KAITO(髙橋海人)の音楽ルーツ|ダンス少年からソロ始動まで

KAITO(髙橋海人)の音楽ルーツを、ダンス、レコード、ステージと後ろ姿の人物でたどる構成 メンバー個人
項目プロフィール
ソロ名義KAITO
氏名髙橋海人(Kaito Takahashi)
生年月日1999年4月3日
出身地神奈川県
主な音楽活動King & Prince/KAITO

King & Princeの髙橋海人が、2026年10月に「KAITO」名義でソロ音楽活動を始動しました。

KAITOは別人でも、髙橋海人からの改名でもありません。ソロ始動時の公式プロフィールでは、「King & Princeのメンバー髙橋海人のソロ名義」と明確に位置づけられています。

ただ、KAITOの音楽を1stデジタルシングル「swim?」からだけ見始めると、その背景にある長い時間を見落としてしまいます。

髙橋海人の表現の原点にあるのは、幼いころから続けてきたヒップホップダンスです。姉の踊りを真似した少年が、ダンサーを目指し、やがてアイドルとなり、歌を研究し、曲を作る側へ進んでいきました。

KAITOの始まりをたどると、その道は幼少期のダンスからKing & Princeでの楽曲制作まで、一本につながっています。

音楽史の段階KAITO(髙橋海人)の歩み
ダンスとの出会い姉のよさこいを真似したことから踊ることに興味を持ち、父の影響でヒップホップダンスを始める
本格的なダンスキッズダンサーとして活動し、中学生になるとs**t kingzのNOPPOに学ぶ
アイドルへの転換2013年に事務所入り。ダンスの道と向き合いながらJr.として活動する
King & PrinceMr.King vs Mr.Prince、Mr.KINGを経て、2018年5月23日に「シンデレラガール」でCDデビュー
「創る」側へKing & Princeの作品制作に深く関わり、作詞・作曲にも参加する
KAITO始動2026年10月にソロ活動を始動し、1stデジタルシングル「swim?」を発表する

姉のよさこいから始まったヒップホップダンス

髙橋海人の音楽ルーツをたどるうえで、最初に出てくるのは歌ではなくダンスです。

出身地の神奈川県平塚市では、七夕まつりでよさこいが披露されます。幼いころ、姉がその練習に通っており、髙橋海人は姉が踊る姿を見ながら、その動きを真似していました。

そこから「自分もやりたい」と興味を持ったことが、長く続くダンスとの最初の接点になります。

保育園年長でヒップホップへ――父の音楽が最初の入口

ダンスを始めるときに方向を決めたのが、ヒップホップ好きだった父でした。

「海人にやらせるならヒップホップだ」

出典:TOKYO FM「木村拓哉 Flow」『Flow 第二百十四回目「拓哉キャプテン × King & Prince 髙橋海人・神宮寺勇太」Part1』

保育園年長ごろからヒップホップダンスを始めた髙橋海人にとって、父が好きだった音楽は、自分自身が表現する音楽へ入っていく入口にもなりました。

2026年にKAITOとして自分の音楽ルーツを振り返った際にも、幼いころから聴いてきた音楽としてヒップホップを挙げています。

姉のよさこいを真似したことと、父が好きだったヒップホップ。この2つが髙橋海人の表現の原点でした。

NOPPOに学び、ダンスで生きる未来を描いた

髙橋海人はキッズダンサーとして本格的に活動し、大会にも出場していきます。全国大会で優勝を経験したことも本人の出演番組で語られており、2012年の「スーパーキッズFINAL」にはF4のメンバーとして出場した記録も残っています。

そして中学生になると、大きな存在となったのがダンスパフォーマンスグループs**t kingzのNOPPOでした。

髙橋海人はNOPPOを師匠としてダンスを学びます。2024年の「s**t kingz Fes 2024 ももたろう」で師弟共演した際には、約12年間生徒として学んできたことにも触れていました。

当時の夢は、アイドルになることではありません。本人が振り返っているのは、ダンスの世界大会に出たり、NOPPOのような振付師になったりする未来です。

つまり、のちにKing & Princeとして知られる髙橋海人は、もともと「ダンスで生きていきたい」と考えていた少年でした。

ダンサー志望からアイドルへ――Jr.加入とMr.KING

ダンスを中心に将来を考えていた髙橋海人にとって、芸能事務所のオーディションは、自分から望んで選んだ道ではありませんでした。

母からオーディションへ行くことを伝えられたときには、ダンスを続けたい気持ちから反発したことを本人が明かしています。

「ダンスで生きたい」少年がオーディションへ

2013年に事務所へ入ったあとも、髙橋海人の中ではすぐに「アイドルとして生きていく」という気持ちへ切り替わったわけではありませんでした。

Jr.として舞台に立つ一方でNOPPOのダンス発表会にも出演し、「またダンスの世界に戻れるのだろうか」と考えていた時期があったことを、TOKYO FMの『木村拓哉 Flow』で振り返っています。

転機になったのは、舞台を見たファンから受け取った手紙でした。

自分の笑顔やダンスが誰かの生活の支えになっていることを知り、髙橋海人は「人のためにできる仕事」としてアイドルを捉えるようになります。

ダンスを捨ててアイドルになったのではありません。踊る理由が、自分の夢だけではなく、見てくれる人へも広がっていった時期だったと考えると、その後の活動へのつながりが見えやすくなります。

2015年、Mr.King vs Mr.PrinceからMr.KINGへ

2015年、テレビ朝日のイベント「テレビ朝日・六本木ヒルズ 夏祭り SUMMER STATION」の公式応援サポーターとして、Jr.内ユニットMr.King vs Mr.Princeが誕生しました。

メンバーは、平野紫耀・永瀬廉・髙橋海人の「Mr.King」と、岩橋玄樹・神宮寺勇太・岸優太の「Mr.Prince」の6人です。

その後、髙橋海人は平野紫耀、永瀬廉とMr.KINGとして活動。幼少期から培ってきたダンスは、アイドルとしてステージに立つうえでも大きな軸になっていきました。

ダンサーを目指していた少年が、ここでグループの一員として歌い、踊り、観客へ表現を届ける道へ本格的に進んでいきます。

King & Princeで広がった「歌う」「創る」という表現

髙橋海人の音楽史にとって、King & Princeは単に「デビューしたグループ」というだけではありません。

長く得意としてきたダンスに加えて、歌、作品の世界観、作詞、作曲へと、自分が関わる表現の範囲を広げていった場所でもあります。

2018年「シンデレラガール」でCDデビュー

King & Princeは、2018年5月23日に1stシングル「シンデレラガール」でCDデビューしました。

キッズダンサーからJr.へ進んだ髙橋海人にとって、ここが音楽活動の大きな節目です。

一方で、その後の歩みを見ると、髙橋海人の役割は「歌って踊るメンバー」だけにとどまっていません。

歌を研究し、定期的なボイストレーニングへ

ダンス歴の長さに比べると、歌については後から向き合い方が変化しています。

KAITO始動時のインタビューでは、以前は「歌が上手くなりたい」と思ってボイストレーニングへ行っても、何度か通って終わってしまうことがあったと振り返っています。

しかし数年をかけて、自分の声や歌い方を研究し、定期的にボイストレーニングへ通うようになりました。曲ごとにどのような歌い方が自分に合うのか、どうすれば人へ届くのかまで考えるようになったといいます。

これは、幼少期から身体で身につけてきた「踊る」という表現に、「歌う」という表現を自分で掘り下げていった時間でもありました。

『Re:ERA』で作詞・作曲まで担う

さらに大きな変化が、King & Princeの作品を「作る側」へ深く入っていったことです。

2024年の6thアルバム『Re:ERA』では、1曲目の「Odyssey」で髙橋海人が作詞を担当し、UTAとともに作曲。続く「WOW」でも、UTA、三浦大知とともに作曲者としてクレジットされています。

さらに「WOW」は三浦大知が振り付けを手がけ、Music Videoには髙橋海人が『Re:ERA』のために描き下ろしたキャラクターも登場しています。楽曲だけでなく、アルバム全体の世界観まで含めて制作へ関わっていたことが見える作品です。

本人によれば、King & Princeとしてアルバムを作る際には、まず世界観を考え、そこから必要な曲を考えたり、自ら作詞作曲をしたりするなど、数年にわたって楽曲制作へ全面的に関わってきました。

「俺は“創る”ってこと自体がすごく好きなんだ」

出典:Billboard JAPAN「<インタビュー>King & Prince髙橋海人、KAITOとしてソロ始動 1stシングル『swim?』で見せる決めつけない自分」

この気づきが、KAITOへ向かう重要な分岐点になります。

King & Princeの作品では、グループがどう見られているか、何を求められているか、何を見せたいかを考えて作る。その経験を重ねるうちに、髙橋海人の中に「自分自身だけを材料にしたら、どんな音楽が生まれるのか」という興味が生まれました。

KAITOは、King & Princeとは別の場所から突然始まった活動ではなく、グループで「創る」経験を積んだ先に生まれたソロ名義でした。

KAITOとしてソロ始動――自分の音楽を作るところへ

2026年10月3日、King & Princeの公式アカウントから、髙橋海人が「KAITO」としてソロ活動を始動することが発表されました。

この「KAITO」は、King & Princeから離れるための名前ではありません。始動時の公式プロフィールでも、King & Princeのメンバー髙橋海人のソロ名義として紹介されています。

ヒップホップ、ロック、J-POPが自分のルーツ

ソロを考え始めた髙橋海人は、あらためて自分がどんな音楽を通ってきたのかを振り返りました。

本人が挙げた流れは、幼いころから聴いてきたヒップホップ、途中で好きになったロック、大人になってあらためて好きになったJ-POPです。

ここで、幼少期のダンス経験とKAITOがつながります。

父の影響で触れたヒップホップは、最初は「踊るための入口」でした。その後、ロックやJ-POPも自分の中に入り、King & Princeでは歌や楽曲制作まで経験するようになります。

その複数のルーツを持つ自分が、グループという枠をいったん外して自由に音楽を作ったらどうなるのか。その好奇心からKAITOのプロジェクトが動き始めました。

だからKAITOを特定のジャンルだけで説明するのは難しく、本人自身も自分の表現を一つのジャンルへ決めつけることを好んでいません。

「swim?」は作詞作曲からMVまで自ら携わった一曲

KAITOとして最初に発表した作品が、2026年10月5日配信の1stデジタルシングル「swim?」です。

この曲では、歌うだけではなく、作詞・作曲、アートワーク、Music Videoを含むクリエイティブ全般にKAITO自身が関わっています。

歌詞制作では、友人でラッパーのBBY NABEと自宅で一緒に言葉を考え、その後に髙橋海人自身がブラッシュアップしました。

「最初のソロ曲だから」という理由だけで作品を並べるのではなく、ここで重要なのは、「swim?」がそれまで身につけてきた表現を自分でまとめ上げた作品だという点です。

Music VideoもKAITO自身がクリエイティブに関わり、マレーシアで撮影されました。

幼いころから身体で音楽を表現してきた髙橋海人が、歌、言葉、曲、映像まで含めて自分の表現を組み立てた地点が「swim?」です。

King & PrinceとKAITO、2つの表現はどう違うのか

髙橋海人本人が語る両者の違いで大きいのは、音楽を作るときの出発点です。

King & Princeでは、グループとして求められているものや、永瀬廉と2人だからできる表現を考えながら作品を作ります。

一方のKAITOでは、「自分なら何を作るのか」という問いから始められる。生まれる言葉やメロディーも、King & Princeを思って作る場合とは違ってくると本人は話しています。

それでも、2つの活動は切り離されたものではありません。

姉のよさこいを真似した幼少期。父から受け取ったヒップホップ。NOPPOに学んだダンス。アイドルという道を選ぶきっかけになったファンの手紙。King & Princeとして積み重ねた歌と楽曲制作。

それらを通ってきたからこそ、「自分自身を使って何を作れるのか」という問いが生まれました。

KAITOというソロ名義だけを見ると、物語は2026年から始まったように見えます。

けれど音楽の原点まで戻れば、その始まりはずっと前です。

姉の踊りを真似していた少年がヒップホップと出会い、ダンサーからアイドルへ進み、やがて自分で音楽を「創る」ようになった。その時間の先に生まれた名前がKAITOです。

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