礼賛の結成史|サーヤと川谷絵音の出会いから初ライブまで

礼賛の結成史をテーマに、5人の人物イラストとレコード・音波を組み合わせ、「サーヤと川谷絵音の出会いから初ライブまで」と記した音楽雑誌風のビジュアル バンド
メンバー担当
CLR(サーヤ)ボーカル・作詞作曲
晩餐(川谷絵音)ギター
簸(木下哲)ギター
春日山(休日課長)ベース
foot vinegar(GOTO)ドラム

礼賛(らいさん)は、お笑いコンビ・ラランドのサーヤがCLR(クレア)名義でボーカルを務め、川谷絵音、木下哲、休日課長、GOTOとともに結成した5人組バンドです。

2021年12月に初音源「愚弄(DEMO ver.)」を発表し、2022年には初ライブとメジャーデビューを実現しました。

バンド結成の出発点には、川谷絵音がサーヤの歌に魅力を感じ、ヒップホップを軸にした新しいバンドへ誘ったことがありました。

ただし、5人がそのとき初めて出会ったわけではありません。

川谷と演奏陣には以前からライブハウスやレコーディングを通じた関係があり、そこへサーヤが加わることで、礼賛というバンドが形になっていきました。

今回は、サーヤと川谷絵音が音楽を通じてつながったきっかけから、メンバー5人が集まった経緯、初ライブ、デビュー、その後の音楽活動までをたどります。

音楽史の段階礼賛の歩み
結成前の音楽活動サーヤは学生時代から歌や音楽投稿に親しみ、川谷絵音ら演奏陣はそれぞれ別の音楽活動を重ねていた。
重要な出会い川谷の音楽プロジェクト「美的計画」でサーヤが歌唱。2021年9月ごろ、川谷が新しいバンドへの参加を誘う。
バンド結成・初音源2021年12月に礼賛を結成。同月25日に「愚弄(DEMO ver.)」を配信リリース。
メンバー公表・初ライブ2022年1月6日に5人の体制が明らかとなり、1月23日に下北沢ERAで初ライブ。
メジャーデビュー2022年7月29日、Atlantic Japanから「NO SWEAT」を配信リリース。
活動の拡大と転機2023年に1stアルバム『WHOOPEE』、2025年に初の日本武道館単独公演。2026年にはDaphnis recordsへ移籍。

サーヤの音楽経験と川谷絵音との出会い

礼賛の結成をたどるうえで欠かせないのが、サーヤが以前から音楽活動への関心を持っていたことと、川谷絵音との接点です。

サーヤがラランドとして知られるようになる以前から歌に親しんでいた一方、川谷は複数のバンドや音楽プロジェクトで活動していました。

家庭で聴いた音楽と、学生時代の歌唱・音楽投稿

サーヤは幼いころから歌うことが好きで、音楽をいつか自分の活動にしたいという気持ちを持っていました。

2024年のRolling Stone Japanのインタビューでは、中学・高校時代に漫才に取り組む一方、ゴスペルに近い歌唱も経験していたことを振り返っています。

大学時代にも音楽への関心は続き、音楽投稿アプリ「nana」を利用していました。

nanaでは、ほかのユーザーが公開したトラックやギター、ピアノの演奏に自分の歌を重ねるという形で音楽を楽しんでいたそうです。

歌っていたのはONE OK ROCK、宇多田ヒカル、クリープハイプ、ハナレグミ、Aimerなど、ジャンルを限定しないさまざまなアーティストの楽曲でした。

ヒップホップへの関心も強く、ラランドのライブではJJJの「wakamatsu」を出囃子に使用するなど、音楽をお笑いの活動にも取り入れていました。

また、礼賛で使用するCLRという活動名義は、ラッパーのBIMによって名付けられたものです。

ただし、この段階でサーヤが本格的なバンド活動やオリジナル楽曲の制作を経験していたわけではありません。

既存の伴奏に歌を重ねたり、フリートラックでラップをしたりする経験はあっても、バンドメンバーと一から楽曲を作ることは、礼賛で初めて本格的に取り組んだ活動でした。

本人は、先にお笑い芸人としての活動を確立してから音楽へ挑戦したいとも考えていました。

音楽を始めたい気持ちがありながら、その時期を探していたところへ、川谷絵音との出会いが訪れます。

美的計画での共演からバンドの構想へ

サーヤと川谷絵音の最初の接点は、バンドのスタジオや音楽イベントではありませんでした。

サーヤによると、川谷がラランドのM-1グランプリ予選動画に反応したことが、交流のきっかけだったそうです。

その後、サーヤがお笑いライブで川谷に楽曲制作を依頼したいと話したことがニュースになり、そのやり取りを経て、川谷の音楽プロジェクト「美的計画」に参加することになりました。

美的計画は、川谷がさまざまな歌い手を迎えて楽曲を制作するプロジェクトです。

サーヤにとっては、以前から関心のあった音楽活動を、プロの制作環境で経験する機会になりました。

川谷は、サーヤと実際にレコーディングをした際、その歌唱力に強い印象を受けたと語っています。

さらに、サーヤなら歌詞やメロディも自分で作れるのではないかと考え、継続的に一緒に音楽を作る可能性を感じたそうです。

美的計画での共演に関連して、休日課長もサーヤの歌を実際に聴く機会を得ていました。

休日課長は後年のインタビューで、初めて共演した際にサーヤの歌のうまさが印象に残ったことを振り返っています。

サーヤ自身も、美的計画での制作が楽しく、一曲だけで関係が終わってしまうことを残念に感じていました。

川谷が新しい音楽活動の可能性を感じ、サーヤも音楽を本格的に始めたいと思っていたことが、その後のバンド結成につながっていきます。

川谷絵音からの誘いと礼賛の結成

美的計画での共演から、新しいバンドの話が具体的に動き出したのは2021年です。

礼賛が結成された理由は、単にサーヤと川谷が知り合いだったからではなく、サーヤの歌と作詞作曲の可能性を生かした、ヒップホップ系の生バンドを作ろうという川谷の構想にありました。

2021年、DMで届いたバンド結成の誘い

美的計画での仕事を終えたあと、川谷からサーヤへ、新しいバンドのボーカルを務めないかという誘いが届きました。

連絡手段はSNSのダイレクトメッセージでした。

2023年のEYESCREAMのインタビューで、サーヤは当時のDMを振り返り、その時期が2021年9月ごろだったと説明しています。

川谷が考えていたのは、ラップや歌をトラックに乗せるだけではなく、実際のバンド演奏を中心に据えたヒップホップでした。

サーヤは以前から音楽活動を始めたいと考えており、美的計画での共演にも手応えを感じていました。

そのため、バンドの誘いには前向きに返事をしたと語っています。

2023年のRolling Stone Japanのインタビューでは、この結成の始まりを次のように振り返っています。

令和らしく、DMからでした(笑)。

出典:Rolling Stone Japan「礼賛ロングインタビュー サーヤ、川谷絵音と猛者たちが化学反応を語り合う」

川谷からの誘いを受けたサーヤは、新しいバンドへ参加することを決めました。

そこから先は、川谷が演奏メンバーを集める段階へ進みます。

サーヤ自身が一人ずつメンバーを探したのではなく、川谷が以前から持っていた音楽仲間との関係を生かして、編成が決まっていきました。

GOTO・木下哲・休日課長が集まった経緯

礼賛の演奏陣は、川谷絵音が新たにゼロから探し出したミュージシャンではありません。

川谷、木下哲、休日課長、GOTOは、礼賛以前から音楽活動やレコーディングなどを通じて接点がありました。

川谷と休日課長は、ゲスの極み乙女。などで活動してきた間柄です。

木下哲については、川谷が下北沢ERA周辺のライブシーンで活動していたころから知っていたギタリストで、以前所属していたバンド「Menoz」の時代からその演奏に注目していたと語っています。

GOTOについても、川谷は下北沢のライブシーンで活動していた時代から知っており、その後はDADARAYなどで一緒に演奏する機会がありました。

また、礼賛結成前には、サーヤ以外の演奏メンバーが楽曲提供のレコーディングで集まる機会も多く、LINEのグループで連絡を取り合う関係ができていたそうです。

そのため、川谷が新しいバンドを始めようとした際、演奏メンバーを集めるまでの流れは比較的速いものでした。

サーヤは、川谷からの誘いを受けた翌日にはドラムのGOTOが決まっていたと振り返っています。

その後もメンバー決定の連絡が届き、5人が揃うとグループLINEが作られました。

川谷は2026年のBillboard JAPANのインタビューで、木下やGOTOを含む演奏陣について、以前から同じライブハウスに通っていた仲間であり、信頼できる顔ぶれだったと説明しています。

つまり、礼賛は、サーヤを中心に演奏家を無作為に集めたグループではありません。

サーヤと川谷の新しい音楽的な関係に、川谷が以前から築いてきた演奏仲間とのつながりが重なったことで、5人のバンドが成立しました。

川谷が構想していた生バンドによるヒップホップへ、ギター2本、ベース、ドラムという編成を組み合わせたことも、礼賛の音楽を形づくる重要な選択でした。

メンバー5人が揃い、初ライブへ

メンバーが揃ったあと、礼賛は最初の音源制作とライブへ向けて動き出しました。

サーヤにとっては本格的なバンドでの作詞作曲が始まる一方、ほかの4人にとっても、従来の活動とは異なる音楽を試す機会になりました。

2021年12月の結成と初音源「愚弄」

礼賛の結成時期は、2021年12月です。

同年12月25日には、初音源「愚弄(DEMO ver.)」を配信リリースしました。

この曲は、メンバーがスタジオで一緒に音を出しながら生まれた、礼賛の最初のオリジナル楽曲です。

2023年のRolling Stone Japanのインタビューで川谷は、初めてスタジオに集まってセッションをした際、サーヤから「愚弄」のメロディと歌詞が出てきたことを振り返っています。

サーヤは当初、経験豊富な演奏陣に囲まれる状況に緊張していました。

そのなかで、メンバーが作る演奏を聴きながら歌詞やメロディを考え、自分の歌を加えていきました。

川谷にとっても、礼賛はそれまでの自身のバンドと制作上の役割が異なっていました。

自ら楽曲の歌詞やメロディをすべて主導するのではなく、サーヤがどのような歌を乗せるのかを待ち、その予想外の展開を楽しむ制作方法だったためです。

「愚弄」の楽曲クレジットでは、作詞をCLR、作曲をCLR・晩餐・簸・春日山・foot vinegarの5人が担当しています。

これは、サーヤが言葉と歌を担い、5人で楽曲を作り上げる礼賛の基本的な制作スタイルが、最初の作品から表れていたことを示しています。

初音源は完成したアルバムではなく、デモバージョンとして発表されました。

サーヤによると、まず聴いてもらうために川谷の提案でデモの状態から公開し、その後ライブを重ねるなかで歌い方やアレンジが変化していったそうです。

礼賛の最初の音がどのようなものだったのかは、2021年12月に公開された公式のリリックビデオで確認できます。

デモ音源を先に公開してから活動を始めたことで、ライブ経験を重ねる前の5人の演奏と歌唱が、初期の作品として残ることになりました。

2022年1月、下北沢ERAでの初ライブ

初音源の発表から間もない2022年1月6日、礼賛を構成する5人のメンバーが公表されました。

それまでボーカルのCLRとして活動していたサーヤに加え、ギターの晩餐(川谷絵音)と簸(木下哲)、ベースの春日山(休日課長)、ドラムのfoot vinegar(GOTO)が参加していることが明らかになりました。

川谷絵音や休日課長はゲスの極み乙女。など、木下哲やGOTOも別のバンドや音楽活動で経験を積んできたミュージシャンです。

こうして5人の顔ぶれが明らかになった礼賛は、同年1月23日、東京・下北沢ERAで開催されたイベント「DEATH DEVIL KID 87」に出演し、バンドとして初ライブを行いました。

共演したのは、ASOBOiSMとSouth Penguinです。

この下北沢ERAという会場には、礼賛の演奏メンバーにとって以前からの意味がありました。

川谷が木下哲やGOTOを知るきっかけとなったのも、かつての下北沢のライブシーンでした。

川谷は以前から、木下のギター演奏やGOTOの独特なドラム演奏に注目しており、のちにさまざまな楽曲制作の場で共演することになります。

そうした関係を持つメンバーが、新しいボーカルを迎えたバンドとして最初に立った場所が、下北沢ERAだったのです。

サーヤはEYESCREAMのインタビューで、初めてスタジオに入った際に川谷がライブの日程を先に決め、会場を押さえたことを振り返っています。

曲を作ってからいつかライブをするのではなく、先に演奏する日を決めて動き始める方法でした。

2021年12月の初音源発表から、翌2022年1月のメンバー公表と初ライブまで、礼賛は短い期間で本格的なバンド活動を始めました。

メジャーデビューと5人での楽曲制作

初ライブを終えた礼賛は、音源制作とライブ活動を並行して進めていきました。

初期に発表したデモ音源を通じてバンドの音を届けながら、2022年夏にはメジャーデビューを迎えます。

「NO SWEAT」でのメジャーデビュー

礼賛がメジャーデビューしたのは、2022年7月29日です。

ワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルAtlantic Japanから、デジタルシングル「NO SWEAT」をリリースしました。

ここで整理しておきたいのは、礼賛にはメジャーデビュー以前から音楽活動の実績があったことです。

2021年12月の「愚弄(DEMO ver.)」が最初の配信作品で、2022年1月にはすでに初ライブを行っていました。

したがって、「NO SWEAT」は礼賛にとって最初の音源ではなく、メジャーレーベルから発表した最初のシングルにあたります。

メジャーデビュー後も、サーヤがボーカルと作詞・メロディ制作を担い、演奏メンバーが楽曲の土台を作るという関係は続きました。

礼賛の音楽は、川谷の作曲した曲をサーヤが歌うだけの形ではありません。

演奏陣が作った音にサーヤが歌詞とメロディを加えたり、サーヤが作りたい曲のテーマを示して演奏を組み立てたりするなど、楽曲に応じて制作の進め方が変化していました。

サーヤにとっては、音楽経験が豊富な演奏陣のなかで、自分の言葉を音楽にしていく経験が重なっていきます。

一方の川谷も、自分がすべての歌詞とメロディを主導しないバンド活動に、新しい感覚を持っていたと語っています。

1stアルバム『WHOOPEE』と礼賛の制作スタイル

2023年1月18日、礼賛は1stアルバム『WHOOPEE』をリリースしました。

初期の楽曲制作とライブを通じて形になった、礼賛の最初のアルバムです。

サーヤはEYESCREAMのインタビューで、スタジオではメンバーがトラックを作るのを聴きながら歌詞を書いたり、自分が描きたいテーマを川谷に伝えたりしていたと話しています。

曲の土台ができると、歌詞やメロディを仕上げて次のレコーディングへ進むこともあり、作品は比較的速いペースで制作されていました。

アルバムに収録された「TRUMAN」は、サーヤが好きな映画『トゥルーマン・ショー』を題材として制作した曲です。

サーヤは、映画の設定と自分が芸能活動のなかで感じてきたことを重ね、作品のテーマを歌詞へ取り入れたと語っています。

また「Mine」では、自身の経験や考え方を率直に表現することを意識していました。

このように、音楽的な編成だけでなく、サーヤ自身の経験や感情が楽曲の言葉になっていくことも、礼賛の制作スタイルの特徴です。

川谷は2026年のBillboard JAPANのインタビューで、サーヤが思いがけない歌詞やメロディを乗せてくることによって、自分の従来の制作方法が変わる面白さを語っています。

その話のなかで、礼賛というバンドの制作について次のように表現しました。

礼賛は、みんなで作り上げるという自由さがあるなと思うんですよね。

出典:Billboard JAPAN「礼賛 予測不能の化学反応――ミニアルバム『キラーパス』で更新される、5人の“バンドマジック”」

サーヤが一人で作った楽曲をほかのメンバーが演奏するのではなく、メンバーの演奏や発想を受けて、サーヤが新たなメロディや言葉を加えていく。

その関係は、アルバム制作を重ねても礼賛の中心に残っています。

川谷以外の演奏メンバーにも、それぞれ別の音楽活動で培ってきた演奏の個性がありました。

例えば木下哲のギターは、細かな音色やフレーズを工夫した演奏が特徴的で、GOTOのドラムにも変則的なリズムを取り入れる発想があります。

休日課長も、ベースの役割を単に低音で支えることへ限定せず、楽曲に応じた演奏を加えていました。

そうした演奏をサーヤの歌とラップが受け止めることで、礼賛の曲は、ヒップホップという出発点にとどまらない形へ広がっていきました。

礼賛が積み重ねたライブ活動と音楽上の転機

礼賛は『WHOOPEE』以降も、音源制作とライブ活動を重ねていきました。

結成時からの5人の編成を軸に、演奏を積み重ねたことが、次の大きな舞台へつながっていきます。

ライブ活動の拡大と日本武道館公演

2022年1月、下北沢ERAで初めてライブを行った礼賛は、その後も各地のライブハウスや音楽イベントへ出演しました。

2023年の1stアルバム『WHOOPEE』に続き、2025年2月には2ndアルバム『SOME BUDDY』をリリースしています。

『SOME BUDDY』の制作時には、バンドとしてのライブ経験が増え、演奏メンバー同士の関係もさらに深まっていました。

音楽ナタリーのインタビューで川谷は、ライブを重ねるなかでバンドが成長してきたことを振り返っています。

サーヤも、バンド活動を通じて初めて訪れるライブ会場や、ほかのメンバーから学ぶことが多いと話していました。

結成当初は本格的なバンド制作の経験がほとんどなかったサーヤにとって、スタジオでの作曲だけでなく、ステージで歌い続けることも新しい経験の積み重ねだったのです。

2025年には全国ツアー「NICE BUDDY」を開催し、ライブ活動の規模を広げました。

そして同年11月6日、礼賛は初めて日本武道館で単独公演を開催しました。

2021年12月の結成から、およそ4年で実現した武道館公演です。

最初のライブ会場だった下北沢ERAから、日本武道館へ。

ライブ経験を重ねながら大きな舞台へ進んだことは、礼賛にとってバンドとしての活動が一つの節目を迎えた出来事でした。

この公演では、初期から制作してきた楽曲に加え、その後のアルバムやライブ活動を通じて生まれた曲も演奏されています。

結成時には異なる活動歴を持っていた5人が、同じバンドとして演奏を重ねてきた時間が、一つのステージに集まりました。

新たな制作体制へ進んだ2026年

日本武道館公演を経た礼賛は、2026年に活動上の新たな転機を迎えました。

川谷絵音がSony Music Labels内に設立したレーベル「Daphnis records(ダフニスレコーズ)」への移籍です。

同年2月18日には、移籍後の作品となるミニアルバム『キラーパス』を配信リリースし、3月18日にはCDでも発売しました。

川谷、サーヤをはじめとするメンバー5人は、この作品をめぐるインタビューで、バンドとして一緒に曲を作ることの面白さを改めて語っています。

その制作方法は、最初から完成形のメロディが決まっているものではなく、演奏の土台にサーヤの歌詞やメロディが加わり、そこからさらにメンバーが演奏を組み立てるというものでした。

初音源「愚弄」を作ったころの、演奏にサーヤの言葉と歌が重なる制作方法は、その後も変わらず大切にされていました。

2026年9月にはTOYOTA ARENA TOKYOで結成5周年記念公演「5×5」も開催しました。

2021年に川谷からのDMで始まったバンドの構想は、5人での初音源、下北沢ERAでの初ライブ、メジャーデビュー、アルバム制作、日本武道館公演を経て、さらに大きなステージへ進んでいます。

礼賛の始まりをたどると、サーヤの音楽への思いと、川谷絵音が以前から築いてきた音楽仲間との関係が、結成の重要な土台になっていたことが分かります。

その5人が最初に集まり、演奏へサーヤの歌とメロディを重ねて生まれた曲こそ、2021年12月に発表された「愚弄(DEMO ver.)」でした。

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