| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 活動名 | SIRUP(シラップ) |
| 旧活動名 | KYOtaro |
| 出身地 | 大阪府 |
| 活動形態 | シンガーソングライター |
| 主な音楽ジャンル | R&B、ネオソウル、ヒップホップ |
| SIRUP名義のデビュー | 2017年「Synapse」 |
SIRUP(シラップ)は、R&Bやネオソウルを土台に、歌とラップを自由に行き来するスタイルで知られるシンガーソングライターです。
その音楽の始まりは、中学・高校時代の吹奏楽と、兄に背中を押されて立った初めてのステージにありました。
高校時代にスティーヴィー・ワンダーやアリシア・キーズの音楽と出会い、兄が関わるクラブイベントで歌い始めたSIRUP。その後、KYOtaroとして約10年間活動し、2017年に現在の名義へと転じています。
ただ、SIRUPへの改名は、単に名前を変えた出来事ではありませんでした。
歌を突き詰めた先でラップに近いフロウが生まれ、トラックメーカーと互いの個性を混ぜる制作へと進んでいったことが、大きな背景にあります。
初めて買ったCDを何度も店に探しに行った少年時代から、KYOtaroとしての試行錯誤、そして「Synapse」「LOOP」が生まれるまで。その歩みをたどると、SIRUPの音楽がどのように形作られてきたのかが見えてきます。
| 音楽史の段階 | SIRUPの歩み |
|---|---|
| 音楽の原点 | 幼少期からJ-POPに親しみ、中学・高校でトロンボーンを演奏。高校時代にR&Bと出会う |
| 最初のステージ | 兄の勧めでクラブイベントに出演し、自分でメロディーと歌詞を付けた楽曲を披露 |
| KYOtaro時代 | 20歳前後から歌手活動を本格化。2012年に『HEARTBEAT』を発表し、大阪から東京へ活動を広げる |
| SIRUPへの転機 | 歌とラップを行き来するスタイルへ発展し、2017年に「Synapse」で新名義を始動 |
| 代表曲の広がり | 2018年に「LOOP」「Do Well」を発表。2019年には初のフルアルバム『FEEL GOOD』を発売 |
| 大きな到達点 | 2022年11月11日に初の日本武道館単独公演「Roll & Bounce」を開催 |
SIRUPの音楽の原点は?吹奏楽部で出会ったR&B
SIRUPは最初からR&Bばかりを聴いていたわけではありません。子どもの頃は日本のポップスに親しみ、中学生になると吹奏楽部で楽器を演奏するようになりました。
その後、高校時代に出会った先輩が、SIRUPの聴く音楽を大きく変えることになります。
初めて買ったCDは宇多田ヒカルの『First Love』
SIRUPが幼い頃によく聴いていたのは、Mr.Children、ゆず、aikoなどの日本のポップスでした。
2020年のJ-WAVE『SAPPORO BEER OTOAJITO』では、小学生の頃からさまざまなJ-POPを聴いていたことを振り返っています。
なかでも印象的なのが、初めて自分で買ったCDが宇多田ヒカルのアルバム『First Love』だったというエピソードです。
1999年に発売された『First Love』は、当時大きな人気を集めていたアルバムでした。SIRUPも欲しかったものの、なかなか店頭で見つけられなかったそうです。
そのため、毎日のようにCDショップへ足を運び、入荷しているかを店員に尋ねていたといいます。
当時から歌うことが好きだったSIRUPですが、この頃にR&Bを専門的に聴き込んでいたわけではありません。
音楽を自分で演奏するようになったのは、中学校で吹奏楽部に入ってからでした。
2019年のWWDJAPANのインタビューでは、中学で最初に所属したソフトテニス部から、友人たちが入っていた吹奏楽部へ移ったことを明かしています。
担当した楽器はトロンボーン。高校でも吹奏楽を続け、部長を務めるほど熱心に取り組みました。
高校時代は始発で登校し、学校で許される時間のぎりぎりまで練習する生活を続けていたそうです。
本人は、そこで身に付いた音楽への向き合い方が、その後の活動にも生きていると語っています。
また、演奏していたバストロンボーンは多くの息を使う楽器です。後年のJ-WAVEのインタビューでは、息継ぎの少ない「Do Well」を歌う際にも、吹奏楽で培った肺活量が役立っていると説明しました。
吹奏楽部の先輩から教わったスティーヴィー・ワンダーとアリシア・キーズ
高校1年生の頃、SIRUPの音楽の好みに大きな変化が訪れます。
きっかけは、吹奏楽部のOBで、R&Bシンガーとしても活動していた先輩との出会いでした。
その先輩からスティーヴィー・ワンダーのベストアルバムを借り、アリシア・キーズの音楽も教えてもらったのです。
特にアリシア・キーズの「If I Ain’t Got You」からは強い衝撃を受けたと、2017年のSPICEのインタビューで振り返っています。
それまで日本のポップスを中心に聴いていたSIRUPは、そこからブラックミュージックを自分でも探すようになりました。
ドニー・ハサウェイやディアンジェロ、ミュージック・ソウルチャイルドなどへと関心が広がり、R&Bやネオソウルを深く聴くようになっていきます。
WWDJAPANでは、高校時代の3年間、スティーヴィー・ワンダーとアリシア・キーズを非常によく聴いていたことも語っています。
もともと好きだった「歌」に、強く惹かれる音楽ジャンルが重なった時期でした。
兄の言葉がきっかけで歌手へ|初めて立ったステージ
R&Bに出会ってからも、SIRUPがすぐにプロの歌手になったわけではありません。
実際に人前で歌うきっかけを作ったのは、ラップやDJをしていた兄でした。
兄とのカラオケで歌う才能を認められた
SIRUPの兄は、学生時代からラッパーやレゲエDJとして活動し、音楽イベントにも関わっていました。
SIRUPによると、兄とはもともと仲の良い関係ではなかった時期もあったものの、高校生の頃から一緒にカラオケへ行くようになったそうです。
そのカラオケで歌った曲の一つが、スティーヴィー・ワンダーの「You and I」でした。
兄はSIRUPの歌声を聴き、歌手を目指してみてはどうかと勧めました。
2019年のJ-WAVE『TOKIO HOT 100』では、兄とのカラオケで「You and I」を歌ったことが、音楽人生の転機になったと振り返っています。
兄については、音楽的な影響と、歌手活動を後押ししてくれた存在としての影響を分けて語っています。
R&Bそのものは吹奏楽部の先輩から教わりましたが、日本語ラップを知るうえでは兄からの影響もあったそうです。
自分で作った3曲を携えて初ステージへ
高校を卒業する頃、兄が関わっていたクラブイベントに出演する機会が訪れます。
兄に出演を勧められたSIRUPは、そこで歌うための曲を自分で準備することになりました。
ただし、当時から作曲ソフトを使いこなして、一から伴奏まで作っていたわけではありません。
兄から教わった方法は、レコードに収録されているインストゥルメンタルの音源を使い、そこへ自分でメロディーと歌詞を付けるというものでした。
好きなインスト音源を探し、鼻歌でメロディーを考え、そこに言葉を乗せていったのです。
WWDJAPANのインタビューでは、このときに作ったのは確か3曲で、いずれもR&B調だったと話しています。
現在のようにスマートフォンへ思いついたメロディーを録音するのではなく、当時は頭の中で覚えながら曲を作っていたそうです。
そして迎えた初ステージ。
自分で準備した曲を披露したものの、緊張のあまり歌詞がほとんど飛んでしまったと、後年のJ-WAVEのインタビューで明かしています。
華やかな成功体験から始まったわけではありません。それでも、この経験を通じて、SIRUPは人前で自分の曲を歌う活動を始めました。
20歳前後でKYOtaroとして本格的に活動
初ステージを経験した後もしばらくは、趣味や遊びの延長に近い形で音楽を続けていました。
その意識が変わったのは20歳の頃です。
WWDJAPANでは、それまで中途半端に活動していた状態から、音楽一本で生活していこうと決意したことを振り返っています。
このタイミングで、それまでの人間関係や活動の仕方をいったん整理し、KYOtaroという名前で活動を本格化させました。
なお、本人は別のインタビューで、初めて人前で歌った時期を19歳後半から20歳前半頃とも説明しています。初ステージと、歌手として生きていく決心をした時期は、本人の回想の中でも少し幅を持って語られています。
KYOtaroとして活動を始めた頃の主な舞台は、関西のクラブシーンでした。
当時の大阪には、R&BシンガーとDJが一緒に出演するイベントがあり、そこで歌いながら少しずつ経験を積んでいきました。
KYOtaro時代の約10年間|大阪のクラブから東京へ
KYOtaro名義での活動は、SIRUPが歌手としての基礎を作った約10年間でした。
大阪のクラブイベントで歌うところから始まり、Mori Zentaroらとの出会い、音源制作、東京への移住を経て、音楽を届ける場所が広がっていきます。
2012年『HEARTBEAT』で初期の楽曲を音源化
KYOtaroはクラブで歌う活動を続けながら、自分でイベントを企画することにも取り組んでいました。
ただ、ライブだけでは音楽を届けられる範囲に限界があると感じるようになります。
そこで、それまで作ってきたオリジナル曲を、音源として残すことを決めました。
2012年に発表したのが、KYOtaro名義のミニアルバム『HEARTBEAT』です。
2017年のSPICEのインタビューでは、それまでに制作していたオリジナル曲をリアレンジして、『HEARTBEAT』を完成させたと説明しています。
この作品は、活動拠点を広げるうえでも意味のある一枚となりました。
2019年のMikikiのインタビューによると、『HEARTBEAT』の発表後、東京でのライブ出演依頼が増え、月に一度ほど東京へ呼ばれるようになったそうです。
大阪には一緒に活動する仲間もいて、定期的にイベントを開催できる環境がありました。
それでも、まだ自分を知らない人が多い東京で挑戦してみようと考え、活動拠点を移すことになります。
上京後も大阪での活動をすぐに終えたわけではなく、東京に住みながら大阪でライブを続ける時期がありました。
Mori ZentaroやSoulflexとの出会い
KYOtaro時代から現在まで続く音楽的な関係の一つが、ビートメーカーのMori Zentaroとのつながりです。
二人は大阪の音楽シーンで出会い、楽曲を一緒に制作するようになりました。
2017年のSpincoasterのインタビューで、SIRUPはMori Zentaroとの出会いが、本格的に作曲へ取り組むきっかけの一つになったことを語っています。
初ステージの時点でも既存のインスト音源にメロディーと歌詞を付けていましたが、仲間と一緒にオリジナルの音楽を作り上げる活動は、その後さらに発展していきました。
Mori Zentaroを中心に集まった音楽仲間が、Soulflexというクルーです。
メンバーにはネオソウルやオルタナティブ・ヒップホップを好む共通点があり、SIRUPもその一員として活動しました。
SIRUPは、ザ・ルーツのクエストラヴらによる音楽集団Soulquariansのようなクルーを作りたいという思いがあったことも明かしています。
2019年の音楽ナタリーのインタビューでは、SIRUP名義になってからもSoulflexのメンバーと活動を続け、ライブのバックバンドとしても一緒にステージに立っていることを語りました。
つまり、KYOtaroからSIRUPへの改名は、それまで一緒に音楽を作っていた仲間との関係を終わらせるものではありませんでした。
むしろ、長く活動を共にしてきた仲間を土台にしながら、新しいクリエイターとの出会いも取り入れていくことになります。
歌とギターで表現を突き詰めた『ROOM』
東京へ活動拠点を移したKYOtaroは、さまざまなシンガーとの出会いを通じて、自分の歌そのものを改めて見つめるようになりました。
2017年のSPICEのインタビューでは、シンプルな歌とメロディーでも聴く人の心に届くシンガーたちに出会い、自分も歌の表現力をもっと高めたいと感じたことを語っています。
そうした時期に取り組んだ作品が、KYOtaro名義で最後に発表したアコースティック・ミニアルバム『ROOM』でした。
この作品では、歌とギターを中心にしたシンプルな構成で、自分の歌をどこまで表現できるかに向き合いました。
それまでクラブミュージック的な楽曲からオーガニックなサウンドへと活動を進めてきたKYOtaroにとって、『ROOM』は歌を突き詰めた一つの到達点でした。
しかし、作品を完成させた後、次に何を作ろうかと考えながら新しい曲を作り始めると、これまでとは異なる歌い方が自然に生まれてきたといいます。
その変化が、SIRUPという新しい活動名へつながっていきました。
なぜKYOtaroからSIRUPに改名したのか?
SIRUPがKYOtaroから名前を変えたのは、歌手として約10年間活動し、それまでとは異なる音楽表現に進み始めた時期でした。
2017年のデビュー時には、スタッフから改名を勧められたことも明かしています。
ただし、改名の理由を一つの出来事だけに絞ることはできません。新しい楽曲が生まれ、制作方法が変わり、活動環境も変化したことが重なっていました。
歌を突き詰めた先でラップのようなフロウが生まれた
『ROOM』を完成させた後、KYOtaroは次の作品を作り始めました。
すると、自分で作る曲の中に、それまでよりラップに近いフロウが増えていったそうです。
2017年のSpincoasterのインタビューでは、「Synapse」の原型もこの時期に生まれたと語っています。
その背景にあったのが、ヒップホップの聴き方の変化でした。
もともとコモン、モス・デフ、ザ・ルーツなどを好んでいましたが、その後、GoldLink、Smino、チャンス・ザ・ラッパーといったアーティストの音楽を深く聴くようになります。
特に、ラップと歌の境界を自由に行き来する表現が、自分の音楽にも自然に入ってきたと説明しています。
2019年のWWDJAPANのインタビューでは、それまでラップ的なデモをMori Zentaroに聴かせても手応えがなかったものの、ある時期から良い反応をもらえるようになったという話も明かしました。
そして、KYOtaroとして約10年間活動した後、新しい事務所に所属する機会も訪れます。
それまでの活動をやめようか考えていた時期でもありましたが、自由に好きな音楽を作れる環境を得たことで、新しい方向へ進むことになりました。
KYOtaroからSIRUPへの改名は、歌とラップが混ざる表現、新しい制作方法、活動環境の変化が重なった転機だったのです。
SIRUPの名前に込めたSing & Rapと「混ざる」意味
SIRUPという活動名は、「Sing」と「Rap」を組み合わせた言葉として知られています。
さらに、英語の「Syrup(シロップ)」にも掛けられています。
2017年のSpincoasterのインタビューでは、シロップはそれ単体ではなく、ほかの飲み物や食べ物と混ざることで魅力を増すものだと説明していました。
そこには、さまざまなクリエイターと音楽を作り、お互いの個性を混ぜ合わせたいという考えが重ねられています。
ただし、この名前には後年になって明かされた、もう一つの興味深いエピソードがあります。
2025年7月、TOKYO FM『山崎怜奈の誰かに話したかったこと。』に出演したSIRUPは、実際には先に「シラップ」という音の響きが思い浮かび、その後に綴りを考えたと明かしました。
SingとRapを融合した意味や、シロップのように混ざるという説明は、名前を思いついた後から組み立てたものだったというのです。
後付けで理由を構築した感じですね(笑)。
出典:TOKYO FM「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」2025年7月1日掲載
最初から細かい意味を決めて命名したわけではなく、気に入った響きが先にあり、そこへ自分の音楽スタイルや制作の考え方が結び付いていったということです。
名前に込められた意味と、実際に名前を思いついた順番は別の話だったことが、本人の言葉で明らかになりました。
『Synapse』で始まった新しい共同制作
SIRUP名義で最初に発表された「Synapse」は、新しい制作スタイルを形にした楽曲でした。
制作に携わったのは、Tokyo RecordingsのOBKR(小袋成彬)とYaffleです。
SIRUPはもともと環ROYのファンで、環ROYとOBKRらが関わった「ゆめのあと」を聴いたことなどから、OBKRとの制作に関心を持っていたそうです。
制作が実現すると、SIRUPは自分で作ったデモと参考音源を渡し、楽曲を自由に作り直してもらうことにしました。
以前はトラックメーカーと作る際、自分の頭の中にある音楽をそのまま形にしてもらうことが多かったといいます。
ところが「Synapse」では、自分のデモにこだわらず、制作陣の発想を取り込もうとしました。
僕のデモは全部なしでもいいです
出典:Spincoaster「INTERVIEW / SIRUP」2017年12月7日
その結果、楽曲は大きく作り直されました。
SIRUPが考えたコーラスなども残っていますが、作曲クレジットにはOBKRとYaffleが記載されています。SIRUP自身は、完成した内容を踏まえ、自分を作曲者として記載しない判断にも納得していたそうです。
制作過程には、音作りに関する具体的なエピソードも残っています。
楽曲に入っている不思議なシンセサイザーのような音の正体を尋ねたところ、馬の鳴き声を大きく加工した音だったと知り、驚いたというのです。
アコーディオンの音も加工して使われており、SIRUPは、自分ではうまく言葉にできなかった音のイメージを、制作陣が形にしてくれる面白さを感じていました。
歌詞の制作でも、日本語と英語の語感や韻を大切にしながら、物語として成立する言葉を組み立てることを意識しています。
歌詞の着想には、好きだった『攻殻機動隊』の世界観も関係していました。
人と人が情報や考えを共有することをテーマにし、電脳を通じて意識がつながるようなイメージを歌詞へ取り入れたのです。
自分の発想をそのまま再現してもらうのではなく、他者の発想と混ぜることで新しい作品を生み出す。「Synapse」は、そんな制作方法を具体的に示した一曲でした。
2017年9月に公開された「Synapse」の公式ミュージックビデオでは、KYOtaro時代を経て生まれた新しいボーカルスタイルと、Tokyo Recordingsによるサウンドを確かめることができます。
同年11月1日には、SIRUP名義で初めてのEP『SIRUP EP』をリリースしました。
このEPには、「Synapse」に加えてChocoholicと制作した「LMN」、Mori Zentaroと制作した「SWIM」なども収録されています。
同じ作品の中に異なるプロデューサーとの楽曲を収める構成にも、SIRUPが目指していた制作スタイルが表れていました。
「LOOP」はなぜ転機になった?SIRUPの音楽が広がるまで
2017年に新しい名義で活動を始めたSIRUPは、翌2018年に「LOOP」と「Do Well」を発表しました。
これらの楽曲は多くのリスナーに届き、SIRUPの名前が広く知られていくきっかけとなりました。
なかでも「LOOP」には、リリースまでの経緯に意外なエピソードがあります。
最初のEPに収録されなかった「LOOP」
「LOOP」は、2018年5月16日にリリースされた楽曲です。
作詞をKYOtaro、作曲をKYOtaroとShingo.S、サウンドプロデュースをShingo.Sが担当しています。
Shingo.SとはKYOtaro時代からつながりがあり、2017年の『SIRUP EP』に収録された「Last Lover」でも共同制作していました。
ところが「LOOP」は、最初から代表曲として期待されていたわけではありません。
2022年に公開されたSIRUPの公式5周年特設サイトで、本人は「LOOP」が当初、1st EP『SIRUP EP』の収録候補から外れた楽曲だったと明かしています。
楽曲そのものが気に入らなかったのではなく、当時のリリースタイミングには合わないと判断し、収録を見送ったそうです。
その後、1st EPの発売からしばらく経ち、次の音楽を届けたいと考えるようになったタイミングで「LOOP」をリリースしました。
本人は、この曲がこれほど多くの人に愛されるとは想像していなかったと振り返っています。
そして、この経験から、作った楽曲は世の中へ積極的に送り出していくことの大切さを感じたと説明しました。
最初のEPには入れなかった曲が、後にSIRUPを代表する作品の一つになったのです。
「LOOP」は、2018年8月発売の『SIRUP EP2』には収録されず、シングルとして発表された後、2019年のフルアルバム『FEEL GOOD』に収録されています。
「Do Well」と初フルアルバム『FEEL GOOD』
2018年7月18日には、「Do Well」をリリースしました。
この楽曲はMori Zentaroがサウンドプロデュースを担当し、SIRUPの歌とラップを行き来するボーカルスタイルが生かされています。
「Do Well」は2019年、Honda「VEZEL TOURING」のテレビCMソングに起用されました。
クラブイベントや音楽好きのリスナーを中心に広がってきたSIRUPの楽曲が、テレビCMを通じて幅広い人の耳に届く機会となりました。
この時期のSIRUPは、楽曲制作でも一つのジャンルに収まらないスタイルを発展させていました。
2019年のWWDJAPANのインタビューでは、普段の曲作りについて、トラックを先に作り、そこへメロディーを乗せることが多いと説明しています。
土台となるイメージをトラックメーカーと共有し、構成や音色を任せ、最後に言葉を乗せるという方法です。
また、シャワーを浴びているときにメロディーを思いつくことが多く、急いでボイスメモに録音するため、部屋の床を濡らしてしまうことがあるというエピソードも明かしています。
ただ、録音したアイデアを必ず採用するわけではなく、後から使わないことも多いそうです。
楽曲によって作り方は異なりますが、トラックメーカーと一緒に音のイメージを作り、メロディーや言葉を組み立てていくことが、SIRUP名義での制作の大きな特徴となっていました。
そして2019年5月29日、SIRUP名義で初めてのフルアルバム『FEEL GOOD』を発表します。
アルバムには「Synapse」「LOOP」「Do Well」といった楽曲に加えて、BIMが参加した「Slow Dance」や、TENDREとの「PLAY」など、さまざまなアーティストと制作した楽曲が収められました。
『FEEL GOOD』というタイトルには、聴いた人が自然に心地よくなり、体を動かしたくなるような音楽を届けたいという思いが込められています。
2019年の音楽ナタリーのインタビューで、SIRUPは音楽ジャンルを必要以上に区切らず、自分の心が反応する歌を大切にしてきたことを語っています。
吹奏楽部で出会ったR&B、KYOtaro時代に突き詰めた歌、Soulflexの仲間たちと作ってきた音楽、そしてSIRUPとして取り入れたラップ的なフロウ。それらを一つのアルバムに集めた作品でした。
仲間との音楽を日本武道館へ届けた2022年
『FEEL GOOD』の発表後も、SIRUPは国内外のクリエイターとの共同制作を続けました。
2021年3月17日には、2枚目のフルアルバム『cure』をリリースしています。
この作品には、Yaffle、starRo、ROMderful、Full Crate、SUMIN、Shin Sakiuraなど、さまざまなプロデューサーが関わりました。
2021年のFNMNLのインタビューでは、『cure』の制作を通じて、自分の抱えていた思いや社会との向き合い方を音楽へ落とし込んだことを語っています。
そして2022年11月11日、SIRUPは初めての日本武道館単独公演「Roll & Bounce」を開催しました。
2017年11月1日の『SIRUP EP』発売から、およそ5年が経った時期の公演でした。
公演のタイトルには、転がるように進み、会場全体で弾むようなライブを作りたいという思いが重ねられています。
公式の公演特設サイトでは、これまでチームで積み重ねてきたものを生かしたステージにしたいという本人の考えが示されていました。
武道館公演には、長く音楽を共にしてきた仲間たちも参加しました。
後に発売された公演映像作品では、SIRUPとバンドメンバーの井上惇志、Shin Sakiuraによる副音声も収録されています。
高校時代、兄から歌を勧められ、クラブイベントで初めて自作の曲を披露したSIRUP。
大阪でKYOtaroとして歌い、Mori Zentaroらと音楽を作り、SIRUPに名前を変えて多くのクリエイターとの共同制作へ進んでいった音楽は、2022年11月11日、日本武道館のステージへと届きました。

