にしたシンセサイザーの音を自分でも再現したいと考えたRico。高校時代、その音楽にMeiの声を重ねたいと考え、手元の機材で制作を始めた2人。
その活動は、電子音を作り込むだけでなく、身近な環境から音を見つけ、互いの意見やほかの制作者の発想を取り入れる方向へと発展しました。
LAUSBUBの音楽の始まりは、札幌の高校での出会いと、2人が家にある機材で作った最初の曲にあります。そして2026年の『society | lazy』には、そこから積み重ねてきた音楽経験と、2人で音を作り続ける中で育った創作思想が表れています。

