| メンバー | 担当 |
|---|---|
| はっとり | ボーカル・ギター |
| 高野賢也 | ベース・コーラス |
| 田辺由明 | ギター・コーラス |
| 長谷川大喜 | キーボード・コーラス |
「なんでもないよ、」「恋人ごっこ」「ブルーベリー・ナイツ」などの楽曲で知られるロックバンド、マカロニえんぴつ。
結成のきっかけは、2012年、音楽大学に入学したはっとりが、自分のバンドを作ろうと学内で仲間を探し始めたことでした。
当時のはっとりは、すでに高校時代から曲を書いていました。大学で出会った田辺由明と高野賢也を誘い、後に長谷川大喜が加入したことで、現在知られる4人の関係が生まれていきます。
しかし、その音楽の始まりをさらにさかのぼると、保育園で歌っていた子ども向けの曲や、父親と一緒に演奏した高校時代へとたどり着きます。
大学でのメンバーとの出会い、意外なバンド名の由来、ドラマーの脱退をきっかけに変わった曲作り。そして、学生時代のバンドがメジャーデビューし、大きな舞台へ進むまでの歩みをたどります。
| 音楽史の段階 | マカロニえんぴつの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | はっとりが幼少期から歌やロックに親しみ、高校時代にはオリジナル曲を制作 |
| 結成 | 2012年、音楽大学ではっとりを中心にバンドを結成 |
| 初期活動 | 2015年、初の全国流通盤『アルデンテ』を発売 |
| 編成の転機 | 2017年、ドラマーのサティが脱退し、4人体制で『CHOSYOKU』を制作 |
| メジャーデビュー | 2020年、トイズファクトリーから『愛を知らずに魔法は使えない』を発売 |
| 認知拡大 | 2021年、「なんでもないよ、」がヒットし、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞 |
はっとりの音楽の原点は保育園と高校時代にあった
マカロニえんぴつの結成を中心となって進めたのは、ボーカル・ギターのはっとりです。
ユニコーンや奥田民生から影響を受けたことで知られていますが、本人が後年振り返った音楽の原点は、それよりも幼いころの歌の体験にありました。
保育園で出会った「トラや帽子店」の歌
はっとりが通っていた保育園では、毎日のように歌を歌う時間がありました。
そこで親しんでいたのが、子ども向けのオリジナルソングを演奏するグループ「トラや帽子店」の音楽です。
保育園では同グループの歌を歌うだけでなく、コンサートへ足を運ぶ機会もあり、幼いころからその音楽を身近に感じていました。
特に好きだったのは「虹」と「この指とまれ」という曲です。
中学生になってから懐かしく思い、改めて歌詞カードを読んだところ、子ども向けの歌でありながら深い内容を持っていることに驚いたといいます。
2019年のBIG UP!zineのインタビューでは、母親から幼少期の音楽体験を指摘されたことで、その影響の大きさを思い出したと話しています。
歌うことの楽しさを教えてくれた経験が大きい気がしますね。
出典:BIG UP!zine「マカロニえんぴつのはっとりが語るバンドと音楽にかける思い」
後年、音楽ナタリーのインタビューでも、ユニコーン、スピッツ、aiko、家族から親しんだ音楽などを挙げたうえで、ポップスという面では「トラや帽子店」が大きなルーツになっていたのかもしれないと語っています。
マカロニえんぴつの音楽にある、歌そのものを大切にする感覚について、本人が具体的に挙げている幼少期の経験です。
父親のバンドと高校時代のオリジナル曲
家庭でも音楽は身近な存在でした。
父親はハードロックやヘヴィメタルのバンドでボーカルを務めていた経験があり、家ではロックだけでなくクラシックも流れていたといいます。
中学生になると、はっとり自身もギターを手に取り、ロックバンドの楽曲を演奏するようになります。
本人は2020年の音楽ナタリーで、スキマスイッチがテレビ番組でユニコーンを紹介していたことをきっかけに、その音楽に出会ったと振り返っています。
ユニコーンのさまざまなミュージックビデオを見て、同じバンドなのに曲によってまったく違う音楽を演奏していることに驚きました。
それまで持っていた、バンドには決まった音楽性があるものだという考えが変わり、その日のうちに父親へギターを買ってほしいと頼んだそうです。
ユニコーンとの出会いは、ギターを手に取り、自分もバンドをやりたいと考える具体的なきっかけになりました。
高校1年生になると、学校の文化祭でバンドメンバーを募集していることを知り、演奏へ参加します。
2019年のch FILESのインタビューでは、その文化祭が初めて人前で歌った経験だったと語っています。
その後は学校が終わると自宅へ帰り、DTM(パソコンなどを使った音楽制作)で曲を作り、ライブハウスで演奏する生活を送るようになりました。
高校時代に組んでいたバンドでは、DOESや9mm Parabellum Bulletを思わせる、重いギターリフを使ったオリジナル曲を演奏していました。
また、自分のバンドと並行して父親のバンドでギターを弾いていた時期もあります。
一方、高校時代からユニコーンや奥田民生、くるり、エレファントカシマシなどの音楽も好んでいました。
そのため、当時のバンドで演奏する激しい曲とは別に、奥田民生のような歌を中心とした曲も趣味で作っていたといいます。
この高校時代に作っていた歌もののデモが、後にマカロニえんぴつを結成する際、メンバーへ最初に聴かせる音源になりました。
つまり、バンドが成立したのは大学時代ですが、そこで演奏したかった音楽の原型は、はっとりが高校生のころから作り始めていたのです。
2012年、音大でマカロニえんぴつが結成された
高校時代のバンドは大学進学のタイミングで解散しました。
はっとりが進学したのは、神奈川県にある洗足学園音楽大学です。
父親は経済的な事情から音大進学を諦めた経験があり、息子には音楽を学べる大学へ進んでほしいと考えていました。
はっとり自身も、大学へ入ったら新しいメンバーを見つけ、高校時代とは違う、歌を中心とした明るい音楽を演奏しようと考えていました。
はっとりが田辺と高野を誘った具体的なきっかけ
大学へ入学したはっとりは、バンドを組めそうな学生を探し始めました。
2020年の日刊SPA!のインタビューでは、大学のオリエンテーションでほかの学生の様子を見ながら、担当していそうな楽器を考えていたと話しています。
ギターを背負っている学生ならギタリストだと分かるため、まずはギターとベースを担当する仲間を探しました。
その中で出会った一人が、ギターの田辺由明です。
はっとりは田辺がフライングVという形のエレキギターを使い、マイケル・シェンカーの曲を演奏している姿に興味を持ちました。
田辺のギター演奏に注目したはっとりは、一緒にバンドをやろうと声をかけます。
その際、田辺に聴かせたのが、高校時代から作りためていたデモ音源でした。
すでに自分の曲を持っていたはっとりが、それを演奏してくれる仲間を大学で探していたことが、結成の重要な出発点でした。
ベースの高野賢也との出会いも、大学の中で起きた何気ない出来事でした。
高野は大学の図書館で譜面を印刷していた際、はっとりからバンドへ誘われたと振り返っています。
特別なオーディションを行ったわけではなく、学内で音楽に取り組んでいる学生へ直接声をかけながら、メンバーを集めていったのです。
mixiでのつながりから長谷川大喜が加入
キーボードの長谷川大喜は、2012年の最初の結成時点から正式メンバーだったわけではありません。
当初、キーボードは大学の先輩がサポートしていました。
ところが、その先輩が自分のバンドで活動することになり、キーボードを担当する新しい仲間が必要になります。
そこで高野が声をかけたのが長谷川でした。
実は、2人は大学入学前からSNSのmixiでつながっていました。
長谷川は入学前に友達を作ろうと考え、同じ大学へ進む学生を探してマイミク申請を送っていたのです。
高野もそのつながりの一人で、キーボード担当が必要になったタイミングで長谷川を誘いました。
日刊SPA!のインタビューによれば、長谷川がマカロニえんぴつへ加わったのは結成から約半年後でした。
はっとりが最初に田辺や高野を誘い、活動を始めたあと、SNSでのつながりを通じて長谷川が加入する。
現在知られる4人の関係は、最初から一度に成立したのではなく、大学生活の中で段階的に形になっていきました。
バンド名の由来と元ドラマーが付けた名前の真相
「マカロニえんぴつ」という名前には、よく知られた説明があります。
マカロニは中が空洞になっていることから「無」を、えんぴつは白紙へ新しいものを書き加えられることから「有」を表すというものです。
何もないところから音楽を作り出していく、という意味にも受け取れる名前です。
はっとりも2019年のインタビューなどで、この哲学的な意味を説明していました。
しかし、実際の命名には別の経緯がありました。
最初に「マカロニえんぴつ」というバンド名を付けたのは、はっとりではなく、後に脱退した当時のドラマーでした。
2020年の日刊SPA!で田辺がその事実を明かし、長谷川は名付けた本人に聞かなければ本当の意味は分からないと話しています。
さらに、はっとり自身も「無」と「有」の説明は後付けだったと認めています。
2019年のch FILESでは、大学時代、学校でライブをするためにひとまず付けた名前であり、長く続けることまで考えていなかったと振り返っていました。
したがって、「無から有を生み出す」という説明は、メンバーたちが後から与えた意味であり、命名した当人の最初の意図と同一ではありません。
名前の発案者と、後から語られるようになった意味を分けて考えることで、バンド名が生まれた当時の状況が見えてきます。
大学時代の活動から初の全国流通盤『アルデンテ』へ
2012年、マカロニえんぴつは学内ライブをきっかけに本格的なバンド活動を始めました。
結成後は大学の中だけに活動をとどめず、神奈川や東京のライブハウスなどでも演奏を重ねていきます。
学内ライブから始まった初期のバンド活動
マカロニえんぴつが初めて学内でライブを行ったのは、2012年6月のことです。
そのライブが、バンドにとって正式な結成の節目として語られています。
当時は長谷川の加入前で、キーボードには大学の先輩がサポートとして参加していました。
ライブ活動が始まると、大学周辺の神奈川県川崎市や東京都内などでも演奏するようになります。
この時期のバンドにとって重要だったのは、はっとりが高校時代から用意していた曲を、実際に複数のメンバーで演奏できるようになったことです。
はっとりが一人で作ったデモを出発点としながら、ギター、ベース、キーボード、ドラムを合わせてバンドの音にしていく活動が始まりました。
当初は大学でライブをするために付けたというバンド名も、その後の活動とともに使い続けられることになります。
2015年『アルデンテ』とインディーズ期の転機
2015年1月21日、マカロニえんぴつは初の全国流通盤となるミニアルバム『アルデンテ』を発売しました。
BUDDY RECORDSから発売された同作には、「鳴らせ」「ワンドリンク別」「零色」「あこがれ」など6曲が収められています。
2012年の結成から約2年半を経て、自分たちの作品を全国へ流通させる段階へ進んだことになります。
その後、2015年4月8日には下北沢SHELTERで初の自主企画「マカロックツアーvol.1 ~鳴らし廻り~」を開催しました。
この公演はソールドアウトとなり、当日の「ワンドリンク別」の演奏がライブ映像として記録されています。
当時はサティがドラムを担当する5人体制で、音楽大学の学生として活動していたころの演奏を、そのまま見ることができる映像です。
同年12月には2枚目のミニアルバム『エイチビー』を発売します。
『アルデンテ』がマカロニという食べ物に、『エイチビー』が鉛筆の硬度に結び付くタイトルになっているのも、この2作の特徴です。
2017年には、murffin discs内のレーベルTALTOからミニアルバム『s.i.n』を発売しました。
収録曲の「洗濯機と君とラヂオ」は、同年1月にミュージックビデオが公開され、初期の代表的な楽曲の一つとなりました。
『s.i.n』の発売後も全国ツアーや自主企画を重ねていきましたが、2017年にはバンドの編成と曲作りを大きく見直す出来事が起こります。
2017年のドラマー脱退が変えた4人の曲作り
2017年9月24日、マカロニえんぴつはドラマーのサティこと佐藤雅祥が脱退し、4人体制になりました。
この編成変更は、単にドラム担当が正式メンバーからいなくなったというだけの出来事ではありません。
サティは、はっとりに次いで楽曲制作を担っていたメンバーでもあり、その脱退はアルバムの作り方にも直接影響しました。
サティの脱退と4人体制での『CHOSYOKU』制作
2017年のFanplus Musicのインタビューで、はっとりはサティの脱退が春の時点ですでに決まっていたと振り返っています。
脱退の意思を伝えられたときには、初のフルアルバムを制作することも決まっていました。
しかし、十分な曲数がそろっていたわけではなく、サポートドラムの見通しも立っていませんでした。
さらに、サティはドラムの演奏だけでなく作曲も担当していました。
それまでの制作を支えていたメンバーが抜けることは、アルバムを完成させるうえでも無視できない問題だったのです。
それでも、はっとりたちは脱退するサティにアルバムの録音まで参加してもらうのではなく、残る4人を中心として制作することを選びました。
あえてこの4人で、いわば新しいバンドになる覚悟でアルバム制作には入りました。
出典:Fanplus Music「マカロニえんぴつが啓示する、今の時代あえて、速さや勢いに頼らない良質なポップソングス」
2017年12月6日に発売された『CHOSYOKU』は、その体制で完成させた初のフルアルバムです。
収録曲には「ミスター・ブルースカイ」「夏恋センセイション」「洗濯機と君とラヂオ」「春の嵐」などがありました。
なかでも重要なのは、アルバムの完成へ向けて、残るメンバーそれぞれが制作上の役割を広げていったことです。
はっとり以外のメンバーも作曲するバンドへ
サティの脱退前、バンドでははっとりとサティが楽曲制作の中心を担っていました。
しかし、アルバム制作の時期にサティが抜けたため、はっとり一人で必要な曲を用意することは難しくなりました。
そこで作曲へ積極的に参加したのが、ベースの高野賢也とキーボードの長谷川大喜です。
以前から、2人もいずれ曲を書くという話は出ていましたが、実際にそれを進める大きなきっかけが、この編成変更でした。
長谷川は当時のインタビューで、自分から何かをしなければ始まらないという意識が生まれたと説明しています。
曲を作るメンバーが増えただけでなく、アレンジについても4人で考え、形にしていくようになりました。
ドラマーの脱退は、はっとりが中心となって作っていた楽曲を、メンバーそれぞれがより主体的に作る方向へ進めるきっかけにもなったのです。
高野も当時のインタビューでは、この変化を作曲に挑戦する機会として受け止めたことを冗談交じりに語っています。
はっとり自身も、メンバーの作曲参加によって、バンドが変化したことを無理に隠す必要はなくなったと振り返っていました。
『CHOSYOKU』は、初めてのフルアルバムという意味だけでなく、4人が音楽制作の役割を見直した作品でもあります。
歌を生かすアレンジへの変化とメンバーの関係
『CHOSYOKU』の制作では、アレンジにも大きな変化がありました。
それまでのマカロニえんぴつは、切ない内容の歌詞に明るい曲調を組み合わせることも、音楽的な特徴の一つとしていました。
一方、『CHOSYOKU』では、速さや勢いだけに頼らず、歌とメロディーをより前面に出す方向へ進んでいます。
田辺は2017年のFanplus Musicのインタビューで、歌を生かしながら演奏の存在感も残せるよう、必要な音数まで絞ったと説明しています。
はっとりも、大学で学んでいたはずの適切な音数について、このアルバムの制作を通じて改めて理解できたと振り返りました。
曲のテンポやジャンルについても、従来の形へ無理に合わせるのではなく、4人が演奏したい音楽を選ぶようになっていきます。
さらに「春の嵐」ではストリングスを導入しました。
演奏を依頼したのは、長谷川の音大時代の先輩です。
メンバー以外の演奏者にも参加してもらい、それまでの自分たちだけでは作れなかった音を作品へ取り入れる経験になりました。
メンバーの作曲参加、歌を生かすための音数の整理、外部演奏者との協力という3つの変化が、2017年のアルバム制作で重なりました。
後年のマカロニえんぴつが持つ多彩なアレンジや、メンバー同士で音を作り上げる姿勢を考えるうえでも、この時期の制作経験は重要な位置を占めています。
「ブルーベリー・ナイツ」からメジャーデビューまで
2017年に4人体制となったマカロニえんぴつは、その後も作品制作とライブ活動を続け、少しずつ活動の規模を広げていきました。
2018年から2019年にかけて発表した楽曲では、歌詞の内容と演奏の表現をどう結び付けるかについても、本人たちが具体的に語っています。
「レモンパイ」と「ブルーベリー・ナイツ」で広がった音楽
2018年、マカロニえんぴつはミニアルバム『レモンパイ』を発売しました。
翌2019年にはミニアルバム『LiKE』を発表し、その中に「ブルーベリー・ナイツ」を収録しています。
「ブルーベリー・ナイツ」は、はっとりの制作思想を理解するうえでも重要な楽曲です。
2019年のBIG UP!zineのインタビューで、はっとりは、この曲を作品の中心となるリード曲として作ったと説明しています。
ただし、完成した楽曲は、盛り上がりを強く押し出すものではありませんでした。
歌詞を付けていくうちに、切ない言葉に合う自然なテンションの楽曲になっていったといいます。
特に本人が重要だったと語っているのは、歌詞の持つ温度感を、演奏やアレンジでも表現できたことです。
それまでの楽曲では、切ない歌詞を明るい曲調で演奏する組み合わせも特徴でした。
しかし「ブルーベリー・ナイツ」では、冒頭のピアノが持つ冷たい響きを含め、歌詞の雰囲気とサウンドをそろえる表現ができたと振り返っています。
また、はっとりは歌詞の意味を一つに限定せず、聴く人それぞれの解釈に委ねたいとも語りました。
こうした考え方は、単に曲の内容を説明するだけでは分からない、本人の歌詞と音楽に対する姿勢を示しています。
2017年の『CHOSYOKU』で歌を生かすアレンジへ向き合った経験があり、その後の「ブルーベリー・ナイツ」では、歌詞とサウンドの温度感についてさらに具体的な表現を試みていたことが分かります。
2020年『愛を知らずに魔法は使えない』でメジャーデビュー
2019年には「青春と一瞬」などの楽曲でも知られるようになり、バンドの活動はさらに広がっていきました。
同年のBIG UP!zineのインタビューでは、はっとりが、以前は自分たちの音楽を誰に向けて届けるのかという意識が十分ではなかったと振り返っています。
ドラマーの脱退やレーベルの移籍を経て、メンバーが同じ方向を向くようになったことも、自分たちの変化として挙げていました。
そして2020年4月1日には、インディーズで2枚目となるフルアルバム『hope』を発売しました。
同年9月3日、豊洲PITから配信した無観客ライブで、トイズファクトリーからのメジャーデビューを発表します。
はっとりは公式発表の中で、音楽をより遠くへ届け、バンドの可能性を広げるためにメジャーレーベルからのリリースを選んだと説明しました。
11月4日には、メジャー1st EP『愛を知らずに魔法は使えない』を発売します。
収録曲には、アニメ『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』のオープニング主題歌「生きるをする」、エンディング主題歌「mother」などがありました。
2012年の結成、2015年の全国流通盤、2017年のTALTOでの活動を経て、2020年にトイズファクトリーからメジャーデビューしたのです。
大学時代に初めて集まったメンバーが、インディーズで作品とライブを積み重ねた末に迎えた、新しい活動段階でした。
「なんでもないよ、」のヒットと日本レコード大賞最優秀新人賞
メジャーデビュー後、マカロニえんぴつの認知を大きく広げた楽曲の一つが「なんでもないよ、」です。
2021年11月3日に配信された同曲は、ストリーミングサービスで再生数を伸ばしていきました。
Billboard JAPANの2021年12月8日公開チャートでは、ストリーミング・ソング・チャートの週間1位を初めて獲得しています。
この週の集計再生数は約844万回でした。
配信開始後に順位を上げていったことから、発表直後の反応だけでなく、聴き手への広がりが段階的に進んだ様子も読み取れます。
同年には、第63回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞しました。
これらは、単に「人気が出た」という印象ではなく、ストリーミング実績と主要音楽賞によって確認できる認知拡大の節目です。
高校時代に作っていたデモから始まった音楽が、大学でのバンド結成、インディーズでの作品制作、メジャーデビューを経て、全国的な支持を集める段階へ進みました。
結成から積み重ねた4人の音楽が大きな舞台へ
メジャーデビュー後のマカロニえんぴつは、さらに大きな会場でライブを行うようになりました。
一方、作品制作では、メンバーそれぞれの音をどう生かすかという課題に向き合い続けています。
その両方の歩みが見えるのが、2022年から2025年にかけての活動です。
2022年の日本武道館から2025年の横浜スタジアムまで
2022年2月15日と16日、マカロニえんぴつは初の単独日本武道館公演を行いました。
結成から約10年を経て、大学時代の仲間たちが日本武道館のステージに立つことになったのです。
音楽ナタリーの2022年のインタビューでは、田辺が、武道館公演に母校のロック&ポップスコースの先生が来てくれたことを振り返っています。
長谷川にも、この時期のライブ活動には特別な経験がありました。
ツアーで訪れた新潟テルサは、幼いころから高校生まで、エレクトーンの発表会で繰り返し立っていた会場だったのです。
本人によれば、マカロニえんぴつのメンバーとしてその舞台に立っても、子どものころの発表会を思い出す特別な緊張感があったといいます。
バンドとしての会場規模が大きくなる一方で、各メンバーが音楽を始めたころの経験とも再びつながる公演がありました。
2025年6月14日と15日には、神奈川県の横浜スタジアムで2日間のワンマンライブ「still al dente in YOKOHAMA STADIUM」を開催しました。
2015年の初全国流通盤『アルデンテ』から10年の節目に行われた公演です。
2日間の公演では、インディーズ時代とメジャー時代の活動をそれぞれ振り返る構成も取り入れられました。
大学の学内ライブから始まったバンドが、初全国流通盤の発売から10年を経て、横浜スタジアムで自身の音楽史を振り返る公演を実現しました。
『physical mind』に表れた4人の制作思想の変化
2025年12月10日に発売されたアルバム『physical mind』では、マカロニえんぴつの制作思想について、メンバー全員が具体的に語っています。
Billboard JAPANのインタビューで、はっとりは、それまで多くのライブを経験したことで、バンドのアンサンブルが向上したと説明しました。
高野は、ライブでは限られた人数で演奏するため、録音時に音を何重にも重ねても完全に再現することは難しいと話しています。
そのため、メンバーそれぞれがどの音域を担当するのか、演奏の中でどの役割を担うのかを、ライブのリハーサルなどで話し合ってきたといいます。
この経験を踏まえ、『physical mind』では録音時にも楽器を重ねすぎず、ライブに近い演奏の熱量を残すことを意識しました。
長谷川も、音数の多さに頼るのではなく、楽器そのものの音を生かす方向へ進んだと語っています。
はっとりがこの制作で重視していたのは、メンバーの演奏そのものから個性が伝わることでした。
自分の音で自分を伝える
出典:Billboard JAPAN「マカロニえんぴつ 実体的なものを大事にしたアルバム『physical mind』が完成」
この考え方は、アルバムの録音方法にも具体的に表れています。
長谷川は、デジタル録音だけでなく、メンバーと近い温度感で音を鳴らすため、曲によってはギターアンプを通してキーボードを録音したと説明しました。
また、アルバム収録曲「きみは天使で」では、長谷川が子守唄をテーマに作曲し、アレンジでも明確なイメージを持って制作を進めています。
はっとりは、その曲のデモが持っていた雰囲気を受け取り、歌詞を書きました。
さらに「ハナ」では、高野が寂しさを和らげるような曲を作りたいという考えから作曲し、曲の短さと聴き応えを両立させるために、構成や音の広がりを工夫しています。
これらは、2017年に高野や長谷川が作曲へ積極的に参加するようになった時期から、さらに時間を重ねたバンドの制作の姿です。
2017年の『CHOSYOKU』では、ドラマー脱退後の4人で楽曲を完成させるために制作分担を見直し、歌を生かすアレンジへ取り組みました。
そして2025年の『physical mind』では、ライブで培った演奏の役割分担を録音にも持ち込み、メンバーそれぞれの音を生かす方法へ向き合っています。
高校時代にはっとりが一人で作っていた歌もののデモから、大学で出会った仲間とのバンド活動、4人体制での共同制作へと、マカロニえんぴつの曲作りは段階的に変わってきました。
『physical mind』では、その4人がライブを通じて磨いてきた演奏を、余計な音を重ねずに記録することを選んでいます。

