「ファジーネーブル」でConton Candyを知った人には、最初から紬衣、楓華、彩楓の3人で活動してきたバンドに見えるかもしれません。
しかし、Conton Candyが生まれたのは2018年の高校軽音楽部で、結成当初は4人組でした。しかも、仲の良い友人同士が「一緒にやろう」と声を掛け合って作ったバンドではありません。
高校独自の選抜制度で集められ、4人体制で曲を作り、大会に出場し、無期限の活動休止を経験したあと、2021年に3人で再出発しました。
その過程で生まれた「ロングスカートは靡いて」は活動休止中にも聴かれ続け、のちに「ファジーネーブル」が大きく認知を広げます。広く知られる3ピースのConton Candyは、4人時代の音楽を切り離して生まれたのではなく、その曲や経験を引き継ぎながら形を変えてきたバンドです。
今回は、3人それぞれの音楽との出会いから、高校での結成、4人時代と活動休止、3ピースでの再始動、「ファジーネーブル」のブレイク、メジャーデビューまでを時系列でたどります。
Conton Candyの原点|それぞれ別の音楽から高校の軽音部へ
Conton Candyの3人は、同じ高校でバンドを始める前から、それぞれ別の入口から音楽に近づいていました。
紬衣は家族とロックフェスやライブへ出かけ、楓華と彩楓の双子は家庭で流れていた音楽やテレビで見たバンドに惹かれていきます。3人とも「高校でたまたま軽音部に入って初めて楽器に触れた」という始まり方ではありません。
| メンバー | 担当 | 音楽への主な入口 |
|---|---|---|
| 紬衣 | Vo./Gt. | 家族と通ったロックフェスやライブ、チャットモンチー |
| 楓華 | Ba./Cho. | ORANGE RANGE、KEYTALK、低音への興味 |
| 彩楓 | Dr./Cho. | ORANGE RANGE、KEYTALK、ドラマーへの憧れ |
紬衣は家族と通ったフェスでバンドボーカルに憧れた
紬衣にとって、音楽は幼いころから家族と一緒に触れるものでした。小学生のころからロックフェスやライブへ連れて行ってもらい、ステージに立つバンドを客席から見ています。
Fenderのインタビューでは、小学4年生のころに家族と行ったロックフェスでバンドを見てギターに興味を持ち、父親に「ギターをやりたい」と伝えたことを振り返っています。翌年の誕生日にはエレキギターを買ってもらい、演奏を始めました。
もう一つ大きかったのが、チャットモンチーをライブで見た体験です。橋本絵莉子の歌声だけで会場の空気が変わるような場面を目の当たりにし、ギターを弾くだけではなく、バンドの中心で歌う姿にも惹かれていきました。
カッコいいなぁと思って、バンドというものに憧れるようになりましたね。
出典:Billboard JAPAN「<わたしたちと音楽 Vol.34>Conton Candy 紬衣 バンドを通して、自分の感情に嘘をつかない言葉を届ける」
ギターを始めたことと、バンドボーカルに憧れたことは別々の段階で積み重なっています。高校に進むころには、観客として見ていたステージに自分も立ちたいという気持ちができていました。
双子の楓華と彩楓はORANGE RANGEとKEYTALKからベース・ドラムへ
双子の楓華と彩楓も、家の中に音楽がある環境で育ちました。母親がORANGE RANGEを好んでいたことから、彩楓は幼いころからMVやライブ映像を見ていたと振り返っています。
楓華は幼少期にリトミック、ピアノ、フルートなどを経験しており、その中でも低い音を担当することが好きでした。中学生のころ、彩楓と一緒にテレビでKEYTALKを見たことからバンドへの興味が強まり、低音を担うベースを選びます。
彩楓はORANGE RANGEのKATCHANの演奏に惹かれ、さらにKEYTALKの八木優樹を見てドラムへの憧れを強めました。双子で同じ音楽を聴いていても、選んだのはベースとドラムという別々の楽器でした。
中学生までにそれぞれ「バンドをやりたい」という方向ができていた3人は、軽音楽部の活動が盛んな高校へ進みます。そこで待っていたのが、本人たちの意思だけではメンバーを決められない独特の仕組みでした。
高校の選抜制度でConton Candyが結成された
Conton Candyは、東京都立武蔵丘高校の軽音楽部で2018年に結成されました。
この軽音楽部では、入部した生徒が自由に仲の良い友人と組んでそのまま正式バンドになるのではなく、まず「育成バンド」で演奏し、その後の選考を経て正式な「選抜バンド」を組む仕組みがありました。
ほぼ面識のなかったメンバーが演奏で選ばれた
育成バンドは先輩によって組まれ、演奏後にはパートごとに選考が行われます。そこで選ばれたメンバー同士が、正式なバンドとして活動していく流れでした。
つまり、紬衣・楓華・彩楓の3人は「気が合うから一緒に組もう」と集まったわけではありません。紬衣と双子はクラスも離れていて、結成前にはあまり話したことがなかったといいます。
自分たちの意思ではなく、気付いたらバンドメンバーが決定していました(笑)。
出典:BARKS「【インタビュー】Conton Candy『全世代の人たちに愛されるバンドになりたい』」
最初は「あ、よろしくね」という距離感だったメンバーの共通話題になったのがKEYTALKでした。それぞれが別の場所で好きになったバンドが、ほとんど面識のなかった同級生同士の会話をつないでいます。
Conton Candyの結成の核心は、友人関係ではなく「演奏を見て選ばれたメンバーが、あとからバンドとして関係を作っていった」ことにあります。
「混沌」と「Candy」のギャップからバンド名が生まれた
メンバーが決まれば、すぐにオリジナル曲を作れたわけでもありません。軽音楽部には「バンド申請」があり、バンド名、その由来、どんなバンドになりたいのかまで先輩や顧問へ説明する必要がありました。
質問に答え、周囲から賛同を得て申請が通って初めて、曲作りやライブへ進める仕組みでした。
そこで考えた名前がConton Candyです。「Candy」というかわいらしい見た目から想像されるポップさと、「混沌」という言葉が持つ激しさを同居させ、実際のライブではパワフルな熱量を見せたいという考えが込められました。
この名前は3人体制になったあとも変わっていません。高校生のときに考えた「見た目のかわいらしさとライブの強さのギャップ」は、その後のConton Candyにも残る考え方になりました。
高校時代から大会で結果を残し、4人で活動した
結成当初のConton Candyは、山本李々佳をボーカルに置き、紬衣がギター、楓華がベース、彩楓がドラムを担当する4人体制でした。
高校時代から複数のコンテストへ出場し、2019年には高校生ライブ「MUSIC DAYS」東京大会のバンド部門で最優秀賞を受賞。全国規模のFINALでもFACE-ON賞を受賞しており、その記録は武蔵丘高校の軽音楽部の実績にも残っています。
この時期には、のちに3人体制でも演奏される曲がすでに作られていました。「ロングスカートは靡いて」「リップシンク」などには、4人だった高校時代の制作がそのまま刻まれています。
順調に大会実績を積んでいた一方、2020年にバンドは一度立ち止まることになります。
活動休止を経て3人で再出発|4人時代の音楽も受け継いだ
2020年6月30日、Conton Candyは無期限の活動休止を発表しました。
約9か月後の2021年3月、紬衣、楓華、彩楓の3人で活動を再開します。ここで編成だけでなく、紬衣の役割もギターからボーカル&ギターへ変わりました。
4人体制から活動休止へ|元ボーカルと脱退理由は確認できる事実だけ整理
4人時代のボーカルは山本李々佳(やまもと・りりか)です。「ロングスカートは靡いて」などの公式楽曲クレジットにも、作詞・作曲者としてこの表記が残っています。
2021年3月の再始動時には、山本がバンド活動を続けていくことが困難になったため、メンバーで話し合い、3人でConton Candyを続けることを決めたという趣旨が発表されました。
元ボーカルの離脱について公表された理由は「バンド活動を続けていくことが困難になった」という範囲で、病気や進学などの具体的な事情は明らかにされていません。
そのため、「Conton Candyのボーカルはなぜ脱退したのか」という疑問に対して、確認できる情報以上の理由を付け加えることはできません。2020年6月30日の活動休止を経て、2021年3月から3人で再始動した、というところまでが音楽史として確かにたどれる経緯です。
3ピースで再始動し、過去曲を新しい編成へ組み直した
3人で活動を再開したあと、紬衣は歌いながらギターを弾く役割を担うようになり、楓華と彩楓のリズム隊と合わせた3ピースの形を作り直していきました。
2021年11月に発表した1st EP『PURE』では、4ピース時代に演奏していた曲を3人用にリアレンジしています。Skream!のインタビューで紬衣は、次作『angel』との違いを振り返る中で、『PURE』が4人時代の曲を3ピースへ組み替える制作だったことを説明しています。
ただし、過去曲をすべて「3人の曲」に作り替えたわけではありません。
高校2年生の夏に前ボーカルが作った「リップシンク」は、2023年の3rd EP『charm』へ収録する際も、4人体制だったころのアレンジをできるだけ変えずに残しました。紬衣は、3人全員に「当時のニュアンスを残したい」という共通認識があったことを話しています。
編成は変わっても、4人時代の曲を消すのではなく、作った人のクレジットや当時のアレンジまで含めて受け継いだ。Conton Candyの3人体制を理解するうえで、この姿勢は重要です。
「ロングスカートは靡いて」がEggsで2年連続1位になった
4人時代から3人体制への橋渡しになった代表的な曲が「ロングスカートは靡いて」です。
作詞・作曲は山本李々佳。3人体制で2021年10月15日に1stシングルとして配信されましたが、曲自体はそれ以前から存在し、インディーズ音楽配信サイト「Eggs」で聴かれていました。
バンドが活動を休止していた2020年にも同曲はEggs年間楽曲ランキング1位を獲得。翌2021年も1位となり、Eggs年間ランキング史上初となる楽曲部門2年連続1位を記録しました。2021年はConton Candy自身もアーティスト部門1位となっています。
活動していない時期にも曲が聴かれ続け、3人で戻ってきたあとに正式リリースされたことを考えると、「ロングスカートは靡いて」は単なる初期曲ではありません。4人体制と3人体制の両方にまたがる曲です。
『PURE』を出したころの3人は、すでに高校生ではありませんでした。ここからライブハウスで本数を重ね、3人だけで鳴らすConton Candyをさらに作り込んでいきます。
「ファジーネーブル」が広げた認知|インディーズからメジャーへ
3人で再始動した直後から、すぐに「ファジーネーブル」のような大きなヒットへ進んだわけではありません。
『PURE』、2022年の2nd EP『angel』などを発表しながらライブを重ね、3ピースとしての演奏と曲作りを積み上げた先に、2023年の大きな転機がありました。
ライブを重ねながら3人のConton Candyを作っていった
再始動直後は、3人だけでライブの持ち時間をやり切ること自体が大きな課題でした。楽器の数が一つ減り、紬衣はボーカルも担うようになったため、4人時代と同じ演奏をそのまま続けることはできません。
ライブ本数を増やす中で、3人は「正確に演奏する」だけではなく、その日の感情や空気をどう音に出すかを意識するようになっていきます。
2022年の『angel』は、3人になってから作った曲を中心に制作された作品でした。『PURE』が過去曲を3ピースへ組み直す側面を持っていたのに対し、『angel』では最初から紬衣、楓華、彩楓の3人を前提に曲を作れる段階へ進んでいます。
2024年10月には初のフルアルバム『melt pop』を発表。そこへ至るまでに、ライブハウスで積み上げてきた3人のバンド像を一気に広い層へ届けた曲が「ファジーネーブル」でした。
「ファジーネーブル」のバイラルヒットが大きな転機になった
「ファジーネーブル」は2023年4月26日に配信リリースされました。
それまでの強く声を張るロック寄りの歌い方から肩の力を抜き、バンドとしてもポップへ大きく振った曲で、制作時にはメンバー自身もどこまで届くのか確信を持てていなかったといいます。
私たちの強みを多くの方に認識してもらうきっかけの曲になった
出典:Skream!「Conton Candy」インタビュー(2023年10月号)
実際にはSNSで楽曲を使った投稿が広がり、Billboard JAPANの「Heatseekers Songs」で2週連続1位、「TikTok Weekly Top 20」でも2週連続1位を記録しました。
拡散が始まったころ、公式Xでもメンバーが「ファジーネーブル」の振り付け投稿を見つけ、喜びながら参加を呼びかけています。当時のバンドが、リスナー側で生まれた遊び方に反応していたことが分かる投稿です。
「ファジーネーブル」は突然生まれた最初の成功ではなく、高校時代の大会、Eggsでの支持、活動休止、3人での再構築、ライブハウスでの積み重ねのあとに訪れた認知拡大でした。
「普通」でメジャー期へ|高校生バンドから続く音楽史
「ファジーネーブル」でバンド名が広く知られたあとも、Conton Candyはインディーズで作品とライブを重ね、2025年に次の区切りを迎えます。
2025年1月17日、Sony Recordsから「普通」をデジタルリリース。同曲はTVアニメ『SAKAMOTO DAYS』のエンディングテーマとして書き下ろされ、Conton Candyのメジャーデビュー曲となりました。3月5日には、バンド初のシングルCDとしても発売されています。
さらに2026年5月20日には、メジャーデビュー後初のフルアルバムとして『すっぴん』を発表しました。
高校の軽音楽部で、ほとんど話したことのなかった同級生たちが選抜で集められた2018年。そこから4人体制の曲を残し、活動休止を越え、3人で演奏を作り直し、「ファジーネーブル」で認知を広げた末にメジャーへ進みました。
そのメジャー最初期の作品群をまとめた『すっぴん』には、「普通」も収録されています。高校時代から同じ名前で続いてきたConton Candyの音楽史は、編成が変わっても過去を消さず、曲を受け渡しながら進んできた歴史でもあります。

