| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 活動名 | すりぃ(スリィ) |
| 誕生日 | 9月28日 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 主な活動 | ボカロP、シンガーソングライター、作詞家・作曲家 |
| ボカロP活動開始 | 2018年3月3日、「空中分解」を投稿 |
| バンド活動 | Aooo(2023年結成)のギター担当 |
「エゴロック」「テレキャスタービーボーイ」などで知られる、ボカロPのすりぃ。鏡音レンを使った楽曲から本人歌唱の作品、Adoへの楽曲提供、ロックバンド・Aoooでのギター演奏まで、その活動は幅広く続いています。
そんなすりぃが音楽を始めたきっかけは、高校生の頃に見たアニメ『けいおん!』でした。ギターに興味を持ち、地元の友人とバンドを組んだことが、作詞作曲へ進む入口になったのです。
ただし、最初からボカロPを目指していたわけではありません。大学時代のバンド活動を経て、作曲家を目指して大阪から上京。その後、ひとりで自分の思いを音楽にできる場所として、VOCALOIDを使った制作を始めました。
2018年3月3日に投稿した「空中分解」が、ボカロP「すりぃ」の最初の作品です。そこから60秒という短い楽曲の制作、本人歌唱、そしてAoooへの参加へと、音楽の形を変えながら歩んできました。
| 音楽史の段階 | すりぃの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | 高校時代に『けいおん!』の影響でギターを始め、地元の友人とバンドを組む |
| 初期活動 | 大学時代にもバンド活動を続け、作詞作曲に取り組む |
| ソロ制作への転換 | バンド解散後に作曲を学び、2017年に大阪から東京へ移る |
| ボカロP活動開始 | 2018年3月3日に「空中分解」を投稿し、短尺楽曲を展開 |
| 活動の広がり | 楽曲提供、セルフカバー、本人歌唱のオリジナル作品へ進む |
| バンドへの参加 | 2023年にAoooを結成し、ギタリストとしても活動する |
すりぃの音楽の原点は『けいおん!』だった
すりぃの音楽の出発点にあるのは、難しい音楽理論でも、幼い頃から受けていた専門教育でもありません。高校生の頃、アニメを見て「自分もギターを弾いてみたい」と思ったことでした。
その興味は、自分で楽器を手に取り、友人たちと音を合わせる行動につながっていきます。
高校生でギターを始め、地元の友人とバンドを組む
すりぃは2023年のMARZELのインタビューで、高校生の頃に『けいおん!』の影響を受けてギターを始めたと振り返っています。
一緒にバンドを組んだのは、同じように作品にはまっていた地元の男友達でした。最初は『けいおん!』の楽曲をはじめ、ガールズバンドの曲を中心にコピーしていたそうです。
当時のメンバーは全員初心者。曲のキーを変えるという発想もなく、男性ボーカルが原曲のキーのままで歌っていたといいます。本人は後になって、その歌い方にはかなり無理があったと笑いながら振り返っています。
最初から思いどおりに演奏できたわけではなく、好きな曲を友人たちと再現するところから始まったバンドでした。
この経験が重要なのは、ギターを覚えたことだけではありません。自分たちで演奏する楽しさを知り、やがて既存の曲をコピーする側から、曲を作る側へ興味が移っていったからです。
本人は2023年1月3日、音楽を始めたきっかけが『けいおん!』だったことをXでも明かしています。ギターを始め、バンドを組み、作曲へ進んだ経緯に加え、アニメ主題歌の作詞作曲に携わりたいという目標があったことも語りました。
ギターを弾いてみたいという高校時代の興味から、アニメに関わる音楽を自分で作るという目標へ。本人の言葉からも、そのつながりが見えてきます。
大学時代のバンド活動から作詞作曲へ
高校卒業後も、すりぃの音楽活動は続きました。
大学時代には、メンバー募集サイトを通じて知り合った人たちとバンドを組み、本格的に音楽へ取り組むようになります。高校時代の地元の友人とのバンドとは、メンバーの集まり方も異なる活動でした。
大学では当初、建築に関係する分野を学んでいたことも本人が話しています。しかし、次第に音楽の比重が大きくなり、最終的には大学を中退しました。
この時期に重要だったのが、曲を自分で作ることへの興味です。
「曲を作れたらかっこいいっていう単純な理由ですね」
出典:MARZEL「ボカロP、シンガーソングライター、作家。マルチな才能を発揮し、現代人にぶっ刺さる曲を生み出し続ける大阪出身のアーティスト・すりぃってどんな人?」
作曲を始めた理由を、すりぃはこのように語っています。
楽曲を演奏するだけでなく、作った人にも関心が向くようになったことが、作詞作曲への入口でした。バンドで自分たちの曲を演奏する経験を通じて、音楽を作ることそのものが活動の中心へ近づいていったのです。
高校時代のコピー演奏から大学時代のオリジナル制作へ。この積み重ねが、後にバンドを離れても音楽を続ける土台になりました。
バンド解散からボカロP「すりぃ」の誕生まで
すりぃがボカロPになったのは、バンド経験がなかったからではありません。むしろ、バンドで演奏し、曲を作り、音楽活動を続けてきた後に選んだ表現方法でした。
バンドが解散した後も作曲への関心は残り、ひとりで音楽を完成させる方向へ進みます。同時に、他人の期待を意識しながら制作することとは別の場所を求めていました。
作曲家を目指し、2017年に大阪から上京
大学時代に取り組んでいたバンド活動が終わると、すりぃは作曲そのものをさらに学ぶようになりました。
本人のインタビューによれば、2017年に大阪から東京へ移り、本格的に音楽の道を目指したといいます。
それまでの活動では、自分の曲をバンドで演奏することができました。しかし、バンドを離れれば、一緒に演奏するメンバーが常にいるわけではありません。
すりぃは高校時代からニコニコ動画などを通じてボカロ音楽に触れており、VOCALOIDを使える制作環境も持っていました。ただ、当初からそれを中心に楽曲を発表していたわけではなかったそうです。
バンド解散後、すでに知っていたボカロという表現手段を、本格的な楽曲制作に使うようになったことが、活動の方向を変えていきました。
ひとりで表現するためにボカロ制作を始めた
では、なぜ自分で歌うのではなく、VOCALOIDを使ったのでしょうか。
その理由を知るうえで重要なのが、2022年のVOGUE JAPANのインタビューです。
すりぃは、ボカロPになる前にバンド活動や楽曲コンペへの参加を経験していました。そのなかで、周囲からどう見られるかを考えたり、求められることに応えたりすることに、しんどさを感じるようになったと語っています。
そこで始めたのが、匿名名義の「すりぃ」でした。
「思ってることを全部吐き出すための裏アカ的なもの」
出典:VOGUE JAPAN「すりぃ──表裏性や人間関係のしがらみをキャッチーな音に乗せる、ボカロPの魅力を探る。」
すりぃ自身は、活動を始めた頃、友人や家族にもボカロPとして曲を出していることを知らせていなかったといいます。
誰が歌うか、誰が演奏するか、周囲からどのように見られるか。その前に、まず自分の思っていることを作品にする。すりぃにとって匿名のボカロ活動は、他人の期待からいったん離れ、本音を音楽にできる場所だったのです。
そして、姿を明かさずに発表した曲へリスナーが反応することで、自分と似た感覚を持つ人がいることにも気づいていきます。
バンド時代に経験した窮屈さと、匿名で作品を届ける自由さ。この違いが、ボカロPとしての初期活動を理解する大切な背景になっています。
2018年3月3日、「空中分解」で活動開始
2018年3月3日、すりぃは鏡音レンを使用した楽曲「空中分解」を投稿しました。
これが、ボカロPとしての最初の作品です。
「すりぃ」という活動名も、最初の投稿を3月3日に行ったことに由来しています。本人によれば、作品の公開準備が3月頃に整う見通しだったため、3月3日に公開することを決めたそうです。
つまり、先に「すりぃ」という名前があって、その日に合わせて活動を始めたという単純な順序ではありません。最初の作品を公開する日付から、活動名が生まれました。
公式YouTubeチャンネルに残る「空中分解」の動画には、1作目であることと「60s #1」の表記があります。すりぃ自身が楽曲を手がけ、イラストは真ひろ、映像とロゴはまめでん、ベースはま子が担当した作品です。
この動画は、後に作られたセルフカバーやロングバージョンとは異なる、ボカロPとしての出発点を示す音源です。
「空中分解」を発表したとき、本人は後年、自分の曲なのに自分ではない誰かが作っているような感覚があったとも振り返っています。
匿名で音楽を作り始めた理由と合わせて考えると、その頃は「すりぃ」という名義で作品を生み出しながら、自分自身とその活動との関係もまだ形作っている段階だったことが分かります。
60秒の楽曲から広がったすりぃの音楽
すりぃの初期活動を特徴づけるのが、60秒という短い尺の楽曲です。
「空中分解」から続く60秒シリーズは、ただ曲の途中を切り取ったものではありません。限られた時間のなかで一つの作品を成立させ、反応を受けてさらに展開するという制作方法につながっていました。
Twitterの動画尺から生まれた60秒シリーズ
すりぃはMARZELのインタビューで、当時のTwitterへ投稿することを意識し、60秒ほどの短い楽曲を作り始めた経緯を話しています。
その頃は、短い動画がSNS上で広く見られるようになっていた時期でした。すりぃは、曲を最初から長いものとして完成させるのではなく、まず短い形で公開する方法を選びました。
ただし、短い曲を投稿すれば必ず反響が得られると分かっていたわけではありません。初期には「短すぎる」という反応もあったといいます。
それでも、60秒という制限は、曲の入り方や展開、印象に残るフレーズを考える制作上の条件になっていきます。
また、すりぃはリスナーからのコメントを読むことも重視していました。自分が考えていたものとは違う解釈や、続きが聴きたいという反応に接することで、作品をさらに発展させることができたからです。
短い曲を先に作り、聴き手の反応を受けながら長い作品へ育てる。それが、すりぃの初期作品を特徴づける制作方法の一つでした。
もちろん、すべての楽曲が同じ手順で作られているわけではありません。60秒シリーズは、初期の活動を語るうえで特に重要な方法です。
「エゴロック」「テレキャスタービーボーイ」を長尺へ発展
60秒シリーズの代表的な作品として挙げられるのが、「エゴロック」と「テレキャスタービーボーイ」です。
「エゴロック」は2018年9月7日、「テレキャスタービーボーイ」は2019年4月13日に、それぞれ短尺作品として公開されました。
どちらも鏡音レンの歌声と、ギターを軸にしたバンドサウンドが印象的な楽曲です。短い時間のなかで歌と演奏の展開を組み立てる手法は、すりぃの音楽を知る入口にもなりました。
その後、「テレキャスタービーボーイ」は2020年にロングバージョンが公開され、「エゴロック」も2021年にロングバージョンが発表されています。
短い原曲に単純に演奏時間を足したというだけではなく、ひとつの作品として長い尺で聴かせるために曲を発展させていったことが重要です。
2021年のセルフカバーミニアルバム『HEAUTOSCOPY』にも、「空中分解」「エゴロック」「テレキャスタービーボーイ」がロングバージョンで収録されました。
60秒のボカロ曲として始まった作品が、長尺の楽曲となり、さらに本人自身の歌声でも届けられる。初期の短尺制作は、一度投稿して終わるものではなく、その後の作品づくりにもつながっていました。
すりぃの作詞作曲と音楽的な影響
すりぃの音楽には、ギターを中心としたロックの感触、耳に残るメロディー、言葉の響きを生かした歌詞、そしてポップな音と暗いテーマを組み合わせる表現があります。
こうした特徴は、単に幅広いジャンルを聴いてきたという説明だけでは見えてきません。本人が具体的に挙げている音楽や、実際の制作方法をたどると、曲の作り方がよりはっきりしてきます。
wowakaや畑亜貴らから受けた影響
すりぃは2022年のVOGUE JAPANのインタビューで、wowakaの「ワールズエンド・ダンスホール」を具体的な影響源として挙げています。
特に、同曲のギターフレーズやリズムが自分の音楽の土台になっていると語りました。
これは、単に好きなボカロ曲として紹介しているのではありません。自分の演奏や曲作りにつながっている音楽として、本人が明確に位置づけている作品です。
また、作曲家の田中秀和が手がけたWake Up, Girls!の楽曲「恋? で愛? で暴君です!」については、複雑なコード進行を用いながらポップなメロディーとして成立させている点を参考にしたと説明しています。
一方、歌ネットの「言葉の達人」では、マキシマム ザ ホルモンや畑亜貴、ボカロ音楽などから受けた影響についても語っています。
ギターやリズムの作り方、コードとメロディーの関係、言葉の扱い方。すりぃが挙げた影響源には、それぞれ異なる着眼点があります。
そのため、影響を受けたアーティスト名を並べるだけではなく、本人が何を参考にしたのかを分けて考えることが大切です。
語感とリズムから歌詞を組み立てる制作方法
すりぃの歌詞は、意味だけでなく、音としてどう響くかも大切にして作られています。
歌ネットのインタビューでは、歌詞を書く際に語感やリズムを意識し、伝えたい内容を曲に合う言葉へ落とし込む考え方を説明しています。
言いたいことを文章として先に完成させ、それをそのままメロディーに乗せるだけではありません。メロディーと一体になったときの言葉の響きが、曲作りの重要な要素になっています。
また、日常で耳にした言葉や気になった表現を記録しておくことも、作詞の材料になっているそうです。
歌詞の内容については、本人が抱える感情だけでなく、社会や人間関係を少し距離を置いた視点から捉えることもあります。
すりぃは、自分の楽曲にあるポップさと暗さの組み合わせについても語っています。明るい音だけを鳴らすのでも、重い言葉だけを並べるのでもなく、その対照を作品のなかで成立させようとしてきました。
さらに、VOGUE JAPANでは同じ楽器の同じ音のサンプルを繰り返し使い、曲を聴いたときにすりぃの音だと感じてもらえるよう意識していることも明かしています。
言葉のリズムと、繰り返し使う音の質感の両方から、自分の楽曲だと伝わる表現を考えてきたことが分かります。
映像制作でも、本人の考えをすべて指定して完成形を決めるのではなく、イラストレーターや映像クリエイターによる別の解釈を楽しんでいるそうです。
自分の考えを作品にすることと、他者の発想を受け入れること。60秒シリーズでコメントを制作の参考にした姿勢は、映像制作にも通じています。
「限りなく灰色へ」に込めた考えと制作の工夫
すりぃの制作思想が具体的に分かる作品の一つが、ゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』へ書き下ろした「限りなく灰色へ」です。
この楽曲の背景には、ゲームの登場人物である東雲絵名の物語があります。
絵を描くことへの思いや、他人から評価されることへの不安を抱える絵名の姿に、すりぃは自身の経験と重なるものを感じたといいます。
2022年のコロコロオンラインのインタビューでは、絵名が創作に関する悩みを相談しに来たとしたら、どのような言葉をかけるかという視点で曲を考えたことを明かしています。
登場人物の物語を外から眺めて曲を書くのではなく、その悩みに向き合うように言葉を考えたのです。
制作過程では、異なるサビを持つ2つの案を用意し、制作側へ提示したことも語っています。
また、サウンド面でも通常とは異なる構成に挑戦しました。音数を抑えた部分と、楽器が強く鳴る部分に差をつけることで、楽曲の感情の動きを表現しようとしています。
さらに、紙を丸める音を録音して楽曲に取り入れるなど、絵を描くという物語に結びつく音の工夫も行いました。
この作品からは、作詞と作曲だけでなく、物語の人物が抱える感情を、言葉・曲の構成・具体的な音まで使って表現する制作姿勢が見えてきます。
こうした手法をすべての作品で同じように用いているわけではありません。「限りなく灰色へ」は、作品ごとの条件に合わせて制作方法を変えるすりぃの一面を示す楽曲です。
ボカロPから本人歌唱のシンガーソングライターへ
匿名で始めたボカロPとしての活動は、やがて他のアーティストへの楽曲提供や、自分自身の声で歌う活動へ広がっていきます。
ただし、すりぃが本人歌唱へ進んだのは、ボカロを突然やめたという意味ではありません。ボカロ曲を作りながらセルフカバーにも取り組み、その後、自分が歌うことを前提にしたオリジナル作品へ進んでいきました。
楽曲提供とセルフカバーで広がった活動
すりぃはボカロPとして自分の作品を発表する一方で、他のアーティストへ楽曲を提供する作曲家としても活動を広げました。
代表的な提供作品の一つが、2020年に発表されたAdoの「レディメイド」です。さらに、ゲームやアニメ、他の歌手へ向けた楽曲制作も手がけるようになります。
ここでの活動は、ボカロ曲をそのまま別の人が歌うこととは異なります。歌い手や作品のために曲を書く、作家としての仕事です。
一方、自分の既存曲を本人の声で歌うセルフカバーにも取り組んでいました。すりぃが自身の楽曲を歌う動画は2018年以降にも存在するため、2021年になって初めて歌声を公開したわけではありません。
そのうえで大きな節目になったのが、2021年3月3日に配信されたミニアルバム『HEAUTOSCOPY』です。
この作品には、「空中分解」「エゴロック」「テレキャスタービーボーイ」「ジャンキーナイトタウンオーケストラ」「ビーバー」の5曲を、本人歌唱で新たに録音したバージョンが収録されました。
発売時に寄せた本人コメントでは、2018年に「空中分解」を制作していた頃、自分の作品なのに別の誰かが作っているような感覚があったことを振り返っています。
しかし、3年間活動を続けるなかで、自分の歩んできた姿に自信や誇りを持てるようになった。そして、過去を否定せずに受け入れようと思い、自分の声で作品を届けることにしたと説明しています。
『HEAUTOSCOPY』は、人気曲を集めたセルフカバー作品というだけではありません。匿名で始めた活動を、自分自身の歩みとして受け止め直した作品でもあったのです。
『グラデーション』で自分自身を歌うようになった
2023年には、本人歌唱を中心とするオリジナル作品へ活動が進みました。
同年3月に発表した「ジタバタ」は、従来のボカロ曲を歌い直すセルフカバーではなく、本人歌唱によるオリジナル楽曲として打ち出された作品です。
それまでの本人歌唱活動と区別するうえでは、最初に歌った作品というより、自分自身が歌うオリジナル作品を新たな活動の軸として示した点が重要です。
さらに同年には、オリジナルアルバム『グラデーション』を発表しました。
すりぃはMARZELのインタビューで、ボカロPとして制作するときは、世の中や人間関係を客観的に捉え、少し距離を置いた視点から曲を書くことが多かったと話しています。
それに対して『グラデーション』では、自分自身の考えや体験、悩みを、これまで以上に直接反映させようとしました。
もともと第三者の立場から物事を考えることが多かったため、自分の気持ちをそのまま歌詞にするのは簡単ではなかったそうです。
例えば、アルバム収録曲「花水木」では、悩んでいるときに誰かへ話を聞いてほしくても、必ずしも助言を求めているわけではないという感覚を表現しています。
また、音の制作方法も曲ごとに変えました。打ち込みによる制作を中心とした曲がある一方、生の演奏を取り入れて、人が楽器を鳴らすことで生まれる感触を作品に加えた曲もあります。
『グラデーション』という作品には、音楽的な幅広さだけでなく、明るさと暗さ、客観的な視点と個人的な感情が共存しています。
ボカロ曲の制作で磨いてきた表現方法を残しながら、自分の声で自分自身を描く。その変化が、シンガーソングライターとしてのすりぃの重要な一歩でした。
ライブ経験が変えた曲作りの視点
本人歌唱の活動が広がるなかで、すりぃはライブを行う機会も増やしていきました。
そこでは、インターネットへ楽曲を投稿する場合とは違う考え方が必要になります。
60秒シリーズでは、短い時間のなかで耳を引く展開を作ることが重要でした。しかしライブでは、観客が曲を聴き始めるまでの時間や、会場の空気が変化する瞬間も音楽の一部になります。
すりぃは、ライブを経験することで、イントロを長めにしたり、照明や演出と組み合わせて盛り上がる部分を考えたりするようになったと語っています。
短い時間で曲の特徴を伝えることと、会場で演奏の流れを作ること。同じ作曲でも、どこで、誰に届けるのかによって重視する部分が変わったのです。
また、ライブの経験によって、再生回数やコメントとして接していたリスナーを、目の前にいる人たちとして実感できるようになったことも話しています。
匿名のネット投稿から始まった音楽は、本人の歌声を通じて、観客と直接向き合う表現へも広がっていきました。
Aoooへの参加で再びバンド活動へ
2023年、すりぃはロックバンド・Aooo(アウー)のギタリストとして活動を始めました。
高校時代に『けいおん!』の影響でギターを始め、大学時代にはバンドで曲を作り、その後はひとりでボカロ曲を制作するようになったすりぃ。Aoooへの参加によって、再びメンバーと音を合わせる活動が音楽史に加わりました。
ツミキからの誘いと2023年のAooo結成
Aoooが生まれるきっかけになったのは、ツミキとベーシストのやまもとひかるが、ライブの打ち上げでバンドをやってみたいと話したことでした。
その後、ツミキが以前から親交のあったすりぃへ声をかけます。
すりぃが加わって3人が集まると、ボーカリストとして石野理子の名前が挙がり、スタッフを通じて参加の話が進みました。
こうして、石野理子(Vo)、すりぃ(Gt)、やまもとひかる(Ba)、ツミキ(Dr)の4人でAoooが結成されました。
石野理子が2024年のFLYING POSTMAN PRESSのインタビューで語ったところによれば、4人がまとまったのは2023年8月初め頃。その約1か月後の9月16日には、東京・Shibuya eggmanで初ライブを行っています。
初ライブへ向けて制作したオリジナル曲が「アパシー」です。スタジオでギターの音を鳴らし、メンバー同士でコードやリズムについて話し合いながら、ライブ直前に形にしたといいます。
この制作では、ひとりで完成させた楽曲を他の人に届けるのではなく、メンバーが同じ場所で演奏しながら曲を組み立てています。
すりぃにとっては、高校時代から経験してきたバンド演奏へ、ボカロPや作曲家として積み重ねた経験を持って戻ることになりました。
Aoooのメンバーが出会った詳しい経緯や、バンド名の由来、初ライブからメジャーデビューまでの歩みは、Aoooの結成史|4人の出会いから初ライブ、メジャーデビューまででたどることができます。
ギタリストとしての活動とソロ作品の関係
Aoooでのすりぃは、ギターを担当しています。
ソロでは自分の名前で曲を発表し、歌や制作全体を担う一方、Aoooでは石野理子の歌声、やまもとひかるのベース、ツミキのドラムとともに、バンドの音を作っています。
4人はそれぞれ、Aooo以前から異なる音楽活動を続けてきたメンバーです。すりぃのギターや作曲の経験も、バンドではほかのメンバーの表現と組み合わされます。
2024年に発表されたAoooの「サラダボウル」では、すりぃが作詞作曲を担当しました。異なる個性を持つメンバーが集まるバンドの姿を、楽曲として形にした作品です。
また、Aoooで活動を始めたからといって、ボカロPやソロアーティストとしての活動がなくなったわけではありません。それぞれの形で制作と演奏を続けています。
ソロでは自分の考えを中心に音楽を作り、バンドではほかのメンバーの発想や演奏と交わりながら作品を作る。同じすりぃの音楽でも、そこで生まれるものは異なります。
『けいおん!』を見てギターを始めた高校生が、友人とのコピー演奏から作詞作曲を覚え、バンド解散後には匿名のボカロPとして曲を発表するようになりました。
そして、60秒の楽曲を作り、他の歌手へ曲を提供し、自分の声でも歌うようになった後、再びバンドのギタリストとして活動するようになります。
すりぃの音楽は、最初から一つの活動形態に決まっていたわけではありません。ギターを弾きたいと思ったことから始まり、曲を作りたい、思いを表現したい、そしてほかの人と音を合わせたいという経験を重ねながら、その形を広げてきた音楽なのです。

