サバシスターは、学校の軽音楽部で出会った3人が、そのままバンドを組んで生まれたわけではありません。
ドラムのごうけがジモティーでバンドメンバーを募集し、上京したばかりのなちが応募。そこへ、ごうけが高校時代から知っていたるみなすが加わり、2022年3月から3人組として活動を始めました。
しかも、その前をたどると3人の音楽への入口はかなり違います。なちはHi-STANDARDと横山健、ごうけは幼少期のクラシックとamazarashi、るみなすはアニメ『けいおん!』やボーカロイドから、それぞれ楽器やバンドへ近づいていきました。
別々の場所で音楽を始めた3人が、ネット上のメンバー募集をきっかけに一つのバンドになったのが、サバシスターの始まりです。
ここでは3人それぞれの音楽ルーツから、ジモティーでの出会い、初ライブ、SUMMER SONIC、そしてPIZZA OF DEATHとの関係を経てメジャーデビューするまでを順番にたどります。
サバシスターのメンバー3人、それぞれの音楽ルーツ
サバシスターは、なち(Vo./Gt.)、ごうけ(Dr./Cho.)、るみなす(Gt./Cho.)の3人組です。
同じ音楽を聴き、同じ場所で育った3人ではありません。むしろ、それぞれが違う入口から音楽へ入り、あとになって一本の線がつながったことが、このバンドの面白いところです。
| メンバー | 担当 | 音楽・楽器への入口 | 本人が語る影響・憧れ |
|---|---|---|---|
| なち | Vo./Gt. | 歌、ピアノ、ギター | Hi-STANDARD、横山健 |
| ごうけ | Dr./Cho. | ピアノ、バイオリンなどのクラシックからドラムへ | amazarashiなど |
| るみなす | Gt./Cho. | ゲーム音楽、アニメ、ボカロからギターへ | 『けいおん!』、小野武正 |
正式メンバーにベース担当は置かれておらず、結成初期から必要に応じてサポートベースを迎える形をとっています。実際、2022年3月の初ライブ映像でもサトウコウヘイがSupport/Ba.としてクレジットされています。
なち|Hi-STANDARDとの出会いからギターへ
なちは幼いころから歌うことが好きで、小学2年生から中学3年生ごろまでピアノを習っていました。
ギターに初めてしっかり触れたのは小学4年生ごろ。クリスマスにアコースティックギターを買ってもらったものの、難しいコードをうまく押さえられず、一度は離れています。
そこから再びギターへ向かわせたのが、中学2年生ごろに出会ったHi-STANDARDと横山健でした。テレビで横山健の演奏を見たことからバンドというものを強く意識するようになり、ギターも再開。教則本を見ながら練習し、少しずつ弾けるようになっていきます。
高校には軽音楽部がなかったため、文化祭で演奏するために友人へベースを頼み、別のクラスのドラム経験者も誘ってバンドを組みました。Hump BackやTETORA、THE BLUE HEARTSなどをコピーしています。
ただし、このバンドがそのままプロ活動につながったわけではありません。高校卒業後は音楽に関わる仕事を考えて東京へ進み、グラフィックデザインを学びながら、別の形でバンドメンバーを探すことになります。
ごうけ|幼少期のクラシックからドラムへ
ごうけは3歳ごろからピアノやバイオリン、ソルフェージュなどを習い、幼少期からクラシック音楽に触れていました。
やがて『太鼓の達人』やバンド音楽にも興味を持つようになり、中学生になるとドラムを習い始めます。高校2年生でバンドに誘われたことから、本格的にバンド活動へ入っていきました。
KANA-BOONやELLEGARDEN、リーガルリリー、Hump Backなどのコピーを経験する一方、長く聴き続けてきた存在として本人が挙げているのがamazarashiです。
amazarashiのライブを見て初めてライブで涙を流し、「演奏で人の心が動く」という体験をしたことが、自分もそういうライブをしたいという意識につながっていきました。
るみなす|『けいおん!』とネット音楽からギターへ
るみなすの入口は、ゲームやインターネットの音楽文化でした。
小学生のころからゲームが好きで、ゲーム音楽に親しみ、その後はアニメやボーカロイドなども聴くようになります。そして中学生のころにアニメ『けいおん!』を見たことが、ギターを始める直接のきっかけになりました。
好きだったのはギター担当の中野梓。最初のギターも、彼女が使っていたものと同じタイプを選んでいます。
当時は周囲に一緒にバンドを組む仲間がおらず、ニコニコ動画で流行していた「弾いてみた」を教則動画のように見ながら、一人で真似して弾いていました。のちに本人がギタープレイの影響源として挙げているのは、KEYTALKの小野武正です。
高校では軽音楽部に入りつつ、学校外でもバンド活動をするようになります。この仙台の高校生バンド周辺のコミュニティで、のちにサバシスターを立ち上げるごうけと知り合っていました。
ジモティーをきっかけにサバシスターが生まれるまで
3人の音楽歴をつないだ場所は、学校でもライブハウスでもありませんでした。
きっかけは、地域情報サイト「ジモティー」にあったバンドメンバー募集です。ごうけが「ガールズバンドをやりたい」と募集を出し、そこになちが連絡したことで、サバシスターにつながる流れが始まります。
サバシスターの結成の核心は、ごうけの募集になちが応募し、そこへ以前からごうけと面識のあったるみなすが加わったことです。
ごうけの募集になちが応募、初対面でバンド結成
東京へ出てきたなちは、音楽に関わる仕事を考えて専門学校へ進んでいました。一方で、音楽を自分でやりたい気持ちも残っており、インターネットでバンドメンバーを探していたときに、ごうけの募集を見つけます。
応募時に送ったのは、高校の文化祭で演奏したコピー・バンドの動画でした。ごうけはそこでなちの歌声を聴き、翌日には新宿で直接会うことになります。
二人は初対面ながら、その場で一緒にバンドをやることを決めました。
なちにとって、高校時代の文化祭バンドは経験していても、ライブハウスを中心に本格的に活動するバンドはサバシスターが初めてです。偶然見つけたメンバー募集が、そのまま音楽活動の入口になりました。
高校時代から知っていたるみなすを誘い3人に
当初、ごうけは3ピースのガールズバンドをイメージしていました。
ただ、なちは自分がリードギターを担うよりも、もう一人ギタリストがいた方がいいと考えます。そこでごうけが声をかけたのが、仙台時代から知っていたるみなすでした。
ごうけとるみなすは同じ学校の同級生ではありません。高校時代、それぞれが参加していたコピー・バンドのイベントや、共通の友人がいる地元のバンドコミュニティを通じて面識がありました。
るみなすも以前の活動を経て、改めてギターロックをやりたいと感じていた時期でした。そこへごうけから誘いが来たことで、3人がそろいます。
3人で初めてスタジオに入ったのは2022年1月。その後、公式には2022年3月を結成・活動開始の時期としています。
「最初に3人が集まった時期」と「公式な結成時期」は同じではないため、サバシスターの始まりをたどるうえでは、この二つを分けて考えると流れが分かりやすくなります。
「サバシスター」はなちに突然浮かんだ名前
バンド名は、るみなすが加わるころにはすでに決まっていました。
ごうけから名前を考えていいと言われたなちは、自分たちの曲に格好をつけすぎた英語のバンド名は合わないと考えます。そこで浮かんだのが「サバシスター」でした。
ある日突然「サバシスター」って単語が降ってきて。
出典:StoryWriter「【INTERVIEW】いま最注目の3ピースガールズバンド“サバシスター”が提示する令和のDIY」
検索しても同じ名前が見つからなかったため、なちがLINEで提案。ごうけも受け入れ、そのままバンド名になりました。
名前に鯖そのものの特別な由来があるわけではありません。何か壮大な意味から逆算した名前ではなく、ふと浮かんだ言葉がそのまま3人の看板になったというのが実際の成り立ちです。
初ライブと「ジャージ」――サバシスター最初の形
2022年1月に3人でスタジオへ入り、3月からサバシスターとして活動を開始。ここからは、バンド名だけでなく、曲とライブを持つバンドへ変わっていきます。
結成初期のサバシスターを知るうえで重要なのが、初ライブ、「ジャージ」「ナイスなガール」、そして1st demo EP『鯖ノ壱』です。
2022年3月15日、下北沢SHELTERで初ライブ
サバシスターの初ライブは、2022年3月15日の下北沢SHELTERでした。
公式YouTubeには、この日の「サバシスター’s THEME」の映像が残っています。なち、ごうけ、るみなすに加え、Support/Ba.としてサトウコウヘイが参加。結成直後の3人がどんな編成でステージに立っていたのかを直接確認できる記録です。
「ジャージ」と「ナイスなガール」が最初期曲に
3人がそろってから最初期に形にした楽曲が、「ジャージ」と「ナイスなガール」でした。
「ジャージ」は、後年ごうけ自身もバンドで最初に作った曲だったと振り返っています。サバシスターの初期を代表する曲として広がっていきますが、最初から大きなヒットを狙って設計された曲だったわけではありません。
3人で曲を合わせながら、自分たちのバンドの形を作っていた時期に生まれた曲です。「ナイスなガール」も同じころから存在し、どちらもその後の初期音源へ収録されました。
4曲入り1st demo EP『鯖ノ壱』を制作
2022年夏には、最初期の楽曲をまとめた1st demo EP『鯖ノ壱』を制作しました。
- ジャージ
- アイリー
- 生活
- ナイスなガール
8月17日から始まった『鯖ノ壱』のリリースツアーではライブ会場で販売され、その後9月14日から一部のタワーレコードやヴィレッジヴァンガードなどでも取り扱いが始まっています。
作品数を増やすこと自体より重要なのは、ここで「ライブをする3人組」から、自分たちの曲と音源を持つバンドへ進んだことです。
そして、この音源制作とほぼ同じ時期に、結成したばかりの3人には予想していなかった大きなステージが決まっていました。
結成5か月でSUMMER SONICへ――初期の大きな転機
2022年8月、サバシスターは「出れんの!?サマソニ!?」を経てSUMMER SONIC 2022に出演しました。
公式プロフィールでも、結成からわずか5か月でのSUMMER SONIC出演は初期の重要な出来事として記されています。
ただし、この一回のフェス出演だけを「サバシスターが売れた唯一のきっかけ」と考えると、実際の歩みとは少し違います。
「出れんの!?サマソニ!?」を突破してPACIFIC STAGEへ
応募した時点で、本人たちは「本当に出演できる」と強く見込んでいたわけではありませんでした。
当時は人に聴いてもらうための音源も十分には整っておらず、SUMMER SONICへの出演が決まってから、ライブを見に来る人に曲を知ってもらうためEggsへ宅録デモを公開しています。
それでもオーディションを通過し、2022年8月20日のSUMMER SONIC東京公演ではPACIFIC STAGEへ出演。まだ結成から約5か月という時期でした。
なちはステージへ出た瞬間、大勢の観客が自分たちの曲を聴きに来ている光景を見て涙が出たと振り返っています。ごうけも、もっと少ない観客を想像していたものの、曲が進むにつれて人が増えていった景色が印象に残ったと語っています。
結成直後のバンドが、自分たちの曲を知らない大勢の観客がいる場所へ初めて踏み出したという意味で、SUMMER SONICは大きな転機でした。
ライブと「ジャージ」が少しずつバンドを広げた
一方、ごうけは後年、SUMMER SONICに出たからといって、その直後に一気に人気が出た感覚ではなかったと振り返っています。
「ジャージ」がTikTokで少しずつ広がる動きもありましたが、それも一度の巨大なバズですべてが変わった、という認識ではありません。
初ライブ、「ジャージ」、『鯖ノ壱』、SUMMER SONIC、その後のライブ出演。複数の出来事が重なりながら、少しずつ名前を知る人が増えていったと見る方が、3人自身の実感にも近い流れです。
2023年3月には初の全国流通盤となるEP『アテンション!!』を発表し、ツアーやフェスへの出演も増えていきました。セルフマネジメントで活動を広げていたこの時期、別のところでは、なちが中学生のころから憧れていた人物との接点が生まれていました。
横山健との出会いからPIZZA OF DEATH、メジャーデビューへ
サバシスターの結成史をたどると、後半でなちの音楽ルーツがもう一度つながります。
中学2年生のころ、テレビで横山健を見たことからHi-STANDARDにのめり込み、再びギターを手にしたなち。その憧れは、ただ「好きだったアーティスト」という思い出で終わりませんでした。
バンド結成後に本人と出会い、やがて横山健が代表を務めるPIZZA OF DEATHが、サバシスターの活動を支えることになります。
中学時代から憧れた横山健と2022年末に対面
横山健がサバシスターの名前を知ったのは2022年。Ken YokoyamaのベーシストであるJun Grayから、結成したばかりなのにSUMMER SONICのオーディションを通過したバンドとして聞いたのが最初でした。
その年の暮れ、PIZZA OF DEATH/SATANIC CARNIVALに関わるI.S.Oから「会わせたい人がいる」と紹介され、立川でのライブ終演後になちと横山健が初対面します。
中学生のころから追い続けてきた本人を目の前にしたなちは、そこで泣いてしまったと振り返っています。
横山健にとっても、最初は「自分を好きだと言ってくれる若いミュージシャンの一人」でした。しかし、その後サバシスターの音源を聴き、YouTubeなども見ていくうちに、自らバンドのファンになっていきます。
この出会いが、PIZZA OF DEATHとの関係を具体的に考える入口になりました。
PIZZA OF DEATHがマネジメントを担うことに
ここで混同しやすいのが、PIZZA OF DEATHとサバシスターの契約の形です。
横山健は、ファンになったサバシスターに何らかの形で関わりたいと考える一方、音源をPIZZA OF DEATH RECORDSから発売することが必ずしもバンドにとって最適とは考えていませんでした。
そこで選ばれたのが、PIZZA OF DEATHがマネジメントを担当し、音源はポニーキャニオンからリリースする形です。
PIZZA OF DEATHはマネジメント、メジャー作品のリリース元はポニーキャニオンという役割分担でした。
PIZZA OF DEATHにとっても、レーベルから作品を出すのではなく、最初からマネジメントを担うのは新しい形でした。
この契約とメジャーデビューは、2024年の年明けに公式発表されています。
2024年3月8日『覚悟を決めろ!』でメジャーデビュー
2024年1月1日、PIZZA OF DEATHとのマネジメント契約とともに、ポニーキャニオンからメジャーデビューすることが発表されました。
そして2024年3月8日、1stフルアルバム『覚悟を決めろ!』をリリースし、メジャーデビューします。
発表時、なちは中学生のころから憧れてきた横山健、東京まで追いかけてきたPIZZA OF DEATHが、自分たちを支える立場になったことへの思いを言葉にしています。
想いは届くのだと身をもって実感しました。
出典:PIZZA OF DEATH RECORDS「3ピースガールズバンド、サバシスターが PIZZA OF DEATHとマネージメント契約、ポニーキャニオンよりメジャーデビュー決定!」
振り返ると、この到達点だけを切り取ってもサバシスターの始まりは見えてきません。
幼いころから歌っていたなちが、テレビで横山健を見てギターへ戻る。クラシックからドラムへ進んだごうけがジモティーで仲間を募集する。『けいおん!』やネット音楽をきっかけに一人でギターを弾いていたるみなすが、仙台時代の縁から誘われる。
その3人が2022年に集まり、初ライブを行い、「ジャージ」をはじめとする曲を作り、SUMMER SONICへ進みました。
そして、なちが中学生のころに音楽へ深く入り込むきっかけになった横山健との出会いが、数年後にはPIZZA OF DEATHとのマネジメント契約へつながっています。
サバシスターの始まりは、一つのオーディションや一曲だけではなく、3人それぞれの音楽体験と、いくつもの偶然の出会いがつながってできたものでした。
ジモティーの募集から始まった3人が、2024年3月8日にメジャーデビューへたどり着くまで。その流れを追うと、「サバシスター」というバンドがどこから始まったのかが一本の線として見えてきます。

