WurtSの音楽ルーツ|ギターとDTM、大学の研究から始まった音楽活動

WurtSの音楽ルーツを、マスク姿のギタリストとギター、DTM・大学研究のモチーフで示したビジュアル ソロアーティスト

WurtS(ワーツ)は、作詞・作曲・アレンジだけでなく、アートワークや映像まで自ら手がけるソロアーティストです。

名前だけを見るとバンドやユニットのようにも感じますが、公式プロフィールでは「21世紀生まれのソロアーティスト」と紹介されています。

そしてWurtSの少し変わったところは、最初からプロのアーティストになることを目指して活動を始めたわけではないことです。

大学で学んでいたマーケティングと、自分が昔から続けていた音楽制作を組み合わせた研究から、WurtSという活動が動き始めました。

ただし、音楽そのものの始まりは大学時代よりずっと前で、小学生のころに「自分も曲を作ってみたい」と思ったところまでさかのぼります。

今回は、そんなWurtSが音楽に惹かれた子ども時代から、ギター、DTM、大学での研究、TikTokで広がった「分かってないよ」、そして活動の大きな転機までをたどります。

時期WurtSの音楽史
小学生『キャンプ・ロック』をきっかけに曲作りへ憧れ、アコースティックギターを始める
中学生ごろAviciiの制作動画を見ながらDTMを始める
大学時代マーケティング研究と音楽制作を組み合わせ、WurtSとしての活動を構想
2020年初作品『資本主義の椅子』をリリース
2021年本格始動。「分かってないよ」がTikTokから広がる
2022年1stアルバムが第14回CDショップ大賞2022の大賞<青>を受賞
2024年初の日本武道館単独公演を開催
2026年休養から復帰し、「第2章」をスタート

WurtSはバンドではなくソロアーティスト|「研究者×音楽家」としての原点

ライブではバンド編成で演奏することもあり、楽曲もロックやダンスミュージックなどを横断するため、「WurtSはバンドなの?」と感じる人もいるかもしれません。

しかし、活動の主体は一人で、作詞・作曲・アレンジからビジュアル面までを横断して制作しています。

WurtSはバンド名ではなく、一人のソロアーティストの活動名です。

WurtS(ワーツ)は作詞・作曲・映像まで手がけるソロアーティスト

UNIVERSAL MUSIC JAPANのプロフィールでは、2021年に本格始動し、作詞・作曲・アレンジ、アートワーク、映像までセルフプロデュースするアーティストとして紹介されています。

音楽だけを作る人というより、楽曲をどう見せるか、どのような映像にするか、どう届けるかまでを一つの作品として考えるスタイルです。

活動初期には「研究者×音楽家」という肩書きも使い、音楽制作とマーケティングの両方を自分自身で試していました。

2021年6月には公式Xで、自ら「WurtSって何者?」と題した自己紹介も公開しています。

顔や本名を前面に出さないのはWurtSを「概念」にしたかったから

WurtSは活動初期から、自分の素顔や本名を前面に出さないスタイルを取ってきました。

これは正体を隠すこと自体を目的としたものではありません。

VOGUE JAPANのインタビューでは、もともとアーティストになる予定ではなく、マーケティングを学ぶために音楽を組み合わせて始めたため、自分自身の姿や名前を出すという発想がなかったと説明しています。

さらに、顔を出すことでイメージが固定されるよりも、WurtSという存在そのものを一つのプロジェクトへ発展させる構想も語っていました。

自身のレーベル「W’s Project」をテーマパークのようなプロジェクト、WurtSをその中に存在するキャラクターのように例えたこともあります。

匿名性も、WurtSという作品世界を固定しすぎないための表現方法の一つだったことが本人の言葉から読み取れます。

家に流れる洋楽から「自分で曲を作りたい」へ

大学での研究から始まったWurtSという活動にも、それ以前の長い音楽体験があります。

両親が音楽関係者だったわけではありませんが、幼いころの家では日常的に音楽が流れていました。

そこから海外の音楽や映像作品に興味を持ち、やがて「聴く側」から「作る側」へ気持ちが変わっていきます。

Lady GagaとDisney Channelから海外カルチャーに惹かれた

Real SoundのインタビューでWurtSは、父親の影響でLady Gagaの「Poker Face」のミュージックビデオを見たことを、音楽へ興味を持ったきっかけの一つとして挙げています。

映像のインパクトから海外の音楽へ興味が広がり、音楽だけでなく映画や海外カルチャーにも刺激を受けるようになりました。

自分で「音楽が好きだ」とはっきり意識した時期については、FenderNewsのインタビューでDisney Channelを見るようになったころだったと振り返っています。

ジョナス・ブラザーズやロス・リンチらが出演する作品の中で、物語の途中から自然に歌や演奏が始まる世界に惹かれていったそうです。

『キャンプ・ロック』を見て小学生でアコースティックギターを始めた

決定的だったのが、Disney Channelで見た映画『キャンプ・ロック』でした。

劇中でジョナス・ブラザーズが自作曲を弾き語りする姿を見て、自分も曲を作ってみたいと思います。

“ギターを弾きたい”というより“曲を作りたい”が先にありました。

出典:FenderNews「Cover Artist | WurtS -前編-」

WurtSにとって最初の楽器は目的そのものではなく、「曲を作る」ための手段として始まったギターでした。

両親にアコースティックギターを買ってもらったのは、小学校5〜6年生ごろです。

ギタースクールにも通いましたが、技術練習だけを続ける形ではなく、先生と好きな曲を演奏したり、バッキングとリードを分けてセッションしたりしながら楽器に触れていました。

Ed SheeranやTaylor Swiftをコピーし、自分でも曲を作り始めた

ギターを手にしてからよく弾いていたのが、Ed SheeranやTaylor Swiftの楽曲でした。

本人は両者から大きな影響を受けたと話しており、コード進行をコピーして弾き語りをしていました。

やがて既存曲を演奏するだけではなく、そのコードに自分で歌詞を乗せて曲を作るようになります。

小学生のころには、すでに「自分で作る」という音楽との付き合い方が始まっていました。

中学生でDTMへ|AviciiとThe 1975が音楽制作を変えた

アコースティックギターから始まった作曲は、中学生になるころにパソコンを使った制作へ広がります。

一人でギターだけを弾くのではなく、ドラムやベースも含めて自分で一曲を組み立てる現在の制作スタイルへ近づいていった時期です。

Aviciiの制作動画を見て同じソフトを手にした

中学入学のお祝いでパソコンを買ってもらったころ、世の中ではEDMが大きく広がっていました。

その中で強い影響を受けたのがAviciiです。

Aviciiが楽曲を制作する過程を紹介した動画をYouTubeで繰り返し見ながら、DTMを学んでいきました。

J-WAVEのインタビューでは、Aviciiの「Silhouettes」を自身のルーツとなる1曲として挙げ、制作過程を見たあとにはAviciiと同じ制作ソフトまで購入したと振り返っています。

アコースティックギターから入った作曲に、パソコン上でリズムや音色を組み立てる方法が加わりました。

のちのWurtSがダンスミュージックを軸にしながらギターの感触も残した楽曲を作る背景には、この二つの制作経験があります。

The 1975との出会いが本格的な楽曲制作につながった

もう一組、WurtSが明確に影響を語っているのがThe 1975です。

VOGUE JAPANでは、「Heart Out」を聴いたことが楽曲制作を本格化させるきっかけだったと話しています。

さらに「Love It If We Made It」の風刺的な歌詞にも衝撃を受け、音楽を作ることだけでなく、アーティストが社会へメッセージを発する姿勢にも惹かれました。

Real Soundでも、Lady GagaとThe 1975について、音楽そのものに加えて活動や考え方、社会へ向けたメッセージの発信に魅力を感じたと語っています。

Aviciiからは一人で音を組み立てる制作方法、The 1975からは音楽を使って何を発信するかという視点を受け取っていきました。

大学のマーケティング研究からWurtSが生まれた

ギターとDTMで音楽制作を続けていた一方、大学ではマーケティングや現代カルチャーに関心を持っていました。

もともとは海外へ留学し、マーケティングについて学ぶことを考えていたと本人が複数のインタビューで話しています。

大学名については、本人や公式による確かな公表を確認できないため、ネット上の推測から特定することはできません。

コロナ禍で留学できず「音楽×マーケティング」を研究

大学進学後、予定していた海外留学は新型コロナウイルスの影響で難しくなりました。

そこで、日本にいながらマーケティングを実践的に研究する方法を考えます。

選んだ題材が、以前から自分で作っていた音楽でした。

音楽を作って、それをいろんな人をターゲットとして広げていくことを始めた。

出典:Real Sound「『分かってないよ』がTikTokからバイラルヒット WurtSに聞く、研究者・音楽家として発信したい“社会問題”」

WurtSという活動は、音楽でデビューする計画からではなく、「自分の音楽をどう人へ届けられるか」を研究する実践から始まりました。

祖父が自営業をしていた姿を幼いころから見ており、自分で企画や戦略を立てて商売をすることへの憧れがあったことも、マーケティングへの関心につながっていたと話しています。

2020年の初作品から2021年の本格始動へ

公式プロフィールでは、2020年11月に自身初の作品『資本主義の椅子』をリリースしたことが記録されています。

一方、WurtSの公式プロフィールが「本格始動」としているのは2021年です。

そのため、2020年の初作品発表と、2021年からの本格的なアーティスト活動は分けて考えた方が実際の歩みに近くなります。

2021年3月には、自身のレーベル「W’s Project」から1st EP『檸檬の日々』をリリースしました。

作る音楽だけでなく、作品の見せ方や発信方法まで含めてWurtSというプロジェクトを育てていく形が、この時期に具体化していきます。

TikTokを研究しながら「分かってないよ」を広げた

WurtSが研究対象として注目したプラットフォームの一つがTikTokでした。

コロナ禍で周囲にも利用者が増えていく中、従来のSNSとは異なる音楽の広がり方があるのではないかと考えます。

2021年1月、そのTikTokへ初めて投稿したオリジナル曲が「分かってないよ」でした。

Real Soundによると、サビだけを投稿した同曲は約1か月で100万回再生を超える反響を記録しています。

投稿前にはTikTokで使われている昔の音楽も調べ、2000年代のオルタナティブロックを当時のユーザーに届けることで、上の世代には懐かしく、下の世代には新しく聞こえる可能性を考えていました。

「分かってないよ」の広がりは、大学で始めたマーケティング研究と音楽制作が初めて大きな反応として結びついた出来事でした。

同曲は2021年5月に配信され、6月の2nd EP『MAGICAL SOUP』にも収録されました。

WurtS自身は「分かってないよ」だけでイメージを固定するのではなく、そこを入口に異なるジャンルの楽曲も聴いてもらうことを考えていました。

「分かってないよ」からW’s Project、武道館へ

「分かってないよ」の反響は大きな入口になりましたが、WurtSの活動は一曲だけで完結しませんでした。

EPやアルバム、自主公演へ活動範囲が広がり、自身のレーベルから始まったW’s ProjectもEMI Recordsとの展開へ進みます。

その後はライブ会場の規模も広がり、2024年には初の日本武道館単独公演まで到達しました。

1stアルバムとCDショップ大賞が大きな転機に

2021年12月1日、1stアルバム『ワンス・アポン・ア・リバイバル』をリリースしました。

「分かってないよ」だけでなく、『檸檬の日々』『MAGICAL SOUP』『Radio Sausage』など初期活動で生まれた楽曲を含む作品です。

翌2022年には、同作が「第14回CDショップ大賞2022」の大賞<青>を受賞しました。

大賞<青>は新人の優れたアルバムを対象とする枠で、TikTokで生まれた一曲の反響だけではなく、アルバム作品としても評価を受ける転機になりました。

2022年4月18日には、東京・LIQUIDROOMで自身初の有観客ライブも開催しています。

W’s Project × EMIへ|「メジャーデビュー」と単純化しない

初期作品は、自身のレーベルW’s Projectから発表していました。

その後、2022年11月にEP『MOONRAKER』をリリースします。

UNIVERSAL MUSIC JAPANはこの作品を「W’s Project × EMI始動第1弾」と明記しており、レーベル表記はEMI Recordsです。

ただし、初作品の発表、2021年の本格始動、W’s Projectからの作品発表、EMIとのタッグはそれぞれ別の段階です。

公式資料が「W’s Project × EMI始動」と表現している出来事を、単純に「ここがWurtSのデビュー」や「ここがメジャーデビュー」と置き換える必要はありません。

初の日本武道館公演まで広がった音楽活動

有観客ライブを始めた2022年以降、全国ツアーや大型音楽フェスへ活動の場を広げていきました。

そして2024年10月31日、初の日本武道館単独公演「WurtS LIVE AT BUDOKAN」を開催します。

公演はチケットが即日完売し、バンド演奏に加えて、リミックスではターンテーブルを使い、ホーンやキーボードを加えた編成も取り入れました。

2021年の本格始動から約3年で、自宅とTikTokを起点にしていた活動は日本武道館の単独公演まで広がりました。

休養と復帰を経てWurtSは「第2章」へ

2026年1月23日、WurtSは体調不良のため休養することを発表しました。

予定していた横浜アリーナ、大阪城ホールなどの主催公演も中止となり、本人はこの時点で「WurtSの第1章は完結します」とコメントしています。

休養を経て、同年6月29日に渋谷WWW Xで行われたファンクラブ会員限定ライブでステージへ復帰しました。

続く7月9日、東京ガーデンシアターでPEOPLE 1、Chilli Beans.と開催した「UPDATE 2.0」で「第2章」の開幕を発表しています。

第2章の幕開けを告げる楽曲となった「INSIDE」について、WurtSは制作時に子どものころと同じように実家の部屋でアコースティックギターを抱えたことを明かしました。

昔みたいに実家の自分の部屋でアコギを抱えてこの曲を作りました。

出典:UNIVERSAL MUSIC JAPAN「WurtS 第二章の幕開けを告げる 新曲『INSIDE』を今夜24:00に配信リリース!」

小学生のころ「曲を作りたい」と手にしたアコースティックギターは、WurtSが第2章を始めるときにも制作の出発点になりました。

2026年7月15日、「INSIDE」が配信され、休養を経て発表されたWurtSの「第2章」は新しい音源として動き始めました。

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