| メンバー | 担当 |
|---|---|
| 浪岡真太郎 | Vo/Gt |
| 大島真帆 | Vo |
| Cateen(角野隼斗) | Pf |
| 矢野慎太郎 | Gt |
| 大原拓真 | Ba |
| 平井辰典 | Dr |
男女ツインボーカルとピアノを中心に、ソウルやジャズ、ファンク、ロックなどを織り交ぜた音楽を届ける6人組バンド、Penthouse(ペントハウス)。
東京大学の音楽サークル出身という経歴でも知られていますが、6人が最初から同じバンドで演奏していたわけではありません。
ハードロックに打ち込んだボーカリスト、ミュージカルに憧れた女性シンガー、J-POPが好きなベーシスト、クラシックを学んできたピアニスト。それぞれ違う音楽を追いかけてきた人たちが、大学を卒業した後に集まりました。
その中心にいたのが、ハードロックバンドで長く活動しながら、音楽の届け方を考え直していた浪岡真太郎です。
なぜ浪岡は新しいバンドを作ろうとしたのか。大学時代の仲間たちは、どのような経緯で集まったのか。
6人それぞれの音楽的な原点から、東大POMPでの出会い、結成、初期の活動、そしてメジャーデビューへと至るPenthouseの歩みをたどります。
| 音楽史の段階 | Penthouseの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | ハードロック、J-POP、ミュージカル、ファンク、クラシックなど、異なる音楽に親しんできた6人が東大POMPで出会う |
| 結成 | 2018年ごろ、浪岡真太郎を中心に大学時代の仲間が集まり、バンドを結成 |
| 活動開始 | 2019年6月、初期作品「Fireplace」を公開し、Penthouseとして本格的に活動を開始 |
| 初期活動 | YouTubeやSNSでオリジナル曲とカバー曲を発信し、2020年には初の単独公演とV6への楽曲提供を経験 |
| メジャーデビュー | 2021年11月24日、1st EP『Living Room』でビクターエンタテインメントからメジャーデビュー |
| 大きな転機 | アルバム制作とライブ活動を重ね、2026年3月には初の日本武道館単独公演を開催 |
異なる音楽ルーツを持つ6人が東大POMPに集まった
Penthouseの音楽を知るうえで興味深いのは、メンバー全員が最初からソウルやファンクを専門にしていたわけではないことです。
むしろ、それぞれが親しんできた音楽は驚くほど異なっていました。その違いが交わる場所となったのが、東京大学のインカレ音楽サークル「東大POMP」でした。
浪岡真太郎がハードロックとQUORUMで培った音楽
Penthouse結成の発起人となった浪岡真太郎は、幼いころから両親の影響でハードロックを聴いて育ちました。
特に好きだったのは1970年代の洋楽ロック。Led ZeppelinやJimi Hendrixのような音楽に傾倒し、大学入学前から本格的なバンド活動への道を歩み始めます。
大学への入学を控えた時期、高校の先輩から声をかけられて加入したのが、ハードロックバンドQUORUM(クオラム)でした。
浪岡はボーカリストとして活動し、ライブを年間100本ほど行う時期もあったといいます。2015年ごろにはアメリカ・テキサス州オースティンの音楽イベント「SXSW」に関連するステージに出演し、アメリカツアーも経験しました。
2週間で11か所を巡ったツアーでは、英語で歌うハードロックが現地の観客に受け入れられたことが、自信につながったそうです。
ただし、音楽活動を続けるうちに、浪岡は別の問題にも向き合うことになります。
自分たちが好きな音楽を追求しても、それが多くの人に届くとは限らない。QUORUMで長く活動するなかで、日本でハードロックを仕事として成立させる難しさを感じていました。
そこで考えるようになったのが、好きな音楽を捨てずに、もっと幅広い人に聴いてもらえる曲を作ることでした。
「売ること」と「やりたい音楽」のいいとこ取りを攻めるしかないわけですね。
出典:withnews「『売れる音楽をやろう』 東大卒業生が社会人バンドを始めた理由」(浪岡真太郎本人の寄稿)
自分が好きな音楽と、たくさんの人に聴いてもらえる音楽。その両方を目指すことが、Penthouseの出発点になりました。
QUORUMをそのまま改名したのではなく、異なる音楽性を持つ新しい仲間と別のバンドを組む。その構想を実現するため、浪岡は大学時代のつながりに目を向けます。
大島真帆が憧れた歌とミュージカルの世界
もう一人のボーカリスト、大島真帆の音楽的な原点は、浪岡とはかなり違います。
大島が幼いころに強く影響を受けたのは、両親が聴かせてくれたDREAMS COME TRUEの音楽でした。
特に吉田美和の歌声は大島にとって大きな存在で、2024年のUSEN encoreのインタビューでも、幼少期から憧れ続けてきた歌手として名前を挙げています。
もう一つの原点がミュージカルです。
子どものころから舞台作品に親しみ、中学生になるとミュージカルクラブに入部。劇団四季の演目などにも取り組み、歌だけでなく演技やダンスも経験しました。
しかし、舞台を経験するなかで、自分は芝居より歌やダンスを中心に活動したいと考えるようになります。
高校では軽音楽部に入り、バンドで歌う楽しさにも触れました。高校時代には自分で曲を作った経験もありましたが、大学では優れた作曲能力を持つ仲間と出会うことも望んでいたそうです。
大学進学後、大島は複数の大学の音楽サークルを見学しました。
そのなかで、演奏水準が特に高いと感じたのが東大POMPでした。新入生歓迎イベントでベースを演奏していた大原拓真の姿も、後年のインタビューで記憶に残っている出来事として語っています。
大島自身は青山学院大学の出身です。東京大学の学生だけでなく、ほかの大学の学生も参加できるインカレサークルだったからこそ、この出会いが生まれました。
J-POP、メタル、ファンク、クラシックが交わる
ギターの矢野慎太郎、ベースの大原拓真、ドラムの平井辰典、ピアノのCateenこと角野隼斗も、それぞれ異なる音楽経験を持っていました。
大原はJ-POPを好んで聴いてきたベーシストです。特にaikoの楽曲におけるベースフレーズから影響を受けたことを明かしており、その経験が自身の演奏にも表れていると語っています。
矢野は中学生のころにJ-POPを聴いていましたが、マキシマム ザ ホルモンとの出会いをきっかけにメタルへ関心を広げました。さらにアニメソングにも親しみ、高校時代はメタルやアニソンをよく聴いていたそうです。
平井は幼稚園の鼓笛隊や小学校の合唱コンクール、高校の学園祭など、人生の節目で何度かドラムに触れていました。
ただし、本人が本格的にドラムを始めたと考えているのは大学に入ってからです。
大学で東大POMPに入ると、サークル内で親しまれていたファンクやブラックミュージックに触れます。Tower of Powerのドラマー、デイヴィッド・ガリバルディや、Lettuceのアダム・ダイチの演奏を参考にしていたといいます。
一方、角野隼斗はクラシックピアノを基盤としながら、ジャズやポップスなどにも活動領域を広げてきた音楽家です。
こうして見ていくと、6人は同じ音楽ジャンルだけを愛好して集まった仲間ではありません。
東大POMPという幅広いジャンルを演奏するサークルが、それぞれの音楽の世界を広げる場所になっていたことが分かります。
ただ、その時点ではまだ、現在知られるPenthouseというバンドは生まれていませんでした。
東大POMPのOB合宿からPenthouseが結成されるまで
Penthouseは2018年に結成されたバンドとして紹介されています。一方、公式プロフィールでは2019年6月を活動開始時期としています。
これは矛盾ではありません。メンバーが集まり始めた時期と、Penthouseとして作品を発表し始めた時期が異なるためです。
浪岡自身も、2018年ごろからメンバーに声をかけ始めたと振り返っています。
社会人になった仲間を再び音楽へ向かわせたOB合宿
大学卒業後、メンバーの多くは会社員として働き始めていました。
学生時代のように自由に演奏する時間を確保するのは難しくなり、音楽から少し距離ができた人もいました。
そんななか、バンド結成につながる出来事が起こります。
東大POMPのOBたちが集まる合宿で、かつての仲間と再び演奏する機会が生まれたのです。
2020年のwithnewsのインタビューで、大原は結成前の合宿で演奏した際、自分たちの演奏が非常によく感じられ、この仲間ならよい音楽を作れると思ったことを振り返っています。
矢野にとっても、その合宿は大きな意味がありました。
仕事が忙しくなり、一時はギターをほとんど弾かなくなっていましたが、久しぶりに仲間と演奏したことで音楽への関心が戻ってきたといいます。
この合宿が、社会人になった仲間を再びバンド活動へ向かわせる一つのきっかけになりました。
なお、6人全員が大学時代からいつも一緒に演奏していたわけではありません。
平井と角野には学年で6年の開きがあり、サークル在籍時期が重なっていません。矢野も、6人が大学時代から同じグループとして親しく活動していたわけではないと説明しています。
Penthouseは、学生時代のバンドがそのまま続いたのではなく、大学卒業後に音楽仲間が改めて集まって結成されたバンドです。
浪岡が大原に声をかけ、ツインボーカルの6人組へ
新しいバンドを作ろうと考えた浪岡が、最初に声をかけた人物の一人がベースの大原拓真でした。
大原は浪岡と仲のよい友人でしたが、音楽の好みは必ずしも一致していませんでした。
2026年にGLOBAL WORKの特集で公開されたメンバーの会話では、大原が誘われたときの気持ちを振り返っています。
「趣味違うけど大丈夫?」
出典:GLOBAL WORK「Live together 広い世界で、となりにいる。Penthouse」(大原拓真の発言)
音楽的な好みの違いは、加入を考えるうえで気になる点だったようです。
その後、浪岡と大原は平井辰典を居酒屋に呼び、3人でバンドの方向性について相談しました。
そこで、矢野慎太郎、大島真帆、角野隼斗にも声をかける流れになります。
ただし浪岡は、メンバーを誘った段階では、具体的にどのジャンルの音楽を演奏するか決めていませんでした。
2026年のインタビューでも、ギター、ピアノ、ベース、ドラムという基本的な編成は考えていた一方、音楽の方向性は固めていなかったと話しています。
重視していたのは、音楽の好みが完全に一致することよりも、積極的に活動し、話し合いながら一緒にバンドを続けられる仲間であることでした。
大島への誘い方にも、その考えが表れています。
ある日、浪岡から突然、バンドをやらないかというLINEが届きました。大島にとって、頻繁に連絡を取り合う間柄ではなかった浪岡からの誘いは意外なものでした。
さらに驚いたのは、ボーカルとして参加してほしいと言われたことです。
浪岡もボーカリストだったため、大島は自分がコーラス担当になるのではないかと考えました。しかし、浪岡が想定していたのは男女2人がともに主役となるツインボーカルでした。
浪岡には、歌にハーモニーを取り入れたいという考えがありました。大島の歌声に加え、自分とは異なるステージでの振る舞いや表現も魅力に感じていたといいます。
大島も、浪岡が優れた曲を書くことを学生時代から知っていました。誘いを受けると、ほとんど迷わず参加を決めたそうです。
こうして、それぞれ別の音楽や仕事に向き合っていた6人が、一つのバンドとして動き始めました。
メンバーが候補を持ち寄って決めたPenthouseという名前
6人が集まった後、バンド名として選ばれたのが「Penthouse」でした。
英語のpenthouseは、建物の最上階に設けられた住戸などを意味する言葉です。日本語でも、高級マンションの最上階にある特別な住居を指す言葉として使われています。
バンドのYouTubeで語られた名前のエピソードでは、メンバーがそれぞれ候補を考えて持ち寄ったことが紹介されています。
また、角野がペントハウスへの憧れを冗談交じりに語る場面もありました。ただし、その発言だけを正式な命名理由として断定することはできません。
名前の決定過程がどのようなものであれ、「Penthouse」という言葉は、その後の作品名にもつながっていきます。
メジャーデビューEPの『Living Room』、1stアルバムの『Balcony』、2ndアルバムの『Laundry』など、住まいや部屋に関連する言葉が作品タイトルに使われてきました。
2024年の音楽ナタリーのインタビューでも浪岡は、バンド名にちなんで家の間取りや家具に関連する言葉を作品タイトルに用いる慣例があると説明しています。
2019年6月、「Fireplace」から始まった音楽活動
2018年ごろにメンバーが集まって結成されたPenthouseは、2019年6月から公式に活動を始めました。
結成までには仲間同士のつながりがありましたが、活動の始まりを象徴するのは、6人で発表した最初期のオリジナル曲です。
初作品「Fireplace」とYouTubeでの発信
2019年6月18日、Penthouseは「Fireplace」の公式動画をYouTubeで公開しました。
公式動画の説明では1st Singleとして紹介されており、作曲は浪岡真太郎、作詞は浪岡真太郎と大島真帆が担当しています。
2026年のGLOBAL WORKのインタビューで矢野慎太郎は、バンドを組んですぐ浪岡から「Fireplace」のデモが送られてきたことを振り返っています。
当初は友人同士で趣味として演奏する程度の活動を想像していたメンバーもいましたが、浪岡は最初からオリジナル曲を作り、さらにフェス出演まで視野に入れていました。
それまでの音楽経験が豊富だった6人にとっても、Penthouseとして何を目指すのかを考える時期だったようです。
「Fireplace」には、洋楽的な歌い回しと、男女のボーカルを組み合わせたバンドの初期の姿が記録されています。
公式動画には、当時の6人の演奏が残されています。
このころPenthouseは、ライブ活動だけでなく、YouTubeやSNSで音楽を発信することを重視していました。
大学卒業後に社会人として働くメンバーも多く、全員の予定を合わせて頻繁にライブを行うのは簡単ではありませんでした。
そこで、オリジナル曲と並行して、既存の楽曲を独自にアレンジしたカバー動画も公開していきます。
Official髭男dismの「Pretender」とKing Gnuの「白日」を組み合わせたマッシュアップ動画なども制作しました。
2020年のwithnewsの取材で浪岡は、本当はオリジナル曲を聴いてもらいたいものの、最初からオリジナルだけでは人に届きにくいため、カバー動画もきっかけとして活用していると説明しています。
まず動画を通じてバンドを知ってもらい、そこから自分たちの音楽へ関心を持ってもらう。この発信方法が、Penthouseの初期活動の特徴の一つでした。
2020年2月、初めての単独ライブを開催
動画を通じて音楽を届けていたPenthouseですが、ライブも少しずつ形になっていきます。
2020年2月23日には、東京・渋谷のeplus LIVING ROOM CAFE&DININGで初の単独公演「City Soul Society」を開催しました。
この公演は、SNSを中心とした告知でチケットが完売する反響がありました。
大学のサークルや仲間内で演奏していた段階から、自分たちの音楽を聴きに来る観客を前にステージに立つ活動へと進んだ出来事でした。
その後、新型コロナウイルスの感染拡大によって、ライブ活動には大きな制約が生じます。
ただ、もともと動画制作やオンラインでの発信に力を入れていたことは、活動を続けるうえで一つの強みになりました。
演奏だけでなく、音源のミックスや動画編集などもメンバー自身で担っていたため、ライブが難しい状況でも作品を制作し、発信する方法を持っていたのです。
また、このころ浪岡には、PenthouseとQUORUMの活動を並行していた時期がありました。
2026年のENCOUNTのインタビューで大島は、QUORUMの活動が終わるころ、浪岡がPenthouseで活動していく意思を語ったことが、バンドの将来を改めて考えるきっかけになったと振り返っています。
「…恋に落ちたら」からメジャーデビューへ
Penthouseの認知が大きく広がるまでには、いくつかの転機がありました。
2020年にはメジャーアーティストへの楽曲提供を経験。2021年には、バンド内で当初の方向性と少し違うと考えられていた曲が、多くの人に届くことになります。
2020年、V6への楽曲提供で広がった制作の経験
2020年9月23日に発売されたV6のシングル『It’s my life/PINEAPPLE』には、Penthouseが制作に参加した楽曲「ただこのまま」が収録されました。
これは、まだPenthouse自身がメジャーデビューする前の出来事です。
依頼のきっかけとなったのは、YouTubeやSNSを通じた活動でした。そうした発信がレコード会社の目に留まり、楽曲提供の話が届いたといいます。
楽曲は浪岡による作曲を中心に制作され、Penthouseは編曲、演奏、コーラスなどにも参加しました。
浪岡は、依頼の際にオリジナル曲「Fireplace」を評価してもらったことから、Penthouseらしい都会的でキャッチーな音楽を意識して制作したと語っています。
制作期間はおよそ1週間。V6という長いキャリアを持つグループの作品に携わることは、6人にとって初めての経験でもありました。
特に大きかったのが、プロのレコーディング現場で経験した制作過程です。
それまでは各メンバーが個別に録音を進めることも多かった一方、V6への提供曲では、レコーディングの場で音を加えたり、アレンジを変えたりしながら完成形を作っていきました。
矢野は2020年のwithnewsの取材で、その過程自体が新鮮な経験だったと話しています。
メジャーデビュー前に外部アーティストの作品制作へ参加したことは、自分たちの音楽を別の形で届ける機会にもなりました。
友人との会話から生まれた「…恋に落ちたら」
Penthouseの初期の活動を語るうえで欠かせない曲が「…恋に落ちたら」です。
この曲が生まれたのは、2020年ごろのコロナ禍でした。
浪岡は当時、大学時代の友人たちと通話アプリ「Discord」を使い、夜に会話することを楽しんでいたそうです。
あるとき、友人たちとの恋愛話のなかで、恋に落ちたら物事が順調に進むのに、といった言葉が出てきました。
浪岡は、その会話で生まれた言葉をきっかけに曲を作ります。
ところが、できあがった曲は、それまでのPenthouseが演奏していた洋楽寄りの音楽とは少し違う、J-POPらしい親しみやすさを持ったものでした。
浪岡自身はバンドで演奏する曲として合うのか迷い、すぐには作品化せず、デモを共有ドライブに保存していました。
その曲に目を留めたのが、ベースの大原拓真でした。
もともとJ-POPを好んでいた大原が、そのデモを気に入り、Penthouseで演奏しようと提案したのです。
浪岡が当初はバンドに合うか迷っていた曲を、大原が気に入ったことが、「…恋に落ちたら」の発表につながりました。
音楽の好みが異なるメンバー同士だったからこそ、こうした判断の違いも生まれたのでしょう。
曲名の冒頭に付いている「…」にも、浪岡なりの理由がありました。
Crystal Kayの「恋におちたら」という楽曲がすでに存在することも意識しながら、単純に明るい恋愛だけを描いた曲ではない雰囲気を表すため、冒頭に三点リーダーを付けたと説明しています。
「…恋に落ちたら」のミュージックビデオは2021年4月24日に公開され、楽曲は同年5月8日に配信リリースされました。
同曲はiTunes StoreのR&B/ソウルランキングで1位、Spotifyのバイラルチャートで6位を獲得するなど、客観的な実績を残しました。
その前には「26時10分」も発表しており、2021年には複数の楽曲を通じてバンドの認知が広がっていきます。
同年5月27日には、日本テレビ系の情報番組『スッキリ』で「…恋に落ちたら」を生演奏しました。これも、それまで動画やSNSを中心に発信してきたPenthouseにとって、より広い層に音楽を届ける出来事になりました。
2021年、EP『Living Room』でメジャーデビュー
2021年11月24日、Penthouseはビクターエンタテインメントから1st EP『Living Room』をリリースし、メジャーデビューしました。
『Living Room』には「Change the world」「…恋に落ちたら」「Alright」「Jukebox Driver」「あなたゆずり」、そして「Fireplace」の再録音版が収録されています。
初期に公開した「Fireplace」が新たな形で収録されていることも、バンドの歩みを感じさせます。
ここで整理しておきたいのは、Penthouseは2021年に突然音楽活動を始めたわけではないということです。
結成は2018年ごろ、公式プロフィール上の活動開始は2019年6月。その後に自主的な音楽発信、単独公演、V6への楽曲提供などを重ね、2021年にメジャーデビューしました。
結成、活動開始、メジャーデビューは、それぞれ異なる段階です。
学生時代の仲間と始めた音楽活動は、社会人として仕事を続けながら制作と発信を重ねるなかで、レコード会社から作品を発表する活動へと進みました。
シティソウルの音が大きなステージに届くまで
Penthouseが掲げる音楽ジャンルは「シティソウル」です。
ただ、その音楽が結成前から完成した形で存在していたわけではありません。浪岡をはじめとするメンバーが、それぞれの音楽経験を持ち寄り、活動のなかで方向性を探ってきました。
6人の違いが生み出すPenthouseの曲作り
浪岡は2020年の本人寄稿で、Penthouseのシティソウルを、シティポップの親しみやすさと、浪岡や大島が持つ力強い歌唱を組み合わせたものとして説明しています。
さらに、ハードロックから持ち込んだ要素もあるといいます。
例えば、ギターとベースが同じ旋律を演奏するユニゾンフレーズです。浪岡は、そうしたハードロック的な演奏手法を取り入れることで、都会的で柔らかなサウンドにも輪郭を加えられると考えていました。
歌詞の作り方にも、洋楽を聴いて育った経験が表れています。
浪岡は英語詞を好んでいましたが、日本のリスナーに伝えるためには日本語の歌詞も重要だと考え、英語を想定して作ったメロディーを日本語に置き換える方法などを試していました。
英語で自然に歌える旋律が、そのまま日本語でも自然に響くとは限りません。メンバーと相談しながら、歌いやすさと伝わりやすさのバランスを探っていたそうです。
また、バンド結成後には、アメリカの兄妹を中心とするバンドLawrence(ローレンス)からも影響を受けています。
浪岡はJ-WAVEの番組で、Penthouseを始めた直後の作曲合宿で、平井からLawrenceを教えてもらったと振り返っています。
男女のツインボーカルと、ソウルの要素を持ちながらポップに聴かせる音楽が、浪岡の目指す方向に合っていたそうです。
このように、Penthouseの音楽的な影響は結成前の経験だけではありません。
バンドを始めた後にも、メンバー同士で音楽を紹介し合い、新しい表現を取り入れていました。
制作面でも6人の役割は少しずつ明確になっていきます。
浪岡が楽曲の骨格を作り、大原が作詞やライブ演出に携わるほか、それぞれが演奏や制作に関する意見を出し合う。2026年のGLOBAL WORKのインタビューでは、メンバーがそうした役割分担と話し合いの文化について説明しています。
角野のピアノも、クラシックの技術をそのまま披露するだけではなく、楽曲に合わせて演奏やアレンジを変える役割を担っています。
2024年のUSEN encoreのインタビューでは、平井がドラムの演奏面で苦労していることや、大原がゴスペル的な楽曲でもロックの熱量を残そうと意識していることなど、個々の演奏への考えが語られています。
Penthouseのシティソウルは、全員が同じ音楽を学んできた結果ではなく、異なるジャンルの経験を持つ6人が一緒に曲を作るなかで育ってきた音楽です。
『Balcony』『Laundry』から日本武道館へ
メジャーデビュー後、Penthouseは楽曲制作とライブ活動を重ねていきました。
2023年3月には1stフルアルバム『Balcony』を発表。CDは3月29日に発売され、オリコンのデイリーアルバムランキングで7位を記録しました。
2024年11月には2ndアルバム『Laundry』をリリースします。
このアルバムには、ゴスペルやロック、ラテンなど、メンバーそれぞれの音楽経験につながる要素も盛り込まれました。
また、2024年にはパシフィコ横浜 国立大ホールで単独公演を開催。結成当初のライブハウスとは異なる規模の会場で、6人の音楽が披露されるようになりました。
そして2026年3月16日、Penthouseは初の日本武道館単独公演「By The Fireplace」を開催しました。
公演名の「By The Fireplace」は、2019年に公開した初期曲「Fireplace」に由来しています。
バンドの活動開始を象徴する曲の名前が、日本武道館という大きな節目の公演名にも使われたのです。
チケットは完売し、公式プロフィールでは約1万3千人を動員した公演として紹介されています。
公演後には、Penthouseの公式Xにも当日の写真と感謝のメッセージが投稿されました。
浪岡はかつて、ハードロックバンドで長く活動しながら、より多くの人に音楽を届ける方法を模索していました。
その後、東大POMPで出会った仲間を集め、2019年に「Fireplace」を発表。YouTubeやSNSで活動を続け、2021年にはメジャーデビューを果たしました。
そして2026年の日本武道館公演では、バンドの原点となった「Fireplace」が公演の最後にも演奏されました。
2019年に公開した最初のシングルが、7年後には約1万3千人の観客を迎えたステージの締めくくりを飾ったのです。

