| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 活動名 | TOOBOE(トオボエ) |
| 関連名義 | john(ジョン) |
| 活動形態 | 音楽クリエイター・johnによるソロプロジェクト |
| 主な制作活動 | 作詞・作曲・編曲・歌唱・イラスト・映像制作 |
| メジャーデビュー | 2022年4月20日「心臓」 |
「心臓」「錠剤」「痛いの痛いの飛んでいけ」などで知られるTOOBOE(トオボエ)は、ボカロP・john(ジョン)が2020年に始めたソロプロジェクトです。
johnとTOOBOEは別人でも、メンバーが集まった音楽グループでもありません。
初音ミクに歌ってもらう曲と、自分自身やほかの歌手が歌う曲では制作の考え方が異なるため、その違いを意識する目的でTOOBOEという名義が生まれました。
ただし、音楽を作り始めたのは、それよりずっと前のことです。
幼少期にはピアノやギターに親しみ、中学卒業時に手にしたパソコンのGarageBandで作曲を開始。2019年にjohnとして初めてボカロ曲を投稿するまでに、本人によれば何千曲もの楽曲を作っていました。
スガシカオの音楽に衝撃を受けた10代、ボーカロイドとの出会い、TOOBOEという名前を選んだ理由、そしてメジャーデビュー後の音楽表現の変化まで、その歩みをたどります。
| 音楽史の段階 | TOOBOEの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | 幼少期にピアノを習い、ギターにも触れる。10代にスガシカオなどの音楽に親しむ |
| 作曲の始まり | 中学卒業時に手にしたパソコンでGarageBandを使い、耳コピーや作曲に熱中 |
| ボカロPとしての活動 | 2019年4月、john名義で「インフェリオリティー」を初投稿。同年12月に「春嵐」を公開 |
| TOOBOEの始動 | 2020年にソロプロジェクトを開始。yama「真っ白」への楽曲提供と、本人歌唱曲「赫い夜」を発表 |
| メジャーデビュー | 2022年4月「心臓」でメジャーデビュー。同年「錠剤」が『チェンソーマン』第4話EDテーマに起用 |
| 音楽表現の転機 | 2025年「あなたはかいぶつ」を発表。2026年にはアルバム『EVER GREEN』をリリース |
TOOBOEの音楽はピアノとGarageBandから始まった
TOOBOEの音楽的な原点には、幼少期に触れた楽器と、家庭で耳にしていた日本のポップスがあります。
本人は2021年のFanplus Musicのインタビューで、ピアノとギターを行き来しながら楽器を楽しんでいたことを振り返っています。
その後、パソコンを使った楽曲制作に夢中になり、好きな曲の仕組みを自分の手で再現するようになりました。
幼少期のピアノとギター、スガシカオとの出会い
幼い頃に最初に習った楽器はピアノでした。
2026年のUSEN encoreのインタビューでは、ピアノについて自発的に始めたというより、習わされていた感覚だったとも話しています。
その後は家にあったギターにも興味を持ち、ピアノで弾ける音をギターではどう出すのか、自分で確かめるようになりました。
コード譜を見ながら好きな曲を弾き、鍵盤楽器と弦楽器の違いを試すことが、当時の楽しみだったそうです。
聴く音楽にも少しずつ変化がありました。
家庭ではスガシカオや山崎まさよしの音楽が流れ、自分でCDを借りるようになると、ポルノグラフィティなど当時の流行曲も聴いていました。
なかでも大きかったのが、10代の頃にテレビで聴いたスガシカオの「午後のパレード」との出会いです。
2022年のTHE MAGAZINEのインタビューでは、この曲に感銘を受けた後、スガシカオや山崎まさよし、斉藤和義といった男性ソロシンガーの音楽を積極的に聴くようになったと振り返っています。
スガシカオは、後に本人が自身の音楽ルーツで最も大きな影響を受けたアーティストとして挙げた存在でもあります。
ブラックミュージックを思わせる伴奏に、日本語の情景や感情を自然に乗せる歌い方やメロディーに強く惹かれていたのです。
中学卒業時のパソコンで始めた作曲
自分で楽曲を作るようになった直接のきっかけは、中学校を卒業した頃に親から買ってもらったパソコンでした。
そのパソコンには、音楽制作ソフトのGarageBandが入っていました。
ただし、最初から作曲をするために買ってもらったわけではありません。
2026年のUSEN encoreで語ったところによると、以前はハードオフで約1万円で購入したパソコンを使い、ニコニコ動画をよく見ていたそうです。
親が新しいパソコンを買ってくれた理由については、古いパソコンを使い続ける様子を見かねたのではないかと本人は推測しています。
そこで偶然使えるようになったGarageBandを触り始め、好きなミュージシャンの曲を耳コピーすることに熱中しました。
単にメロディーをなぞるだけではなく、似た音を出すにはどの楽器を使えばよいのか、どのコードや音の組み合わせが必要なのかを、試しながら覚えていったといいます。
好きな音楽をパソコン上で再現する遊びが、TOOBOEの作曲の出発点でした。
その頃から、作曲は誰かに聴かせるためだけの行為ではありませんでした。
自分で曲を作り、自分で聴いて楽しむこと自体が趣味になっていたのです。
johnとしてボカロPになった経緯
パソコンでの作曲を続けるなか、ニコニコ動画やYouTubeで知ったボーカロイドの楽曲が、新しい創作のきっかけになりました。
2019年4月7日、john名義で「インフェリオリティー」を公開し、ボカロPとしての活動が始まります。
ただし、この作品は作曲そのものの処女作ではありませんでした。
「シャルル」と「彗星ハネムーン」から初音ミクへ
本人がボーカロイド文化に興味を持つきっかけとして挙げているのが、バルーンの「シャルル」と、ナユタン星人の楽曲です。
2022年のTHE MAGAZINEのインタビューでは、ナユタン星人の「彗星ハネムーン」を、ボカロを始める原点となった楽曲として紹介しています。
特に印象的だったのは、歌謡曲のような耳に残るメロディーや言葉のリズムが、ボーカロイドという新しい表現でも多くの人に届いていたことでした。
すでに昔の日本のポップスを聴き込んでいたjohnにとって、ボカロはそれまでの音楽と切り離された世界ではなかったのでしょう。
興味を持った後は初音ミクのソフトを購入し、自分でも作品を作って投稿するようになります。
もっとも、最初からボカロ曲だけを作っていたわけではありません。
2021年のFanplus Musicのインタビューでは、初投稿曲について、こんなエピソードを明かしています。
「インフェリオリティー」は何千曲と作った上で投稿した曲だったんですよ。
出典:Fanplus Music「音楽クリエイター・johnのソロプロジェクトTOOBOE。聴く者を虜にしてしまう希有な存在のルーツやこだわりを紐解く」(2021年3月18日)
その多くは、自分で作って自分で聴くだけの楽曲だったそうです。
「インフェリオリティー」は、作曲経験がない状態で初めて完成させた曲ではなく、長年の制作経験を経て初めて公開したボカロ作品だったのです。
2019年「インフェリオリティー」初投稿と「春嵐」
2019年4月の初投稿後、johnはハイペースでボカロ曲を発表しました。
同年12月には「春嵐」を公開し、john名義の代表曲のひとつとなります。
この時期の制作について、本人は楽曲の着想を考える時間は長くても、いざパソコンを立ち上げて制作に取りかかると、それほど時間がかからなかったと振り返っています。
完成すると早く世に出したくなり、ボーカロイドを使ってやりたい表現も多かったため、次々と作品が生まれていました。
john名義では『ANGRY DOG』『ROSE』『ミゼラブル』という3作のボーカロイドアルバムも制作しています。
ボカロPとして活動したことで、編曲や映像表現に詳しいクリエイターとの交流も生まれました。
2020年のReal Soundのインタビューで、特に親しく交流していた相手として名前を挙げているのが、同じボカロPの煮ル果実です。
煮ル果実のアニメーションを取り入れたMVや、ボカロ文化への向き合い方にも刺激を受けていたと話しています。
音楽だけでなく、イラストや動画制作まで自分で手がけるjohnにとって、ボカロP同士の交流は作品の見せ方を考える機会にもなっていました。
やがて、ニコニコ動画での殿堂入りやYouTubeでの100万回再生、3枚のアルバム制作を経験したことで、本人の中にはボーカロイドでやりたいことを一通り形にできたという感覚が生まれます。
同じ頃、シンガー・yamaへの楽曲提供の話も舞い込み、新しい名義で活動する方向へ進みました。
TOOBOEを始めた理由とjohnとの関係
2020年、johnは本人歌唱やほかのアーティストへの楽曲提供を広げるため、TOOBOEというソロプロジェクトを始めました。
同年9月には対外的にも活動を発表し、10月にはyamaへの提供曲「真っ白」と、TOOBOE自身が歌う「赫い夜」が世に出ます。
johnとTOOBOEは同じ音楽クリエイターによる名義であり、歌う相手や制作の考え方に応じて使い分けられています。
別名義を作った理由は歌う相手による制作方法の違い
TOOBOEという名義を作った理由について、本人は2020年のReal Soundのインタビューで詳しく説明しています。
johnとして初音ミクを使うときは、初音ミクという歌い手のために曲を書いている意識がありました。
一方、自分自身が歌う場合やほかの歌手へ提供する場合には、声の特徴や表現方法に合わせて曲の作り方そのものが変わります。
それで、意識分けの意味を込めてTOOBOEという名義を作りました。
出典:Real Sound「yamaへの楽曲提供も話題 クリエイター john=TOOBOEに聞く、ソロプロジェクト始動の背景と創作活動の原点」(2020年10月31日)
本人は、歌う人それぞれに得意な音域やキャラクターがあり、その人が歌うことで初めて成立する楽曲を作りたいとも話しています。
この考え方は、初音ミク、自分自身、yamaなどへの楽曲提供を、単なる歌唱者の変更ではなく、それぞれ異なる創作として捉えていたことを示しています。
2026年にKADOKAWAから刊行されたjohn初のファンブック『春の嵐 -johnの世界-』でも、johnとTOOBOEは並行して活動している名義として紹介されました。
TOOBOEの始動によってjohnが別人に引き継がれたり、活動名を完全に変更したりしたわけではありません。
名前の由来は「負け犬の遠吠え」
TOOBOEという名前は、犬の遠吠えに由来しています。
john名義では犬のキャラクターをアイコンとして使っており、本人はそこから自然につながる名前を考えていました。
ただし、単に犬を連想させる言葉を選んだだけではありません。
名前の根底にあるのは「負け犬の遠吠え」という考え方です。
johnとして曲を作り始めた当時、私生活でつらいことがあり、そのときの負の感情や怒りが創作の原動力になっていたと振り返っています。
しかし、聴いてくれる人が増えるにつれて、表現したいことも少しずつ変化しました。
2020年には、自分と似た境遇の人が音楽を聴いている間だけでも楽になれるような、ダークヒーロー的な存在への憧れも語っています。
また、2022年11月にTOKYO FM『SCHOOL OF LOCK!』へ出演した際にも、johnの犬のアイコンとのつながりと、負の感情を大切にしたいという思いから名前を決めたことを説明しました。
TOOBOEという活動名には、初期のjohnが抱いていた感情と、その感情を音楽に変えてきた経験が残されています。
2020年の「赫い夜」とyamaへの楽曲提供
TOOBOE名義の最初期の活動として、2020年10月21日にリリースされたのが、yamaの「真っ白」です。
ABEMAの『恋愛ドラマな恋がしたい〜Kiss On The Bed〜』主題歌として書き下ろされた楽曲で、yamaのメジャーデビュー曲にもなりました。
TOOBOEは制作にあたり、自身がそれまで作っていた曲とは違い、yamaの声や歌詞をまっすぐ届ける歌唱に合うものを意識したと話しています。
本人は、与えられたテーマや資料に合わせて音楽を作ることが自分に合っているとも語っていました。
その翌週、10月28日には、TOOBOE自身が歌う初のオリジナル曲「赫い夜(あかいよる)」を配信します。
こちらは初音ミクのために書いた曲とは異なり、本人の好きな昭和から90年代の流行歌のキャッチーさと、現代的な横乗りのビートを組み合わせた楽曲でした。
DJ YU-TAがスクラッチ、有島コレスケがベースで参加し、映像はRai Hashimotoが監督を担当しています。
john名義では作曲から映像まで一人で制作することも多かったため、ほかのクリエイターと組んだ「赫い夜」には、本人歌唱だけでなく制作体制の広がりも表れていました。
この「赫い夜」は、後に「心臓」や「錠剤」で知られるTOOBOEが、本人歌唱のアーティストとして最初に提示した音楽を知るうえで重要な作品です。
TOOBOEの音楽性を形作った歌謡曲と制作方法
TOOBOEの音楽には、ボーカロイド文化から受けた刺激だけでなく、昭和から平成にかけての日本の歌謡曲やポップスの影響があります。
幼い頃から触れてきたメロディーへの関心は、本人歌唱の楽曲を制作するようになってからも変わりませんでした。
一方で、TOOBOEとして活動を始めた直後は、john名義との違いをどう表現するかで試行錯誤した時期でもあります。
昭和から90年代の流行歌を聴いて学んだ音楽
2026年のUSEN encoreのインタビューで、TOOBOEは歌謡曲を深く聴くようになった経緯を振り返っています。
きっかけのひとつは、サザンオールスターズの音楽でした。
桑田佳祐が古い歌謡曲やポップスをカバーしていることを知り、その原曲や関連する時代の楽曲へ興味が広がっていったそうです。
そこで聴き込んだのが、年代ごとのヒット曲を集めたコンピレーションアルバム『青春歌年鑑』でした。
1950年代から90年代までの流行歌をまとめた『青春歌年鑑』を、ほとんどすべてレンタルして聴いたと語っています。
2020年のReal Soundのインタビューでは、スガシカオの「黄金の月」やサザンオールスターズの「真夏の果実」を、メロディーと言葉の関係を考えるうえで重要な楽曲として挙げています。
特に、歌詞の言葉が持つ自然なイントネーションと、メロディーの動きがうまく重なることを大切にしていました。
2021年のFanplus Musicでは、歌謡曲だけでなく演歌的なメロディーも自分なりに吸収し、歌い方にもあえてこぶしを取り入れることがあると説明しています。
作詞の面では、作家の奥田英朗から大きな影響を受けたとも語っています。
学生時代に作品を読み込み、独特な言葉選びや、皮肉をユーモラスに描く表現に惹かれていました。
TOOBOE自身も歌詞を書く際には、難解な言葉を使うことより、情景が浮かぶように言葉を配置することを意識しています。
実際に、頭の中にある映像的なイメージを言葉へ置き換えることが多いと説明しており、子どもの頃に漫画家を目指していたという経験も持っています。
音楽と映像、言葉の表現が、本人の創作の中で並行して育ってきたことがうかがえます。
「赫い夜」と「変」に表れた理想と試行錯誤
TOOBOE名義を始めた際、本人はボーカロイド作品とは異なる音楽を発表したいと考えていました。
「赫い夜」では歌謡曲的なメロディーと現代的なビートを組み合わせ、初期のボカロ曲とは違う方向を模索しています。
しかし、本人が思い描いたとおりに音楽性を切り替えられたわけではありませんでした。
2022年1月のTHE MAGAZINEのインタビューで、TOOBOEは「赫い夜」から「もののけ」までの時期について、邦楽アーティストにならなければならないという意識にとらわれていたと振り返っています。
そんな状態から生まれたのが、2021年7月に発表した「変」でした。
この曲では、john時代から続く騒がしく癖のあるサウンドを、無理に抑えることをやめています。
本人は、自分には変わった音楽しか作れないと割り切り、好きなように楽しんで制作したと説明しました。
ボカロ作品と違う音楽を作ろうとした末に、johnから続く自分の音楽性を改めて受け入れたのが「変」でした。
この頃も、基本的には自宅で一人で作曲からMV制作までを進めていました。
ただし、楽曲提供やタイアップでは、依頼されたテーマや作品の世界観を受け取り、自分だけでは思い付かなかった方向へ制作を広げることにも魅力を感じていました。
2021年に発表した「紫」についても、原作となる物語が自分の新しい引き出しを開いてくれるような感覚があると語っています。
自分の好きな音楽を自由に作ることと、与えられた題材へ自分の表現を重ねること。
この2つを行き来する制作スタイルは、後の「心臓」や「錠剤」にもつながっていきます。
「心臓」のメジャーデビューと「錠剤」の転機
2021年12月、TOOBOEはインディーズでの1stアルバム『千秋楽』をリリースしました。
そして2022年4月20日、シングル「心臓」でメジャーデビューを果たします。
同年11月には、TVアニメ『チェンソーマン』第4話のエンディングテーマ「錠剤」を発表し、より広い層へ音楽を届ける機会を得ました。
「千秋楽」を経て「心臓」を作った背景
『千秋楽』というアルバム名には、それまでの活動に一度区切りを付けるという本人の意識が込められていました。
表題曲についても、ボカロPとして、そしてTOOBOEとして続けてきた音楽制作をいったん振り返るような気持ちで作ったと説明しています。
2022年のTHE FIRST TIMESのインタビューによると、アルバム『千秋楽』は本人とマネージャーの2人で制作した作品でした。
楽曲の制作だけでなく、限られた体制でアルバムを完成させていた時期でもあります。
その『千秋楽』の収録曲をすべて作り終えた頃に制作されたのが、メジャーデビュー曲「心臓」です。
2022年5月のReal Soundのインタビューで、本人はボカロP時代から数えて4枚目のアルバムとなる『千秋楽』を完成させた時点で、一通りやりたいことを形にできた感覚があったと振り返っています。
しかし、そこで音楽活動を終えるのではなく、自分の曲を待っている人がいることに改めて気持ちを動かされました。
「心臓」は、そうした時期の思いが反映された楽曲です。
メジャーデビューにあわせて制作されたMVは、映像制作チーム「擬態するメタ」が担当しました。
楽曲の持つ強い愛情のイメージから着想を得て、ゾンビになってまで愛する人に会おうとする人物を描いた映像作品です。
楽曲と映像が組み合わさった「心臓」は、TOOBOEのメジャーでの活動を象徴する作品となりました。
「錠剤」を作るために用意した複数のデモ
2022年11月に発表された「錠剤」は、TVアニメ『チェンソーマン』第4話のエンディングテーマとして制作された楽曲です。
TOOBOEは原作の連載が始まった頃から『チェンソーマン』を読んでおり、アニメ化に際して音楽で参加したいという希望をスタッフにも伝えていました。
作品への参加を目指して、実際の楽曲制作にもかなりの力を注いでいます。
「錠剤」の選考に向けて制作したデモは約10曲。
その中から選ばれた「錠剤」は、本人によれば最初に作ったデモ「No.001」でした。
2022年11月のReal Soundのインタビューでは、採用された曲は最初に作っただけに、作品へ向けた初期衝動が強く出ていたのではないかと振り返っています。
制作時には、原作が持つ勢いや狂気を大切にし、主人公のデンジだけでなく、第4話で重要な役割を果たすパワーの魅力も曲に取り込もうとしていました。
サウンド面で本人が特に意識したのは、あえて安っぽく感じられる音を使うことでした。
フリー素材の効果音も使いながら、少しばかばかしく、混沌とした音の重なりを目指したといいます。
冒頭の叫び声にも作品のビジュアルから受けた印象を反映させ、音選びには時間をかけてこだわりました。
約10曲を制作した後、選ばれた「錠剤」に手直しを加え、最終的な楽曲へ仕上げています。
採用決定を知らされたときは、自宅で作業中にスタッフからLINEが届いたそうです。
本人はうれしさのあまり、その日は仕事が手につかなかったと振り返っています。
2020年に掲げた「負け犬の遠吠え」という表現の考え方は、『チェンソーマン』の登場人物たちが持つ敗者の感覚や、犬というモチーフとも重なっていました。
もともと原作への強い思いがあったTOOBOEにとって、「錠剤」は自分の音楽性と好きな作品を結び付けた仕事でもあったのです。
「あなたはかいぶつ」が広げたTOOBOEの表現
「心臓」「錠剤」を経て、TOOBOEの音楽はさらに多くの人へ届くようになりました。
2024年6月には「痛いの痛いの飛んでいけ」のMVを公開し、ソニーミュージック公式プロフィールによると、自身最速でYouTube再生回数2000万回を突破しています。
ただし、本人が後に自身の音楽表現を大きく変えた作品として挙げたのは、別の楽曲でした。
「錠剤」のイメージを越えたミディアムチューン
2025年8月13日、TOOBOEは「あなたはかいぶつ」をリリースしました。
TVアニメ『光が死んだ夏』のエンディング主題歌として制作された楽曲です。
原作を読んだ本人は、主人公のよしきにとって、姿や存在が変わってしまった幼なじみが、それでも必要な相手であり続けることに強い思いを抱きました。
作中で簡単には肯定されない2人の関係を、エンディング曲では受け止めてあげたいと考えていたそうです。
サウンド面では、物語の田舎の空気感を表現するため、できるだけ生楽器を使った自然な音を意識しました。
その一方で、日常の中に存在する異形のものを表すため、電子音も加えています。
この楽曲について、TOOBOEは2026年のUSEN encoreのインタビューで、特別な思いを語りました。
やっぱり「あなたはかいぶつ」は僕の人生が変わった曲かな?と思います。
出典:USEN encore「TOOBOE『EVER GREEN』インタビュー」(2026年2月11日)
それまでのTOOBOEには、勢いのある「錠剤」のような楽曲のイメージが強かったと本人は感じていました。
一方、「あなたはかいぶつ」はミディアムテンポの楽曲であり、それまでとは違う音楽でも多くの人に認知されたことが大きかったと振り返っています。
本人は、バラードのような曲を発表しても聴いてもらえないのではないかという不安を持っていました。
しかし、この曲を経験したことで、バラードにも正面から向き合えるようになったといいます。
「あなたはかいぶつ」は、激しい楽曲のイメージにとらわれず、歌そのものを届ける自信を得た転機でした。
2026年のインタビューでは、1〜2年前の自分なら同じ作品は作れなかったとも話しています。
ライブ経験を重ねることで、歌唱面や精神面においても、こうした楽曲に向き合う準備が整ってきたと感じていたのです。
歌謡曲を長く届けるという創作観
2026年2月11日、TOOBOEはメジャー2ndフルアルバム『EVER GREEN』をリリースしました。
本人は前作『Stupid dog』について、速いテンポや多くの言葉を詰め込んだ、当時の音楽の流行を意識した作品だったと振り返っています。
一方、『EVER GREEN』では、短い期間だけ聴かれる曲ではなく、10年後や20年後にも残る歌謡曲のような音楽を目指しました。
収録曲の「残陽」では、時間や場所をあえて限定し、少年時代の思い出を描くことにも挑戦しています。
本人によれば、こうした歌の表現は「あなたはかいぶつ」を経験したからこそ実現できたものでした。
電子音や複雑な音の仕掛けを取り除いたとき、自分の音楽には何が残るのか。
2024年の『Stupid dog』から約2年間、そんなことを試してきたとも語っています。
そこで本人が確かめたのは、電子音だけに頼らなくても、メロディーや歌の中にTOOBOEらしさがあるということでした。
また、2026年のインタビューでは、楽曲が自然に生まれてくることばかりではなくなり、映画や本、タイアップ作品から受ける刺激が制作に必要になってきたとも話しています。
シングル曲とは異なる挑戦をカップリング曲で続けるのも、さまざまな音楽を作る力を保つためだといいます。
初期のjohnが、好きな曲をGarageBandで再現しながら音楽の作り方を覚えたこと。
スガシカオや昔の流行歌を聴き込み、ボカロ曲で独自の表現を追求したこと。
そしてTOOBOEとして自分で歌い始め、ほかのアーティストやアニメ作品との共同制作を通じて表現を広げてきたこと。
『EVER GREEN』では、そうした歩みの中で改めて、長く聴かれる日本の歌を作ることへ向き合いました。
2026年のUSEN encoreのインタビューで、TOOBOEは、自分たちが子どもの頃にスガシカオや山崎まさよしを聴いていたように、次の世代の誰かが車の中で自分の曲を聴いてくれたらうれしいと語っています。
何千曲も自分のために作っていた少年時代から、誰かのために歌を作り、長く聴き継がれることを願う音楽へ。
TOOBOEの音楽には、幼い頃から親しんできた日本のメロディーへの愛着と、johnの時代から続く自分らしい表現の両方が息づいています。

