| メンバー | 担当・特徴 |
|---|---|
| ヘヨン(Hyeyeon) | リーダー・ボーカル |
| ユジ(U.JI) | メインボーカル |
| ダヘ(Dahye) | ボーカル・ダンス |
| ヘリョン(Haeryung) | ボーカル・パフォーマンス |
韓国の4人組ガールズグループBESTie(ベスティ)は、2013年7月12日に「Pitapat(ドキドキ)」でデビューしました。メンバーはヘヨン、ユジ、ダヘ、ヘリョンの4人。そのうち3人は、以前EXIDの初期メンバーとして活動していました。
ただし、BESTieはEXIDから離れた3人が、そのまま別の名前で活動を再開したグループではありません。3人は一度それぞれの道へ進み、異なる経緯をたどって再び集まりました。そこへ、別の事務所でデビューを目指していたダヘが加わっています。
デビューから約3か月後に発表した「Love Options(연애의 조건/恋愛の条件)」は、2026年にショート動画を通じて再評価され、音楽チャートへ再登場。長く別々に活動していた4人が再結集するきっかけになりました。
歌手になりたいと決めた瞬間、何度も経験した練習生生活、4人が出会った順番、そして13年の時を経て再び歌われることになった楽曲。BESTieの音楽は、それぞれ異なる出発点を持つ4人が集まったところから始まっています。
| 音楽史の段階 | BESTieの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | ヘヨンはマヤのライブ、ユジはJYPのショーケース、ダヘは幼少期の歌とダンスなど、異なる経験を通じて音楽へ向かった。 |
| 結成前の活動 | ヘヨン・ユジ・ヘリョンは2012年にEXIDでデビュー。ダヘはJellyfish Entertainmentでデビューを目指していた。 |
| 4人の合流 | EXIDを離れた3人がそれぞれの道を経て、ダヘとともにYNB Entertainmentで合流した。 |
| デビュー | 2013年7月12日、「Pitapat」を発表。同年10月17日に「Love Options」を発売した。 |
| 音楽表現の展開 | 2014年に初のミニアルバム『Hot Baby』、2015年に『Love Emotion』を発表した。 |
| 活動の転機 | 2017年にユジとダヘが脱退。2018年にはグループ活動が終息した。 |
| 再結集 | 2026年、「Love Options」が再評価され、ヘヨン・ユジ・ダヘ・ヘリョンの4人で再結集を発表した。 |
BESTieの4人はどうやって音楽を始めたのか
BESTieのメンバーは、最初から同じ音楽を目指していたわけではありません。大きな歌声に心を動かされた人、歌う仕事に自信を持てなかった人、人前で踊ることが好きだった人、演技の世界から音楽へ戻ってきた人がいました。
2013年の音楽メディアTenAsiaによる4人の個別インタビューには、グループとしてデビューする以前の経験が詳しく残されています。
ヘヨンはマヤのライブを見て歌手を志した
リーダーのヘヨンは、1990年12月8日生まれ、韓国・仁川出身。歌手を志す気持ちがはっきりしたきっかけは、地元で見た一つのステージでした。
仁川にある仁荷大学で大きなコンサートが開催された際、ヘヨンは歌手マヤが「진달래꽃(ツツジの花)」を歌う姿を目にしました。細身の身体から力強い声が響く様子に圧倒され、歌手になろうと決意したと、2013年のTenAsiaのインタビューで振り返っています。
大学のコンサートを見たという話ですが、ヘヨン自身が仁荷大学に通っていたという意味ではありません。歌手になる決意に結び付いたのは、そこで見たマヤの歌唱そのものでした。
興味深いのは、ヘヨンが目指す音楽をダンス曲だけに限定していなかったことです。2013年7月のインタビューでは、もともとDavichiのようなバラード歌手を夢見ていたと話しています。
また、シンガーソングライターのユン・ジョンシンにも憧れを持っていました。毎月継続して楽曲を発表する活動姿勢を尊敬し、自身も作曲に関心があり、アコースティックな音楽を好むと説明しています。
力強いライブ歌唱、バラードへの憧れ、継続して音楽を生み出す人への尊敬。ヘヨンの音楽への関心は、BESTieで披露した明るいダンス曲よりも広いところにありました。
ユジがJYPでの経験を経て再挑戦を決めるまで
1991年1月2日生まれのユジは、BESTieのメインボーカルを務めた人物です。しかし、歌が得意だったからといって、最初からステージに立つ歌手になろうと考えていたわけではありません。
2013年のTenAsiaのインタビューによると、以前のユジは大学へ進み、ボーカル講師など歌に関わる仕事に就くことも考えていました。人前で歌ったとき、聴いた人を失望させてしまうのではないかという不安があり、歌手になる自信を持てなかったのです。
その気持ちを変えたのが、JYP Entertainmentの練習生時代に経験したショーケースでした。
ユジはステージで踊りながら、もっと多くのものを見せたい、もっと表現したいと感じたといいます。そのショーケースでは2位という結果も得て、歌手になる夢に自信が生まれました。
JYP時代には、のちにSISTARで活動するヒョリン、SECRETで活動するソン・ジウンとともに、3人組ボーカルグループとしてのデビューを準備した経験もあります。しかし、その計画は実現しませんでした。
その後も事務所を移りながら練習を続け、2012年にEXIDの初期メンバーとしてデビューします。歌手になるための準備を長く重ねてきたユジにとって、ようやく実現した活動でしたが、数か月後にはグループを離れることになりました。
EXIDを離れた後は、休学していたソウル芸術大学の実用音楽科への復学も考えました。その期間に自分自身を見つめ直し、もう一度歌手として挑戦することを決めています。
2013年7月の聯合ニュースのインタビューでは、以前の自分には意志や粘り強さが足りなかったと振り返り、今度こそ最後までやり抜きたいという決意を明かしました。
JYPでの未実現のデビュー計画、EXIDでの活動、大学へ戻る選択肢。そして再び練習室へ向かう決断。ユジがBESTieに参加した背景には、歌手を目指すかどうかを何度も考え直した時間がありました。
ダヘの幼少期の音楽体験とヘリョンの歌手への思い
1993年6月12日生まれのダヘにとって、歌とダンスは幼いころから身近なものでした。
2013年のTenAsiaの自己紹介インタビューでは、子ども用のカセットプレーヤーを持って市場へ行き、踊ったり歌ったりしていたというエピソードを紹介しています。人前に出ること自体が好きだった少女時代を経て、やがて歌によって人を元気づけたいと考えるようになりました。
ダヘは2010年ごろからJellyfish Entertainmentで練習生として活動し、ガールズグループでのデビューを準備していました。しかし、そこでのデビューは実現せず、BESTieで初めて正式な歌手デビューを迎えます。
2013年当時の聯合ニュースは、デビュー前に公開されたダヘのソロダンス動画が注目を集めていたことも伝えています。3人の元EXIDメンバーとは異なり、ダヘには音楽番組でグループ活動をした経験がありませんでしたが、ダンスの経験を重ねてきた新人でした。
一方、1994年11月11日生まれのヘリョンは、音楽より先に演技の世界を経験しています。
幼いころから子役として活動し、『マジックキッド・マスリ』などの作品に出演。2013年にはドラマ『ナイン~9回の時間旅行~』にも出演していました。
もともと俳優として活動していきたい気持ちも強かったヘリョンですが、『ナイン』に出演していた時期に再び音楽への意欲が高まったと、当時の聯合ニュースのインタビューで話しています。
ヘリョンは、自分の声をメンバーの中で最も力強いものだとは考えていませんでした。その一方で、グループの歌声になじむ音色を評価されていたと説明しています。
ヘリョンが目標に挙げたのは、長く幅広い世代に親しまれたグループg.o.dでした。レゲエやヒップホップなど、さまざまな音楽にも挑戦したいという希望を持っていました。
歌によって人を励ましたいダヘと、演技の経験を持ちながら音楽へ向かったヘリョン。2人はそれぞれ異なる強みを持って、BESTieという新しいグループへ参加しました。
EXID出身3人とダヘが集まってBESTieが結成されるまで
BESTieの結成を理解するうえで重要なのは、EXIDを離れた3人が最初から同じ計画を持っていたわけではない、ということです。
ヘヨン、ユジ、ヘリョンは一度それぞれの進路を考えた後、別々のタイミングで新たな活動へ向かいました。その過程でダヘと出会い、4人のグループが形になっていきます。
EXID初期メンバー3人が別々の道へ進んだ理由
ヘヨン、ユジ、ヘリョンは、2012年2月にデビューしたEXIDの初期メンバーでした。当時はヘヨンが「ダミ」という活動名を使用しており、3人はEXIDのデビュー曲「Whoz That Girl」で活動していました。
しかし、2012年4月に3人はEXIDを離れています。
当時の報道では、学業や演技活動など、それぞれの進路が理由として伝えられました。一方、2013年7月の『日刊スポーツ』韓国版のインタビューで、ヘヨンは前のグループを離れた背景に事務所のマネジメント上の問題があったとも話しています。
複数の説明が残っていますが、3人全員が同じ理由で脱退したと決めつけることはできません。また、EXIDを離れた時点で、3人がBESTieを結成する計画を立てていたわけでもありませんでした。
ユジは大学への復学を考え、ヘリョンには俳優としての活動がありました。ヘヨンも、歌手として再び挑戦するまでに別の道を模索した時期があります。
EXIDとして一度デビューしていたことは3人にとって大きな経験でしたが、その活動が終わった後も、歌手としての将来が決まっていたわけではなかったのです。
ヘヨン・ヘリョン・ダヘ・ユジがYNBで合流
4人が出会った順番は、2013年8月に公開されたMBNの本人インタビューで、ヘヨンが具体的に説明しています。
まず、ヘヨンとヘリョンが現在の所属先となるYNB Entertainmentへ入りました。ただし、当初は新しいガールズグループのメンバーとして入ったのではなく、俳優のチームに所属していたといいます。
その後、2人はダヘと出会い、グループとして活動する方向へ進みました。ユジは別の会社で約半年を過ごした後に合流しています。
当時のヘヨンは、この経緯を説明する中で、次のように語っています。
세 명이 다른 팀을 만들고자 해서 나온 것은 아니에요.
出典:MBN「[M인터뷰] 베스티 “컴백 아닌 데뷔…마음가짐 달라져”」(2013年8月、ヘヨン)
日本語では「3人が別のグループを作ろうとして出てきたわけではありません」という意味です。
ダヘも同じインタビューで、自分が加入したときにはすでにヘヨンとヘリョンがいたと振り返っています。初めてのデビューを迎えるダヘに対し、先にステージ経験を持っていたメンバーたちは、取材やデビュー準備の場面でも手を貸してくれたそうです。
その後、ユジが合流して4人がそろいました。つまりBESTieは、EXIDの初期メンバー3人が一斉に移籍して作ったグループというより、別々の進路をたどった人たちがYNBで出会い直し、新たに成立したグループでした。
この違いは、メンバー自身の姿勢にも表れています。MBNの取材で彼女たちは、EXIDからの「カムバック」ではなく、BESTieとしての「デビュー」なのだと強調していました。先輩として扱われることよりも、新人として最初から歩み直すことを選んでいたのです。
7か月の準備とBESTieというグループ名の誕生
4人の編成が決まってから、BESTieは約7か月にわたりデビューの準備を進めました。
2013年7月の『日刊スポーツ』韓国版のインタビューで、ヘリョンは4人が集まったのはデビューから1年弱前で、グループの結成が確定してから7か月間、毎日のように練習していたと話しています。
練習内容は歌とダンスだけではありませんでした。聯合ニュースの取材によると、海外のポップスターのステージ映像を見ながら、眉や口元の動きにまで注意を払って表情を練習していました。歩き方や立ち姿も研究し、カメラの前で自然に振る舞えるよう準備していたといいます。
ダヘはTLCのミュージックビデオを見ながら、目の動きまで意識して練習したことも明かしています。明るい恋愛の歌を披露するにも、表情によって気持ちを伝える技術が必要だったのです。
グループ名「BESTie」は、英語の「Best Friend」をもとにした名前です。親しい友達のように、気負わず接してもらえるグループになりたいという願いが込められました。
2013年の聯合ニュースのインタビューでは、グループ名のアイデアを出したのがヘリョンだったことも紹介されています。
演技、歌唱、ダンスなど異なる経験を持った4人は、共通の練習を通じて一つのグループとしての表現を整えていきました。7か月の準備を経て、2013年7月、BESTieは音楽番組のステージへ向かいます。
「Pitapat」でデビューし「Love Options」が生まれるまで
BESTieの最初の2曲には、どちらも恋愛をテーマにした明るさがあります。しかし、デビュー曲「Pitapat」と2枚目のシングル「Love Options」では、歌の主人公の感情や、メンバーに求められる表現が異なっていました。
この時期の本人インタビューを読むと、曲を歌うだけでなく、歌詞の人物をどう演じ、どんな声や動きで届けるかを考えていたことが分かります。
2013年のデビュー曲と4人のステージ作り
BESTieは2013年7月12日、デビューシングル「두근두근(Pitapat)」を発売しました。韓国語の「두근두근」は、胸がドキドキする様子を表す言葉です。
楽曲は、作曲家Super Changddai(スーパー・チャンダイ)らが制作。恋をしたときの胸の高鳴りを、軽快なリズムと繰り返されるフレーズで表現したダンス曲でした。
ミュージックビデオには2AMのチョグォン、タレントのユ・セユンが出演。振付にはDQが参加し、4人の表情や動きを生かしたステージが作られました。
ただ、メンバーが最初から曲の完成形を想像できていたわけではありません。
2013年の『日刊スポーツ』韓国版のインタビューで、ヘヨンは初めてガイド音源を聴いたとき、歌詞が付いていなかったこともあり、どのように歌えばよいのか戸惑ったと振り返っています。歌詞が入り、振付が出来上がるにつれて、デビュー曲としての姿が見えてきたそうです。
ダヘは、初恋の初々しい気持ちを表情で伝えることが思った以上に難しかったとも説明しています。目線や口元の動きを細かく研究していたのは、そのためでもありました。
7月12日のKBS『ミュージックバンク』が、BESTieとしての音楽番組デビューステージとなりました。
ヘヨン、ユジ、ヘリョンにはEXID時代の経験がありましたが、ダヘにとっては初めての正式デビューです。2013年8月のMBNの取材でダヘは、幼いころから夢見ていた舞台に実際に立っても、最初は現実だという実感が湧かなかったと話しています。
4人がそれぞれ重ねてきた経験は、こうしてBESTieという一つの名前のもとで披露されるようになりました。
Brave Brothersと制作した「Love Options」の背景
デビューから約3か月後の2013年10月17日、BESTieは2枚目のシングル「연애의 조건(Love Options)」を発売しました。
制作を担当したのは、数多くのK-POP楽曲を手がけてきたプロデューサーのBrave Brothers(勇敢な兄弟)です。
「Love Options」は、恋人に求める理想の条件を率直でユーモラスな言葉で描いた楽曲です。デビュー曲が恋の始まりのときめきを歌っていたのに対し、こちらは「どんな相手がいいのか」という具体的な恋愛観を、軽快なダンスサウンドに乗せています。
2013年10月のTenAsiaのインタビューでは、メンバー自身が2曲の違いを説明しています。ダヘは「Pitapat」の繰り返しが印象に残る構成に対し、「Love Options」はメロディーそのものが耳に残ると感じていました。
歌唱面でも発見がありました。ユジは「Love Options」について、高い音が多く難しそうに聴こえるものの、実際に歌ってみると「Pitapat」のような大きな音程の跳躍が少なく、自分には比較的歌いやすかったと説明しています。
音域の高さだけで歌の難しさが決まるわけではありません。ユジの発言からは、メロディーの動き方によって、歌い手の感じる負担が変わることがうかがえます。
録音時には、Brave Brothersから受けた助言も印象に残っていたようです。ヘヨンは、活動を重ねても初心や初々しさを失わないようにという言葉をかけられたと振り返っています。
ユジについては、録音ブースの外でBrave Brothersがその歌声を高く評価したというエピソードも、当時の聯合ニュースのインタビューに残されています。厳しい制作者だという話を聞いて緊張していたユジにとって、自分の歌声への反応は記憶に残る出来事でした。
振付も、恋愛について話すような楽曲の雰囲気を反映しています。4人は手や腕の動き、表情を使って、歌詞の主人公の気持ちをステージ上で表現しました。
当時の姿を具体的に確認できるのが、音楽動画チャンネル1theKの公式企画「Let’s Dance」です。2013年10月に公開された映像では、BESTieの4人が「Love Options」の特徴的な振付を自分たちで紹介しています。
映像では「蚊退治ダンス」など、振付の特徴を表した名前を使いながら、4人が動きを実演しています。ミュージックビデオを観るだけでは分かりにくい、一つひとつの動きに込められた遊び心が伝わってきます。
この楽曲は、発売から13年後に新しい聴き手へ広がることになります。しかし、その出発点には、2013年の4人がBrave Brothersとともに取り組んだ録音と、ステージ表現の工夫がありました。
「Hot Baby」「Love Emotion」で広がった音楽表現
「Love Options」の後も、BESTieは作品の発表を重ねました。2014年には初のミニアルバムを発売し、2015年にはメンバーがアルバムの企画や衣装、振付の構想にも参加しています。
この時期は、デビュー曲で示した明るさを保ちながら、楽曲のジャンルやステージの作り方を広げていった期間でした。
2014年の初ミニアルバムと新たな制作陣
2014年2月28日、BESTieは「THANK U VERY MUCH」を発売しました。制作には、韓国の人気プロデュースチームDouble Sidekick(イダンヨプチャギ)が参加しています。
失恋を扱いながらも暗い雰囲気に沈まず、別れた相手へ皮肉交じりの感謝を伝えるような、軽快な楽曲です。ステージの最後には深くお辞儀をする動きが取り入れられていました。
2014年3月のTenAsiaのインタビューでヘヨンは、このお辞儀について、振付の練習中に自分が冗談めかして行った動きが採用され、さらに演出として発展したと説明しています。
楽曲のすべてをメンバーが制作したわけではありませんが、実際の練習の場で生まれた動きがステージに取り入れられることはありました。
同年7月28日には、初のミニアルバム『Hot Baby』を発売します。デビューから約1年が経過していました。
表題曲「Hot Baby」もDouble Sidekickが制作に参加した楽曲で、レゲエとポップダンスを組み合わせた夏らしいサウンドが特徴です。
アルバムには、1990年代風の音作りを取り入れた「Roller Girl」や、バラードの「I’m So Into You」なども収録されました。シングルだけでは見せきれなかった歌声や音楽の方向性を、一つの作品にまとめています。
4人にとって、初めてアルバムを手にすること自体が特別な出来事でした。
2014年8月の聯合ニュースのインタビューでは、ダヘが、練習生時代からアルバムの中にある感謝の言葉を誰に書こうかと想像していたことを明かしています。そして、実物を手にしたときの気持ちを次のように語りました。
첫 앨범을 보고서 눈물이 났어요.
出典:聯合ニュース「베스티 ‘첫 앨범에 눈물…가수로 산 1년 상상과 달랐죠’」(2014年8月、ダヘ)
初めてのアルバムを見て涙が出た、という言葉です。ダヘにとっては、デビューを夢見て何年も練習してきた時間が、形のある作品になった瞬間でした。
一方、ユジはアルバムの感謝欄に書きたい人が多く、文章を大幅に短くしなければならなかったと話しています。事務所のスタッフだけでなく、友人や大学の関係者、ミュージカルで出会った人たちにも感謝を伝えたかったそうです。
音楽活動は順調なことばかりではありませんでした。ダヘは、良い評価を受けた曲もグループの知名度が十分でないために広がりきらないように感じる、と当時の心境を明かしています。
それでも、ヘヨンは音楽番組での応援の声が以前より大きくなったことや、女性ファンが増えたことを喜んでいました。
『Hot Baby』は最初のミニアルバムというだけでなく、練習生時代に思い描いていた歌手生活と、実際に活動を続ける難しさの両方を経験した4人の作品でした。
2015年の作品にメンバーの意見が反映された過程
2015年5月8日、BESTieは2枚目のミニアルバム『Love Emotion』を発売しました。
この作品で重要なのは、メンバーが歌唱やダンスの練習だけでなく、アルバムの企画やステージの表現にも関わったことです。
発売前の2015年4月、所属事務所YNB Entertainmentは、メンバーがアルバムの企画、衣装、振付の構想に直接参加していると発表しました。
表題曲は「Excuse Me」。Double SidekickとHomeboyが制作に参加し、力強いブラスの響きと印象的なフレーズを組み合わせたダンス曲です。
2015年5月のショーケースでは、衣装の作り方についてもメンバーが具体的に説明しています。
ダヘによると、普段から見つけたさまざまなスタイルをメンバー同士やスタッフへ送り、会社側と相談しながら衣装を調整していました。自分たちの意見をかなり受け入れてもらっているとも話しています。
ヘヨンは、衣装のストッキングを使った演出に「Excuse Me」という曲の言葉や感情を重ねて説明していました。歌の内容と視覚的な表現をつなげる工夫が、ステージ作りに取り入れられていたのです。
ただし、アルバムの企画や振付に参加したことと、楽曲の作詞・作曲を担当したことは別です。BESTieのメンバーがすべての楽曲制作を主導したという意味ではありません。
デビュー時には用意された楽曲の表情や動きを丁寧に練習していた4人が、2015年には作品全体の見せ方についても自分たちの考えを伝えるようになっていました。
『Love Emotion』は、BESTieがグループとして積み重ねてきた経験を、歌声だけでなく衣装や振付を含むステージ表現へ反映した作品でした。
長い活動の空白を越え、4人が再びBESTieとして集まるまで
2015年の『Love Emotion』以降、BESTieは4人そろって新しいアルバムを発表する活動から遠ざかっていきました。
やがて正式なメンバーの脱退が発表され、4人はそれぞれ別の分野でも活動を続けます。しかし、2013年に発表された「Love Options」が、長い時間を経て再び4人を結び付けることになります。
2017年のユジ・ダヘ脱退とグループ活動の変化
2017年9月5日、所属事務所YNB Entertainmentは、ユジとダヘが契約を終了し、BESTieを離れることを発表しました。
事務所の説明では、本人たちと今後の活動について話し合い、互いの意思を尊重して契約を終了することになったとされています。
この時点では、ヘヨンとヘリョンが事務所に残り、グループの再編成なども検討する方針が示されていました。そのため、2017年9月の2人の脱退発表を、そのままBESTie全体の正式な解散発表と同一視することはできません。
2018年には、ダヘがグループを離れた経緯について、活動の空白が長くなったことで将来を考えるようになり、事務所と話し合ったと説明しています。
その後、BESTieは2018年に解散したグループとして報じられるようになりました。ただし、2017年の契約終了発表と、2018年のグループ活動の終息は、別の段階として捉える必要があります。
4人はそれぞれの活動へ進みました。ヘヨンはトロット歌手としての活動を広げ、ユジは歌手としての活動に加えてミュージカルの舞台でも経験を重ねています。ダヘはソロ活動などに取り組み、ヘリョンは俳優としての活動を続けました。
BESTieとしての活動が終息した後も、4人全員が芸能・音楽に関わるそれぞれの道を歩んでいたことになります。
「Love Options」の再評価が4人の再結集につながる
BESTieに再び注目が集まったのは、2026年のことでした。
2013年10月に発売された「Love Options」が、TikTok、YouTube Shorts、Instagram Reelsなどの短い動画を通じて広まり、楽曲を初めて聴く人たちにも届くようになったのです。
楽曲の再評価は、動画上の話題だけにとどまりませんでした。2026年9月には韓国の音楽配信サービスMelonのTOP100へ入り、9月28日には64位を記録。音楽認識サービスShazamでも韓国などのチャートで1位を獲得しました。
さらに10月には、YouTube Musicの人気楽曲チャートで韓国12位、台湾17位、ベトナム44位を記録したことが報じられています。
発売当時の「Love Options」は、BESTieの認知度を一気に決定づける大ヒット曲になったわけではありません。2014年のインタビューでは、メンバー自身が楽曲への評価とグループの知名度の差を感じていたことも分かっています。
ところが、13年後にはその楽曲が新しい聴き手へ広がり、音楽チャートで具体的な結果を残しました。
そして2026年10月16日、ダヘらメンバーのSNSに、ヘヨン、ユジ、ダヘ、ヘリョンの4人が一緒に「Love Options」の振付を踊る動画が公開されました。翌17日には、4人で再結集することが正式に伝えられています。
10月17日は、2013年に「Love Options」が発売された日でもあります。楽曲が13周年を迎えた時期に、再び4人がBESTieの名前で集まることになりました。
2026年の再結集は、かつての活動をそのまま続けていたという話ではありません。2017年のメンバー脱退、2018年の活動終息を経て、別々の道へ進んでいた4人が、楽曲の再評価をきっかけにもう一度集まった出来事です。
BESTieの始まりを振り返ると、そこには何度も歌手への道を考え直してきたユジ、力強い歌声に憧れたヘヨン、幼いころから歌とダンスが好きだったダヘ、演技の世界から音楽へ向かったヘリョンがいました。
4人は最初から一緒に活動する予定だったわけではなく、それぞれの経験を経てYNBで出会い、2013年にBESTieとしてデビューしました。
その4人が当時の歌と振付を再び披露したことには、長い活動の空白を越えた意味があります。
「Love Options」は、BESTieがデビュー直後に作り上げた音楽であると同時に、13年後の4人を再び結び付けた楽曲にもなりました。

